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選択死  作者: 雲散無常
第六章:坦然
59/137

6-2


 ミレイ=ウッドパックは中庭の東屋で頭を悩ませていた。

 目の前の丸テーブルの上には報告書の山が積まれているが、どれも期待する内容ではない。

 今日何度目かの貧乏ゆすりをしようとして「お嬢様、いけません」と執事のノーランにたしなめられる。

 「せやけど、ノーラン。こんなんじゃナイスポイントは一向にたまらんで?今こそ、うちらが存在感を発揮するチャンスやのに、人一人見つけられんようじゃシャレにならへんわ」

 ウッドパック商会は表向きは暗器販売を行っているが、裏ではベリオスの町の諜報機関として動いている。先日の道楽の賢者暗殺未遂事件の犯人として、ガンラッド=ハルオラという男が主犯格だと特定された。その身柄確保に向けて最優先で探しているのだが、満足な成果が得られていない。

 まだこの町にいる可能性が高いはずなのに、まったくその影すらも見えないという状況だった。

 「それと貧乏ゆすりとは関連がありません。はしたない真似はしませぬように」

 それなりに暑くなってきた季節だというのに、いつもの執事服をきっちりと着た初老のノーランは汗一つかくでもなく端麗な佇まいだ。

 「いけずやなぁー、自然な運動くらい許したってやぁ」

 「自然な運動ではありません。間違った習慣はよろしくありませんぞ。それより、既に会員が枯渇状態です。依頼をこなすにも人材が足りていないかと……」

 「分かっとる。こっちに呼んだ補充員がもう少しで着くはずや。それでもまだ足りひんけども、ない袖は振れんし、養成もまだ不十分。問題は山積みやとしても、やれることをやるだけや。愚痴っても銭は落ちてこんで?」

 「いえ、現状を理解されているか確認しただけです。それと、賢者様を狙っている不届き者捜しも大事ですが、地下の方も蔑ろにはできません。クロウ様もまだあちらに着手できていないようですので、今のうちに情報を集めていた方がよいかと」

 「ノーランはあっちの方が脈ありだと思うてるわけやな?」

 「はい。少なくとも足取りを追えていますから、影も形もない暗殺者よりは可能性が高いかと」

 「担当してるんはどこやったか?キヤス隊は……デオムの方に全員派遣してるよってに、ベガ隊の方からやっけか。むぅ、最近は配備するんも目まぐるしくてうちもこんがらがっとるな」

 「特に固定で担当させてはおりませんな。尋問役は色々いた方がいいだろうと、お嬢様自ら決めたことです」

 「ああ、せやせや!そんなん言うた覚えがあるわ!なんや、本当にこの町は色々ありすぎてすぐに状況が変わりすぎるっちゅうねん。して、その報告書はどこやったか……」

 ミレイがテーブルの上の書類をまさぐると、ノーランが気遣わし気に言う。

 「お嬢様、お疲れですか?いま、その報告書を待っているところだったのですが……」

 「おうふ!?せやったな……ほんまにうち、てんやわんやになっとるな。まずは落ち着かな、せっかくの庭でも鑑賞して――って、ほぼ全部馬車で埋まっとるやないかーい!!」

 一人突っ込みするミレイの言う通り、中庭にはウッドパック商会の連結式の荷馬車が何台も停車しており、完全に停車場と化していた。手入れされていた草花を無視して、無骨な馬車が鎮座している。商会は旅をしながらの行商人の形を取っていたので、大型の荷馬車を店舗にしていた。必然、その大きさのものが並んでいれば視界は埋まる。

 「諜報活動に人手を取られて、店としては現在一台しか稼働しておりませんからな。クロウ様が広めの庭のある屋敷を提供してくださって、本当に助かりました」

 この庭付きの屋敷は領主のクロウに用意された場所だった。商会の拠点として自由に使えるようにと与えられている。

 「完全に飴としてやけどな。ほいで、めっちゃ今、うちらは鞭を振るわれてるっちゅうわけや。依頼の山、やま、ヤマや!釣り合っとらんで、ほんまに」

 「そう望んでいたのはお嬢様ですよ?退屈しない毎日でしょう?」

 執事のノーランは、主の性格を良く分かっていた。何だかんだといいながら、この状況を誰よりも楽しんでいることを見抜いている。

 「まぁ、そうなんやけどな。さすがにここまで人手不足になるとは思わんかったわ……とりあえず一個ずつ片づけて、早う会員を増やさなあかん」

 「さようですな。そのためにはまず、現在の依頼状況と進捗を一度まとめた方がよろしいかと存じます」

 「それ、自分もうやってあるのにうちにやらせようとしてるんやろ?まったく、鬼畜やわぁ」

 非難するような視線を向けながらも、ミレイは既に白紙の紙にすらすらと状況整理のための文面を書き連ねている。

 執事とのこうしたやりとりはいつものことだ。商人として、部下を束ねる上司として、全体の現状把握がどれだけ大切なことかは理解している。そのために一度書き出して確認する方法が役立つことは、何度も経験して実感していた。

 「まず一つ、ここベリオスの町に対する周辺国の動向チェック。今の所平穏。引き続き監視続行。

 次、町の新参者の身辺調査。現在、特に不審と思われる三名の調査中。報告待ち。緊急性はないが、人員不足。近々追加予定。

 次、探索者ギルド上層部の健全性チェック。現状、不審な点なし。ギルド員の不審者に関しては内部監査を信用可能と判断。今後は最低限の監視で一応続行。

 次、転移魔法陣の調査隊を持つ各国の監視。ガードが固く難航中。無理はしない方向のため、どこまで調査が進んでいるかは不明。今後、どこまで踏み込むかはクロウはんと要相談。調査国増加につき、人員追加予定。上級が望ましいため、一部召喚中――」

 一気に文字を書きつけ、それを読み上げる。童顔なミレイの顔が年齢に見合わぬ険しいものへとなってゆく。

 「次、ウィズンテ遺跡中層の地下世界に迷い込んだラカドの侵入口の追跡。ベリオスの警備隊と連携して調査中。報告待ち。途中経過において手応えありとの連絡ありっと……なんや、この意味のない備考は?具体性のない内容なんて連絡すなや。担当は……ココレンかいな。ノーラン、まだあの娘には現場は早かったんちゃうか?」

 「……人手不足ですからな。何事も経験です。ちなみに、直筆の連絡文面はもっとアレでしたので、大分表現は柔らかく伝えております」

 「全部、無駄な努力やないか……んで、ここに注力しいって話やったけど、どないするん?追加で誰か人を送るんか?」

 「そう思っておりますが、何にせよ次の報告次第ですな。それを以って判断するしかないかと。幸い、今日明日にはその一報があるはずです」

 「ほうか。なら、待ちでええな。次、賢者様を狙ってるガンラッド=ハルオラという探索者の近親者、おそらくは孫の捜索。当人の人物像、生涯に関しては見聞屋からの情報待ち。警備隊の特別捜査班とも情報共有しつつ最優先事項の依頼。ベガ隊が担当中。成果はまだなし。こんなところやな?」

 「そちらについては例の報告書も参照して、もう少し掘り下げた方がよろしいかと」

 ミレイはクロウの方から回ってきたニーチェルの報告書を思い返す。

 「ああ、あのおもろいやつやな?書いたんはあの眼鏡メイドと同じ使用人らしいけど、うちの方に引っ張ってこれんか?わざとふざけ倒しとっても、あの書き方はかなり教養高いで?」

 「スカウトはあきらめて、真面目に内容について考えましょう。優先順位が高いこともそうですが、賢者様を失うのはこちらとしても痛手です。犯人を捕まえるのは至上命題ですぞ?」

 「分かっとるがな。ちくっと外れただけやないか。で、載ってた襲撃方法に関してノーランはどう思ったんや?」

 「一言で言えば無茶苦茶、ですな……正直、花粉と結界を組み合わせての催眠効果など、破天荒すぎる発想です。聞いたこともありません」

 「せやな。けど、裏は取れとる。二巡りほど前から屋敷に花を搬入しておるし、そこから準備は始まっとった。花屋は当然、自分らの商品にそないな怪しいもんが仕掛けられていたことなんて知らん言うて、育て方と売り込みを紹介した商人が犯人やと言い張った。ま、十中八九そいつが例の魔道具使い(ユーザー)の可能性は高いわな」

 その辺りの調査は会員が行ったので、詳細な報告をミレイは受けていた。

 「しかし、その男の外見などについては花屋の主人の記憶は曖昧という不可思議な状況。何らかの薬を投与されて記憶操作されている、というのも何とも信じがたい報告です」

 「同じような証言が探索者たちにも多いんやから、そういう方法が何かあることは間違いないやろな。捕まえたら、是非うちでもそこら辺を取り扱いたいわぁ」

 「お嬢様、そのような薬は危険です。大量に扱うのはお勧めしませんぞ」

 多少なら売買してもいいということだ。ウッドパック商会は非合法なものも適度に扱っている。清廉潔白な経営方針ではなかった。綺麗事だけで商売が成り立たないことをノーランも良く分かっている。もっとも、薬かどうか、売買できるものかどうかも定かではないが。

 「催眠を促す結界っちゅうのも珍しい。精神干渉系は特に希少やけど、屋敷全体をカバーできるほどってよっぽどのもんやで?あり得ると思うけ?」

 「その点に関しては、賢者様が肯定している補足がありましたな。意にそぐわない命令なら不可能でも、単にどこどこへ向かえというような、今回の誘導であれば十分実行できると」

 「なんやて?そんな補足あったんか?」

 「お嬢様、さては他の関係報告書を見逃していますな……?」

 執事のジト目から慌てて顔を背けるミレイ。

 「あ、ああ、そういえばそんなん見た気もするで……とにかく仰山あったからな、ちくっと度忘れしただけや。で、実際に使われた魔道具の方から何か分かることは?ガンラッドいう息子だか孫だが知らんけど、完全な一点モノだとしても、そこに至るまでの技術で世の中に流通してる試作品とかがあるもんやろ?」

 「そちらの線も追っていますが、今の所芳しい報告はないようです。流通していたとしても暗殺用具ですからな、声高に吹聴するような輩はいないでしょう」

 「そらそうか。なら、鳥屋の方はどないなっとる?チャラ男呼ばれとるバカを仲介したとこを攻めるのもアリやろ?」

 鳥屋というのは人材斡旋業を生業とする者の総称だ。主に非合法な労働力、技術屋などを扱うため、裏稼業に精通している情報屋に近い存在だった。必要な場所に鳥に見立てた人材を放つという意味で、鳥屋と呼ばれている。秘密厳守であることと人脈が広いこと、一定の地域において連絡網を持っていることが条件となり、一朝一夕では通用しない業界であるため、たいていの鳥屋というのは名が知れている。

 ゆえに本来はその元締めをさすのだが、最近では放たれた鳥の方も鳥屋と呼ばれる傾向にあるので、少しややこしい。自ら鳥屋を名乗っている場合「俺は雇われただけの何でも屋だ」の意味で使っていることも多かった。

 「特定したとしてもやはり必要最低限の情報しか持っていないと思われます。今回の敵は簡単に足跡を残すような真似はしていますまい」

 「けど、暗殺の場合はさすがに信用できる筋からの紹介が必須やろ。人を辿って行けば何か見つかるんちゃうか?」

 「そこも探索ギルドのA級という肩書がありますからな。例えば鳥屋を紹介した貴族辺りが無条件に騙されたなら、それまでです」

 「……ギルドの方でも人物像は曖昧やったか。うちらも定期的に会員のチェックした方がええかもしれんな。明日は我が身やで?」

 「はい。その改善案は次回から取り組む予定です」

 さすがの執事である。ミレイは満足そうにうなずいたが、ガンラッドの件に関しては何も進展していない。用意周到な相手であることはやはり間違いないようだ。

 「個人的な恨みが原因言うなら、まだあきらめへんやろな……」

 ガンラッドという男と賢者の関係性についても聞き及んでいる。オホーラの言うことが真であれば完全な逆恨みだが、説明して分かってもらえるとは思えない。親子代々で培ってきた怨念のようなものだ。人間の業というものを感じる。

 「だからこそ、早く見つけなければ……ん、報告が来ましたかな?」

 ノーランが屋敷の入口の方に顔を向ける。

 「ちゃうようやで?ありゃ、クロウはんやないか?」

 ミレイが首を傾げる。忙しいはずの領主が訪ねて来る理由が不明だった。だが、見間違いようもない。

 「会長……主が用があるって」

 「ぬぁっ!?急に後ろに立つなや、イルル!それに、そういうことはもっと早う言え。ほとんど目の前に来てから報告してどないするねん!?」

 「緊急。しかたないっす」

 まったく悪びれることなくイルルが答えた。一応、クロウよりは先行して話を伝える努力はしている。

 「わざわざこちらへ来たということは、相当重要なことでもありましたかな?」

 「ん。主が話す」

 先に話に来た意味がないやんけ、と思ったミレイだったが、久々に見るイルルの姿におやと思った。相変わらずの無表情でやる気のない佇まいだが、どこか違って見えた。何かと思ってじっくりと眺めると、藍色の髪の艶が際立っており整っていた。今まではもっとぼさっとしたイメージだった。

 「なんや、髪の手入れでも始めたんか?」

 「……ウェルヴェーヌさんにやられたっす」

 あの眼鏡メイドの仕業か。なるほど、色々と影響を受けているようだ。悪くない兆候だ。イルルにはやはり他人との交流がもっと必要だったのだと改めて実感する。

 そうこうしている間に、クロウが東屋へとやってきた。褐色娘のココを従えている。今日はウェルヴェーヌがいないようだ。

 「急に悪いな、ミレイ。ちょっと急ぎで伝えておかなくちゃならねえことがあってよ」

 「わざわざ自分で来るくらいやから、それなりのことなんやろ?こんなところですまへんな。飲み物くらいは出せるよって、少し待ち――」

 「いや、すぐに発つから無用だ。実はちょっとそっちの会員の一人を無理やり吐かせちまってな。謝罪と他意はなかったってことを伝えに来ただけなんだ」

 「はぁ?吐かせた?」

 状況が良く分からない。ミレイは説明を求める。

 「いや、たまたまイルルがある会員を見つけてな。丁度良く例のラカド絡みの報告書をお前に届けるところだっていうから、先にちょっと見せてくれっていう流れでいろいろと不幸なすれ違いがあっただけなんだ」

 「不幸なすれ違い?」

 「素直に見せないから、殴って奪ったのん!」

 珍しく遠回しなクロウと違って、ココの言い回しは分かりやすかった。小さな腕を振り上げている。

 「……偶然、拳が当たっただけっす……」

 イルルが視線を逸らしながら呟く。

 「つまり、こちらに報告しに向かっていた会員の情報を、途中でイルルが横取りしたことをクロウ様が謝罪しにきたと、そういうことですかな?」

 ノーランがまとめると、クロウは頷いた。

 「ああ。こっちがイルルをけしかけたようなもんだからな。悪気はなかったってことと、筋を通す意味でも先に伝えるべきだと思ったんだ」

 「ちなみに、はっ倒した相手は誰や?」

 「……カエラ」

 以前からイルルをからかっていた者だ。あまり相性が良くないことは分かっていたので納得はいくが、奪うというのはさすがに行き過ぎた。何か事情があったに違いない、ミレイが問い詰めたが、イルルは「別に」と答えない。代わりにクロウが答えた。

 「詳しくは俺も分からないが、その報告書を自慢げにイルルに誇示していたらしい。内容が内容なだけに、イルルが先に見せて欲しいと頼んだが無下にされ、少しもめた結果ということみたいだな。俺は途中で知って、せっかくだからその報告書も見たってわけだ」

 「ほんまか?クロウはん、さっき、けしかけた言うてたやん?」

 「……内容が気になったから、俺も見せろとは言ったかもしれん。カエルの名誉のために言っておくと、最後までお前に先に見せると抵抗はしていた。あと、気絶しただけで大事はない」

 クロウも視線を逸らして答えた。先程見た仕草だ。似ている。イルルに悪影響を与えているかもしれないと、ミレイは訝しんだ。

 「カエルやない、カエラや。状況はなんとなく把握したで。ほんで、そないに知りたかった内容は?」

 「ああ、あのバカどもが落ちたっていう場所らしきもんが見つかったって話だ。だから、これから向かおうと思う」

 それはミレイたちも待っていた報告だった。

 すかさずイルルがその報告書を差し出して来たので、ざっと目を通す。

 「りゅ、流砂やと?」

 「……お嬢様、理解しておられますか?」

 ミレイはノーランから視線を外した。イルルと目が合う。

 あれ、これは自分の影響だったか。

 一瞬様々な思考が巡ったが、声は勝手に出ていた。

 「うちも現場に行くで」

 よく分からない流れから、ミレイはクロウと共に出かけることになった。

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