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選択死  作者: 雲散無常
第八章:捜索隊II
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8-1


 光のない世界を思い描くとき、大多数の人は対極である暗闇を想像する。

 その闇とは見上げた夜空のようなものだろうか。

 それとも、完全に何も見えない漆黒の世界だろうか。

 いずれにせよ、地下世界に降り立った者はそんな想像を覆されることになる。光の届かないはずの地下であっても、思うほどには暗くないからだ。光源となる様々なものが点在しており、薄暗い程度の視界は確保されているのが事実だった。

 その暗さにも慣れていくのが人間の目だ。黒にも濃淡があるということを知り、真の闇と暗所というものは違うということを知る。地上であれば暗がりとされる明るさしかなくとも、地下では昼間並みに輝いて見えたりもする。その場の環境へ適応する人間の能力は馬鹿にはできないとつくづく考えさせられる。

 道楽の賢者オホーラの暗殺を企んだ首謀者、魔道具使い(ユーザー)のガンラッドを追って地下世界に降りてどれくらい経ったのだろうか。

 未だにその影すら見えてきたとも言い難い。

 一方で、クロウたちはそこで別の人物、外法魔法士のウガノースザという存在も感じていた。

 最上級の古代遺跡の中層には人がいないという通説を覆し、そこで何らかの禁忌の魔法研究をしている可能性が高い。その痕跡が確認された。そちらはココとシロに関連する要注意人物であり、可能であれば排除したい。図らずも、二人の人間を追う捜索となっていた。

 「なぁ、そろそろそいつにオレも乗せてくれよ?」

 「Thi,Thi!」

 「……嫌だそうです」

 それはもう何度か繰り返されたやり取りだった。ステンドがシーアに試乗したいと申し出て、即座に却下される流れだ。

 巨大な黒トサカ鷲の雛鳥であるシーアは、ウェルヴェーヌかクロウしかその背に乗せようとしない。そのクロウですら、機嫌が良い時にしか乗せてはくれなかった。基本的にメイド専用になっている。夢の中では流暢にしゃべっていたシーアだが、現実世界では囀りにしか聞こえない。

 ウェルヴェーヌだけが、その鳴き方でなんとなくの意思疎通を読み取れているのは親密度の違いからだろうか。

 ラクシャーヌの言葉がクロウにしか聞き取れない関係性に似ている。その災魔と言えば、相変わらずクロウの中で眠ったままだ。睡眠が多いのは地下のマナにまだ適応できていないせいだという。地下世界にはもう何度も来ているのにそんな状態なのは、それだけ影響が強いということらしい。マナの性質云々についての感覚が分からないので、地下と地上の違いはどうにも理解できない。

 今まで普通に活動していたように見えていたのも、単にクロウが気づいていないだけだったのかもしれない。やはり魔法、マナ関連のことを察するのは難しい。

 「帽子君もいい加減あきらめたら?だいたい、そんな下等な動物に載る必要性は皆無だよ」

 ユニスはシーアが気に入らないようで、どこか冷めた視線を送っている。鳥に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

 「んー、それより、ココ気になるのん。鳥なのになんで飛ばないのん?」

 クロウの背中に張り付くように歩いているココは、まったく違うことが気になるようだ。シーアが歩いて移動していることが不思議なのだろう。

 「成長は早そうだから、その内飛べるようになるんだろう、多分……」

 黒トサカ鷲の生態については詳しくないので分からないが、親が飛んでいる姿は見ているので間違いないはずだ。

 「飛ぶなら、ココも乗りたいのん!」

 勢いよく片手を上げて主張するココ。その願いが叶うかどうかは、シーアの機嫌次第だ。

 「その時になったらお願いすればいい」

 「というか、普通に飼うつもりっすか、主?」

 イルルの疑問にクロウはうなずく。

 「親を捨ててまで、ウェルヴェーヌについてきたんだ。今更捨てるわけにもいかないだろう?」

 「でも、成長したらもっとでかくなるんすよね。しかも、魔物だし……当たり前に受け入れられないかもしれないっす」

 心配の種はそこか。

 よくよく考えてみれば、確かに色々と問題はありそうだ。賢者の意見はどうかと思い、視線を向けると蜘蛛はどこかあらぬ方向を眺めていた。いや、実際には複眼なのでそう感じたというだけで真相は分からない。ただ、いつものように空気を察して何か発言していないことからも、この会話に注意を払っていないように思えた。

 「オホーラ?何か気になることでもあるのか?」

 「ふむ?ああ、いや……たいしたことではないんじゃが」

 どう見ても、そういう風には思えない。更に訝しんでいると、ユニスの頭の上でもぞもぞと動き、なぜかクロウの肩へと飛び乗ってきた。

 「実は少し気がかりなことがある。杞憂かもしれぬが、確認したいゆえ、ひとっ走り頼めるか?」

 「ん?どこへだ?」

 何のためかは分からないが、必要とあれば賢者のために動く気持ちはある。

 「ここから西へ少し行ったところじゃ。皆にはこの辺りで休憩していてもらいたい」

 クロウ一人で向かえということらしい。

 誰もが「なぜ」という疑問を抱きながらも黙って同意しているのは、オホーラのこれまでの言動の賜物だろう。今は説明しない、できない理由があってのことだという暗黙の了解がある。

 即断即決でクロウは移動を開始した。

 森歩きは大分慣れてきたとはいえ、通常の道のように走れるわけではない。足元の灌木や茂みで怪我をしないように気を付けつつ、頭部近くに出張ってきている小枝や棘のある蔦などの植物を避けることも忘れてはいけない。

 先導者のステンドが森の中で常に先頭に立って露払いのようなことをしているのは、決してポーズなどではない。必然性があっての行動だと良く分かる。

 しばらく小走りに近い速度で西へと進むと「この辺で良い」とオホーラが声を上げた。

 立ち止まってクロウは周囲を見回す。

 特に何があるわけでもなかった。それまでの森の風景と何ら変わらない景色がそこには広がっている。

 「気になるもんは何もないように見えるんだが?」

 「うむ。皆から離れるための口実じゃからな。この場所に意味はない」

 「……何か折り入って、俺たちだけで話したいことがあるわけか?」

 賢者の意図を察して確認する。

 「そうじゃ。ラクシャーヌを起こしてくれまいか?尋ねたいことがある」

 それが目的ということらしい。

 クロウは自身の中にいる災魔を叩き起こした。緊急時には自然に起きるが、普段は無視されることもあるため、強制的に起こす方法は幾つか試して確立していた。

 「……こら!その起こし方は止めろといったじゃろうに!」

 その度、こうしてご立腹状態で腹の中から飛び出してくるが、今は賢者の要望に応える方が優先すべきだと判断した。

 「普通に呼びかけても、お前起きる気なかっただろ?」

 「当たり前じゃ。まだ休養する必要があると言ったはずじゃ」

 堂々とわがままを言われる。選択は正しかったようだ。

 「オホーラが話があるんだと。聞いて行け」

 「なんじゃと?」

 拳を固めて今にもクロウを殴ろうとしていたラクシャーヌは、その言葉で動きを止めた。賢者には一応の尊敬の念に近いものを抱いていることは何となく感じていた。膨大な知識というものは、災魔でも感服するものらしい。

 「もう話してもよいのか?」

 蜘蛛の姿でクロウたちのやり取りを待っていたオホーラが、やれやれといった風にその足の幾つかを上に上げていた。災魔の言っている言葉は聞こえずとも、毎回クロウともめるような雰囲気は察しているのだろう。無邪気な孫を見るような好々爺の視線がそこにはあった。

 「ふん。爺の話というならば、多少は耳を傾けてやってもいい」

 「いいそうだ」

 偉そうに腕を組んで踏ん反り返るラクシャーヌを見ながら、オホーラは語り出す。

 「では、単刀直入に聞くが、おぬしはマナ溜りで見たものを何か隠しておるな?」

 「…………」

 「わしの見立てではあれはウガノースザが人工的に作りだしたものではあるが、そこに別の痕跡があったと見ておる。どうじゃ?」

 確信的な物言いで賢者が問い質すが、ラクシャーヌは何も答えなかった。

 口を堅く引き結んで閉じたまま黙り込んでいる。ただ、否定もしていない。

 クロウにはそれは肯定として受け取れた。

 「良く分からねえが、何か見たんだな?なぜ、言わなかった?」

 「ふん。別にいま言うことでもなかろ?」

 そっぽを向きながら、ラクシャーヌがぼそりと漏らした。その口調と態度から、多少のうしろめたさのようなものを感じる。やはり何か言ってないことがあるのは確かなようだ。

 「すぐに言わなくてもいいことだったってことか?」

 問い詰めるのも何か違う気がして、普通の疑問として口にする。

 「そうじゃな。少なくともわっちはそう判断したんじゃが、爺は違うようじゃ」

 「そうか。で、今もその判断は変わらないか?言う気はないのか?」

 「…………」

 ラクシャーヌはまた黙り込んだ。だが、今度は何か思い悩んでいるようでもある。その沈黙の間を縫って、それまで黙って見守っていたオホーラが口を開く。

 「言いたくない、といった風に見えるが、そういう感じなのかの?」

 「正直、分からない。言ってないことがあるみたいだが、まだ必要ないって保留していたらしい。今はオホーラが言及したこともあって、言うべきかどうか迷っている感じか」

 「ふむ……ならば、もう一つ後押しするとしよう。わしはラクシャーヌが見たものが、この地下世界の捜索を早く終わらせるための一つの鍵じゃと思っておる。後回しにするよりも益があると信じるが、どうじゃ?」

 それが本当ならさっさと話して欲しいところだが、内容が分からないのでラクシャーヌが言わない理由がさっぱり分からない。

 災魔は視線を合わさないまま、それから更にしばらく沈黙していた。

 薄暗い森の中で、何とも言えない空気が流れる。無風なので視界に動くものもほとんどない。遠く聞こえる虫の音が微かに耳に届くくらいだった。

 このまま折れるつもりがないのかと思い始めたころ、深くため息を一つ落して、ラクシャーヌが顔を上げた。

 「……まったく、もう少し慣れさせてもいいじゃろうに……分かった、分かった。教えてやる。マナ溜りで見たものじゃったな?それは――」

 災魔の口から知らされたものは、クロウには良く分からない代物だった。




 ステンドたちの元に戻ったクロウは、特に何もなかったと皆に報告した。

 賢者が気になったものは空振りだったと納得して、一行はまた森を進行する。

 その間、オホーラは何やらまた考え込んでいた。ラクシャーヌから説明されたものを、賢者もまた計りかねているのだろう。実物を見たラクシャーヌ自身もそうなのだから、当然と言えば当然と言えた。そんなものをクロウが考えたところで分かるはずがないと割り切って、今は考えないようにしている。

 思考停止ではなく、役割分担だ。

 当の災魔はというと、再びクロウの中で眠っている。

 色々と思うところはあれど、今はガンラッドを見つけることが最優先だ。

 「んで、相変わらず反応はないのかよ?」

 先頭で森の藪をかき分けながら、ステンドがユニスに声をかける。もう何度目かの同じ質問だ。

 「ないね。だいたい、あればちゃんと報告するさ。いちいち尋ねなくてもいいよ」

 「その報告が一回もないから気になるだろーが」

 「反応がないんだからしかたがないだろう?」

 「まぁまぁ、醜い言い争いは止めたまえ。ふふふ、見たまえ。我の上腕二頭筋が悲しんでいる」

 微妙な空気を感じてか、仲裁するブレンが二の腕を高々と掲げたが、誰も見ようとしなかった。

 捜索を開始してからそれなりの時間が経った。芳しくない成果が苛立ちの原因であることは間違いない。代わり映えのない景色が続く森。標的の背中も見えない状況。致命的な相手ではないものの、いつ襲ってくるかもしれない魔物たちのへの緊張。様々な要因がストレスとなっているのだろう。

 かといって、こういうときにどうすればよいのかはクロウには分からなかった。

 いつもなら場をおさめる賢者も、今は考え事に没頭していて無言のままだ。

 無意識にまた頼っているか……

 今はユニスの頭の上に戻った蜘蛛のオホーラを顧みた自分を自嘲して、クロウは自身で何か言わなければならないと悟る。

 「あー、とりあえず、一旦飯でも食うか?」

 できるだけ自然にそう切り出したつもりだが、その瞬間全員が何か生暖かい視線を送ってくる。クロウは自分が何か間違えたことを言ったのか訝しんだ。なぜ注目されているのか。

 本人以外は、そのいかにも取り繕ったような発言でクロウに気を遣わせたことに気づいていた。

 「そうですね。少し休憩を入れましょうか」

 助け舟を出すように、ウェルヴェーヌがそう合の手を入れると、その場でしばし休息をとることになった。

 とはいえ、メイドはもう運用係として持ってきていた麻袋を持っていない。黒トサカ鷲に攫われた際に奪われたからだ。

 食料も便利な道具類も手元にはないため、かつてのように快適なものを用意できない。それでも、現地調達の知恵と手段はあるので、ありあわせの軽食を手早く準備する。木の実や食用の草花を樹液で煮込んだスープだ。簡易鍋も失われているため、木製のものに火に強いニスのようなものを塗りつけてコーティングし、代用している。

 それぞれの器も硬いが曲げやすい草を加工した即席のカップだ。知識があれば、そうした使い捨ての容器などもどうにかできる。

 「おお、あったまるな」

 熱いスープをずずずと飲み干すと、ステンドが満足そうにげっぷをする。

 「下品な。帽子君はもっと優雅に飲むべきだよ」

 「あ、ごめんなさい、ミーヤ様。熱いのが苦手でしたね」

 ウェルヴェーヌは傍らでふーふーと一生懸命スープを覚ましているフード姿の探索者を気遣う。

 「問題ない……」

 ミーヤは獣人の特性なのか、熱々の料理や飲み物は必ず冷ましてからでないと口にできない。

 「ふっ、レディが困っているのなら、この僕が少し手間を省いてあげよう」

 ユニスはそう言うや否や、ミーヤの持っている草のカップを冷気の魔法で包んだ。たっぷりと湯気を浮かべていたスープが一瞬で凍り付いた。

 「「「あっ……」」」

 複数の声が重なる。明らかに魔法の調整が失敗していた。

 「あ、いや、これは、ちょっとしっぱ……おうふっ!!!?」

 ミーヤの拳がユニスの脇腹に入って、魔法士は悶絶した。容赦ない報復だが、その権利はあるだろう。

 「勝手に余計なこと、するな」

 そんな一幕もあって、いつのまにか場の雰囲気は緩やかなものになっていた。

 その間、何もできなかったクロウは思った。人の心の変化はやはり難しいと。

 何かわざと失敗をして笑いを誘えば場が和むのだろうか。次に機会があれば試してみようと記憶しておくことにする。人付き合いというものは奥が深く、まだまだ底が知れない。

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