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選択死  作者: 雲散無常
第五章:予兆
56/137

5-12


 ウィズンテ遺跡の地下世界の拠点の一つ。探索者ギルドが入口に設けたその場所は、日増しに発展していた。

 天幕から簡易的な木製の住居に建て替えられ、治療所、休憩所、武器保管所と一通りの施設が配備され、柵で囲まれたその場所は地下世界で初の村といってもいいほどの規模で生活ができるようになっている。地下にも川が流れており、水場の確保はできるために飲み水には困らない。

 食料としての農作物に関しては光の関係でまだ有効なものは見つかっていないが、育っている植物などがあることからいずれ食用の何かもあるだろうと楽観視されている。そのための研究用の畑も用意されていた。

 まだこの拠点に正式な名前はついていないものの、俗称的には始まりの村、入口の村などと呼ばれている。

 クロウたちは現在、その場所で休息を取っていた。

 立て続けに色々とありすぎて頭の整理が必要だった。

 上層に突然現れた魔人像、地下世界への侵入者、そこに寄生した未知の魔物。その生き残りが一人。

 今は治療中だが、軽く事情聴取は既に済んでいる。面倒なことになったというのが最初の感想だ。

 「さて、今後の対策が早急に必要なことは分かっておるな、クロウ?」

 それぞれに一息ついた後、賢者がそう切り出した。

 「ああ。とりあえず、あのバカどもが落ちて来たっていう場所を特定しなきゃまずいってことだな?」

 「うむ。あの男が回復次第、地上でそれらしい場所を見つけるしかない。それと例の寄生獣についてはサンプルをこれからいじり倒して研究するつもりじゃ。無策では今後、支障が出る可能性が高い」

 「今まで見つかっていなかったことを考えると、それほど数はいないんじゃないのか?」

 「生息地域がたまたま被らなかっただけかもしれぬ。いずれにせよ、探索者側の行動範囲はまだ限定的で狭い。何より軽く試したところ、通常の武器での攻撃もあまり効いていない以上、脅威度は高い。楽観視はできぬじゃろう」

 クロウの攻撃はあっさりと通ったが、他の探索者の場合、そううまくはいかなかったということだ。対策が必須となる。

 「つーか、『落ちて来た』っていうあいつの言葉を信じていいもんかね?あの話しぶりだと、上層も突き抜けてこの地下世界まで一気にって感じだっただろ?高さ的に即死しなきゃおかしくねーか?」

 唯一の生き残りの男の弁では、気が付いたら地上から落ちてこの場所にいたということだった。ステンドが指摘するように、それほどの高低差からの落下で無事に済むとは思えない。

 「草原のような場所で目覚めたという話じゃから、巨大な葉か何かで衝撃が吸収されて無事だったということはあり得なくはない。それよりもステンドの言う通り、上層も貫通して落ちて来ていることがわしには不可思議じゃ。地下世界と直通でつながる穴のようなものがあるとしたら、そちらの方が問題じゃ」

 「確かにな。けど、ここに降りて来るには審問の間が絶対にあるんじゃなかったのか?あいつらが本当に直で落ちてきたんだったら、その前提が崩れるよな?」

 「まさしく。わしが懸念しているところはそこじゃ。直通の手段があるとなると、色々と面倒が増えてしまう、ギルド側でそのような前例はあるんじゃろうか?」

 休憩所にはスズコもいた。ギルドの支部長秘書は首を振る。

 「いいえ、聞いたことがありません。篩の大扉を経由してのみ地下世界へと至る、という条件は他の最上級の古代遺跡においても例外はありません」

 「あの野郎が大法螺吹きなら話は簡単だろーけどよ、正直そういう感じでもなかったしな。嬉しくない例外が出ちまったってことかね……」

 「ギルドとしても、侵入経路の確認は最優先事項として協力させて頂きます。もしも、地上からどんな形であれ地下世界へと通じる何かがあるのなら、それは遺跡管理の上で重要な情報となりますので」

 探索者ギルドとしても看過できない問題だということだ。

 「あいつからの情報次第か。で、上の像に関しては静観するだけでいいのか?転移魔法が関係してるなら、一応魔法陣の方を調査してる連中の関与も疑うべきか?さっきの話じゃ、関係はなさそうってことだったが、なんかタイミング的に怪しく見えちまう」

 「あちらの像に関しては、意図的にどこかが関わっているとはわしは考えておらぬが……確信があるわけではない。おぬしが気になるのなら、各国の動向についてもっと監視を強めるというのもありはありじゃろうな。人手が足りるかは分からぬが……」

 ちらりと賢者がイルルの方を気にする。

 「……会長と要相談っす」

 ぼそりと呟く声音から、大分厳しい状況なのだとクロウは理解した。ウッドパック商会の諜報員は既にかなりの数を動員している。あれもこれもと欲張るわけにはいかない。

 「そうか。明確に疑いがあるわけでもないから今は保留で――」

 その時、休憩所の扉をノックする音がした。ギルドの誰かがスズコの名を呼ぶ。どこか慌ただしい様子でスズコは「少し失礼します」と出てゆく。やるべきことが多いのはどこの組織も同じなのだろう。

 完全に身内――クロウ会の人間のみ――が残った場所で、仕切り直すようにクロウが口を開こうとすると、

 「あれれ?蜘蛛さん、動かなくなったのん?」

 ココがオホーラを指差した。

 つられるように皆が使い魔の蜘蛛を見る。現在位置はステンドのつば広の帽子の上だった。

 「オレは見えないんだが、どうかしたのかよ、爺さん?」

 返事はない。

 「確かに動いちゃいないが、いつも載ってるだけだから違いが良く分からねえな。オホーラ、何かあったのか?」

 クロウの言葉にもやはり賢者は何も答えない。

 さすがに何かがおかしいと場の雰囲気が変わった。

 「オホーラ様?……これは……この蜘蛛、既に死んでいます!」

 真っ先に動いたウェルヴェーヌが手のひらに乗せた蜘蛛を確かめて、驚きの事実を口にする。

 「アん?どういうこった、そいつは!?」

 一気に動揺が広がった。

 「使い魔って、操っているやつが抜けても別に死にはしないよな?」

 魔法の仕様上、そういうものだとクロウは認識している。いつもオホーラは蜘蛛を媒介としているが、使用済みになったからといってその後で蜘蛛が死ぬわけではなかったはずだ。

 「ああ、命に別状はない。ただ、中に入っている間に本体に何かあった場合、その影響を受ける場合がある……」

 「まさか、オホーラ様の身に何かが……!?」

 「ただの接続切れってわけじゃないなら、すぐに確かめた方が良さそうだな。戻るぞ」

 どう転んでもよろしくない事態が起こっていそうだ。クロウはすぐに決断して立ち上がる。

 本当に次から次へと忙しい。一行は地上へと急いで戻ることにした。




 領主館はどこか騒然とした雰囲気でいつもと様子が違った。

 駆けつけてすぐに、クロウはそのことに気づく。

 中庭を抜けて正面扉前まで行くと、警備隊のトッドが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 「あっ、クロウさん、いや、クロウ君。探してたんですよ!」

 トッドはわざわざ言い直したが、何か間違っている。クロウが領主になり立ての頃の呼び方だ。クロウ自身は別に気にしていないが、その動揺から何かあったことは明白だ。

 「どうしたんだ、トッド?」

 「それが屋敷全体が妙な結界で覆われているみたいで、中に入れないんだ……です。何かしているのかと思って今、事情が分かる誰かを呼びに行かせていたんですが、どうなんですか?今日そういうことがあるという引継ぎも受けていないので、何かあったのではないかと不安に思っていたんで……」

 「妙な結界?」

 (確かに見慣れぬ魔力で覆われておるな。なかなかに強固な代物じゃぞ) 

 魔法には疎いクロウに代わって、ラクシャーヌが中から伝えてくる。オホーラの異変を知ってから、内部で眠っていた災魔を起こしておいて正解だったようだ。

 「自分もよくは分からないんですが、魔法に少しは詳しい者がそう言っていたので」

 「……マジだ。物理的に閉まっているってわけじゃなく、なんか妙な力で弾かれる感じだぜ?」

 ステンドは正面扉を開けようとして、それが叶わないことを確かめていた。

 「ここは通常、オホーラ様の結界があったはずです。それを上書きされたのでしょうか?」

 普段は無表情なウェルヴェーヌの顔が少し陰る。賢者の結界を突破したのだとしたら、その力は相当なものだ。メイドが不安になるのも無理はない。

 「今の警備体制はどうなっている?確か、常駐の警備隊が何人かいたはずだよな?」

 クロウの屋敷である領主館は現在、ベリオスの街の役所も兼任している。領主会、クロウ会含めて多くの要人が集まって頻繁に会議をするため、それらの護衛兵は常に配備されている。独立都市として、主要施設の警護がお粗末では他国にもなめられてしまう。警備隊が重点的にその役割を担っているのは言うまでもない。

 「館内に10人、周辺に10人ほどが常に警戒していますが、中の人間とはまったく連絡が取れていません。外を見回っていた者からも、特に怪しい報告はありませんでした。気が付いたら締め出されていたという感じです」

 「締め出された?お前は中にいたのか?」

 「はい。一瞬ですが館内に入ってました。実は今日はナルタの付き添いで来ただけで、軽く見送って去る予定だったんです。だけど、扉が勢いよく閉まって何事かと思った時には、もうこの状態になっていました」

 トッドは仮にも警備隊隊長だ。館内の一警備役をすることはない。たまたま居合わせただけのようだ。

 「その、扉が閉まったときに何か感じることとかはなかったのか?誰かが何か言っていたとか、物音がしたとか?」

 「それが本当に何もなくて……気が付いたらこうなっていたとしか……」

 「屋敷周辺は一応調べたんだよな?何も異常なしか?」

 「はい、部下が今も確認していますが、特に怪しい点はなく、窓などから入ろうとしてもやはり魔法か何かの壁で阻まれる状態です」

 完全に内部は遮断されているということらしい。結界が上書きされたという推測は正しそうだ。

 「誰かこの結界を破れそうか?」

 この場にいるクロウ会の面子に魔法士はいない。賢者は言うまでもなく、テオニィールもロレイアもいない。今日は二人とも地下世界での転移魔法陣の調査をしているはずだった。

 「……魔力量だけなら、多分チビ助がこの場だと一番多そう……うおっ!?急に中から足だけ出すな。とんだホラーだぜ……」

 クロウの内部からラクシャーヌが無言でステンドを蹴り飛ばそうと足を伸ばしていた。チビ助と呼ばれるのが気にいらないのだ。

 「けど、オホーラの異変に真っ先に気づいたのはココだったよな?」

 そんなやり取りを無視してクロウは話を続ける。

 (当然、ココもそれなりの魔力を持っておるが、魔力量であればアテルの方が上じゃろう。何より、中がどうなっているのか分からぬのなら、敵の数も質も不明じゃであろ?わっちはおぬしの中で共にいた方が良さそうな気がするのぅ。いずれにせよ、わっちらだけなら結界内に侵入はできようぞ)

 「やっぱ攻撃を受けているって想定した方がいいのか?」

 「ハぁ?何をいまさら言ってんだ?その前提で動いてるんだろ?爺さんがいきなり音信不通になるのは異常事態だぜ?」

 他の可能性も何かあるのかと思ってもみたが、トッドの言うように突然こうなったのであれば、やはり何らかの敵性勢力のしわざというのがしっくり来る。ならば、やることは一つだろう。

 「じゃあ、ちょっとオホーラを見て来る。領主会の方は誰が中にいる?」

 「本日は会長代理のジェンス様と農地長のネーベル様が会談する予定があったはずです。余裕があれば使用人のニーチェルを探してください」

 「ニーチェル?ああ、いつも隙間に挟まっているやつだっけか」

 「はい。いつもはアレですが、こういうときには役立ちます」

 「挟まってる……?何か意味不明な会話だけど、それよりもまさかオマエ一人で行くつもりか?中に相手がどれだけいるか分からねーんだぞ?」

 「俺一人ならいけるらしいからな。とにかく何が起こっているか確かめる。時間が惜しい。お前はこれをぶち破れそうなやつを探してきてくれ。あと治療班もな。最悪の場合に備えておく。イルルも周辺警護を頼む。中にいるやつらだけとは限らない。他と連携されるのも面倒だ」

 素早く指示を出す。迷っている暇はなかった。オホーラに何かあったら相当の痛手だ。最善手が他にあったとしても、今は何も思いつかなかった。

 「ったく、分かったよ。無茶だって言ったところで止まらねーんだろ。まぁ、オマエの戦闘力ならどうにかなるだろ、多分。ただ、中に入った途端感知されることだけは覚えておけよ?悠長に探ってる暇はないぜ」

 クロウはうなずいて、アテルに呼びかける。

 (アテル、この結界とやらの中に入りたい。どうにかできるよな?)

 (はいです!任せてください)

 「ココもいくのん!」

 (長殿、おそらくココも同行可能だ。我が戻って別口で動けば有用であろう)

 結局、シロとココも引き連れて突入することになった。正面扉よりは一階の窓からの方がいいだろうということになって、側面に回る。どうせ感知されるなら一気にぶち破って飛び込む方が早い。アテルが一瞬こじ開けた瞬間を狙って侵入した。

 ココも自力で続く。シロと一体となった状態なので実力は折り紙付きだ。そういう意味で、ラクシャーヌの眷属は皆魔力的に頼もしい存在だった。

 廊下に着地して素早く周りを見回す。いつもはまばらに誰かしらが歩いているのだが、今は人影はなかった。

 (ふむ、爺の気配が薄い。危険な状態かもしれぬな。上じゃ)

 ラクシャーヌが索敵したのか、真っ先に知らせて来る。

 「ココ、攻撃してくるやつがいたら適当に大人しくさせてくれ。けど、やりすぎるなよ?後は見知った顔の誰かがいたら助けてやってくれ」

 「分かったのん!」

 シロが一緒ならばどうにかなるだろう。深く考えている余裕はなかった。ジェンスたちや他の屋敷内の者も気にはなったが、オホーラが優先だ。他はココに任せる。

 階段目掛けて走り出す。殺気のようなものはまだ感じない。というより、クロウ自身はまだ敵の気配も感じていなかった。一体何が起こっているのか。普段見回っている警備隊の人間もいないことから、異常事態であることだけは確かだ。

 賢者の執務室は三階にある。

 いつも何気なく歩いている場所を緊張しながら進む。奇襲的なもので屋敷が占領されているのかと思ったが、どうにもそういう様子ではない。

 覆面の男たちが武器を構えて待ち構えているというようなこともなく、ただただ人がいなかった。

 屋敷の人間はどこに消えたのか。

 中に入ったものの、未だに状況がつかめない。

 と、前方に不意に人の気配がした。

 ついに敵が現れたかと先制攻撃をしかけようとした矢先、「主氏、こっちこっちー」と聞いたことのある声が階段の踊り場からした。

 しかし、どこにも声の主はいない。

 いつぞやもこんなことがあったことを思い出し、その時の記憶が蘇る。

 「……ニーチェル、いるのか?」

 「いる気がするねー、ここにー」

 どこか気だるげに要領を得ない返事がしたのは、踊り場の隅にある掃除用具の戸棚の側だった。

 その戸棚、ロッカーと壁の隙間に挟まっている少女がいた。

 「やぁやぁ、よく来てくれたよー」

 ウェルヴェーヌが言っていた使用人の一人、変人のニーチェルが隙間から顔をぬっと覗かせたのだった。


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