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選択死  作者: 雲散無常
第五章:予兆
53/138

5-9


 ネーレ王ワゼルの情報を持ち帰ったクロウは、早速オホーラの元へ相談に行く。

 すっかり頼りきりになってしまっているが、良い知恵は必要だ。他にももっと頭脳派の誰かがいれば助かるが、賢者並の者がその辺に転がっているはずもない。求人活動はしているので、気長に待つしかないだろう。

 いつもの気楽な服装に着替えて茶をすすりながら知り得たものを話すと、オホーラは書き物の手を止めてじっくりと考え込んだ。

 「地下世界の探索か……ふむ……」

 「それほど熱心だということは、あそこに何かあると知っているのでしょうか?」

 貴族服を脱いだクロウを残念そうに見ながら、ウェルヴェーヌが問う。

 「モノか知識か、話しぶりからすると後者っぽかったが、確実に探してる何かはあるんだろうな」

 「チシキ?」

 クロウの隣にちょこんと座っているココが首を傾げた。ベリオスの町にも慣れたのか、領主の館内を普通に歩き回るようになっていた。巨大な魔法生物であるティレムを勝手に生み出す可能性を持っているので、当初はかなり警戒して必ずクロウと共に行動するようにしていたが、今ではクロウ会の一人として認識されて大分安全に思われていた。そのクロウ会という呼び方は正式名ではないが、領主会と区別して特にクロウの親しい者たちの集団としてまとめられたものだ。対外的には近衛隊とも言われている。

 「……シロに聞いてくれ」

 ココに説明するのは骨が折れると経験済なので、時間があるとき以外は保護者役に頼む。ココと半同化しているアーゲンフェッカの魂は、クロウとココの両者のどちらか内部に寄生するような形で存在しているため、内内に会話が可能だ。

 (長殿、最近ココのことを我に投げ過ぎではないか?)

 (いや、もともとお前の担当だろ?必要最低限、ちゃんと俺なりにかまってるぞ……)

 クロウはココの頭を撫でながら反論する。黒紅色でクロウと同色系だが、その名の通り少し赤みがかっているのが特徴だ。

 「地下世界に夢を見る者は多い。実際、大国がこぞって利権独占のために制限しておるのもやっかみだけではないじゃろう。ギルドを介して緩衝材にしていても、情報規制している時点で裏があると言われてもしかたなかろうしな」

 「けど、魔物の強さ的に、ある程度制限するのは間違ってはないよな。ほいほいと素人が入ったらすぐに殺されるのがオチだ」

 「当然、その辺りが絡み合って今の状況が生まれておるわけじゃが、人間は己の目で確かめないと何事も信用できぬからの。それはそれとして、ネーレ王は少なくとも地下世界の何らかの情報を得ているということは間違いなかろう。転移魔法以上に興味を惹くものというのは、なかなか思いつかぬが……」

 「俺としては、あいつに調査権を売ってもいいかと思ってる。何か見つけたら共有することになってるしな。最終的にはこっちにも益にはなるんじゃないか?」

 「素直に報告するとは限りませんが?」

 ウェルヴェーヌが当然の疑問を投げる。

 「一応、商会が地下の調査隊各国には張り付いてるんだろ?」

 「そうっすけど……過信されても困るっす」

 イルルが嫌そうな顔をする。最近、無茶振りで困らせてばかりだとクロウは振り返るが、気にしないことにする。報酬はそれだけ払っているはずだ。

 「別に完璧は求めてない。できる範囲でやってくれたらいい。オホーラは反対か?」

 「いや、特に反対ということはない。一つ懸念があるとしたら、先の嵐の首謀者か否かという点じゃが……商会の監視ではあの国の者どもに怪しい動きはなかったのじゃな?」

 改めて確認すると、イルルは首肯した。

 「それはないっす。普通の諜報活動。ネーレ王も通常の範囲内で町中を歩き回ってはいても、魔晶石に関しては一切関係した動きはなかったっす」

 基本的に迎賓館の者に対しての監視は行われている。相手側もそれを知っているからこそ、下手に嗅ぎまわったりはしない。逆にそこを逆手にとって陽動に回り、他の者が調べ回っているということもあり得る。というより、どこでもそうするだろう。

 情報は何よりも価値が高い。見知らぬ土地に赴いて何も知らないまま行動するような愚か者はいないし、地元の人間の話だけを鵜呑みにするバカもいない。

 「クロウが直に会ってそちらの疑いがないというのなら、その方向でいくとしようか。あまり引き延ばすわけにもいかんしの」

 「あの、ラクシャーヌ様はなんと言っていましたか?」

 当初から疑っていた災魔の方が、メイドは気になるようだ。

 しかし、当の本人は(わっちは眠くなった。好きにせい)と関心があっという間に失われたようで、今は睡眠状態だ。無理に起こすと不機嫌になるのでそのままにしておきたい。

 「少なくと断定とかはもうしてなかったな。ただ、『妙なマナの流れ』があるとかは言っていたが……」

 「ほぅ……それはネーレ王ワゼル、についてじゃな?」

 「ああ、何か思い当たることがあるのか?」

 「そこまでではないのじゃが、なにか違和感は確かにあった。情報を知りたがっていることと関係しているのか否か……いずれにせよ、見知らぬところで勝手をされるよりは手元で見ておくという方法も定石としてはある。気にかけておれば、早々不意を突かれることもあるまい」

 「では、二国とも、調査権を購入頂く運びでよろしいのですね?すぐにそのように手続きをします」

 ウェルヴェーヌが確認してくる。妙に急いでいるので、何か理由があるのかと尋ねると、

 「失礼ながらクロウ様、現在のベリオスの町の財政を把握していらっしゃいますか?先行投資が嵩み、台所事情は火の車。探索者ギルド関連の借入は増える一方で、早急に財源確保が必要なのですが?」

 眼鏡をくいっと押し上げてからの例の微笑で対面させられる。何かを感じたのか、ココがひっしと抱き着いてくる。つまり、それだけの威圧感が滲み出ている。

 「お、おう……確かにすぐに手を打たないとな。手続きの方、よろしく頼む……」

 一礼して去ってゆく後ろ姿を見送ると、場の空気が戻ってきた。町の資金状況など念頭にまったくなかった。そういえば、転移魔法陣の調査権はそうした財源確保の側面もあったことを今更ながらに思い出したくらいだ。やはり町の管理運用など自分には向いていないとクロウは思う。

 「ひょっほっほっ。ウェルヴェーヌには感謝した方がよいぞ?何事も器用にこなすとは思っておったが、その才は経営方面にも明るい。実に優秀な使用人じゃ」

 「ああ、金銭感覚は正直俺には皆無だからな、助かっている。というか、ウェルヴェーヌだけじゃなく、あんたも含めて皆がいなければどうにも回らないってことは分かっているつもりだ……それで思い出したが、最近ステンドのことを見かけていないんだが、あいつは何をしているんだ?」

 「ステンドか。あやつにはいま大事な仕事を任せておる。報告書にも載せておいたはずじゃが……見ておらんな?」

 「そ、そうか。見逃していたかもな……」

 報告書が多すぎて埋もれている情報が多数あるようだ。クロウが明後日の方向に視線を逸らすと、探索者ギルドのミーヤが扉から丁度顔を覗かせたところだった。

 「今、いい?」

 「ん?どうした?」

 わざわざ領主の館に足を運んでくるのは珍しい。何かあったのだろうか。

 「報告ある。賢者の依頼」

 「おお、まさしくその話をしていたところじゃ。ステンドの件であろう?クロウもよく聞いておがよい」

 そうしてミーヤの話をまとめると、探索者ギルドはステンド協力のもと、ウィズンテ遺跡上層部の出入口の確認をしているらしい。通常であれば遺跡の入口はそれほど多くはないのだが、長年の月日で思わぬ場所が隠し口のようになったりすることもあり、できるだけその把握をしておくことは管理する上で重要になる。

 中層への入口が一番大事であることは変わらないが、上層においても遺跡荒らしや盗掘などがないわけではないので、防犯上必要なことであるようだ。

 一方で、ベリオスの町の場合はそのまま内部への侵入口ともなり、防衛関係上でも危険なことは言うまでもない。ステンド自身が知らずに入ってきた事実もあるので、不必要な出入口は塞ぐか、守衛を置くことが必須となる。そのための調査をしていたようだ。

 結果から言えば、町以外の出入口は二つ見つかった。いずれもキージェン公国の領地内で、郊外の端とはいえ他国へと通じているために放置はできない。ギルド側から塞ぐ方向で動くか良いかという確認だった。ウィズンテ遺跡はベリオスの町の所有権とはなったが、たとえ地下であっても他国の領地内に一部が存在していることは互いにとって争いの種になり兼ねないため、物理的に往来をできなくしておくのが通例だった。

 大国ならば平然とそういった場所に守衛を常駐させていたりするが、歴然とした力関係があってこそ成立することで、ベリオスの町では不可能だ。防衛観点上からも塞いでおく方が良い。承諾に否やはなかった。

 「――要旨は理解した。隠し口の破壊はこちらで手配する。その際にはギルド側からは見届け人の同行をお願いしたい。して、ステンドはどこに?」

 賢者の言葉に、ミーヤは表情を曇らせて首を振る。

 「ここからが本題。実は上層部にあり得ないものが現れた――」




 古代遺跡というものには抗いがたい魅力がある。

 それは知られざる過去の歴史であったり、未知の様式であったり様々ではあるが、共通しているのは現代とは違う何かがそこにあるからだとステンドは考えている。

 朽ち果てた建築の文様一つとっても、まるで見知らぬデザインでわくわくするし、ましてやその姿形に意味があると知ればさらに心が躍る。かつては今より高度な文明だったという話もあるくらいで、どこまでが本当の歴史なのかすら未だ解明されていない。

 この大陸の成り立ち、神々の存在、魔族との戦い、人間以外の種族の淘汰、あらゆるものが言わば謎に包まれている。通説はあれど、絶対的な確信や証拠などあろうはずもない。

 ただ、古代遺跡は確かに今もここに存在する。かつて確かにあったものの名残だ。だからこそ、有力な国はこぞって地下遺跡を調べたがる。そこには利権があるかもしれないが、ロマンも大いにあると思うのだ。少なくとも自分はそこに惹かれて探索者になった。

 まぁ、その一方でこういうのも出てくるわけだが……

 眼前にたたずむそれを見上げながら、ステンドは苦笑する。

 目の前には黒光りする謎の巨象があった。

 直立している人型ではあるが、腕は四本あり、長細い頭の輪郭は分かるが、顔の部分は崩れかけていて目口鼻などは確認できない。かろうじて、額には何かが埋め込まれているような窪みの跡を見つけることができるくらいだ。

 いずれかの時代の偶像かもしれないが、問題はそこではない。

 この像が急に現れたことが問題だった。

 今いる空間は、もともとは何もないただの行き止まりだったのだ。岩肌の天井までが異様に高く、妙に広がりのある場所ではあったが、古代遺跡においてはそういった不自然に思える空間というのは無数に点在する。ここもそのうちの一つだったはずなのに、帰りに通ったときになぜかそこにあったというのが不思議な点だ。

 勘違いの類ではない。

 今回、ウィズンテ遺跡の上層部の出入口調査という目的で、探索者ギルドの者たち数名と行動している。その誰もが確かにその巨象は以前はなかったと断言している。

 どういうわけか、急に現れたとしか思えないのだ。

 歴史学者などであれば、喜んで調べるような代物だが、探索者にとってはそうではない。古代遺跡内で不意に何かが現れる現象というのは、得てして良い兆候ではないからだ。しかも、これほど巨大なものだ。一体どうやって移動してきたのか。

 考えられることとして、転移魔法であることは皆の意見が一致している。折しも、このウィズンテ遺跡にはその魔法陣が見つかっている。しかし、その解明には現時点ではまったく至っていない。どこかの国の調査隊が実験でやった結果というのも考えにくい。

 だとしたら、誰が、どうやって、どうして、という幾つもの疑問が浮かぶ。

 そのどれもが嫌な予感しかしないということだ。

 一行は上層部の出入口調査を終えて帰るところだったが、この像を監視するしかなくなった。このまま放置はできない。目を離したすきにどういう動きをするかが分からないからだ。ギルドに連絡する者を手配して、残りの者はこうして巨象に目を光らせている状況だった。

 「やっぱりこれ、どっかで見た気がするんだよなぁ……」

 巨象を目の前にしてずっと頭をひねっている男がいた。探索者のゴーツという運用係だ。B級ではあるが遺跡関連の知識に関しては一目置かれている存在で、今回の隠し口の一つを見事発見した立役者だった。

 「あの像に見覚えがあるってことか?」

 「うん、何かの資料で絶対見たことあるんだけど……思い出せないんだよなぁ」

 「そりゃ、あれだ。肝心の顔がねーからじゃないのか?」

 「あっ!?確かにそう言われるとそこがはっきりしないから微妙なのかも?そうすると、顔以外に集中して……ああっ!!思い出した、思い出したよ、ステンドさん!!」

 興奮したゴーツが叫ぶ。

 「あれは魔族像の一つだよっ!古代遺跡の神秘下巻にあった、挿絵の像にそっくりなんだ!」

 「魔族像?けど、魔族の姿って色々あんじゃなかったか?」

 一般的な魔族の姿というのは人型ではあるが、変身できるとか複数の種族がいるとかも言われている。ただ、共通する特徴として角があるということだ。その角の形状も千差万別なので一つの指標でしかないが、少なくとも人間との区別には役立つ。

 だとしても、魔族を崇める信仰というのは聞いたことがない。こんな巨大な偶像を作るような組織など歴史上あったのだろうか。ステンドが転生人ゆえに知らないだけなのか。

 「確かに伝え聞く魔族の姿形は様々です。でも、この形は確かに記載されていたよ」

 「具体的にどんな風に書かれていたんだ?」

 「それがちょっと曖昧だったんだよなぁ。どこかの地下遺跡で発見して描いたものの、近くにその他の手掛かりになるものがなかったとかなんとかで……」

 「どこかって、さすがに調べた場所くらいは分かってるはずだろ?そいつは学者のフェイクなんじゃねーのか?」

 「とんでもないっ!古代遺跡の神秘は獣皮紙時代の貴重な文献ですよ?当時の貴重な紙を捏造に使うことなんてありえない」

 興奮して反論するゴーツをステンドはまぁまぁと宥める。研究者肌の人間は、常人とは違う部分で過剰に反応するので気をつけねばならないことは学んでいた。こういうときは不勉強を謝っておくに限る。

 「分かった分かった、無知ですまねー。んで、そいつが事実だったとして、じゃあ、その学者さんの推測とかもなかったのか?」

 「うん、それを今思い出してるんだけど、確か偶像崇拝する集団がいたはずとか書いてあったんだけど、その調査をするにもこの像の名前とかが分からないとどうしようもないって書いていたと思うんだなぁ」

 「そりゃ、この像の名前を表わす文字がどっかにあったってことか?」

 「そうそう、確か一緒に石碑だけは見つかって、でも、その文字がどこのものか分からなくて読めなかったって話だったように思う……」

 記憶を探りながらゴーツがむむむとうなっている。

 「はん、なるほどねー。せめてその文字が何語か分かれば、ちっとは手がかりになりそうだな」

 ステンドは改めて巨象を見上げる。

 人型のそれは男性のようにも見えるが、下半身は巻き付けたような布に隠れて性器などは見えないため何とも言えない。胸は乳房などがあるようにもないようにも見えてはっきりとはしなかった。裸体像に近いが、精巧な肉体美を表現しているわけでもなく、岩を削り取って人型にしている程度の造形とも言える。あるいは劣化して傷んだ結果なのか。

 どのみち、無学なオレには分からねーか。

 それ以上考えるのをやめて視線を背けると、誰かが小走りにこちらへ向かって走ってきていた。

 ギルドの連絡役だろう。

 「伝令!伝令!もうじき、賢者様一行が視察に参られますっ!直に確認したいそうですっ!」

 他の探索者たちはそれでやっと帰れると安堵の雰囲気だが、ステンドは一人違った。

 オレはこのまま調査続行って話になりそーだな……

 いつの間にか、そうして働かされることにも慣れてしまっている自分がいて苦笑する。

 成り行きで雇われたまま、いつまでとも分からない契約だったが、不思議と自分から解約を申し出ようとは未だに思っていない。無意識に居心地の良さを感じているのだろうか。あるいは単に戻りたくないだけか。

 皮肉に唇を歪めた転生人を、名も知れぬ顔も知らない偶像が見下ろしていた。

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