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選択死  作者: 雲散無常
第七章:捜索隊
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7-5


 夜の森では移動するな、というのは旅人の鉄則の一つだ。

 夜行性動物や魔物が活発化するのに加え、樹々の葉で月明かりすら遮られて漆黒の闇になる空間だ。数歩先もまともに見えず、様々な草木の障害物、決して平坦ではない地面の凹凸と方向感覚を狂わせる似たような風景、それらすべてが組み合わさった困難な場所で、道標もなく進もうというのは自殺行為だ。

 その鉄則は地下世界の森でも変わらない。

 昼も夜もなく薄暗いことが基本の地下世界であれば時間帯は関係ないと思いがちだが、実際は光源にもなる生物や植物の活動時間の問題がある。暗さの違いは明確に存在する上、人は不定期な周期で動くよりも規則正しい生活のリズムの方が体調管理がしやすいという意味でも、昼に動き夜は休むというサイクルが最適だということは探索者の間でも当たり前の法則らしい。

 そういうわけで、経験者の助言に従ってクロウたちは森の中で野営をすることなった。

 実際に夜かどうかは地下世界では判断が難しいが、体内時計でおおよその時間は測れる。

 蟻の集団との戦闘後、他にたいした敵性動物などはいなかったため、比較的穏やかに進んでいた一行だった。

 「この調子で追いつけるもんかねぇ……」

 先程森で狩った猪肉に食らいつきながら、ステンドが誰にともなく呟いた。

 焚火を囲んでの夕食後のひとときだ。

 後で見張り役が待っているミーヤとイルルは既に横になっている。こうした野宿では、交代で警戒する必要があるからだ。

 「ここを通った可能性があるという手がかりを得ただけでも、初日にしては悪くないスタートでしょうよ」

 ユニスが即席の木彫りの器で、魔力回復に利くと言われるなんとか茶をすすり、顔をしかめる。味は良くはないらしい。それでもたっぷりと飲んでもらわねばならない。

 魔力探知はこの追跡の要なので、ユニスの魔力はある種の生命線だからだ。

 「だが、本当にこの地下世界、ひいてはこのような森をたった一人で歩き回っているのか?我には信じられぬ。鬼畜の如き所業のカラクリを生み出す者とはいえ、華麗にこの過酷な環境を生き残れるとは到底思えぬのだが」

 「華麗ではなく、意地汚く生きながらえてるだけかもしれないよ、ブレン殿」

 「ふむ。確かに清雅に生きているわけではないかもしれぬか。醜く這いつくばって逃避行を続けているのか、いや、しかし、その最底辺から駆け上る姿もまた一つの美ではなかろうか」

 ブレンは良く分からない持論を一人でぶつぶつと言いながら、うーんと唸り出す。独自の美意識が強すぎて理解が及ばない。

 「うにゅー……」

 同調するように、膝の上で身じろぎするココが小さく声を上げた。

 ティレム状態になってから魔力の消費が激しかったようで、そのまま気絶するように倒れて眠っている。陰の立役者なのでそのまま休ませているのだが、そのお守り役はなぜかクロウになっていた。別に嫌ではなかったが、問答無用でその役が自分に回ってきたことが不可解でウェルベーヌに尋ねると、深くため息をつかれた。

 「そういうところは直して頂きたいです。その役を他人に譲ることはできません、クロウ様以外に適任はおりません」

 なぜか残念そうに言われても、やはり分からなかった。だが、それ以上質問を重ねられる雰囲気でもなく、今もこうして手元で介抱するような形になっている。

 不思議なのは、もう一人の立役者であるアテルもわざわざ外に出て来てクロウの腕にしがみついてるような状態だった。その方が嬉しいからと言っていたが、やはり意味が分からない。誰かに尋ねようとするも、皆顔を背けてしまったのでどういしようもなかった。

 なんとなく落ち着かないまま、好きに体制を変えられないので軽い負担だと思っていると、ステンドが「そう言えば……」と妙な話を始めた。



 夜の魔法って言われるもんがある。

 辺りを闇に染めて夜にする、とかいう空間系の魔法じゃない。

 夜にしか効果を発揮しない、発動できない魔法のことだ。

 なぜ夜間だけなのか。そんな理由は知らない。ただ、昼間にはどうやったってその魔法は見られない、かけられない。

 なぞなぞみたいに聞こえるかもしれないけど、そういうもんだと納得するしかない。事実、その魔法を昼間に見たってやつはいないからだ。

 で、肝心のその魔法が一体何なのかって話になると、具体的に話す奴は一人もいない。ただ、夜の魔法のほにゃららって言うだけだ。

 ああ、それなら知っているぜってな感じで。

 何が何だか分からないだろ?

 もっと中身を教えてくれって思うのは当然だ。けど、誰もそれ以上は言わないんだ。それでいて、夜の魔法には気を付けろよ、とか真剣な顔で言いやがる。

 どうしろっていうんだよ?って思うわけだ。

 だいたい、そのほにゃららってのは個別の魔法なのか、そういうカテゴリーの分類の一つなのかすら分からない。内容が不明だからな。

 まったくふざけた魔法なんだ。

 「ちょっといいか、ステンド。なぜ、今その話をし始めたんだ?」

 皆が黙ってオレの話を聞き入っていたところに、クロウが割り込んできた。

 随分早いツッコミだ。もうちょっと溜めていく予定だったけど、想定内ではある。そんなに問題じゃない。

 「そりゃ、必要だからだ」

 当然のように言い放つ。

 「必要?」

 確信する。クロウはまだ気づいてない。他の連中は様子から完全に分かっていた。クロウだけが不確定要素だったけど、それもまた確認できた。

 この話の肝は、二回目以降の場合はどういう流れで持っていくかという点になる。

 ミーヤが寝ているのは都合が良かったかもしれない。いや、そういう意味ではブレンもいない方が良かったか。

 けど、歴戦の盾騎士は完全に雰囲気にのまれていた。おそらく、覚えていない。天然は何度もひっかかる傾向が強いという噂もあった気がする。それだけ強いってことか。

 「ああ。これから話すことはよ、平時ではできないもんなんでな。丁度、今みたいな時だけ限定なんだよ」

 わざと持って回った言い方をする。

 ある種の儀式のようなものだ。どこまでそれが影響するかは分からない。多分、誰もそれを特定はできないだろう。そういう風になっているからだ。

 「いまいち要領を得ないんだが?その夜の魔法ってのが、今発動してるとか、そういう話なのか?」

 クロウは抜けているようで鋭い。

 一足飛びに結論を持ってくる辺りは流石だけど、あっさりとそれをされるとこっちの立つ瀬がない。早めにまとめていった方が良さそうだ。

 「まぁ、聞けって。様式美ってのがあってだな。いきなりネタばらしってのはできねぇんだよ」

 「そうか……」

 それきりクロウは大人しく一歩引く。潔いのはこの男の美徳だと思う。未だによく分からない性格だけど。

 何にせよ、ささっとケリをつける方が良さそうだった。意外にも賢者の爺さんも何も言ってこない。本体じゃないからかもしれない。悪くない発見だ。

 ひとつ咳をしてから、話を続ける。

 「さっき言った夜の魔法ってやつの名前はXXXXXって言う。ああ、聞き取れなかったとしても気にするな。そういうもんだからな。で、確認したいんだが、オマエいつからそこにいたんだ?」

 人差し指を向けた先には、焚火の炎に照らされて一人の男の姿があった。

 なぜか棒立ちでそこに立っているのに、誰も指摘すらしない。確実に視界に入っているはずなのに言及されない。

 おしゃべり男はしかし、何も言わない。どこかぼやけた輪郭のまま、無反応のままだ。

 ブレンやウェルヴェーヌ、ユニスもそちらを見るが、特に何の反応も示さなかった。やはり、呑まれている。

 ただ、クロウだけが不思議そうに反応した。

 「テオニィール?どうしてここに?というか、いつからいたんだ?」

 クロウが気づいた瞬間、テオニィールが動いた。その手には魔法士の杖ではなく、鋭い先端の竹槍のようなものを持っている。奴の前髪の特殊な編み込みが揺れる。一番近くにいたウェルヴェーヌの胸元へその槍を突き刺そうとしている。

 だが、誰も動かない。呆然とそれを見ているというより、平然とそれを眺めている。

 この場そのものに、そういう風に支配されているからだ。

 クロウですらその呪縛からは逃れられないようだ。動かない。動こうともしていない。

 すぐさま声を上げる。

 「クロウ!テ-デルーハって叫べ!テーデルーハ、だ!」

 真剣な調子を察してくれたのか、反射的にクロウがその名を声に出した。瞬発力は高い。間に合ったようだ。

 テオニィールの曖昧な輪郭が瞬時に消し飛び、そこにはもう何も見えなくなっていた。

 焚火の薪が爆ぜる小さなパチパチという音だけが、やけに大きく辺りに響く。

 「……今のは?」

 少し間を置いて、クロウが問いかけて来る。

 他の仲間もはっとしたように周囲を見回している。雰囲気が変わっていた。ブランがすぐに事態に気づいた。

 「もしや、呪生物じゅせいぶつか?テ-デルーハ、その名には聞き覚えがあるぞ」

 「ジュセイブツ?」

 「ああ、呪いの生物で呪生物だ。今ならオマエにも聞こえる、というかさっき発音できていたよな?夜の魔法テーデルーハってのがさっき話してたやつだ」

 「それが夜の魔法の名前ってことか?テーデルーハ……なぜさっきはそう聞こえなかったんだ?」

 珍しく戸惑ってるようなクロウの顔が少しおかしかった。いつもは無表情に近いだけに、変化が良く分かる。混乱するのも無理はない。

 「なるほど。どこか妙な雰囲気だったのは夜の魔法のせいか……わしも久々に体験した。というよりも、使い魔の状態だと正直曖昧すぎて認識しづらくなるようじゃな。実に興味深い」

 「なんてことだ!耽美的な経験だと音に聞く夜の魔法を、僕はなんとなくで通過してしまったというのかい!?」

 「あの、いったいどういうことなのでしょうか?」

 知っている奴とそうでない奴の温度差が激しいので、説明することにする。時間も限られてるしな。

 「まぁ、ちょっと落ち着け。後で詳しく説明するけどよ、この場でしかテーデルーハって名前は言えないから手短に話すぜ。まず、夜の魔法テーデルーハってのが呪生物そのものなんだ」

 夜の魔法というのは、魔法と呼ばれてはいるが実際には超常現象に近い。魔法だって一般的な法則をねじまげている非常識な力、現象と言われたらそうなんだが、夜の魔法と称されるものはもう少し複雑ででたらめと言うべきものだった。

 総称として呪生物でカテゴライズされるのは、夜の魔法の種類は多岐に渡りすぎて一意に語れない上に、そのほとんどが呪場じゅばという領域でしか具体性を確保できないという制約があるからだった。生物となっているのも、そのほとんどの現象が生物に擬態するという特性があるからだ。

 そして夜の魔法が発動している状態、呪生物が発生する場では、それを体験したものの記憶が曖昧になって鮮明に覚えていられないという特殊な共通項がある。なんらかの超常現象が去った後、正確に何があったのかを思い出せなくなるということだ。

 それを持って呪いとされ、呪生物と呼ばれているのが通説だった。

 テーデルーハという名前が最初に認識できなかったのも、呪場がまだ確定していなかったからだ。では、デーデルーハという夜の魔法はいったいどんなものだったのか。

 簡潔に言ってしまえば、知人の姿で襲ってくる化け物だと定義される。たとえその場にいるはずがない人間であっても、その違和感に気づけないままに殺されることが多い。呪場が認識を歪め、判断力を鈍らせる効果があるためだ。

 しかし、その異常事態に気づいて『デーデルーハ』という夜の魔法そのものの名前を言うことで、テーデルーハの効力は消え去る。肝心なのは呪場においてその名を思い出すこと、且つ、口にすることだった。

 「だからさっき、俺が叫んでテオニィールが消えたのか。いや、テーデルーハが化けていた呪生物ってことになるのか」

 「ああ、そういうこった。最初にオレが夜の魔法の名前を言ったとき、テーデルーハって聞こえなかっただろ?呪場が作用していた証拠だ」

 「ちょっと待ってください。それなら、なぜ貴方様だけがその名前を記憶されていたのです?反応からするに、ブレン様も知っていらしたように思いますが?」

 ウェルヴェーヌが的確なところを突いてくる。さすがのメイド長だ。

 「それはステンドが転生人フェニクスじゃからだろう。大陸人と影響度が違ってくることは分かっておる。ゆえにこそ、クロウもまたおぬしらよりも早く動けたということになる」

 「なるほど……ですが、それでもまた気になることが出てきます。そうであれば、クロウ様とステンド様で初めから違いがあるのはなぜでしょうか?」

 「初回かそうでないかの違いですぞ、ウェルヴェーヌ嬢。我のような探索者は夜の魔法に関して、必然的に関わることは多い。あまり美しくないことだが、その度に忘れてしまうとはいえ、こうして呪場が確立したときのみ思い出せる。同様に、転生人だとしても、初めてのクロウ殿がまだステンド殿に及ばないのは自然なことであろう」

 「ということは、経験の差……そういうことなのですね」

 「それでいて、呪場では記憶を曖昧にして思い出せなくさせてやがる。厄介だろ?いやらしい仕掛けだからこそ、呪いってことで呪生物だなんて呼ばれてるわけだ」

 初見殺し、などと言われるのもその特性が関係している。だからこそ探索者の間では、ぼかした表現であっても伝えようと努力したりもする。けど、そのことすらあまり覚えていないのが難点なんだけどな。

 「で、その呪場ってのは勝手に消えるのか?」

 クロウは周囲を確かめるように見回しながら言った。今がどういう状況か気になるのは良く分かる。

 「ああ、最初に言っただろ?こいつは超常現象みたいなもんなんだ。通り雨みたいにいきなり降ってきて、あっという間に気づいたら止んでる。面倒なのはその現象が起こりそうなときにしか記憶も戻ってこない、というか忘れさせられてるみたいな状態になることだ。だから、多分、オレらももうすぐこのことについて思い出せなくなるって寸法だ」

 「そうか。魔法以外にも訳の分からない良く分からないもんがあるってことだな。ラクシャーヌも眠ったままってのは感知できなかったのか、どうにかなるから問題なしだと見なしたのか……」

 最後の方は独り言に近かった。何か思うところがあるのかね。

 「まぁ、これでおぬしも経験したと思えば、次に遭遇したときの備えとして悪くはなったということじゃ。とはいえ、夜の魔法はそうそうあることではない。正直、わしもすっかり抜けていたことじゃからな。禁忌の研究の一つと言われるだけはある」

 「爺さんも経験してたんだろ?」

 「探索者時代にの。せめて、地下世界でも起こりうるということだけは記憶しておきたいものじゃ」

 「オレとクロウなら完全に忘れるってこともないだろうさ。ただ、下手に話すと呼び寄せるとかって迷信もあるからな。得体が知れなすぎて、どこまで信じるべきかも分かりゃしねぇ」

 結局その後、夜の魔法について話すことなく夜は明けていった。

 クロウは覚えているのかいないのか、特に確かめて来ることもなかった。どうしてあの時の姿がテオニィールだったのか、ちょっとだけ聞いてみたい気もしたんだけどな。

 とにかく、夜の森では何が起こるか分からない。

 その不思議さは何度過ごしても、増えることはあっても減ることはない。

 厄介事ってのもまた、夜の魔法の一つの別名なのかもしれない。

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