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選択死  作者: 雲散無常
第七章:捜索隊
82/137

7-13


 胸元に余計な重さを感じてクロウは目を覚ました。

 焚火の爆ぜる音が背後で聞こえ、暗闇に少しづつ慣れた視界で状況を確認する。

 ココがしがみつくように上に乗る形で眠っており、その横には同じようにウェルヴェーヌが横たわっていた。更にその横には雛鳥のシーアが陣取ってこちらもやはり眠っている。

 自分の周りに集まってくるなと言いたいところだが、色々と世話になった手前無下にもできない。

 そっとココから身体を離して起き上がる。

 「お、起きたのか?まだ眠ってていいぜ?」

 焚火を囲んでいたステンドがカウボーイハットの下からニヤリと笑ってみせた。

 「散々寝ていたからな。もう十分だ」

 そう言いながらも、頭はまだすっきりとはしていない。眠気は残っているような気分で、一時的に覚醒したような感覚だった。すぐに二度寝する気にはなれないといったところだ。

 ステンドの近くに腰を下ろすと、ユニスも反対側にいることに気づく。その頭の上から蜘蛛のオホーラが言う。

 「あの眠りと通常の睡眠はモノが違うぞ。ある種の毒素に近いやもしれぬ。おぬしはまだ体を休める必要があるぞ?」

 「そうなのか?」

 クロウは妙な魔物に強制的に眠らされていたらしい。ウェルヴェーヌとシーアと森を駆け巡り、巨大な蛇と戦っていたのも夢の世界の出来事だったというわけだ。シーアが普通にしゃべっていたことを思えば、あの場所が普通ではないことは明白だったのに気づけなかった。そういう違和感すら有耶無耶にし、ずっと睡眠状態にする魔法のようなものだったというが、あっさりとその手に落ちていたのは不甲斐なく思う。

 昏睡状態のクロウたちを見つけ、魔物の呪縛から解き放ってくれた仲間には感謝しかない。

 「うむ。眠らせている間にじわじわと生命力を奪う習性なのじゃろう。単に眠らされるのとは訳が違う。しかも、あの雛鳥がそちらの世界で毒を喰らったのじゃろう?あのままではずっと目を覚ますこともなかった可能性が高い」

 「あ、それ、気になってたんだけどよ。どうして、それで目が覚めなかったんだ?普通、夢の中でもなんかすげー痛みとかあれば、ショックで起きるよな?大蛇の毒なんか喰らったら一発で目覚めそうだぜ」

 「はぁ……帽子君はまったく察しが悪いね。賢者様の話の何を聞いていたんだい?」

 それまで黙っていたユニスが呆れたような声を上げる。

 「あん?どういう意味だよ?」

 「いいかい?クロウ殿たちが三人――いや、二人と一匹だけど、皆同じ夢を見ていたことをまず考えなよ。それはつまり、誰かの夢が主体となってそれに共鳴する形で巻き込まれたと考えるのが合理的だよね?」

 子供を諭すようなユニスの言葉に、クロウは内心でうなずく。ステンド同様、未だにあの状況が把握できていなかったので説明は有難い。

 「言われてみりゃ、確かに同じ場所にいるからって同じ夢を見るわきゃねーな。なるほど、誰かの夢を覗き見してたみたいな感じだったわけか」

 「覗き見じゃなく、多分もっと共感している状態だろうけど、そういう解釈でいいよ。それで、その場合の夢の主体は誰だったと思う?」

 「誰のって……夢の中でも森を走り回っていたってんなら……って誰でもあり得るな?クロウは分かるのか?」

 オホーラやユニスの推測が正しいのなら、あの夢はウェルヴェーヌかシーア、クロウのいずれかが見ていた夢ということになる。改めて考えると、その手掛かりとなるものは幾つかあったように思えた。

 「そうだな。シーアがしゃべっていたこと、ラクシャーヌがいなかったこと、景色がほぼ森だったことを考えれば、おそらくあの夢はシーアが見ていたものだと思う。動物というか魔物が夢を見るのかは知らないが」

 「それは確かに興味深い問題ではあるが、今回のことを踏まえると見ると考えてよいじゃろう。それに、おぬしの考察にわしも同意する。ゆえにこそ――」

 「ちょっと、賢者様!僕が帽子君に教えてあげていたのに、いいところを取らないでくださいよ!」

 「ああ、すまぬ。ならば、続けてくれ」

 説明したい意欲が強いのか、ユニスが主導権を取り戻して先を続ける。

 「ええと、いいかい?話を戻すと、どうして目が覚めなかったのかってところだけど、この夢というのは強制的に昏睡させられているようなものなんだ。けど、その夢の世界で攻撃を与えられたとしたら、一般的にそれは起こす行為につながる。当然、それは困るよね?だとしたら、初めからそこもちゃんとコントロールされてるべきだよね?」

 「あー、つまりどういうことだ?」

 もったいつけるようなユニスの弁にステンドが合の手を入れる。そうして欲しそうな話しぶりだった。案の定、興が乗ったユニスが「そう!」と嬉しそうに勢い込んだ。

 「まさしく、それだよ、帽子君!聞きたいだろう、聞きたいよね?」

 「あ、ああ……シリタイナー」

 若干その様子に引きながらも、ステンドが棒読みでうなずく。

 「ふふふ、そうだろうそうだろう。じゃあ、聞いてくれたまえよ。要するに、あの夢の中で攻撃を受けるというのは、生命力を奪うことに直結する。だからこそ、夢から覚めるんじゃなくて、逆により深い眠りに入ることを意味するのさ。対象が眠っている間、魔物は現実世界で好き勝手にできるってことだからね」

 「んー……でも、それっておかしくねーか?夢を見てるのは対象の方だろ?そこに干渉できるってのは……いや、できるのか?」

 「魔法系なら何でもアリなんだろう?正直、俺は仕組みとかより、対策方法を知りたい。横穴のときと言い今回と言い、その手の攻撃にやられ過ぎてる気がする……」

 クロウとしては、あっさりと敵の罠にかかっていることの方が問題だと感じていた。

 「人が呼吸する生き物である以上、空気感染を完全に防ぐのは困難じゃな。気やら魔力やらで体内に入った異物を取り除くということは理論上可能ではあるが、既に侵食を受けた状態でそれを素早く的確にできるかというと、やはり難しい」

 「まー、事前に察知するしかねーわな」

 確かに奇妙な匂いなど、気づく前兆のようなものはあった。警戒が足りないということか。

 「そうか。気を付けるとしよう」

 「そういう意味じゃ、オマエらが襲われた小賢しい魔物より、オレたちが遭遇した方が分かりやすかったな」

 「そっちも合流するまでに何かと戦ったのか?」

 そういう話はまだクロウは聞いていない。再会して助けられた後、今の今まで眠っていたので当然ではあるが。

 「ああ、魔犬の群れとそいつを蹴散らしたドムレーモがいてな。地面からがーっと出て来てさすがにびびったぜ」

 レーモというのはモグラ系の魔物だ。ドムがついていることから、上位種だったらしい。

 「そう言えば、あれだけ巨大なのはちょっとおかしいと思ったんだけど、賢者様はどう見ているのかな?」

 「ふむ。確かにあの鳥といい、この地下世界での巨大化した魔物に関しては少し思うところはある……」

 「何かおかしいのか?魔物ならそう言うこともあり得るんだと思っていたが?」

 クロウはシーアの方をちらりと見る。確かに大きいなとは感じているが、それほど強く疑問に思ってはいなかった。巨大な種もあるのだろうというくらいの認識だ。

 「それはおかしいよ。魔物だって普通は合理的進化をするものだからね。あんな風に巨大になることは異常としか思えないさ」

 「どういう意味だ、ユニス?」

 「そのままの意味だよ。魔物の中でも動物が原型なものの場合、活動のためのエネルギー効率を思えば、体の大きさというのはその量に直結する。大きくなることのメリットより、必要エネルギーの増大の方がデメリットになるってことさ」

 「なるほど。巨大化する利点が合理性に欠けるわけか」

 そのような考え方はしたことがなかった。大きければ強くなる、という観点でしか見えていなかったかもしれない。

 「けど、でかいことは強いことに直結するだろ?どんな外敵にも対抗するってためなら、進化の方向で間違っちゃいないんじゃねーのか?」

 「ある側面ではそうだろうけど、今言ったように強さのためだけに必要エネルギーが増えるのだとしたら、消費と釣り合いが取れなくなって結局ジリ貧になるだけだよ。その場限りの進化なんてすることはないし、他の生物の歴史を見ても巨大化したものなんてないだろう?」

 環境に合わせて体重の多少の増加はあれど、極端なほど二倍、三倍の巨躯に進化した生物は確かに聞いたことがない。

 「言われてみりゃ、あんまり見ないな。でっかいタイプの魔物はいるにはいるけど、ありゃー確か突然変異系の固有種って話だしな」

 「ゆえにこそ、この地下世界の魔物の巨大種というのは異常なのじゃよ」

 ユニスから引き取るようにオホーラが厳かに言う。

 「地上とは違う何らかの力が働いているのやもしれぬし、わしらが知らぬ要素がある可能性もある。これからは色々と、上の常識とは別の感覚を養えという教訓かもしれぬ」

 「まぁ、勝手が違うってのはそうかもしれねーな。そもそも、光がないはずの地下で、光苔やらなにやらそこそこ光源が普通にあるってのも不思議だしな。もっと真っ暗な世界を想像していたぜ」

 「そうだな。ここの暗さに目が慣れてきたのは確かだが、それでも想像以上に明りとなるものが点在しているのは、多分俺たちにとって幸運なんだろう」

 「まさしく。日光とまではいかずとも、動植物にとってやはり光は必要なために環境に適応して進化や変化したものがあるのじゃろうな。その遷移を追うだけでも研究者の興味は尽きぬじゃろう。落ち着いたら、学者連中にこの場を開放して売り込むのもアリじゃな。そうすれば、スポンサー共々金づるも巻き込める……」

 賢者はまた金儲けの算段を思いついたようだ。

 「つっても、まったく安全が保障できないぜ?そんな命懸けでやるかね?」

 「己の命など顧みない研究バカは一定数いるものじゃよ。むしろ、高名な者ほどその傾向が強い。ともあれ、その段階に持っていくにはもっとわしらがこの地下世界を知る必要がある。どんな危険が潜んでいるのかを把握せねば、最悪の事態の想定も――」

 クロウはそんなオホーラたちの会話を聞きながら、ゆっくりとまた眠りに入って行った。

 身体がまだ本調子ではないらしい。気が付けばうとうとしたまま、意識がなくなっていた。




 「――それはつまり、例の外道魔法士がこの森にいる、あるいはいたということですか?」

 「あくまで憶測ではあるが、わしはそう思っておる。じゃが、ガンラッドと関係しているかどうかは不明じゃ。さすがにすべてを結びつけては暴論にしかならぬ」

 「でも、賢者様。偶然にしては出来過ぎていないかな?」

 「偶然も必然もまだ判断するには早いということじゃ。傍証もなしに議論を重ねても意味はない」

 誰かの話声で目が覚めると、全身がゆっくりと揺れていることに気づく。それどころか、何者かに抱かかえられている状態なことにクロウは気づいた。何か暖かい感触が全身にある。初めはココかと思ったがその人物はウェルヴェーヌだった。身じろぎして、見上げる形で目が合う。

 「おはようございます。よく寝れましたでしょうか?」

 「ああ。問題ない。で、この状況は……シーアの上か」

 上半身を起こすと雛鳥の上にいることが分かった。ステンドたちはその近くを歩いており、森の中を移動している真っ最中だった。完全に熟睡していたようだ。

 「起きたのか、クロウ。身体の調子はどうだ?」

 ステンドが振り返りながら聞いてくる。

 「心配されるほどのことはない。それで、どこへ向かっているんだ?」

 「何処というか、もともと山を目指してて、この森はショートカットのために突っ切っているだけだぜ?何も目的は変わってねー」

 当初の目的をそういえば忘れていた。森の中で色々ありすぎた気がする。ごまかすように周囲を見回して、一人足りないことに気づく。

 「というか、イルルの姿が見えないんだが?」

 ミーヤやブレン、ユニスは確認できた。しかし、ウッドパック武器商会の笛である諜報役が見当たらない。存在感をなくすことに長けているとはいえ、いつもの灰色の道着は探せば見つかるはずだった。

 「ああ、嬢ちゃんはちと先行して単独調査しているぜ」

 「単独調査?」

 「それほど遠くまでは行かせておらぬ。マナの流れが異常な場所があるゆえ、下見というか一応どんな状況なのか見極めに先に送り込んでいるだけじゃ。おぬしがあの鳥を追いかけていったとき、何もできなかったことをココ同様気にしておったゆえ、心身の負担を軽減するためにも罪滅ぼしの代償行為が必要だと思ったのでな」

 「そんなに気にするようなことだったか?」

 「それは他人が決めることではないからな。人間の心の機微の難しさよ」

 「そういうものか」

 他人の心情的なものは理解できる気がしない。代わりに、今のオホーラの言葉で気になったことがあった。

 「そのマナの流れ云々ってのは、マナ溜りと関係があるのか?」

 「ほぅ?そんな言葉がおぬしから出てくるとはな。どこで聞いた?」

 「ああ。ラクシャーヌが見つけた。その場所で、ウェルヴェーヌの毒を抜いてもらったんだ。魔毒系で厄介だったらしくてな」

 「見つけた?……なるほど。魔力供給のために利用したか。じゃが、そうなると……」

 ユニスの頭の上で蜘蛛の動きが固まった。賢者は何か思うところがあるらしい。熟考状態になると、使い魔の蜘蛛はそうして微動だにしなくなることが多々あった。

 話を引き継ぐようにユニスが言う。

 「マナ溜りがあったんだね?けど、それもまた変だよ。この地下世界でそんな場所が存在しうるのかどうか、凄い微妙な感じがする」

 「どういうことだ?」

 「基本的にマナ溜り、マナスポットとかパワースポットとかって言うのは地上でも珍しい地域なんだ。特性としてその名の通りマナが普通の場所より集まっているところのことを言うわけなんだけど、この地下世界での空気中のマナっていうのがまたちょっと特殊でね。地上に比べてわりと均一的な性質を持っているんだよ」

 「ん、具体的なことはいいから、バカでも分かるようにざっくり喩えてくれないか?」

 魔力やマナ関係は担当外だとクロウはあきらめている。

 「うーん、そう言われちゃうと期待に応えないとね。つまり、川の水が上流から下流に流れるのが自然なのに、ある場所でその水が堰き止めらているのがマナ溜りのイメージだと思えばいいよ。でも、地上と違って地下世界だとそれ自体がなくて、川の水は流れないままの方が自然に近い。この流れない状態の水がまとめて一か所に留められているっていうのはナンセンスなんだよね」

 「ふむ……水の流れがないから、そもそもそれを集められないってことか?」

 「そうそう、そんな感じ。この地下世界の水、つまりマナは移動する性質が低いから、場所によって溜まりやすいとか、ある場所には多く流れ込んでいるとか、そういうことが基本的にはあり得ないっていうのが僕らの見解なんだ」

 「ということは要するに、マナ溜りが存在すること自体がおかしいってことか?」

 「そういうことだね。それでも実際にあるとするなら、それはもう人工的、人為的に作られた可能性を疑うしかない。ということは、何につながるかって話さ」

 軽い気持ちで聞いたが、どうにもその先が問題らしい。自分で考えろとばかりに問いかけられる。

 クロウは寝起きの頭で思考を巡らせる。

 自然発生せず、人為的にマナ溜りがこの地下世界にあるのなら、当然の如くそれを作っている人物がいるということだ。地上ではなく、地下でそんなことをしている、できるのはここまで知る中では外道魔法士のウガノースザか追跡しているガンラッドくらいしか思いつかない。更に、魔力絡みとなれば前者が有力だ。

 「ウガノースザが作ったと言いたのか?」

 「その可能性に君も至ったね?だからこそ、イルル君が先行してその痕跡を探している。正直、君からマナ溜りのことが出てくるとは思っていなかったんだけど、これでますます疑惑が深まったね。例の巨大な魔物もそこにつながってくるかもしれない」

 「それはどういう?」

 「単純な推測だよ。昨晩も言ったけど、巨大化した魔物は進化としては不自然だ。あれも人為的に作られたものだとしたら?いつだってそういうことをするのは、狂った研究に没頭する魔法士って相場が決まっている。当然、魔力もあるだけあれば助かる」

 そうつながるわけか。クロウは少し見えてきた気がした。

 マナ溜りを人工的に作り、そこから魔力を取り出して魔物を進化させる。何のためかは分からないが、ココとシロのこともある。禁忌の魔法研究で、様々な生命の融合などを倫理観を無視して行っているのだとすれば、あり得ない話ではない。

 それはつまり、ウガノースザがこの地下世界を実験場にしているという空恐ろしい推測だ。

 「この地下世界で何かしているのか……だとしたら、奴はここを相当知りつくているということか?」

 「少なくとも、僕らより知識はあると見ていいんじゃないかな。ここを探索する上で、相当危険な存在であることは間違いないし、相手からしたら人間なんて研究の邪魔をする害虫だとか思っていてもおかしくない。そうなると、全面対決は避けられないね」

 ウガノースザという存在は認識していたが、ここに来て厄介さの度合いが跳ね上がったようだ。

 ココのこともあるし、場合によっては排除すべきとは思っていた。どうやら他にもその理由が増えたらしい。

 今、その目標は確実なものに変わりつつあった。

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