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選択死  作者: 雲散無常
第七章:捜索隊
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7-6


 森の中で歩くということは、高低差、足元の起伏が予想以上に気になるところだと思い知った。

 人の手が入った道がないこともあって、元々が歩きにくいところへ平地ではないという条件が重なると、途端にその難度が増す。

 おまけになぜか、クロウはココを背負っての徒歩だ。

 歩きづらくて仕方がない。

 まだ体調が優れないということでやむを得ない対応だが、自分である必要はないと思っている。いかにも丈夫そうなブレンが適役なはずだが、満場一致でクロウだという結論を出された。理由を尋ねても誰も教えてくれない。まったく理不尽だ。

 別に重荷ではない。ラクシャーヌやアテルを内包している状態なので、肉体的には決して負担ではなかった。単に歩きにくいというだけだ。

 「おっと、ちと止まれ」

 先導をしていたステンドが合図を送ってくる。何かを見つけたようだ。

 その場で皆足を止める。静かにするように唇に人差し指を当てた後、素早く偵察に向かった。何事かと待っていると、すぐに戻ってきた。

 「来てくれ。野営の跡がある」

 それは待ちに待ったガンラッドの痕跡だった。いや、ガンラッドとはまだ断定はできない。だが、確実に何者かがそこにいたことを示唆していた。

 「ここに誰かがいたことは間違いないな」

 ある程度周囲の探索を終えた後で、皆で集まって話し合う。

 「同意。焚火の跡に周囲への警戒用の簡易柵、天幕を張った跡もあった」

 ステンドの結論にミーヤも同意する。

 「気になるのは天幕ですね……」

 ウェルヴェーヌはその手に何かを持っていた。

 「それは?」

 「これは天幕の支柱にしていたと思われるものです。森の中ではよくこうした小枝を寄り合わせて中心に立たせる方法が取られます」

 探索者の運用係としてそうした技術を学んでいるメイドには確信があるようだ。クロウからすると、枝を束にしてまとめたものにしか見えず、その用途も不明のものに過ぎない。

 「そうか。で、天幕がどうして気になる?風雨をしのぐのに野営ではよく使う手段だろ?」

 「はい。けれど、地下世界に雨は降りません。獣除けには焚火の方が効果がありますし、この辺りは夜になって急激に冷え込むということもありません。わざわざ天幕を張る意味があるとは思えないのです」

 なるほど。確かに自分たちも天幕は使っていない。一夜限りのためにいちいち組み立てるのが面倒だからだと思っていたが、他の要因もあったようだ。

 「つまり、何かそうする必要があったってことを嬢ちゃんは言いたいんだな?」

 ステンドが顎に手を当てて考える素振りを見せた。

 その視線はしかし、クロウの頭の上の蜘蛛に固定されている。賢者を当てにしていることは明白だ。自分で考えることを放棄しているようにしか見えなかった。その意図を知ってか知らずか、オホーラが答える。

 「密閉空間が必要だった、外気に晒されたくない何かを使った、一定の温度を保つ必要があった、そんなことぐらいならすぐに思いつくわけじゃが……確定できる証拠はない」

 「単に数日居座るつもりで拠点にしただけじゃないんすか?」

 「確かに、一泊するだけの野営地なら柵まで作らないよね」

 イルルとユニスが違う視点から推測する。

 「ここに留まる理由があったってことか?」

 クロウは改めて周囲を見るが、特に目新しいものは発見できなかった。特別な場所には思えない。

 「何日かここで過ごそうと思うような場所には我は思えぬ」

 ブレンも同じ感想を抱いたようだ。

 「そうだな……一応、足を伸ばせる位置で目立つのは沼地ぐらいで根拠は薄い。周辺は水分になりそうな樹液確保ができる樹木、食べられそうなキノコ類が確保できて獣の縄張りではないってこと。そこから考えると拠点にする条件としては悪くない。体調不良か何かで休息が必要だったなら、ここで回復を待ったっていう推論は成り立つぜ?」

 ステンドが新たな持論を展開した。体調不良という観点はなかった。確かにそれなら、ここでしばらく体を休めるという選択肢は生まれる。ラクシャーヌの吸血による衰弱を最近体験していないので、そうした可能性を失念していた。

 「一人でこの地下世界を渡り歩いているのなら、そうしたアクシデントも十分にあり得ますね」

 「確かに。醜い肌荒れが酷かったなら、天幕まで用意して休んでいたことには納得がいく」

 「いや、絶対肌荒れじゃないっすよ……」

 「ふむ、とにかく誰かがここで何日か休息していたかもしれぬ。この辺りに沢山の人間が住んでいるのではない限り、わしらが追っている者である可能性は高いじゃろう」

 まとめるように賢者が言う。だが、特定の人物だと断言はしないままだ。その証拠がないからだろう。

 「何か魔力の痕跡は?」

 ミーヤがユニスに問いかけるが、首を振られる。

 「一応試したけど特にはないし、元々これはリアルタイム、現在進行形でないとあまり効果は発揮しないと思う」

 「そうじゃな。追えてせいぜいが半日程度じゃろう。特別な魔法を発動したというなら話は別であろうが」

 魔力方面からも個人を特定はできないということだ。

 「なら、もうここに用はないな。先を急ごう。焚火跡からして何日ぐらい前かは分かるのか?」

 クロウの疑問にも色よい返事はなかった。通常の薪の燃え残りの残骸はそこになく、後処理で何らかの工作がしてあるらしい。完全に消し炭となったその状態からは判断がつかないようだ。裏を返せば、わざわざそのようなことをしている時点で追手を気にしている証左とも言える。 

 疑惑を強めながら、一行はまた歩みを進めることにした。



 それからまた一日が過ぎた。

 ユニスの魔力探知には未だに反応がなかった。

 その結果だけを見れば本当にガンラッドがいるのか疑わしいところではあるが、少なくともこの森に人間がいたことは判明しているので、クロウたちの中に無力感のようなものはなかった。目的地の分からない旅ほど厳しいものはない。だが、最終地点が確実に見えているのなら、どれ程遠かろうと人はそこを目指して歩いて行けるものだ。

 「今日はこの辺りで野宿かね。そろそろ活動時間の限界だ」

 ステンドが上空を見ながらその足を止めた。

 地下世界では陽の光による時間経過が計れないため、基本的に各人の体内時計を基本としている。旅慣れた者ほどその正確さは増していく。捜索隊は基礎指針として、決して無理な強行軍をしないことを前提としていた。標的を見つけた場合以外は、できるだけ身体に負担をかけないように規則正しい睡眠時間と休息を取ることにしている。

 「分かった。それじゃ――」

 返事をしたクロウの言葉が突然止まった。

 「クロウ様?どうかしましたか?」

 ウェルヴェーヌが怪訝そうな声をかけて来るが、クロウには聞こえていなかった。

 身体の奥底で何かが急に震えたような感覚にとらわれていたからだ。

 (長殿、我が天敵が近くにいるようだ)

 (シロか?狼に天敵はいないんじゃなかったか?)

 そういう知識が引っ張り出されてくるが、シロは否定した。

 (否。単なる動物種であるならば、熊辺りが一応その類になるであろうが、我のような特殊な種には別のものが存在する。我らは黒トサカ鷲と呼んでいたが、正式名称は知らぬし、種族名かどうかも分からぬ)

 (黒トサカ鷲?魔物の鳥系ならアグイと呼ばれていた気がするが)

 魔物化した鳥の総称は確かそう呼ぶはずだ。自然とクロウは頭上へと視線を向ける。しかし、見えるのは樹々の葉ばかりだ。空と見紛うな地下の天井付近は確認できない。飛行体があっても気づけないだろう。

 (この地下世界とやらでまったく同じ種がいるかも分からぬが、少なくとも同種の気配を感じる。我が魂が反応しおった)

 それに同調したということか。クロウは自身で感じた不可思議な感覚の正体がそれだと納得する。

 「魔物化した鳥の何かが襲ってくるかもしれない。各自警戒してくれ」

 皆に警告を発しておく。この森に入ってから鳥類に襲われたことはない。森の木々が守ってくれるので滅多にないと思っていたが、例外が発生したようだ。

 「攻撃的なアグイがいるってのか?そんな気配はなかったけどな」

 ステンドが疑問を抱きながらも用心深く上空を眺める。

 「死肉漁りのコンドル系のアグイなら森の中にも降りて来るかもだけど、生きてる状態でわざわざ突っ込んでくるかな?」

 ユニスも半信半疑のようだ。それでも臨戦態勢を取っている辺り、クロウの言葉を信頼している証に他ならない。

 「アグイなら魔法も警戒が必要。遠距離――」

 ミーヤが言いかけた言葉を遮るように、何かが降ってきた。こんな状況でなければ木の実か何かだと思っただろう。

 しかし、身構えていた一行はそれを単なる自然現象だと思うほど愚かではなかった。すぐさま落下地点から各々が退避する。

 地面に落ちたそれはその場でジュージューと何かを溶かすような音を立てて、大地を侵食する。

 「げっ、毒なのか?」

 (黒トサカ鷲は毒性の爪を持ってはいるが、あのように切り離して飛ばすようなことはしなかったはずだ。変異種かもしれぬ)

 「ああ、どうやら毒持ちらしい。気を付けろ」

 クロウはシロの情報以上に、相手は危険だと認識する。変異種というのは通常の魔物の上位種の中でも変わり種で、特性があまりにも多種多様すぎて厄介だと言われている。基本的には種としての特徴を持っているが、そこから大きく逸脱しているものも少なくないからだ。腕力系のみの種族だと思っていたら知略も兼ね備えていて裏をかかられた、などという事態もよくある。定石通りの対策が効かないということだ。

 「なんかヤバそうだから、魔防壁を張っておくよ」

 ユニスが用心して防御策を講じようとした矢先、

 「PIIIIーーーーーー!」

 甲高い悲鳴のような音と共に巨大な影が突っ込んできた。

 向かう先はココだ。

 「にゅ?」

 ぽかんと頭上を見上げる褐色の娘の上に容赦なく巨大な嘴が襲い掛かる。翼を広げた鷲のシルエットが眼前に広がっていた。

 クロウは瞬時に飛び出してその間に割って入った。鷲の鋭い嘴の先端に向けて中剣を振るうと、斬り抜けるつもりが弾かれる。鷲の方もその衝撃に驚いたようにもう一度飛び上っていった。

 「でけぇな、おいっ!?」

 ステンドが叫んだように、予想以上に黒トサカ鷲とやらは巨大だった。ココの頭から一飲みできそうなほどの嘴の大きさだったと言えば、想像できるだろう。全体的に黒い体毛に銀色も混ざった体つきで、黄土色の脚には見るからに危険そうな尖った鉤爪がついていた。その瞳は獰猛な赤黒い光に満ちていて、明らかな敵意が見られた。

 「木の上まで飛ばれると、攻撃手段が限られますね」

 「それ以前に視認できない」

 ユニスとミーヤが不満げに頭上を見上げる。

 「いや、それ以上に奇妙なのは、あやつ、木の葉をすり抜けておらなかったか?羽根なり身体なりに当たる音がまったくせんかったぞ?」

 オホーラに言われて確かにそうだったと思い当たる。いくら急降下して来たと言っても、無音はあり得ない。自ら何か音は発していたが、木の枝やらその葉に触れないで地上近くまで降りて来ることは不可能だ。

 「つまり、どういうことだ?何か魔法みたいなもんですり抜けてるのか?」

 「そのように考えるのが妥当じゃろうが、ならば奇声を発する意味もなかったはず。完全に不意打ちができたはずじゃ」

 「興奮状態なのではないか?獲物を見つけた獣にはよく見られる」

 ブレンの言葉には一定の説得力があるが、何か腑に落ちないのも事実だ。

 と、そこでまた上空からぼたぼたと降り注ぐ毒の雨があった。実際には雹ほどの大きさのものがまばらに広範囲にばら撒かれている。

 「オマエら、うまく避けろよ!思ってるより、あの毒はえげつないぜ」

 ステンドの注意は地面の惨状を見れば分かる。先程の毒が到達した大地は二段ほど陥没したように抉られている。毒の影響で周辺が変化したのだ。

 「そう言えば、この毒もすりぬけてるよね?」

 頭上を覆う樹木の葉はかなりの量であるのに、確かに何も影響を受けていない。いったいどうなっているのだろうか。

 毒の塊を避けていると、再び頭上から黒トサカ鷲が急降下してくる。

 今度はクロウを狙ってきているようだ。

 その巨大な嘴を剣先で阻もうとすると、その動きを予測していたのか、大きな嘴でそれを挟もうと頭部を振ってくる。

 そうはさせまいと剣の振りを変えたところで、今度は空中に浮いていた巨大な鉤爪が繰り出されてきた。

 予想以上に伸びて来たので体勢を崩された。剣の勢いが死んで、お互いの攻撃は力のないものになった。思っている以上に頭がまわるようだ。

 と、その時。

 「ああっ!?」

 背後の方からココの叫び声が聞こえた。振り返ると、上空を指差している。

 更に視線を上げると、そこには鉤爪に肩を貫かれて吊り下げられているウェルヴェーヌの姿があった。メイド服の肩の部分が無残に破けて、血溜りが見えた。こんなときでもウェルヴェーヌの顔はいつものように涼し気にも見えたが、その唇はきつく閉じられており、端から血がにじんでいた。痛みに耐えているのが分かった。

 「撃ち落とせないのか、ユニス!?」

 既に中空にあるため、遠距離攻撃が必須だ。

 しかし、ステンドの声に魔法士は首を振った。

 「あの鳥だけに当てるのは無理だよ!ウェルヴェーヌ嬢まで巻き込んでしまう!」

 黒トサカ鷲はもう一匹いたとは思いもしなかった。

 せめてこの一匹は逃がすまいとクロウが立ち上がると、既に対峙していた一匹も上空へと飛び上っていた。

 逃がすものかと近くの樹木を駆け上がって更に跳躍する。

 その手を精一杯伸ばして片脚を掴んだ。

 「俺はこいつで追う。お前らも後から続いてくれ。オホーラはそっちの指揮を頼む」

 「了解した!気を付けろ、クロウ!」

 賢者はすぐさま地上へと飛び降り、クロウは振り落とそうとする黒トサカ鷲との忍耐比べをすることとなった。

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