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選択死  作者: 雲散無常
第七章:捜索隊
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7-9


 動物には人の言葉が分かるか、という問題がある。

 学者によっては肯定するものの、否定的な意見が多い。

 では、魔物はどうか。

 こちらは少し分かりやすい。言語を有するほどの知性がある魔物が魔人種とカテゴライズされ、その等級であれば理解できるとされている。一部では上級種も理解があるとする説も散見されるが、この辺りは分類名やその定義に揺れや混在があるために一意に断定はできないようだ。

 それはともかく、目の前の黒トサカ鷲の雛鳥には言葉は通じないということだ。巨大な魔物の鳥ではあるが、それほどの知性はない。

 それでも言わずにはいられなかった。

 「おい、いい加減にしておけ」

 地上に降り立ってからというもの、飽きもせずにウェルヴェーヌの肩口を甘噛みし続けている雛鳥だった。

 ラクシャーヌの見立てでは、刷り込みの習性でメイドを親か何かだと思い込み、かまって欲しくて仕方がないのだろうという。それだけ聞けば微笑ましいい求愛行動のようなものかもしれないが、生憎とメイドは現在負傷中で意識も戻っていない。治療の心得がたいしてなくとも、いたずらに身体を動かすべきではないことは分かる。

 しかし、まったく聞きやしない。

 雛鳥はまるで嘴でウェルヴェーヌを守るように、熱心に咀嚼するような行為を繰り返している。小刻みに揺らされてたまったものではないと思うが、起きる様子もない。それだけ弱っているとみていいのだろうか。対して、雛鳥も戯れとは思えないくらいに熱心だと気付く。

 流石にここまで固執しているところを見ると、何か意図があってやっているように思えてくる。災魔の見解は違う気がしてきた。

 「じゃれてるというより、何か必死にやっている気がするな……癒そうとしているのか?」

 「わっはっは。青いな、クロウ。雛鳥にそんな知性があると思うのかえ?図体はでかいが、こやつはまだ生まれたてぞ?」

 「そういう意味じゃ、お前だって意識が上がってからそんなに経ってないだろ?」 

 「わっちをこんな魔物風情と一緒にするでない!」

 ラクシャーヌが怒りを見せて、腹から上半身を出しただけの状態で器用にパンチを振るってくる。この状態だと自虐にしかならないと思うのだが、当人は気にしていないようだ。

 「だいたい、必死になるなら先程なっておくべきであろう?アテルがいなかったらどうなっておったか」

 それはその通りだとうなずくしかない。巣を飛び出した雛鳥は、案の定飛ぶことができずにただ落下するのみだった。アテルがまたしても近くの樹木に橋を作る形で、その自由落下を止めたのだ。大分負荷は高かっただろう。そうして立て続けに力を使ったためか、アテルは現在クロウの中で疲れて眠っている。そのエネルギーは最終的にクロウやラクシャーヌの魔力でもあるので、クロウ本人が疲弊しているとも言えた。

 「過ぎたことはもういい。それより、オホーラたちに早く合流して状況を知りたいところだな。魔力探知とか使えないのか?」

 「ふん、馬鹿者め。地上のようにたやすくはいかぬ。そうであればわざわざ面妖な装置まで作っておらんじゃろうが」

 「ああ、確かに。言われてみればそうだな」

 「なんにせよ、逆に向こうがどうにかしてわっちらを探してくるじゃろうよ」

 合流したいのはお互い様なので、そこは受け身でいることにする。そうなると、目下の問題はやはりメイドの状況把握だ。

 改めて、嘴に挟まった状態のウェルヴェーヌを確認する。青ざめた顔は相変わらずで意識はない。肩口の傷がそこまで酷いのだろうか。

 と、脳裏にいつかの記憶が蘇った。

 ニーガルハーヴェの皇女、エルカージャの症状と重なる部分があった。そして、黒トサカ鷲は何らかの毒を持っていた。ぱっと閃く。

 「そうか、魔毒なのか?」

 「ほぅ、そういうことかえ?あり得ぬ話ではなそうじゃな。すると、この雛鳥はもしかして中和でもしようとしておるのかえ?」

 毒を持っている生物であるなら、自身はその毒の耐性を持っている。その特性を利用して、雛鳥は唾液か何かでウェルヴェーヌを救おうとしているのかもしれない。

 「そこまで知性があるもんなのか?」

 散々ないと言っていたのは、つい数分前だ。

 「知らぬ。本能的に何か感じるものはあるかもしれぬがな」

 「待てよ、魔毒なら、またお前がどうにかできるんじゃねえか?」

 エルカージャの時のように毒素を追い出せるはずだ。

 「できるが断る。なぜにそんなことをせねばならぬのじゃ?無駄に魔力を消費するだけじゃ。わっちはそれがどうなろうとかまわぬ」

 さっきは助ける方向で同意してくれていたはずだが、あっさりと拒否される。

 災魔は人間に関心がないことは分かっているので、何となくクロウは納得できてしまう。人間の感情、心情的にはあり得ないことかもしれないが、合理的な判断としてはラクシャーヌは正論を言っている。自身にメリットがなければ行う意味はない。皇女のときは気まぐれのようなものだったのだ。

 とはいえ、ここでそっぽを向かれても困るのも事実だ。なんとか説き伏せなければならない。

 「けど、それだとここまで来たことそのものが無駄だったってことになるぜ?お前の好きな甘いもんも作ってくれるやつも減る。それでいいのか?」

 「ぐぬっ、ぬぬぬぬ……確かにそれはそうじゃが……」

 一応葛藤する余地はあるらしい。チョロいと言えばチョロい。精神的にまだ幼いとも言える。

 「ぬぅ、ならば妥協案として、近くにあるマナ溜りまで行くぞ。そこでなら、わっちの魔力消費を抑えられるじゃろうて」

 「ん?そんなに魔力が必要なのか?」

 「マナまわりに鈍いおぬしには分からぬじゃろうが、地下世界のマナは地上のそれとはまったく勝手が違うのじゃ。最適化するにはまだまだ調整が必要なんじゃぞ」

 「そうなのか。ああ、それで、アテルも?」

 「いや。あれは元々地下遺跡におった魔物じゃ。わっちとは慣れが違う」

 言われてみるとその通りだ。ならば、ココも同じということか。ラクシャーヌが地下世界ではあまり動かないのは、そういう意味合いもあったのかもしれない。

 「とにかく、そのマナ溜まりとやらに行けば、毒抜きをしてくれるんだな?」

 「対価の甘味を忘れるでないぞ?」

 ウェルヴェーヌは十分それに応えてくれるはずだ。雛鳥を伴って早速移動することにした。それほど遠くないという見立ては間違っておらず、30分ほど歩くと目当ての場所に難なく到着した。

 そのマナ溜りという場所は、クロウには何の変哲もない森の一角にしか思えなかった。特に目立った樹木や草木があるわけではない。

 「本当にここなのか?確かに空気はちょっと違う気がするが……」

 「おぬしは本当にこの手の感覚がないようじゃの。というより、当初よりひどくなっておらぬかえ?まぁ、よい。最適な箇所を探すゆえ、しばし黙って……ふむ?これは……」

 ラクシャーヌはやれやれというようにクロウの身体から出ると、辺りをふらふらと歩き回り出した。何か必要な準備があるのだろう。

 一方で、雛鳥は大人しくここまでついてきており「Thi,Thi,Thiiー」と時折鳴いて、こちらの声に受け答えをするような素振りを見せていた。なんとなく意味が通じている節があるのは気のせいだろうか。

 実際、今もウェルヴェーヌを降ろしてくれと軽く体を叩いて伝えたところ、素直に従って大人しく地面に横たえている。心配そうにそのそばに寄り添っているのは変わらないが。

 「なるほど。大体把握した。今から毒抜きをしてやろうぞ。おぬしは周囲を警戒するがよい」

 「ん?ああ、それはかまわないが、そんな必要があるのか?」

 ここに来るまで魔物や獣の気配は皆無だった。丁度良かったと思っていたが、逆に不自然だと今更ながらに感じる。何かラクシャーヌは知っているのだろうか。

 「万が一に備えてじゃ。ちと集中せねばならぬ。面倒なことに吸いださねばならぬからな」

 エルカージャの時は魔力節約のために押し出した方がいいと言っていたが、今回はそうしないのだろうか。尋ねてみると、

 「まったく、何でもかんでも説明させるでない。これはもう毒が頭までまわっておる。押し出す段階をとうに過ぎておるわ。無理やり引きずり出すしかなかろう」

 と面倒くさそうに吐き捨てられた。なるほど、だからこそ大量の魔力が必要になり、ここに来たということだったらしい。押し出すより吸い出す方が5倍くらいの魔力が必須だと言っていたくらいだ。

 「そうか。よろしく頼む」

 毒抜きに関して、クロウにできることはほとんどない。

 ただ黙って災魔が上手くやってくれることを祈るのみだ。小腹も減っていたので、せめて水分を用意しようと周囲の樹から樹液を集め、即席の草の器を作って溜めておく。

 そうしてどれくらい時が経ったのか。

 ウェルヴェーヌに手をかざして何事か集中していたラクシャーヌが、「ほぅぅぅ……」と長い息を吐き出したのが終わりの合図だった。確かめるようにメイドの顔を見ると、幾分穏やかな表情になっているように見えた。

 「首尾は?」

 「ふん、わっちがしくじるはずがなかろ……ああ、疲れたわい。しばし、ここで横になるゆえ、起こすなよ?」

 ラクシャーヌはそう言うなりその場で大の字になった。目を瞑って本当にそのまま眠ってしまったようだ。いつものつなぎの服が少し汗ばんでいる。なんだかんだ頑張ってくれたらしい。

 クロウの中で眠る方が効率がいいのではないかと思ったが、ここがマナ溜まりであることを考えると、外の方がいいのかもしれない。それほどここは凄いのか。いまいち実感がわかないが、雛鳥も心地よさそうに座り込んでいるところを見るに、そういう場所であることは確かなようだ。

 ウェルヴェーヌの規則的な呼吸を聞きながら、どこか安堵している自分にまた安心した。

 感情に乏しいと自覚があるだけに、仲間の安否を気遣えることが確認できて良かったと思っている。万人に優しくありたいとは思わないが、やはり目の届く範囲で知っている者には、できるだけ平穏に時を過ごして欲しい。そういう思いはある。たとえ、場合によっては切り捨てることがあったとしても、だ。

 改めて自身を客観的に分析すると、必ずしも冷徹な人間だということではないと思われた。ただ、状況判断で感情による干渉が少ないだけなのではないだろうか。

 いつぞや賢者と話したときも、そのような方向性でまとまっていた。

 本音を言えば、どういう自分であっても受け入れらはするのだが、一般的に好ましいとされる倫理観を持っていると認識される方が都合がいい。そして願わくば、そこに多少なりとも共感できる心情を持っていたいという、ささやかな思いがあった。

 メイドの寝顔を見ながらそんなことを考えていると、不意にクロウ自身にも眠気が襲ってきた。

 巨鳥と大蛇の争いに巻き込まれて疲労があったのだろうか。雛鳥にもたれるようにして、少しだけ休息を取ることにする。周囲に危険がないことは先ほど既に確認しているし、大丈夫だろうという観測もあった。緩く目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。




 それが夢だと分かったのはなぜだったのか。

 ただ、瞬時に確信していた。

 己に起きたことではないと。

 だからこそ、その痛みは自分のものではないと客観視して別物だと分離できていた。

 そうでなければ悲鳴をあげていたに違いない。

 ひどく凄惨な仕打ちを受けていた。良く分からない存在に一方的に蹂躙されていた。

 少しずつ四肢を千切り、火で炙り、氷漬けにされ、死の一歩手前まで行く。いや、半ば死んでいたはずだ。未確定なのはすべてなかったことにされるからだ。なぜか、もうこれ以上はダメだと悟った瞬間、また引き戻される。それは繰り返される悪夢のようなものだ。

 終わりのない実験。そう、それは実験だった。

 どこまで壊れても大丈夫なのか。どれくらい壊せるのか。そんな常軌を逸した何かだ。

 様々な方法で傷つけられた後、今度は繰り返し?み殺される状態が続いた。

 全身が咀嚼される痛みと、破滅的に骨まで噛み砕かれる音、聞くも見るも堪えない死へのカウントダウンを延々と感じさせられる地獄がそこにあった。

 クロウはそれを自身のものとして体験していた。違うと分かっていながらも、自らの記憶のように鮮明にそれらが五感を伴って迫ってくる。自分自身のものではないのに、体感させられる苦痛はひどいものだった。ある程度の痛みにはなれるというが、これは耐えがたい。

 一体どういうことになっているのだろうか。それまで自分が何をしていたのか、よく思い出せない。痛みが邪魔をする。同時に、意識がどこか朦朧としていた。

 そんな曖昧な状態で悪夢を見続け、不意に理解した。すぐに気づけなかったが、その苦痛の連続はどこかで聞いた話だった。

 これはアテルの過去なのか?

 いつぞやの独白のような形で知ったものと似通っている。

 そう気づいたとき、唐突に目が覚めた。

 嫌な汗をかきながら辺りを見回すと、鬱蒼と生い茂る樹々が見えた。そこは森の中、マナ溜まりの場所だった。他の誰もまだ起きてはいない。

 やはり夢だったようだ。なぜかアテルの追体験をしていた。どういう理屈なのかは不明だが、消耗したアテルがクロウ自身から何らかの形でエネルギーをいつもより多く消費していた結果なのかもしれない。より強くつながって、無意識化で夢を見させた可能性を思いつく。

 たいした根拠はないし、特に正解も必要としてはいなかった。そういうこともあるだろうと思えばいいだけの話だ。ただ、鮮明な悪夢はまだ脳裏にこびりついていた。

 アテルのことについて、そう言えば深く考えてはいなかった。

 稀有な進化を遂げた魔物だというくらいの認識しかない。ラクシャーヌが眷属化したので、すべて任せきりになっている。自身にも影響があるものではあるが、それほど気にした記憶がない。自分以外のものに関して、興味がわかないせいだろう。いや、アテルに関しては己の一部といってもいい存在ではないだろうか。その場合、取り扱いが杜撰すぎる気もする。

 やはり自分には何か足りていないと思わずにはいられない。普通はもっと周囲の人間に関心を示すべきなのではないか。そう思ってはいても、こうして集中して考えようとしない限り、まったく気にかけていない現実がある。

 ココに関してもそうだ。

 白狼であるアーゲンフェッカのシロとの混成生命体という状態については分かっているが、ココ本人については不明なままだ。外道な魔法士の実験体として飼われていた過去があるくらいにしか認識していない。その出自であるとか、実験の詳細などを掘り下げて調べるべきなのかもしれない。

 もちろん、精神的に不安定になる可能性を考慮して触れないでいる側面もあるにはあるが、どちらかというとやはり無関心に近いのではないか。向こうからやってくれば真剣に取り組むが、そうでないなら気にしない、気にもかけていないというのが実情だ。

 俺はやっぱり、冷淡なやつなのか?

 感情というものがいまいち分からない。記憶が、過去がないからなのか、性格なのか。

 だが、ラクシャーヌに対してもそれほど気にしてない事実がある。

 ある程度の納得感だけで思考停止している自分がいないだろうか。災魔という意味不明な存在だとか、特殊技能スキルによって呪いを受けた結果だとか、簡単に受け入れてしまっている状態だ。いや、それを言うなら転生人フェニクスとしての自分という存在にもあまり関心を払っていない気がする。

 そういうものだと割り切って考えている。つまりは、それがすべてな気がしてきた。

 何事もなるようになるし、知るべきこともいずれ分かる。そんな考え方で生きているのかもしれない。

 色々と考えはするものの、何一つまとまらない。

 喉が渇いたので、先程の樹液を少し飲む。

 それだけで活気が少し戻った気がした。考えても分からないことは後回しでもいいだろう。

 そう思う自分に苦笑する。

 結局、俺は単純なだけなんじゃねえか?

 その答えはどこにもなかった。

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