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選択死  作者: 雲散無常
第六章:坦然
69/138

6-12


 分岐路があまりないことは幸いではあったが、道のりは決して短くはない。

 出口までまだ先は長かった。

 クロウたちは一目散に走っていたが、洞窟内の空気の流れというものは速い。前述したように分かれ道が少ないこともあって、一方向からの流れは想像以上に速度が出る。

 ロレイアが走りながら風の魔法で逆風を送ったとしても、後から後から押し出されるあちらの勢いにはかなわない。一時的にそのスピードを遅らせる程度の効果しかなかった。

 「これは、何か対策をせねば出口まで持たぬな」

 賢者が後方を見つめながら言う。

 「何かって何がある?」

 クロウにはアイデアがなかった。ラクシャーヌは既に中に戻っている。天井を崩して堰き止めればよいと災魔は軽々しく口にしていたが、力のさじ加減が難しい。丁度良く壁を作れるとは限らないどころか、下手をすれば全体が崩壊して生き埋めになる可能性がある。分の悪い賭けはできなかった。

 「最終手段はあるが、一時的な保留案の方が望ましいところであるし、あれが洞窟の外まで来るかどうかも確かめたい。適度に追跡してくれる状況を続けたい」

 「それ、完全に囮……」

 イルルが非難するように賢者を見る。

 「その通りじゃが、危険が及ばぬのならよかろう?この機会を逃すと、二度と訪れぬやもしれぬ」

 キリキノコの生態は知っておくべきことであるのは確かだ。

 「けど、あのガスはヤバいんじゃないのか?」

 「長く吸引すると呼吸器がダメージを受ける可能性は高い。有体に言えば、人体には毒じゃ」

 「おい、メチャクチャ危険じゃねえか」

 「防ぐ手立てはあるといっておろう。まぁ、だからといっておぬしらを危険に晒すことに変わりはないのじゃが」

 そんな会話をしていると、地面がぐらりと揺れた。転ぶほどではないが、気のせいで済ませるほどでもなかった。

 「地震?」

 「いや、今の揺れは洞窟内で崩落か何かが起きた際の衝撃に似ておる」

 「前の方から音がしたぞ!?何か嫌な予感がする……」

 先頭を走るシリベスタが叫ぶ。ココは現在、ウェルヴェーヌが背負っている状態だ。

 「罠、か……」

 呟く賢者に反応する。

 「どういうことだ?」

 「この洞窟そのものが何者かの住処だった可能性がある……その防御機構がいま全力でこちらを排除、というより殲滅しにきている気がしてならぬ」

 「何者か……キリキノコもその一部だと?」

 「……それについては後で話そう。ココを刺激したくはない」

 その言葉で思い当たることがあった。オホーラの推測が何となく見えた。そんな偶然があるのだろうか。

 ともあれ、今はこの場から脱出することが先決だろう。

 「分かった。で、具体的なさっきの対策とやらは?」

 話は途中だった。

 「うむ。ロレイアの風魔法を一度本格的に放って時間稼ぎをしようかと思っておったが、先程の騒音を確かめてからの方がよい。それ次第では別の方法を取らざるを得ない」

 「さっきの揺れが何か分かるのか?」

 「おそらくは。確信はないゆえ、まずは見てからにしようぞ」

 黙ってそれに従う。クロウは嫌な予感を抱えながら走った。誰もが同じような感覚なのか、会話は特にない。

 背後からの圧もなくなったわけではない。追い立てられるように走る。

 やがて、先行していたシリベスタが立ち止まっているのが見えた。その後に続く者も、皆同じようにそこで足を止める。

 クロウもすぐに追いついて、やはりな、という溜息と共にそれを見上げる。崩れた岩山が壁となって通路を塞いでいた。

 「さっきの騒音はこの崩落が原因か」

 「完全に意図的のように思えますが……誰かが仕掛けたのでしょうか?」

 ウェルヴェーヌの懸念はおそらく正しい。二度、ここを通っているはずだ。落石が起こるような兆候はなかった。実際、途中にもそのような形跡は皆無だった。都合よくこのタイミングで、この場所で起こるにしては出来過ぎている。背後から迫っている何かと連動していると考える方が自然だろう。

 「閉じ込められた。打開策が必要」

 ミーヤが冷静に言う。

 「俺がこの岩を吹き飛ばす。ロレイアは後方に風を送っていてくれ」

 「分かりました」

 「吹き飛ばすって、下手したら他も崩れて生き埋めになるぞ?」

 ロレイアが了解し、シリベスタが疑いの声を上げる。

 「そこら辺は様子見しながらうまくやるさ」

 クロウには自信があったが根拠はない。感覚的なもので説明できるようなことではない。ただ、保険としてアテルに声をかけておく。

 (アテル、天井とかが崩れそうになったら広がって保護を頼む)

 その考えに至ったとき、オホーラが言っていた手立ての意味が分かった気がした。同時に、その場合のアテルがどれくらいもつのか不明なことにも気づく。アテルの耐久性に関しても、知っておくべきなのかもしれない。

 (はい!お任せください、なのです!)

 (おぬし、気づいているとは思うが、吹き飛ばすのではなく、くり抜く形の方がよいぞ?上から落ちてきた形に見えるゆえ、この岩の塊をどかしても次の塊が落ちてこないとも限らぬ)

 (なるほどな。けど、くり抜いたって結局上から落ちてこないか?)

 (その辺はうまいことやるがよい)

 肝心なところでラクシャーヌは丸投げしてくる。しかたがないのでそのまま賢者に投げる。

 「そういうわけで、うまいことくり抜くにはどうしたらいい?」

 「ぬ?何がどういうわけじゃ?」



 その後、紆余曲折がなかったわけではないが、無事に洞窟は抜け出すことに成功する。当然、死傷者はいない。

 キリキノコの霧は外にまで広がってはこなかった。薄暗い地下世界でも、やはり圧迫感のない空間というのは開放感がある。

 どうにかサンプルとしてキリキノコと岩の合成物を取ってきたので、無駄足ではなかったはずだ。

 クロウは完全に塞がったその横穴の入口を見てそう思った。

 ふと、それは言い訳だろうかと疑問に思ったものの、なんとなく口には出さなかった。

 疲れ切ったような一同はその場に座り込んで、息を整えている。

 「結局、ここは何だったんだ?」

 シリベスタが放った疑問は皆が等しく抱いたものだろう。

 崖下で人知れずひっそりと存在している横穴。中には奇妙な魔法生物と、不可思議な罠。ここが地下世界という常識外の場所であっても、普通ではないことは確かだ。

 その質問の先には蜘蛛のオホーラがいる。賢者は既に仮説の検証が終わったのか、うむ、と軽くうなずく。

 「一つの推測はあるが、傍証はほとんどない。ある種の最悪の想定の一つとして聞いて欲しい――」

 そうして語られたのは以下のようなものだ。

 この横穴は何者かの研究の場、実験の場として使われていた。その結果として岩と樹が合成されたような魔法生物が生まれた。そこにキリキノコが寄生し、何らかの魔物である黒い粘液も合わさった。地下世界を未だ踏破できていない以上、他にもそのような生物がいないとは限らないが、デタラメな混合比率を見る限り人工的なものだと思われる。

 また、脱出時に横穴そのものが塞がれて出られなくなったことから、侵入者を逃がさない罠が仕掛けられていたこと。そのタイミングが適切にコントロールされていたことから、明確な防犯意識が見られたこと。それらから知的な意図が読み取れることが分かる。

 つまりは、この何者かは人間かそれに近しい知性を持った生物だということが導かれる。

 そして、その人物とはウガノースザという非合法な実験をしている魔法士ではないかと締めくくった。

 「ウガノー……誰だ、それは?」

 シリベスタはその件について知らないので当惑顔だ。教えていいのか、という顔でウェルヴェーヌが見てくるので代わりに答える。

 「その名はお前は気にしなくていい。要点は、ここが実験場だっとしたら他にもあるのが当然予想されるってことだ」

 「一か所ということはあるまいな。実験には環境が大事であるし、こうして完全に横穴を塞ぐような仕掛けがあったということは、最悪破棄することも想定しておる」

 「ってことで、こういう危険な場所が他にもあるってことだ。そこでさっきのキリキノコみたいな危険性物をいじくってる可能性が高い。ここにはヤバい魔物だけじゃなく、意志を持ったイカレ野郎が存在してるって話だ。これはギルドと連携してもう少しこの地下世界の安全性を確保しなくちゃまずいかもな……」

 「主、地下世界が安全だとは誰も思ってないっす」

 イルルが胡乱な視線を向けているがそういうことではない。

 「いや、今まで考えていた以上にヤバいってことだ。魔物とかが地上より危険だっていうだけの前提だったけど、これからはその警戒だけじゃすまされないって話だ。魔物は基本的に縄張りやら、餌の関係で襲ってくる行動の指針が分かる。けど、人間みたいに思考する敵がいると仮定すると、他の対策が必要になる。調査権を各国に売ってその安全性を保障している以上、現状の結界だけでじゃ不十分な可能性がでてくるってことだな」

 「実際に結界内で爆発騒ぎもありましたからね……」

 ロレイアが神妙に頷く。そちらは魔道具使い(ユーザー)のガンラッドの仕業のようだが、本質的には同じことだ。知性ある者が関わると、魔物対策のように単純にはいかない。

 「S級の投入を提案」

 ミーヤがぽつりと呟く。ギルド側は一貫してその主張をしていた。地下世界の探索には手練れの探索者が必須となる。今も厳選してその役割を担っているギルド員はいるが、S級という最上位の探索者はいない。賢者の進言で断っているからだ。S級探索者は大陸でも数えるほどしかいない。その強大な力ゆえに付随して多くの厄介事も抱え込むことになるため、敬遠していたのだ。

 だが、そうも言ってられなくなったのではないか。

 「……分かっておる。地下世界の周辺探索は最優先事項となってきた。そろそろ依頼せねばならんかもしれぬ」

 「そうだな。それと、これからは当然俺たちもやる」

 「クロウ様?それは自ら地下世界を探索するという意味ですか?」

 「ああ、ガンラッドのヤツを見つける必要があるし、今回のウガノースザについてもそうだ。こっちも捜索隊を組んでケリをつける」

 ウェルヴェーヌに答えると、賢者が釘を刺してくる。

 「後者は確定ではないがな……」

 「そうかもしれねえけど、もうその前提で本腰入れた方がいい気がする。少なくとも、転移魔法陣の近くに関してはある程度大丈夫だっていう保証くらいは欲しい」

 「後顧の憂いを払拭しておきたいということですね?」

 おそらくそれに近い感覚だと思う。共にクロウの近しい者に関係しており、それを脅かす存在だ。排除しておくべきだ。

 「……そっちの事情はよく分からないから口は挟みたくないが、結局ここについてはどうするんだ?」

 シリベスタが言いにくそうに、しかししっかりと声を上げた。

 それをウェルヴェーヌが黙っていなさいとばかりの視線で睨みつけるが、事情を知らされないまま微妙な会話を聞かされている身であれば面白くはないかもしれない。他人の気持ちに疎くとも、その気配ぐらいは察せられた。

 まだ眠り続けているとはいえ、ココのこともある。この場所が本当にウガノースザに関係していたなら、近くにはいたくないだろう。

 一旦転移魔法陣の方へ戻ることにする。

 「ここに関してはしばらく周辺は立ち入り禁止にする。崩れて入口がない以上、特に囲いとかはいらないと思う。ギルド側に通達だけしておく形でいいよな?」

 「問題ない。持ち帰ったサンプルはどうする?ギルドにも魔物の研究班はある」

 そこは賢者次第だ。その意図を汲み取って、オホーラが決断する。

 「ふむ。実際に地下世界を探索している者たちが調べた方がよかろう。わしに時間があれば率先して調べたいところじゃが、他に色々と抱えている身では効率が悪かろう。結果を知らせてくれればよい」

 「了解」

 ギルド代表としてミーヤがその点は確約する。続けて問いかけてきた。

 「その危険な研究者だか魔法士だかについては?」

 秘密にするのかどうか、という問いだろう。

 「地下世界の探索者限定で公開していい情報にする。それと、ギルドの探索者を疑うわけじゃないが、例の魔道具使いのこともある。もしかしたら内通者というか、関係者がいる可能性も少し考える必要がある。怪しいやつがいないかどうか、ギルド側でも気を付けてくれないか?」

 ウッドパック商会の方にも注意してもらうが、人不足は否めない。そういう意味でも、クロウ自身も積極的に地下世界の方に足を伸ばす必要があると判断した。

 「ギルド員に協力者がいるとは思いたくない……けど、大金で動く者がいるのは事実。注意する」

 「そうじゃな……ギルド側には後で正式に書面で今回の報告書を作る……合わせて、S級の依頼も含めて、な」

 本格的に地下世界の探索を始める時が来たようだ。

 いや、どちらかというと捜索になるのだろうか。

 地上の街の方もまだやるべきことは多いが、今はこちらの方が優先だ。

 薄暗い地下の空を見上げながら、上も下も面倒が多いなと溜息しか出ないクロウだった。


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