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選択死  作者: 雲散無常
第七章:捜索隊
77/137

7-8


 寝起きは良い方だとクロウは思っていた。

 眠りから覚めて、瞬時に状況把握ができるし動くこともできる。

 しかし、起きたら落下中だという想定は流石にない。目が覚めて周囲がすべて何もない空間だとしたら、状況把握は難しい。おまけに地下世界の空は薄暗く、青空という環境でもない。刹那に自分のいる場所を特定できるはずがなかった。

 ラクシャーヌはまさにそんな状態で叩き起こされた。クロウ同様に寝起きは良い。あるいはそこは連動しているのかもしれない。

 だとしても、無理なものは無理だ。

 (なんじゃこりゃぁーー!!!?)

 常識外れの災魔でも、初手は素っ頓狂な叫びをあげることだけだった。

 (どうにかならねえかっ!?)

 (ならんわっ!)

 間抜けな会話のやり取りの後、物凄い勢いで森の葉に身体ごと突っ込む。

 幸いにして巨木の枝の葉だったらしく、その面積はそれなりに大きかった。肩肘から落ちた最初の衝撃は骨折するほど決定的ではなかった。それでも勢いを相殺するにはまったく足りない。その後も骨太の枝やら棘のある枝やら、危険な障害物が多々待ち構えている。

 クロウは巨大な葉っぱとの衝突で意識を一瞬持っていかれた。肘から走った衝撃が瞬時に全身を駆け巡り、脳震盪を起こしたようだ。宿主の危険を察知したラクシャーヌが叫ぶ。

 (アテル!)

 (はいなのです!)

 刹那、真っ黒な何かがクロウを包み込み、巨木の幹にその一端を伸ばす。更に反対の方向へと別の先端が伸びて、突っ張り棒のような一本の橋ができあがった。

 「うおっ!?」

 急に速度が零になり、クロウの意識も戻った。落下が止まったのだ。その黒い棒の一部からむくりとラクシャーヌが顔だけを出した。

 「このたわけがっ!なぜ、わっちらは今空中におる?何があったんじゃ?」

 「ああ、アテルが正解だったのか。助かったぜ」

 「おまかせなのです!」

 「正解ではないわ!間違いだらけじゃ!それより説明せい!」

 「というか、まずはせめてどっかの枝の上辺りに場所を移そうぜ。アテルが大変そうだ」

 クロウたちは現在、空中で横たわっているようなものだった。アテルが水平に伸びて細長い絨毯を作っており、その上にいる状況では心が休まらない。アテルの変幻自在な性質は応用性が高いことに改めて気づかされたが、それとこれとは話が別だろう。

 「それで、一体何がどうなっておる?」

 場所を太い枝の上に移して、ようやくクロウはラクシャーヌに説明ができた。ここまでの経緯を早口に伝える。ゆっくりとしている暇もない。

 「あれが鳥に捕まっておるのかえ?ふむ……確かに貴重な甘味の作り手を失うわけにはいかんな。して、どこにおるのかえ?」

 「多分あっちだと思うが、落ちてる間に方向感覚は狂ったし、一瞬意識が飛んでたから確証がねえんだよな」

 「なんじゃと?ダメダメではないか、おぬし……仕方ないやつめ、アテルよ、見て来るがよい」

 ラクシャーヌはいきなりアテルを上空へと勢いよく放り投げた。

 「おい、何をっ!?」

 「上から見るに決まっておろう。おぬしに見えたその鳥の巣も、どこかの樹の枝にあるはずじゃ。このむさくるしい葉っぱを抜けた先なら、きっと見えるであろうよ」

 確かにその通りだ。冷静に考えていたつもりだが、クロウは自分の頭脳が十全に機能していないことを悟る。思っているより動揺しているのか。 自答してみるが良く分からない。ただ、焦っている可能性には気づいた。

 それは少し新鮮な驚きだ。

 ウェルヴェーヌを失いたくないと思っているということだ。無意識レベルでその想いが強いということだろう。自身にそのような感情があることに少し戸惑いつつも、どうやら嬉しく思う心があるように感じた。感情が希薄なことが気がかりでもあったので、それは悪くない気づきだった。

 「はい!ここから東の方角に、鳥の巣みたいなのがあったのです」

 きっちり真上に投げられ、真下に落ちてきたアテルは見事にその役割を果たしてくれた。

 早速、その方向へと樹々を飛び移りながら移動する。

 空中では巣の近くに飛び込んだつもりだったが、大分離れていたらしい。地に足がついていない場合の目測は、当てにならないことを学んだ。地上のそれとは距離感が違うということだ。

 「黒トサカ鷲なんてものはわっちは知らぬ。肝心のシロも今はついてきておらんのかえ?」

 「そういや、いつの間にか抜け出てたな。ココの方に移ったのか」

 言われるまで気づかなかった。シロはクロウとココ、どちらの中にもその身を置ける特殊な体質だ。いや、身体はほとんどないので性質という方が正しいのだろうか。

 「過保護な狼じゃな」

 ココたちの関係を考えると当然だとも思える。ある意味、クロウとラクシャーヌのそれと同一だ。

 「お、見えて来たな」

 地上から大分高い樹々の上を飛び跳ねていると、前方に一際大きくせり出した太い枝があり、その上に空から見た器のような巣があった。

 「ふむ?本当にあれは鳥の巣なのかえ?わっちには蛇らしきものがのたうち回っているように見えるんじゃが?」

 ラクシャーヌの言う通り、その巣の中で暴れうねっている蛇の胴体が見え隠れしている。

 先程まで鳥と蛇が空中で争っていたが、舞台を巣に移したのだろうか。

 非情にまずい事態だ。

 あの巣の中には雛鳥、といっても大人の人間よりも重量も面積もあるミニ巨鳥に囚われたウェルヴェーヌがいる。サイズが規格外だと何と表現すべきか分からなくなる。いや、それよりもメイドが危険だ。

 「急がないとやばい。何か飛んでいく方法はないか?」

 「わっちらは飛べないと思い知ったであろう?十分急いでいるではないかえ?」

 「一気に距離を詰める方の『跳ぶ』方法は?魔法か何かで加速みたいなのはねえのか?」

 猿のように木の枝から幹から、かなりの速度で飛び回ってはいても、まだ鳥の巣までは遠かった。何とかしてその距離を縮めたい。その真剣さを察したのか、やれやれといった調子で災魔は身体半分をクロウの背中から突き出した。

 「まったく、わっち使いが荒いやつじゃ。風の魔法の反動を利用して跳び上がるがよい。じゃが、程度は正直未知数じゃ。その場で調節せいよ?」

 「おう、頼む」

 「ならば、タイミングを合わせよ。3、2、1」

 ラクシャーヌは次の0の拍で魔法を発動させた。

 しかし、クロウは1の段階で既に踏み込みを終えて宙に身を投げ出していた。二人の合図の認識にズレがあった。

 半端な状態でクロウは空中へ投げ出される格好になった。

 (なっ!?たわけ!なぜ、合わさぬっ!)

 (いや、お前が遅れたんだろ!俺は1にちゃんと合わせた)

 (いやいや、そこは0じゃろうがっ!?)

 (言ってねえじゃねえか!)

 タイミングを合わせる前にその前提を合わせるべきだったと後悔してももう遅い。妙な体勢で空中に放り出されたクロウは回転しながら斜め上を飛んでゆく。ただでさえ空中制御がまったく利かないところに、思わぬタイミングで加速が加わったために制御不能になっていた。

 (アテル、鳥の巣の上辺りに落ちるよう調節できるか?)

 困った時のアテル頼みだ。自身の形状を変えられるアテルなら、空気抵抗を変えることでどうにかできるはずだととっさに思いつく。

 (ど、どうすればいいのです?)

 しかし、空気抵抗などの概念も知らないアテルには、その方法が分からなかった。パラシュートなどを見たことがあれば、落下速度を緩めるためのかたちなどが分かったのだろうが、そんな知識を地下に生きていた魔物が持っているはずもない。

 (え?いや、こう、傘とか風呂敷みたいに広がってだな)

 (カサ、フロシキ?)

 言葉で伝えようとするが、さっと出てきた単語でも伝えられなかった。後で気づくが、それらは転生人フェニクスの知識らしく、この大陸では存在しない道具だったようだ。

 やがてぐるぐるとまわる視界の片隅に、目的地である鳥の巣が見えてくる。勢いは十分だったようだ。一方で、このままの勢いでは確実に通り過ぎてしまう。

 (とにかく毛布みたいに広がってくれ、アテル。それでこの勢いが止まるんだ)

 (はいなのです!)

 アテルがばっと広がって、たちまち黒い屋根ができる。その端を両手で素早くつかんでクロウはどうにか空中でぶら下がる形になった。斜め上への推進力が徐々に弱まり、落下へとその進路を変えてゆく。

 (またズレておるな。少し右に傾けてやろう)

 ラクシャーヌが風の魔法で軌道修正をして、とうとう鳥の巣の真上までやってきた。眼下では蛇と二羽の鳥が激しく身体をぶつけるように争っている。

 その側で雛鳥は甲高い声を出している。攻撃参加はしていないようだ。ただ、その羽根の中にウェルヴェーヌを抱えているのは相変わらずだ。興奮しているのか、その扱いはぞんざいで危うかった。

 クロウはそちらへ狙いを定めることにする。まずはウェルヴェーヌを救わねばならない。

 高さはまだそれなりにあるが、あの羽毛の上に着地すれば問題ないだろう。

 (アテル、合図を送ったらまた俺の中に戻ってくれ。いくぞ、よし、今っ!)

 カウントダウンの二の舞にならないよう、今度は分かりやすく叫ぶ。

 アテルの空気抵抗がなくなり、目論み通りにクロウは自由落下してゆく。目指すは雛鳥の背中だ。空中で剣を抜き放って、ウェルヴェーヌを抱えているその羽根を切り裂こうとその時を待つ。完全に斬り離さずとも、痛みできっと拘束が外れるはずだ。

 眼前に迫る雛鳥の身体を注視しながら、ここぞというタイミングを待つ。

 あと三秒、二秒、次が勝負。

 そうクロウが思った瞬間、背中から嫌な気配がして身体をひねる。

 体勢が崩れる中で視界の端に飛び込んできたのは、細長い蛇の胴体の一部だった。クロウを狙っての攻撃ではなく、巨鳥とのもみ合いの中で弾かれたものが偶然飛んできたようだ。

 いずれにせよ、とんだ迷惑だった。雛鳥に斬りかかる機会を逸した上、その背中に乗る計画も吹き飛んだ。巣は樹皮を細長く切り刻んだようなものをより合わせて出来ている。ある程度の柔軟性はありそうだが、緩衝材としてはあまり期待できない。このままその巣の上に落ちるとなると無傷ではすまないだろう。

 かといって、一度崩れた体制と進路を変えることはもう叶わない。

 できることは限られている。クロウはとっさに腕を振り、今しがた避けた蛇の胴体へ剣を突き立てる。

 「SHYAAAAAーーーーー!!」

 巨大な蛇が咆哮を上げてその胴体を大きくくねらせる。

 刺さった剣ごと振り払われそうになるのをぐっと堪えて、その身をよじる動きに耐える。そうして鳥の巣との距離が一番近づいた所で剣を抜き放ってそのまま落下する。

 蛇は巨体ゆえ、その胴体が波打つだけで高低差にかなりの開きがあった。その高度の違いを利用して、クロウは安全に地上もとい鳥の巣へと降り立ったのだ。

 蛇の注意がこちらに向けられた気がしたが、かまっている暇はない。

 すぐさま雛鳥の方へ駆け寄る。ウェルヴェーヌを救おうと剣を振り上げようというところで、不意に雛鳥の羽根が動き、メイドを地面にそっと横たえた。まるで後は任せたというような仕草で、雛鳥がクロウを見つめる。ガラス玉のような瞳に敵意は感じられなかった。

 もしかして、この雛鳥はウェルヴェーヌをああやって守っていたのか?

 そんなことを考えながらも、素早く使用人の状態を確かめる。

 肩口が完全に血に染まっており、何かに貫かれた傷口が目に入る。怜悧な美人顔は青ざめたまま少し歪んでいて、いつもの無表情さが崩れていた。意識はないが、身体が痛みを訴えているようだ。血を失い過ぎているのかもしれない。

 とにかく止血だとメイド服のスカート部分を切り取って即席の包帯で肩口をきつく縛る。正しい診断など望むべくもないものの、危険な状態だということは素人目にも明らかだった。

 一早く仲間のもとに戻って適切な処置が必要だと思われた。

 しかし、そこまで対応した矢先に一際甲高い鳥の声が頭上から降ってきた。

 「PIIPI,PIIIIーーー!」

 黒トサカ鷲の一羽がクロウに気づいたのか、標的を変えたようだ。森の中で襲ってきたように、急降下してこちらの身体をその脚で掴もうとしてくる。

 本当はその場から飛び退って避けたかった。それが一番最適な対応だからだ。

 だが、足元にはいまウェルヴェーヌが横たわっている。置き去りにはできなかった。

 クロウは巨大な脚の鉤爪に合わせて剣を薙ぎ払う。

 その重量と落下速度による衝撃は予想以上に大きく、よろけそうになって足を踏ん張る。弾き飛ばすつもりが軌道を逸らすだけで精一杯だった。対格差を考えるとそれだけでも凄いことだが、クロウは気合いを入れ直した。

 思っていたよりも手強い相手だと認識を改める。

 必殺の一撃を逸らされた巨鳥の方も、自身の体勢を崩されて驚いていた。慌ててもう一度空へと舞い戻り、次の攻撃に移ろうとする。

 と、そこで雛鳥が激しく鳴いた。向かう先は親鳥の方だ。

 「PIPIPI,PI,PIーーー!」

 そこからよく分からない鳴き声の応酬が始まって、人間の耳にはやたらうるさいことになった。別の場所では蛇と鳥がまだやり合っていて、そちらも喧しいことこの上ない。

 (なんだ、何を言い争ってる?)

 (わっちにも詳しくは分からぬが、何やら雛鳥の方がそれをかばっておるようじゃな)

 ラクシャーヌがそれと指しているのはウェルヴェーヌのことだ。災魔は人間のことをあまり名前で呼ばない。クロウだけが特別なようだった。

 (さっきもそんな感じだったが、なぜだ?)

 (わっちに聞くでないわ。それより、今のうちにこの場を離れる方が得策なのではないかえ?あのデカブツたちと戦うのも一興じゃが、おぬしの目的はそうではあるまい?)

 珍しくクロウの方を優先してくれるらしい。好戦的な性質なので、巨鳥たちと戦わせろと言われるかと思っていたので意外だ。

 ウェルヴェーヌを担ぎながら、そう尋ねてみる。

 (わっはっは、あやつら如きでは物足りぬ。わっちの眷属にするにふさわしい魔物とのみ、やりあいたいものよ)

 割と強いと思ったのだが、災魔は力不足認定したらしい。

 どれだけ強敵を望んでいるのか。

 ともあれ、急いでこの場から離れることはやぶさかではない。巨体どもに混じって戦おうとはクロウも思っていなかった。

 鳥の巣から飛び降りて、またアテルに広がってもらおうかと考えていると、背後からまたしても何かの気配がした。とっさに剣で応対しようとしたところで、ウェルヴェーヌを担いでいるためにそれが叶わないことに気づく。

 「おぅっ!?」

 なんとも間抜けな不手際でそのままクロウの身体は何かに持ち上げられた。

 何事かと思ったら、なぜか雛鳥のくちばしにウェルヴェーヌと一緒にくわえられている。

 一体何のつもりなのか知らないが、食べるつもりではないらしいことは分かった。

 そして、雛鳥はそのまま鳥の巣から飛び降りた。背後ではまだうるさい鳥の鳴き声が聞こえている。

 もしかして、逃がしてくれようとしているのか?

 楽観的にそんな思いがクロウの脳裏をよぎった後、重大なことに気づく。鳥の巣から飛び立ったはずが、自分たちはいま完全に垂直落下していることに。

 そういや、こいつが雛鳥だったらまだ空って飛べないんじゃ……?

 (アテルーーーー!!)

 困った時に頼れるのはやはり黒い魔物だった。

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