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選択死  作者: 雲散無常
第六章:坦然
67/138

6-10


 迫る触手の攻撃を斬りつけて防いでも胞子は飛んでくる。

 つまり、振り払えば振り払うほど霧が広がるということだ。

 まともにやり合える相手ではなかった。普通に戦う場合は、だが。

 「ロレイア、巻き上げるように上方へ飛ばすのじゃ!水平方向では吹き溜まりになって、逆流が起こる」

 オホーラが指示を飛ばす。

 風の魔法を使えるロレイアは、すぐさまそれを実行する。

 霧状に広がった細かな胞子は軽い。ロレイアが起こした風圧に抗えるはずもなかった。

 クロウの視界が一気に開ける。

 神経に訴えかけてくる妙な重圧から解放される。

 やはりあの胞子の霧は何らかの干渉をしていたようだ。突然意識が朦朧とすることはあまりない。

 「それで、いつまでこの枝みたいなのを斬り落としてりゃいいんだ?大雑把な数も把握できねえぞ」

 ある程度の目算が可能であれば、どれだけ大量であっても終わりが見える。

 しかし、その見積もりができない状態で戦い続けるのは余計に疲れるものだ。無限に湧き出る水を斬るようなもので、いつまで続ければいいか分からないというのは色々な身体の配分もできないことを意味する。人は永遠に動き続けることはできない。適切な休息を挟む緩急が必要だった。

 「ふむ……キリキノコの実態がまだ見えぬ。実は中央集権的な群生体だとしたら、ここでいくら枝葉を刈っても意味はない。かといって、本体を探して奥に突っ込んだとて、その本体がいなかった場合は巣の中に囚われるようなものじゃしな……」

 「んじゃ、また後退するのか?」

 「いや、それも悪手やもしれぬ。結局またここから始まるのであれば、今は一手進んだ状態じゃからな。これを手放すのは惜しい」

 それじゃ一体どうすりゃいいんだよ、とクロウは愚痴りかけて気づく。

 何もかもを賢者に頼り過ぎだ。自分で判断しなければならない。

 助言をもらうのと依存することはまったく違う。何もかもをオホーラに委ねていてはダメだ。一応、思考と同時に関連する知識はどこからか湧いて出て来る。粘菌類というのはピンと来てはいないが、寄生するような特性があるものとイメージしてもそれほど的外れでもなさそうだった。

 「良く分からねえが、キノコってのは元々なんかにくっついてるもんじゃないのか?例えばこの枝の本体の樹があってもそこを間借りしてるだけなら、本体をぶっ壊してもそれで死ぬってことにはならねえんじゃ?」

 迫り来る枝のような触手を斬り飛ばしながら、クロウは尋ねる。

 「寄生しているようなものではあるゆえ、その養分が止まれば死ぬ。じゃが、言いたいことは分かる。即効性は確かにないかもしれぬな」

 「ん、けど、あれか。少なくともキリキノコが自立して動かないもんなら、樹の方をどうにかすりゃこんな風に襲ってはこないか」

 「それはそうじゃな。じゃが、普通は枝も動かせるものではない。この本体は魔物系であることは間違いない」

 「なら、突っ込んで確かめるしかねえな。この枝が勝手に伸びて来るのはうざったい」

 キリキノコは脅威だ。それでも、特定の場所に入らなければいいという気持ちだったが、現在のように移動してくるタイプが存在するのは想定外だ。

 危険地域が変動するのは避けたい。

 「ロレイア、後から来る奴らと合流してから追って来てくれ。俺は先行して樹があるかどうか確かめて来る」

 「え?クロウ様お一人では危険すぎではありませんか?」

 「いや、一人の方が動きやすい。霧への耐性も多少はあるみたいだしな。ただ、さっきみたいに不意打ちでやられる可能性もあるから、後から風で吹き飛ばしながら様子を見に来てくれ」

 いざとなれば、ラクシャーヌたちもいる。

 ロレイアは少し不安ではあったが、止めても無駄だと分かっていたのでうなずいた。

 「分かりました。皆が来たらすぐに後を追います」

 頼む、と一言だけ告げてクロウは松明を持って走り出す。

 先程まで暴れていた枝の触手は、その動きについてこられないのか、岩壁を移動する音がするだけで襲っては来なくなった。

 「ふむ……先程の場所で完全に伸びきった状態だったとしたら、素早く引っ込めたり折り返したりはできぬのやも?」

 「取り回しが悪いってことか?」

 「すべて憶測ゆえ、あまりその考察に意味はなさそうじゃがな」

 「確かに。本体を拝めば分かることだな」 

 クロウは駆け足で洞窟を駆け抜けていく。

 次第に空気が重くなっていくような感覚を覚えた。

 「この先で霧が濃くなっているってことか?」

 「先程眠らされた場所はもっと奥なはずじゃが、広がっている可能性はある。ロレイアの風の魔法なしでどう突破する気なんじゃ?」

 「そこにあるのが分かってるんなら対処はできるだろ」

 クロウは剣をちらりと見やる。

 「……普通は剣の風圧でどうにかできる代物ではないぞ?」

 呆れたような賢者の声だったが、否定しないところを見ると可能だと考えていることが分かる。

 未知の魔物に対しても、クロウはあまり恐怖心というものはなかった。強靭な肉体という自分の武器を知ったからともいえるが、それ以前に恐怖というものがあまり分かっていない。思えば、ラクシャーヌに殺されかけたときも、恐怖を感じていたというよりは死にたくないという強い思いの方が勝っていたように思う。

 あの苛烈な感情が恐怖とは思えない。いや、あれが死に対する恐怖というものなのだろうか。

 感情についてもっと知りたいところだ。

 と、そんな思考を邪魔するように地面を這うような音が聞こえてきた。

 それは岩盤をするすると擦っているような音で、同時に「シャシャシャ」というような短い呼吸音のようなものも耳に届いた。

 「蛇か?」

 「こんな場所ではおっても当然ではあるが……ここまでまったく見かけんかったな」

 オホーラがその意味するところを推測する。

 「何かから、逃げておるのか?」

 となれば、やはりキリキノコが寄生している樹木だろうか。

 その気配は未だないのだが、この奥に待ち構えているのは間違いないはずだ。先を急ぐ。

 似たような構造と外観のため、どのくらいまで先程眠らされた場所に近づいているのか分からない。四方八方から岩の向こう側で何かが蠢いている気配はあっても、姿を現さないのが不気味でもあった。

 「……待て。どこからか水の音がする」

 「水音?そんなもんなかったよな。というか、蜘蛛って耳がないんじゃなかったか?視覚と振動で距離をはかるみたいな知識があるんだが……」

 「わしは聴力もしっかりとあるぞ?使い魔状態の場合、生来の種の特性以外に魔法による五感を上乗せできるゆえ、足りぬ部分はわしが魔力で拡張しているようなものじゃな」

 「お前の魔法はでたらめすぎないか……?」

 「転生人フェニクスのおぬしに言われる筋合いはないわい」

 「それよりも水か」

 不毛な会話な気がしたので、クロウは話を打ち切った。言われてみれば、水は定かではないが、液体が跳ねるような音が確かに聞こえる。池でもあっても魚が跳ねているのだろうか。

 「ふむ……これはあるいは……」

 賢者が熟考モードに入る。何か心当たりがあるのかと思ってクロウは足を止めた。

 勢いで突っ込んできたものの、事態は予想とは大分違って来ていた。分かりやすく何かをぶった斬って終わり、というわけにはいかなそうだった。周囲を見渡す。特に怪しい点はない。ただ、いつのまにか壁の向こうのざわめきがなくなっていた。

 あの蔦のような、枝のような何かは活動を停止したのだろうか。

 警戒をさらに強める。

 嵐の前の静けさという気がした。

 「ふむ。ある程度の仮説は立った。クロウよ、ラクシャーヌはおるか?」

 想定より早くオホーラが復帰した。

 「まだ寝てるが、必要なら起こせるぜ?」

 「すまぬが頼む。魔法が必要になる」

 理由は分からないが、賢者がそういうならと災魔を起こす。

 (ふぁぁあ、なんじゃ?わっちはまだ眠いというに……)

 最近眠っていることが多いラクシャーヌが、あくび交じりに文句を言ってくる。

 (魔法がいるかもしれねえんだ、悪いが待機しててくれ)

 (はぁ?藪から棒になんなんじゃ?特段、危険はないようじゃが……?)

 (これからヤバいかもしれねえってことだ)

 「起こした。それで、どうするんだ?」

 「ならばよいか。わしの仮説はこうだ。キリキノコの霧は水蒸気のようなものと先程言ったな?それはつまり、再び冷やせば水となることを意味する。この性質を利用したと考えると、温度を操ることで何者かが、あるいは何らかの自然現象によって状態変化を意図的に起こし――」

 「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

 早口でまくし立てる賢者を遮ってクロウは言う。

 「その、原理とかはよく分からねえから、やって欲しいことだけを簡潔に頼む」

 「ぬ?そうか。原因が分からぬと納得できぬかと思ったが、そう言うのならばよかろう。ざっくりと言うなら、おそらくキリキノコの霧は水たまりのようなもので潜伏している可能性がある。ゆえに、何らかの熱気を感じたなら迷わず氷系の魔法を放って周囲の空気を冷やすんじゃ。そうすれば、夢紫の霧は発生しないと思われる」

 言っている意味を理解しているとは言い難いが、やるべきことは明確だ。

 「なるほど、熱くなったらラクシャーヌが冷やせばいいってことだな」

 「まぁ、そういうことじゃな」

 「なんじゃ、わっちを都合のいい道具扱いしとらぬか、おぬし?というか、状況を説明せい。さっぱり分からぬぞえ?」

 それはもっともな要求だったのでかいつまんで事情を話す。

 「ほほぅ、夢を見させる霧のぅ……わっちでも体験できるなら試してみたいものじゃ」

 妙なことに興味を持ったようだ。災魔はすぐさま外に出てきた。

 「おまえ、夢を見られるのか?」

 「どうなんじゃろか?それに近いものを経験しておる気はしないでもないが……少なくとも、アテルの妙な感覚をおぬしと共に見たことは確かじゃろ?」

 「そういや、そんなこともあったな」

 (はい!それって何の話です?)

 アテルが自分の名に反応した。振り返ってみると、そのことについてアテルに尋ねたことがなかった気がしてきた。もう半ば確定事項で気にしてなかったということもある。他人の事情に頓着してないせいもあるが。

 ゆえに今回も軽く流した。ラクシャーヌも同様の気持ちらしい。

 「それはまた今度じゃな、アテル。とにかく、先に進めばよかろ。その霧とやらについてどうせオホーラが調べるのなら、その時にせいぜい夢について堪能しようではないか、わっはっは!」

 豪快に笑うラクシャーヌに先導される形で再び歩き出す。

 「何やら上機嫌じゃが、何を言ったのだ?」

 「いや、なんか夢を見てみたいらしい」

 「いつも寝ている気がするんじゃが……夢紫の霧の夢ということか」

 急に空気が弛緩したようにも感じるが、危機は去っていない。

 クロウは気持ちを引き締めて災魔の後に続く。ラクシャーヌはたいして松明の明かりを必要としないのか、鼻歌交じりにどんどんと奥へと向かう。まるで目的地が分かっているような足取りなので気になって尋ねると、

 「知らぬ。適当じゃ。まぁ、気になる魔力の塊があるゆえ、そっちへ向かっておるがの」

 この横穴自体、それほど分岐路はない。

 迷うことはないので、進めば辿り着けるということに間違いはない。

 やがて湿った空気が粘り気のあるようものに変わり、ラクシャーヌの鼻歌が止まった。

 「すぐこの先のようじゃぞ。さて、何が出るやら」

 目の前の角を曲がれば、キリキノコとついに対峙できるのだろうか。

 クロウはゆっくりとその足を進めた。

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