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選択死  作者: 雲散無常
第七章:捜索隊
80/137

7-11


 その光景はどこか奇妙に思えた。

 森の中だということは分かる。周辺には見上げるほどの高さがある樹々が密集しており、膝下まで長い草木が生い茂り、遠くを見通すことは叶わない。

 足元はぬかるんでいるのか、泥交じりの土で少し沈み込む感覚がある。

 クロウはぐるりと首を巡らせて、現在地を把握しようとしたがよく分からない。

 ただ、左手にシーアが見えた。

 呑気に横たわって眠っているので、軽くその身体を叩いて起こす。

 「ん?ボク、寝てタ?」

 雛鳥はすぐに目を覚ました。寝起きは悪くないようだ。

 「ああ、なんだか知らない場所にいるんだが、何か分かるか?」

 「ほへ?森デショ?」

 「いや、森は森なんだが……」

 クロウは何か違和感を感じるのだが、それをうまく言葉にできない。おかしいと思うことが沢山ある気がするのに、そのどれもが曖昧ですぐに通り過ぎる風のようだった。刹那的に思考の隅を横切ったかと思うと、すぐに忘れてしまう。

 「そんなことより、ママはどこダ?」

 「ママ?」

 一瞬、何のことだか分からなかったが、すぐにメイドの姿が脳裏に浮かぶ。ウェルヴェーヌがどこにもいなかった。さっきまで一緒にいたはずだ。

 「もう、役立タズ!早く探しに行くヨ、乗ッテ!」

 なぜか罵倒されるが、言われるままにシーアにまたがって移動を開始する。

 人間の足では歩きにくい森の地面も、シーアのがっちりとした爪足ならば問題ないようだ。行く手を邪魔する枝木なども、その嘴で簡単に粉砕していく。道なき道を切り開いて進むので便利だと思うものの、いつの間にこんな技術を覚えたのか。

 「ママー!」

 シーアは呼びかけながら森の中を走る。

 「おい、勝手に走りまわってるが、ウェルヴェーヌの居場所が分かってるのか?」

 「うん、こっち側な気がするンダ」

 確信めいた力強い頷きが返ってくる。分かるなら、それでいいか。

 シーアの背で揺られながら更に木々の間を駆けていくと、急に目の前が開けて崖っぷちにいることに気づく。眼下には曲がりくねった河が流れていて、大分高さがあった。この森はこんなに標高が高かったのだろうか。よく思い出せない。どちらにせよ、この高さでは進めない。

 「行き止まりじゃねえか?」

 「ううん、こっちでいいンダ」

 シーアはそう言うや否や、崖から飛び出した。慌ててその背にしがみつくクロウ。文句を言おうにも、絶賛急降下中で声は出ない。

 というか、こいつ飛べないんじゃなかったか?

 今更なことに思い当たるものの、何もかもが遅すぎる。落下死を覚悟しそうになったところで、しかし、シーアの羽根が広がって滑空状態になった。

 いや、鳥なんだから飛べるか。

 なぜ飛べないなどと思ったのかクロウは自身の思考に戸惑ったものの、深く考える間もなく視界にとんでもないものが現れてすべてが吹き飛んだ。

 「ああっーー!ママが危ないヨッ!」

 シーアの言うように、危機的状況がウェルヴェーヌに迫っていた。

 巨大な目に手足のような触手が生えた異形の魔物にメイドが囚われていた。濁った虹彩の一つ目の化け物など聞いたこともなかったが、明らかに友好的な生物には見えなかった。

 川岸のゴツゴツとした岩場の上で、その魔物がシュルシュルと奇妙な音を立てている。絡みつく灰褐色の触手がウェルヴェーヌの全身を拘束したり、這いまわったりしていた。動きがどこかぎこちなく感じるが、自身のものではなく無理やり継ぎ接ぎされたような外部由来のものだからだろうか。推測でしかないが、生来の手足には思えなかった。

 捕まっているメイドの意識はないようで、ただぐったりとなすがままになっている。呼びかけにもまったく反応はない。

 意外にも綺麗に地面に着地したシーアの背から飛び降りて、クロウはその魔物へと駆け出した。既に手にはいつもの剣を抜き放って握っている。

 魔物はまだこちらに気づいておらず、その巨大な瞳は目の前に拘束したウェルヴェーヌに注がれていた。

 近くで見るとその目玉はクロウの三倍ほどの体面積があり、やはり自然発生の生物にはまったく見えない。白目でもなく濁り切った形容しがたい色彩で、どことなく嫌悪感を抱かせるほどだ。その視線が自分に向く前に攻撃を開始したい。

 そのためにまずは遠隔からの奇襲魔法の一発が欲しい。

 目玉を目前にそろそろかと思っていたが、一向にその狼煙が上がらない。ちらりと背後を振り返ると、シーアが大木の陰に隠れてこちらをちらちらと見守っている姿が映る。生意気な口をきいていたくせに、臆病な性格のようだ。いや、それよりも援護魔法はどこだ、と思ったところで、自分がなぜそんなサポートを期待しているのか疑問に思う。

 そんな支援要員はどこにもいないというのに。

 一瞬、小さい影が脳裏をちらついたが、すぐに思考を切り替える。ない援護について考えても仕方がない。

 奇襲の一手目も自ら仕掛けねばならない。

 砂利交じりの地面を強く足裏で蹴り上げて高く跳び上がる。目玉の正面にはウェルヴェーヌが捕らえられているため、背後に回り込んでから斬りつける。そのための跳躍だ。身体は驚くほど軽い。想定よりも上方へと高さも稼げた。十分に目玉を飛び越して裏にまわれる。

 未だに標的はクロウに気づいていない。

 「シッ!」

 短く息を吐いて上空からそのまま目玉の背後へと振り下ろす。

 と、その時に気づく。目玉の裏側は何もないと思っていたのだが、そこにも瞳があることを。魔物は両面の目を持っていたのだ。ますます珍妙な構造だ。

 しかし、その視線がクロウを捉えた時には既に攻撃は終わっている。

 「ーーーーーーーーっ!!!!!?」

 表現できない悲鳴のような奇声を発して、裏側の目玉の瞳が真っ二つに切り裂かれた。刃の感触は余りなかったが、抵抗はほとんどなかった。硬質な瞳というのも考えづらいため、見た目通り柔らかかったようだ。灰色の粘液のようなものが飛び出してくるので慌てて避ける。

 目玉本体から伸びていた触手のような手足が無秩序に暴れていた。痛がっているのだろうか。

 その隙に正面に回り込んで、地面に投げ出されたウェルヴェーヌを回収する。

 メイドは意識がないものの、浅い呼吸はしっかりと確認できた。そのままシーアのもとまで後退してその背に預ける。

 「よくやったゾ!」

 偉そうに労いの言葉をかけてくるシーア。

 どことなく理不尽なものを感じるが、すぐにその思いも消え去る。

 目玉の魔物はまだ健在だ。一撃で絶命させるつもりで斬ったのだが、届かなかったらしい。

 「JYAAAーーーーーー!」

 怒り心頭といった怒声のような絶叫がして、青紫の光の線が目の前を横切る。殺傷能力が高そうな攻撃に違いない。

 「なんか飛んでキタッー!!?」

 シーアはまた背の高い草の中に身を潜めて、ぶるぶると体を震わせる。ウェルヴェーヌのためにも隠れてもらった方がいいのは確かだが、そんな状態から「ちゃんと倒さないとダメじゃないカ!」と叱責してくるのは頂けない。

 なんとなくそのケツを蹴り上げて目玉の前に引きずり出したいと思ったりもしたが、とにかく今は四方八方に謎の光線を飛ばしまくっている魔物をどうにかするのが先決だろう。魔法による攻撃の類だと思われるが、その光に触れると一瞬で燃え尽きるのか、光に晒された対象が煙を上げて焦げ付いたり、焼き切れたりしていた。

 物騒極まりない攻撃はしかし、クロウがつけた傷によって視界が悪いのか、的確に狙えないようなので助かっている。

 それにしても、裏の瞳と違って表のものは無傷に見えるのにどういった構造になっているのか。

 低い姿勢で目玉の魔物に迫りながら、次こそはどこを狙うべきか考える。今現在も粘液のようなものが魔物の周囲に散らばっており、その周辺の地面は変質しているように見えた。正体不明の煙が湧き上がっている。あまり触れるのはよくなさそうだ。

 必然的にやはり上から斬りかかって、その場を離れる方法が無難そうだ。即断即決で行動に移る。光線を避けるように大回りで走り出す。

 あと10歩ほどで攻勢範囲だと計算していると、不意に目玉の魔物の横合いから大きな影が迫ってきた。

 まったく気配がなかったことに驚いてクロウはその足を止める。同時に目玉の魔物が物凄い勢いで吹き飛んで彼方へと消えてゆく。

 その影は狼のような四つ足動物だった。素早い体当たりで目玉を突き飛ばしたらしい。種類を特定できないのは、顔の造詣が良く分からないためだった。目や鼻、口といったパーツが確認できず、ただ頭部の顔と思われる部分が巨大な牙で埋め尽くされていた。あるいは棘といってもいい。

 その獣はクロウが見えているのかいないのか、目玉にぶつかった後、一瞬周囲を見回すように首を巡らせ、それから飛んで行った目玉の方に再び駆け出していった。一体何がしたかったのか。

 「……あれ、ナニ?」

 危険が去ったと見るや、シーアが隠れ場所から出て来て聞いてくる。

 「分からんが、倒す手間は省けたみたいだな」

 遠ざかった未知の生物、魔物を遠くに見つめながら、周辺にもう危険がないことを確認して剣をおさめた。その時、ウェルヴェーヌが「ううん……」と声を漏らして目覚めた。

 「あ、ママ!大丈夫!?」

 すかさずシーアが声をかけると、その背に横たわっていたメイドはどうにかバランスを取って地面に降り立った。少しふらついているが、命に別状はなさそうだ。

 「え、あ、はい。何か良く分からないものに襲われたような気がするのですが……」

 あの目玉の魔物のことはよく覚えていないようだ。あまり思い出してもしかたがない。過ぎたことはもういいだろう。

 「そうか。その脅威はもう去った。安心していい」

 「ボクが颯爽と駆けつけたからネ!」

 「そうだったのですか?ありがとうございます」

 メイドがシーアを優しく撫でると、満足そうな顔で雛鳥がふんすと鼻息荒く誇らしそうな表情を浮かべた。

 目玉の魔物を前に隠れていただけだと説明してやろうかとも思ったが、あまり意味はなさそうなのでやめておく。それよりも気になることがあった。

 「身体が平気なら聞いておきたいんだが、俺たちはこの森で何をしていた?どうにも記憶が曖昧でな」

 目が覚めてから、どうにもすべてが浮ついている感覚だった。

 「え?それは……」

 「どっか目指して進んでたヨ。だからこのまま、また出発シヨウ!」

 戸惑うウェルヴェーヌを遮るように、シーアが力強く言って歩き始める。

 「あ、おい。どっかって何処だよ?」

 その後を慌てて追う。ここで従わないという考えはなかった。それが使命のように身体が勝手に動いていた。

 「とりあえず進みましょう、クロウ様」

 それから様々な地形を進むことになった。見たこともない色の沼地、絡みつく蔦が一定時間で開閉する門を形成する地帯、大小さまざまなキノコが毒々しい霧で行く手を阻み、そうかと思えば急に横殴りの雨交じりの突風がすべてをさらってゆく盆地など、異質な地域が目まぐるしく入れ替わる。本当に森の中なのか怪しい場所を幾つも見てきた。

 その度に何かおかしい気がしたのだが、シーアが先へ先へと急かすので、深く考える間もなく通り過ぎることになった。

 「世界は広いネ!色んなものがたくさんあるンダ!」

 雛鳥が楽しそうに言い、ウェルヴェーヌがそれを微笑みながら見守る。その繰り返しが幾度か続く。それだけを聞けば、どこか暖かい平和な日常のように思えた。

 しかし、実際はその日常を保つためにクロウが周囲の魔物をひたすら狩ったり、危うい場所を確認したりという裏事情があった。

 「……俺だけ重労働なんだが?」

 明らかな格差と不自然さを感じつつも「まぁまぁ、いいじゃないカ!」とシーアに言われるとそう思えてくるから不思議だ。メイドも「クロウ様はもっと休んでください」と一見優しい言葉をかけつつ、シーアを撫でまわして甘やかしてるばかりでそれ以上は何もしようとはしていない。何の慰めにもなっていなかった。

 そんな調子で幾日か過ぎる。

 森はまだまだ深く、抜けられる様子がなかった。そもそも、この森を通り抜けるのが目的なのかすら不明だ。「進んでたらきっと分かるデショ」とシーアが常に言い続けているので、それもそうかと今日もどこかへと向かって進み続ける。

 一応、魔物たちが出てこない限りはシーアの背にクロウとウェルヴェーヌがまたがる形で運搬はしてくれている。敵が現れた途端にクロウだけが振り落とされ、どうにかするという流れなだけだった。完全に露払い役だ。

 「それにしても、ここのところずっと夜が来ませんね」

 不意にウェルヴェーヌがそんなことを言ったので、はっとする。

 「そうだ。何か変だと思っていたが、俺たちずっと眠っていない気がしないか?」

 ずっと移動し続けてきた。小休止することはあっても、焚火を囲んで眠るといった野宿がここまでまったくなかった。それは明らかに異常だろう。

 ここはやはり何かがおかしい。

 そう確信しそうになると同時に、シーアがまた軽い調子で否定する。

 「ええ?別に疲れてないんだから、眠らなくてもイイヨ!楽しんだからいいデショ?」

 「そう、なのか……?」

 「そう、ですね。合理的な答えかと……」

 クロウたちは顔を見合わせる。確かに疲れはないように思える。ならば、眠る必要もないのではないか。やはりシーアに何か言われると、それが正しいことのように思えた。瞬時に疑問が消し飛んでゆく。

 「そうそう、じゃあ、また進モウ!」

 再び歩き出す雛鳥。と、思った矢先に急にその足が止まる。またクロウの出番になるかと身構えていると「わわわわ……」とシーアの身体が小刻みに震えた。

 「どうしたのですか?」

 「ななな、何か怖いのがイルー!」

 シーアが方向転換して後退しようとし、びくっとまた大きく震えた。「SYAAAAーーーー!!!」という鋭い音と共に横合いから激しい風切り音が聞こえた。

 何かが襲ってくると感じたクロウはシーアの背から飛び降りてそれを剣で受け止めようと構える。

 次の瞬間、ダムっと鈍い音と共に物凄い衝撃がクロウを貫いた。目の前には黒い影があり、ぶつかってきたものが何かすら認識できずに後方へと吹き飛ぶ。剣では受け切れなかったのだ。

 当然の如く、背後にかばっていたシーアたちも一緒だった。

 「ひょええええーーーー!!!?」

 情けないシーアの悲鳴と共に、クロウたちは弾き飛ばされて宙を舞った。

 そして、クロウは見た。

 自分を薙ぎ払うように突き飛ばしたのは、何かの太い尾だと。

 いや、それは尾でもなく、巨大な細長いものだ。

 更にその先を辿って行くと、唸り声を上げる蛇の頭が見えた。漆黒の眼光が殺意全開でこちらを見つめていた。完全に敵視されている。

 襲ってきているのは巨大な蛇だった。

 どこかで見覚えがある気がした。

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