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選択死  作者: 雲散無常
第七章:捜索隊
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7-12


 巨大な丸太のような胴体がしなりながら襲いかかってくる。

 受け止めたつもりで吹き飛ばされるほどの強度と勢いだ。まともにぶつかればダメージは相当なものになるだろう。

 必然的に避ける方向で動くしかないが、その太く長い面積はある種の壁のようなものだ。

 左右に多少動いた程度では回避は不可能だ。

 背後にウェルヴェーヌたちをかばいながらでは厳しいため、二人から引き離すためにも囮となって巨大な蛇に向かう。

 「クロウ様!?」

 「お前たちはどこかに隠れていろ!あれは俺が引きつける。シーア、できるな?」

 「うん、任せてヨ!」

 クロウはジグザグに走りながら、蛇の動きの速さを観察する。

 巨体のわりに速い動きではあるが、見切れない程ではない。タイミングを見計らって上に乗ることもできるはずだ。倒すにはやはり頭部を破壊するしかない。何度も避けてつかまえられないことに苛立っているのか、蛇も本気を出してきたのか、その鎌首をもたげてしっかりとクロウの動きを追うように視界にとらえてきた。

 今までは適当に胴体のみを振っていたようだ。その動きが明らかに鋭くなっている。

 身体的に回避するだけでは厳しくなって、クロウは剣で勢いを受け流しながら近づいてゆく。

 何度か胴体に傷をつけようと試みるも、なぜか鱗のような硬質な肌で思っていたよりも手強い感触だった。集中すれば切断はできそうだが、軽く払ったくらいでは弾かれるに違いない。こんなとき、注意を逸らせる魔法が欲しいところだが、今日はまったく期待できそうにない。

 いや、そんな援護をしてくれる者は初めからいない。不意に思いつくこの感覚は何なのか。

 クロウはそこに違和感を覚えるが、深く考えている暇はなかった。

 一際大きな風切り音と共に、より大ぶりな一撃が迫ってきたとき、ここがチャンスとその側面に剣を突き立てる。刃が半ばまで埋まったところで、計算通り身体ごと胴体と一緒に空中へと持ち上げられる。そのままではまた地面に叩きつけられそうな勢いなため、適当な高さで剣を抜きながらその背に乗る形で体勢を立て直す。

 蛇の触感がどれほど敏感かは未知数だったが、少なくともすぐに自身の上をクロウが駆け抜けていることには気づいていないようだった。

 今のうちにと頭部へとその距離を詰めてゆく。

 蛇の胴体は鱗があるせいか、ぬめりなどもなく足場としては悪くない。動いているので安定はしていないものの、ある程度の予測が可能なので問題なかった。重心を意識して更に加速した矢先、蛇の濁った黄色い瞳がついにクロウを捕らえた。

 「JYHAAーーーーーーー!!!」

 威嚇するように大口を開け、その舌を伸ばしていた。見事に三つに分かれたその赤黒い舌は、その先端にまた自身の頭部を模写したような小さい頭がついていた。どういった意味があるのか、外見的にはどうにも眉をしかめる造形だった。少なくとも、自然には反しているように見える。

 視界におさめられたせいで、蛇の動きが不規則なものに変わった。順調に駆け上がっていたクロウはまともに走れなくなり、もはやここまでと大きく跳び上がって、宙へと身を投げ出す。

 それを好機とばかりに蛇の頭部がぐいっとその首を伸ばしてくる。一飲みにしようという意図だろう。

 毒素が滴り落ちている凶悪な牙と、三つ又の舌が襲い掛かってくる。

 巨大な蛇の部位のため、それぞれがクロウの身体より大きいというとんでもない脅威と迫力だった。

 「シッ!!!」

 だが、その動きを予想していたというより、そうなるように仕向けたクロウは、その毒牙が届く前に空中で急に下方向へと方向転換を決める。

 人間に不可能なその動きは、事前に蛇の胴体に打ち込んでいた一本の鋼糸を手繰り寄せた結果だ。

 蛇にそのような知識があるかどうかは定かではなかったが、この急速な動きにはついてこれなかったらしく、目の前から消えた獲物に驚いてその頭部が戸惑っている様子がありありとうかがえた。そしてそれこそが、クロウが狙っていた隙だった。すぐさま、頭部の下部へと別の鋼糸を打ち上げ、巻き取るようにその勢いのまま剣を振り抜く。

 ここまでずっと貯めてきた魔力を込めた一撃だ。

 硬い鱗も切り裂いてその太い半円の反対側付近まで刃が届く。

 だが、完全に振り抜けはしなかった。想像以上に硬度があり、半分以上を過ぎたところで止まる。それでも、蛇の活動を止めるには十分な深さがあった。

 蛇の頭部は痛みで激しくのたうち、その際の振動で更に分離が加速した。千切れそうなほど身をよじったことで、裂け目が広がったのだ。

 そしてほどなく、自重でその胴と頭部が切り離される。

 「KOSYUUUーーーーーー」

 抜けるような呼吸音と共にその頭部がドサリと地面に落下する。

 クロウはその様を空中でしっかりと認めた。なぜ宙にいるのかと言えば、切断した際の蛇の身体の反動で吹き飛ばされたからだ。

 その視界の隅で、戦闘を見守っていたシーアがタタタタッと蛇の頭部へと駆け寄っていくのが映る。

 「おい、バカ!まだ近づくなっ!」

 そう叫ぶが、かなりの距離があってその声は届かない。

 シーアは得意げに「わーい、思い知ったカ!このでかいだけの弱虫メ!」と死体蹴りのような気分で煽っていた。その背にはウェルヴェーヌがおり「そんなことを言ってはいけません」とたしなめているが、警戒している様子はない。

 クロウの不安が伝わらないまま時は無情に過ぎた。力なく痙攣して絶命しかけていたと思われた蛇の頭部がむくりと起き上がって、その舌を伸ばす。やはりまだ絶命していなかったのだ。

 「えっ!?」

 予想していなかった反撃に硬直するシーア。その舌には蛇の頭部がまた別にあるのだ。

 雛鳥の腹部へと舌の一つが容赦なく噛みつく。

 「シーアっ!!!?」

 ウェルヴェーヌの悲痛な叫びが辺りにこだました。




 「本当にこっちなのかよ?」

 眼前を遮る枝木を伐採しながら、ステンドが背後を振り返って疑問を投げる。

 「うん、間違いないね。だいたい、僕を疑うってことは賢者様を疑うってことだよ?」

 小さな箱を抱えて歩いているユニスが口をとがらせる。

 「いや、まぁ、爺さんの作ったもんだからそうなんだろうけどよ……アイツらが通った形跡がまったくないからよ」

 「それは進行方向が違うからじゃろうな。必ずしも、同じ経路をたどっているとは限らぬ」

 ユニスの頭の上の蜘蛛状態のオホーラが答える。

 一行は現在、黒トサカ鷲にさらわれたウェルヴェーヌを追いかけていったクロウを捜索して歩いている。

 元々はオホーラを暗殺しようとしているガンラッド=ハルオラという魔道具使い(ユーザー)の魔力を追う装置だったものを、急遽クロウに設定し直して追跡していた。除外設定を戻すだけの処理だったので、そのまま転用できたということだ。

 それがなかったら、さすがにこうして追いかけることもままならなかっただろう。飛び去った方向すら、上空すぎてかなり曖昧だったくらいだ。おおよその方向を皆の記憶から割り出し、どうにかこっちだろうという頼りない指針のもとで始まった追跡劇だった。

 半信半疑のまま進み、ようやくその反応があったのは、クロウたちがいなくなってから丸一日が経っていた。

 大分距離が離されているということだ。それでも、見つかっただけ僥倖ではあるが。

 「ああ、それもそうか。飛んでったんだもんなー。けどよ、よく考えたらすげーよな。咄嗟の判断であのでっけー鳥にぶら下がってまで追いかけようってなるか?なかなかできるもんじゃねーぜ」

 「それだけウェルヴェーヌ殿が大事だったのであろう?仲間思いで美しいではないか、実に美味、美味」

 ブレンがふんふんと鼻を鳴らしながらクロウを褒める。

 「仲間思いね……その割にはあの嬢ちゃんのことはあっさり見捨てて……あ、いや、爺さんの前で言うことじゃなかったな」

 「別に気にすることはない、ステンド。事実は事実じゃし、優柔不断で二者択一も選べず、すべてを失うよりもよっぽど良いであろう。救われたわしが言うことではないかもしれぬが」

 「同意……それに、クロウ自身、そのことを気にしていたと聞いた」

 ミーヤが静かに呟く。

 「まーな……記憶がないから感情がどうたらって言ってたな。そのせいで冷淡なのかもって気にしてるみたいだが、今回みたいにちゃんと人情はあるよな?」

 「それはそうじゃろう。非常時に割り切っているだけで、根底にあるのは善性であるからな」

 「ゼンセイ?」

 ミーヤが首を傾げると、賢者が解説する。

 「要するに根が善人ということじゃ。本人は一般的に好ましいとされる基準で行動していると言っておるが、その選択ができるのも結局は素の性格がなければできぬ。それに、クロウが独善的な人間ならベリオスの町がこうも発展はせんじゃろうよ」

 「……愚かな王の下につく者はいない」

 「クロウ殿が王かはさておき、無能でないことには同意するよ。でなければ、ネージュ様が従うはずもない」

 ユニスがミーヤに賛同を示した後、ステンドに向き直る。

 「それよりも、記憶がないという点については君も同様だろう、帽子君。転生人フェニクスの感覚がいまいち分からないけど、そんなにクロウ殿とは違うものなのかい?」

 「ああ、まったく違うな。確かに転生人は前の世界での記憶がないけどよ、そいつは完全になくなってるわけじゃねー。ぼんやりとは残っているもんだ」

 「いや、それが良く分からないんだよ。ぼんやりと言われてもね。具体的にどういう感じなんだい?」

 「あー、そうだな……例えば親とか兄妹のこととかか。はっきりとは思い出せねーけど、いたことは確かに覚えてる。あと、例えば釣りに行ったこととか、どっかを怪我したこととか、そういう思い出はちゃんと記憶にあるっていうか。ただ、その時誰といたとか、どこでとか、何歳のときとか、そういう詳細が一切分からねーって感じだな」

 「ふうん……既視感みたいなものか。で、クロウ殿にはそういったものも何もないと。それはなんというか、どういう感じなんだろうね……」

 「逆に疑問なのだが、それはある種何も基準がない状態ということであろう?どうやって華麗に物事を判断しているのだろうか?普通は成長する過程で、同様の事例なり経験なりを参照して、自分なりの美しい選択をすると思うのだが?」

 ブレンが腕組をしながらうなるように言う。本人がいないからこそできる話だと思って、積極的な様子にも見えた。

 「じゃからこそ、クロウの善性が際立っておるのだ。あやつが言うには、一応の社会通念のようなものは参照できるらしく、その水準に照らし合わせて行動しているようじゃ。つまり、一般的に善行とされている様式を模倣しておる。独善的な人間であれば、好き勝手に振舞ってもおかしくはないというのに」

 「なるほど。個人の記憶や経験によってではなく、社会全般の規範に則って行動していると……確かにそれは性格が出ている気がしますね。ネージュ様なら……いや、まぁ、それは今はいいですか」

 ユニスが納得したように頷くと、それまで静かについてきていたココが警告を発する。

 「何かいっぱい来るのん!」

 手練れの戦士たちよりも早く察する能力は、野生の勘のようなものだろうか。一行はその実力を知っていたので、すぐさま警戒態勢を取って周囲を観察する。

 「これは……既に囲まれているだと?麗しくしてやられたようだ、敵ながらあっぱれ!」

 「言ってる場合かよ、ブレン!つーか、魔獣の群れっぽいな。犬か狼系か。どっから出てきやがった?」

 「地中に巣穴を持つタイプの変異種かもしれぬ。ここまで接近しなければ気づけなかったのは、その巣の秘匿性によるものと考えれば納得はゆく」

 「考察は後。まずは片づける……」

 ミーヤがそう言うや否や、左手の茂みへと突っ込んでいった。

 「ちょ、おまっ!?勝手に突っ込むなや!」

 ステンドは叫ぶが、先制攻撃にも利はある。ミーヤの判断が一概に悪手とも限らなかった。

 「遅れとるのは美しくない。ぬおおおーーーー!!!」

 ブレンも負けじと右手に向かって盾を構えたまま突進してゆく。

 「うーん、敵が何物か分からないままバラけるのはどうかな。僕らはここで陣でも張る方がいいかもね」

 「ああ、冷静な奴がいて助かるぜ」

 ユニスが防御魔法を展開するのを見ながら、ステンドは安心したように一息つく。

 「嬢ちゃんも飛び出すのはまだ待ってくれよな。ここで迎え撃つからよ」

 「分かったのん!」

 やる気十分のココは勇ましくファイティングポーズを取りながらも、元気よく返事をした。自分のせいでウェルヴェーヌがさらわれ、それを追ったクロウまで行方不明になっていることで一時落ち込んでいたが、ステンドたちが見つければ問題ないと励ましたことで、本人は汚名返上のために張り切っていたのだ。

 しかし、出番は回ってこなかった。ミーヤとブレンが暴れまわった結果、魔獣たちはあっさりと敗走した。

 「結局、ただの魔犬だったわけか……」

 「ふふふ、我が美技の前には塵芥と同じ」

 力こぶを見せつけるように胸を張るブレンに対して、合流したミーヤが首を傾げていた。

 「おかしい……群れのボスがいなかった」

 「途中で逃げ出したってことはないのかい?」

 「否定。途中から動きが変わったということはなかった。むしろ、最初から変だった……?」

 群れて狩りをする群体ならば、当然指揮を取るボスのような存在が必要だ。それは人間だけでなく動物類も変わらない。必ずリーダーとなるまとめ役がいる。

 「ふむ。言われてみると、確かにあまり流麗ではなく、雑然としたバラバラな動きではあったな」

 「そりゃ、つまり……群れのリーダーが最初からいなかったってことか?」

 「そうなると、それでも群れが巣穴から出て来て襲ってきたというのは……こちらに対する襲撃だったのではなく、逃走、離散中の経路にたまたまわしらがいただけだったのか?」

 オホーラの呟きにステンドが続く。

 「まてまて!それってまさか巣穴のリーダーが何かにやられて、他の奴らが慌てて逃げ出してきたってことか?いや、そうなると……」

 「あの魔犬たちを襲った犯人がまだどこかにいるということになるね」

 ユニスの推測が出たところで、タイミング良く正体不明の咆哮が辺りに響く。

 一度は弛緩した一同の空気がすぐさま緊張したものに変わる。

 「何か大きいのが来るのん!」

 再びココが注意を促すことになった。襲撃はまだ終わらないようだ。

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