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選択死  作者: 雲散無常
第六章:坦然
64/137

6-7


 地下世界で爆発騒ぎがあったという報告があったのは、その日の真夜中のことだった。

 転移魔法陣を調査していたロレイアが、例の魔道具使い(ユーザー)の仕業と思われる魔道具で襲撃されたという。

 たまたま同席していた探索者ギルドのミーヤの機転で怪我はなかったとのことだが、ガンラッドの潜伏先が地下世界だという可能性が限りなく高まった。

 今回はその魔道具の破片がまだ残っているとのことで、早速確かめに行くこととなった。

 オホーラは生身の本体で行きたがったが危険なので、使い魔の蜘蛛でクロウに同行している。他にはウェルヴェーヌは勿論のこと、シリベスタも連れていくことになった。

 現在はベリオス所属として預かっているものの、他国の者をこの件に関わらせるのはよろしくないとクロウは思っていたのだが、当の賢者が「それも一興」と何やら含みのある言い方で承諾したので、そのまま連れていく運びとなっていた。

 いざとなればアテルで五感を奪って情報を遮断すればいいという提言に納得したからでもある。

 そしてもう一人、ココも同伴している。例のウガノースザという外道な魔法士の名を思い出してから、どこか不安定な様子を見せている褐色娘は、いつもなら寝ているはずの時間になぜか起き出して一緒に行くと言い張ったからだ。シロ曰く「漠然とした予感めいたものを感じる」ということなので、これもまた必然の流れなのかもしれないと受け入れた。

 一体何の予感なのかは知らないが、あまり深く考える時間もなかった。

 最近は色々と続いていて、いや、常にそんな感じではあるのだが、睡眠時間が足りていないので頭はまったく冴えていない。ラクシャーヌは当然の如く爆睡状態で羨ましい限りだ。

 そんな風に半ば呆けたままの状態で地下世界へと降りると、始まりの村の拠点でミーヤが待ち構えていた。

 「早かったな。すぐに向かうか?」

 挨拶もそこそこに聞いてくる。

 「ああ。ロレイアは現地か?」

 「そう。欠片を収集中」

 今回の魔道具のことだろう。その可能性にいち早く気づいて対応してくれているのは有り難い。

 ミーヤは相変わらず頭までフードを被ったスタイルで素っ気ない態度だ。だが、爆発したという魔道具をとっさに危険と察知して蹴り上げてロレイアの身を助けてくれたように、決して冷淡なのではない。人間とは一定の距離を置いているだけだ。

 と、その視線がメイド姿のシリベスタで止まった。

 「意味不明……」

 「な、何だ貴様は?急に失礼だぞ?」

 ミーヤはまだシリベスタがウェルヴェーヌの配下になったことを知らない。ニーガルハーヴェ皇国の人間だということは把握しているので困惑するのも無理はないだろう。道すがら、ウェルヴェーヌが説明した。

 「愚か」

 「ぐっ、き、貴様っ!?」

 見事に一刀両断されてシリベスタが怒り心頭になっていたが、あまり反論もできないことを自覚もしているようで、独りで煩悶しているという残念な結果となった。今後もこの近衛長はそうした自己責任の嵐にさいなまれそうだ。そうなることが分かっていて、エルカージャ皇女が送り出してきたのだとしたらなかなかに厳しい処置だ。

 傍らの眼鏡メイドは「当然のことです」としれっと断言しそうではあるが。

 転移魔法陣を使って現場に着くと、ロレイアが素早く駆け寄ってきた。

 「クロウ様、オホーラ様、わざわざご足労頂いて申し訳ありません」

 「今は蜘蛛ゆえ、大した手間ではない。して、その中に欠片が?」

 「はい。集められる限りのものはほぼこの中に」

 籐籠を持ち上げ、中身を見せて来る。報告通りに、そこには陶器のような割れた欠片が幾つも詰め込まれていた。

 それらが本当に魔道具だったならば、なぜ陶器なのか。

 例の籐籠を持っていた研究班の証言によると、中身は陶器のコップだったからだ。ロレイアに渡すよう頼まれたという。特製のお茶だと言われたらしい。その渡してきた人物については記憶が曖昧なことも含めて、ガンラッドだったのではないかという推測がなされている。

 「傷は……ぱっと見は見当たらないな。というか、これ全部傷ものじゃねえか?」

 欠片を指でかき分けるが、それらしいものは発見できない。

 「砕け散っておるからな。ある程度元の形に復元してからでないと、飛び散った際のものか、元々あったものかの切り分けもできまい」

 「そうか。それと、根本的な質問なんだが、陶器なのに爆発しても完全にぶっ壊れてないのはなぜだ?イメージだと、もっとこう、完全に粉々になる気がするんだが違うか?」

 「それは魔道具じゃからだな。魔法によるコーティング、防護機能がかけられていたに違いない。魔力を閉じ込める意味でも、そのような仕掛けがあったことは容易に想像できる」

 「なるほど、そういうもんか。じゃあ、一回どっかに広げてみるか」

 「だとしても、さすがに全部は残っていないかと。一部は確かに集めた欠片のようにここにありますけど、完全に砕け散ったものもあるはずなので、都合よくその傷があった場所が残っているかは微妙な気がします」

 ロレイアの疑問に蜘蛛のオホーラが笑う。

 「ひょっほっほっ。じゃからといって、やることは変わらぬよ。そうであろう?」

 ここまで来たのだから当然だ。まずは動け、試せと賢者は言いたいのだろう。

 「そうですね。ところで、そちらの方は……?」

 「……またこの流れか」

 シリベスタの溜息はしばらく続きそうだった。



 陶器の復元作業は比較的あっさりと終わった。

 途中で該当箇所が偶然見つかり、その周辺を重点的につなげたところ、運よく三本傷が見つかったからだ。

 完全にその部分が残っていたわけではないが、歯抜けを推測で埋めれば誰もがその形を想像できるくらいにはきっちりと表れていた。

 「これで、確定ですか?」

 ロレイアが険しい顔で腕を組んでいる。その意味するところはあまり穏やかではないからだろう。

 「おおよそ疑いの余地はない。じゃが、そうなるとその意図は何か、という話になる」

 「オホーラをおびき寄せる罠か何かか?」

 すぐに思いつくのは撒き餌の可能性だ。

 「イルル、周りにそれらしいのはいるか?」

 「ん、いなさげ。少なくとも本人は」

 ずっと気配を消して周囲を警戒していた諜報員は、含みのある返事をした。

 「どういう意味だ?」

 「魔道具使いが魔道具を使わないはずがないっす。で、そっちの索敵にはそれほど経験値がないっす」

 魔道具でこちらの状況を監視している場合、それを感知できるかどうかは分からないということか。

 「確かに何らかの魔道具が仕掛けられているとしても、それを検知できぬ場合はあるじゃろうな。ここらの空気はマナが特殊で、魔力探知も精度を欠きやすい。きゃつがこちらを拠点に潜伏していたのなら、既におおよその空気感を掴んで、ここに特化した魔道具を作っていることも十分に考えられる」

 「見張られてるとしたら、やっぱオホーラが狙いだよな?今もタイミング待ちか?」

 「本体が来ていればそうかもしれぬが、今は使い魔状態じゃ。仕掛けるとしたら地上の方へじゃろうが、こちらが二度も失態をおかさぬよう厳重に対策していることは分かっておるはず。次はやはりどこか別の場所へおびき寄せようとすると考えてはおるが……」

 「今回の爆破はそのための実験か何かですか?」

 今回狙われたのはロレイアだ。それをもってして賢者が動くかどうか、微妙な線だとしか言えない。少なくとも確実な手ではない。

 「実験、という一面はありそうじゃが、ロレイアで試した意味はまだ分かり兼ねる。たまたま機会に恵まれただけなのか、罠を張っていたのがこちらだったのか」

 さすがの賢者もまだ見通しは厳しい状況のようだ。手がかりがあまりないので当然ではあるが。

 「ふむ……さっきの魔道具の話に戻るが、それをどっかに仕掛けて見張っていたとしても、本人がやたら遠くにいるってことにはならねえよな?どういう仕掛けが知らねえけど、魔道具経由でこっちの動向を探っているとしても、それを受け取るために本人はある程度近くにいるはずって認識で合っているか?」

 魔法は決して万能ではない。とりわけ、距離を離して実行するものは極端に限られるのが常識だ。遠距離と呼ばれるものでも、魔力が届くのは目視範囲が限界というのが一般的だった。魔道具でもそれは変わらないはずだった。

 「うむ。今のわしのように中継を幾つか使って、遠距離での魔法の行使というのはなくはないが、魔道具でそこまで連携したものは聞いたことがない。せいぜいが目視のニ、三倍程度と考えておけばよかろう」

 オホーラの場合は破格すぎて常識外だというのは共通認識としてある。常に例外扱いだ。

 「そうなると、やはり魔道具を爆破してみせることで、オホーラ様をここにおびき寄せたかったのでしょうか?」

 「一番分かりやすい答えはそうなるが……デメリットの方が多い。きゃつにしてみれば、それでここに自分がいることをバラすことになるし、こんな雑なやり方をする必要はない。わざとわしらに分かるように動いたその意味を正しく理解せねばならぬ」

 「何か推論は?陽動ってのは、さっきの話からするとなさそうだし」

 「わしに関係する者を見せしめのように殺してまわる、というような嫌がらせは考えられなくもないが……今このタイミングでの必然性はあまりない。むしろ、地下世界にいるぞとアピールする意味の方が強そうな気も……」

 「居場所を知らせてきたってことか?それこそデメリットしかないような気がするぜ」

 「こっちが正体に勘づいてきたことに気づいた、とかっすか?」

 イルルも首をひねっている。

 「そういう兆候があるのか?似顔絵が出回っていることに気づいた、とか」

 「いえ、ないはずっす。そこらは慎重に対応してるっす」

 「何か事情ができた可能性?」

 ミーヤの推理に賢者が反応する。

 「ふむ?確かに、動かざるを得ない何らかの状況が発生したのなら、今回のように雑なやり方でわしを引っ張り出そうとしている、という見方はできなくもないな。それも、自身のリスクを顧みないほどに急を要するという前提じゃが」

 「何か最近、地下で変わったこととかあったか?」

 「特に変化はない。盗賊たちが寄生獣に襲われた程度」

 「ああ、ラカドたちか。実はあそこにも関係していたってことは……あり得るのか?」

 「いや、その関係性はなかったはずじゃ。とはいえ、間接的につながるということはなくはない、のか……?」

 何やらオホーラは思いついたらしく、そこで言葉を止めた。

 ここでいくら考えても答えは出なさそうだ。ココがクロウに寄り掛かるようにして半ば眠っていることからも明らかだ。進展がない。そう言えば、何のためについて来たのか。

 (シロ、予感とやらは何か分かりそうか?)

 (いいや、長殿。まだその時ではない)

 一体何が起きるというのか。アーゲンフェッカは多くを語らないが、何か確信めいたものは感じているようだ。

 小屋の中で奇妙な沈黙が続く中、不意に戸がノックされ、ウェルベーヌが顔を出した。

 事情をあまり知らない、知らせる予定にないシリベスタがいるので、メイド二人は外に待機させていたのだ。

 「クロウ様。ネーレ王国のワゼル様が面会を求めておられますが、いかが致しましょうか?」

 ネーレ王と言えば、地下探索がしたいがために調査権を求めたという変わり種だ。さっきも転移魔法陣のところにはいなかったはずだが、帰ってきたということか。

 訪ねて来るのならば、どちらかというとオズウェン魔法共和国の方だと思っていた。すぐ隣で爆発騒ぎがあったのだ。気にならないはずがない。しかし、その直前に向こうも魔光現象とやらでロレイアに謝罪してきていたくらいで、実験の一つとして寛容に受け止めたのかもしれない。

 「用件は何か言っていたか?」

 「それが、何か不穏なものを発見したとかで……早めに確認した方がいいのではないか、ということです」

 またもや厄介事が増えそうな話だ。

 「ふむ……その言い方だと何やら現地に赴く必要がありそうじゃな。考え事の気分転換に出向いてみるのも一興かもしれぬぞ?」

 賢者が呑気にそんな助言をしてくる。

 「いや、この状況でのこのこ散歩してていいのか?ここは少なくとも結界が張ってあるから――」

 そう言った途端、クロウは自分ではっとして気づいた。

 「そういや、魔道具は普通に結界内でも機能していたってことになるのか」

 「そうじゃな。この結界は中に入ってしまえば、何ら制限するようなものはない。あくまで魔獣などが外から入れなくするようなものゆえ」

 「要するに、別にここでも他でもそんなに違いはないってことか……」

 ならば迷う必要はない。

 クロウは小屋の外に出てワゼルと会うことにした。とはいっても、クロウとしてではなく放蕩貴族のロウとしてだ。最近はその状態が通常になってきていた。小国とはいえ、調査権を持つ一国の王相手なのでクロウであることを明かしてもいいが、領主と会わせろといった要求もないので、ロウで通したままなだけだ。オズウェンの方も同様で、やはり領主としてのクロウで挨拶したことはない。そういう社交辞令は面倒なので助かっていた。

 表に出ると、転移魔法陣の近くでワゼルとその護衛らしき男が立っていた。名は確か、ハスハスとかだった気がする……何か違う気もするがどうでもいいだろう。

 「おっと、ロウ殿が来ていらっしゃったのですね。ごきげんよう。そして、ならば話は早い。探索中に物騒なものを見つけましてね。ベリオス側に早急に知らせるべきだと思った次第です」

 「ああ、たまたまこっちにいたんで、話は俺が聞こうと思う。で、その物騒なものってのは?」

 「その前に、ここで話しても大丈夫でしょうか?」

 ちらりとウェルベーヌやロレイア、ココなどに視線を向けた。それだけ重大な秘密になるかもしれないということだろう。

 「ああ。問題ない。これでも一応、ベリオスの運営上層部関係者しかいない」

 「そうでしたか。いらぬ心配でしたね、失礼しました。では早速。ヤスパス、あれを」

 護衛の男が黙って一礼すると、クロウに向かってその手のひらに載せたものを差し出してきた。

 「これは……」

 「ふむ……やはり、現場に行かねばならぬようじゃな」

 また違う厄介事がやってきたようだった。


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