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選択死  作者: 雲散無常
第五章:予兆
50/138

5-6


 この世に命より大事なものがあるだろうか。

 生きていれば何かが起きる。

 死んでしまえば何も起こらない。

 どこまでも明瞭で自明の理だ。

 クロウはこの点に関して何も迷うことはなかった。たとえ記憶がなくとも、自分が何者か分からずとも、そこだけははっきりとしていた。

 だからその決断をするのに一切の躊躇がなかった。

 「よし、腕を斬ろう」

 あっさりと言ってのけったその言葉に、リドガーが驚く。

 「なに?本当にいいのか?」

 「毒ってのは特定の部位にまわるとまずいんだろ?それを防ぐには、その前に物理的に切断するしかないっていう話を聞いた。違うのか?」

 実際にはそういう対処手段があるという知識があっただけだ。

 「いや、確かにそりゃそうなんだが……あんたが決めていいのか?この娘にとっちゃ一生もんの決断だぞ?」

 「本人がこんな状況じゃ、どうしようもないだろ?死んだら文句も言えねえ。それ以外に方法がないなら、やるしかない」

 「……死ぬかどうかは正直分からないぞ?成分的には致死性は高いから放置はできないが、どのくらいで全身にまわるか、その辺も不明だ。最悪はそりゃ死ぬかもしれんが、そうじゃない可能性もある。治癒士のとこに連れていければ助かる見込みも十分考えられなくもない」

 「そ、そ、そうですよ。早まって決めたら、後で取り返しがつかないことになっちゃいます」

 リドガーの助手のポンクもわたわたと手を振って止めにかかる。

 「死ぬか死なないかだったら、死なない可能性を追及するのが合理的だろ。悠長に構えてて手遅れになったら、それこそこいつに申し訳ない」

 あまりにも迷いのない正論に、躊躇している商人たちはそれ以上の言葉は継げなかった。彼らはあくまで傍観者に近い。当事者が決めたのなら、異を挟む権利はなかった。

 「……とはいえ、皇国側に無断で第一皇女の腕を斬り落とすとなると、後々問題になることは確実です」

 ウェルヴェーヌが耳元でささやく。

 「んー、命を救うためでもダメか?」

 「最終的に納得はしてもらえると思いますが、シリベスタ様に確認を取った後の方がより最善かと」

 そのための時間も惜しいと思うのだが、後で下手に揉めるのも勘弁だった。

 見殺しにだけはしたくはないが、既にわりといい働きをしている気もしてきたので、ここで急ぐ必要もないのだろうか。本人に聞けないのがもどかしい。世の中には死んでも誇りを守りたい連中もいるらしいので、四肢を失うくらいなら死んだ方がマシだという人間もいるかもしれない。

 そう思うと、エルカージャの意志が分からない以上、自分の価値観で動くのも危険な気がしてきた。

 「じゃあ、もう一回上まで戻って確認か……面倒だな」

 「お、切断はやめたのか?一応、痛み止めとか止血用の特性縛り紐なんてものもあるぞ。斬るなら、そいつを格安で売ってもいい」

 リドガーはここぞとばかりに売り込んでくる。商魂たくましくて結構だ。

 「そうか。それらも用意しておいてくれ。あと、怪我人が上にまだいる。金儲けしたいなら一緒に来てくれ、その場で適切なもんは全部買い取る」

 「なるほど、いいだろう。なら、その嬢ちゃんもウチの馬車に乗せていいぞ。その方が負担が少ないはずだ」

 そうしてもう一度、シリベスタの所へと戻ることになった。




 「バカなことを言うなっ!!!貴様こそ叩き斬ってくれる!!」

 戻って早速シリベスタに皇女の状態を伝え、腕の切断を提案したところでキレられた。

 感謝される覚えはあっても、殴りかかられる筋合いはない。自分より弱い相手にいくら吠えられても、気にならないのでクロウは冷静に諭す。

 「じゃあ、どうするんだよ?」

 「それは……必ずどうにかするっ!」

 「子供の言い訳ですね。僭越ながら言わせて頂きますが、クロウ様の助力なしで今生きている貴方様はありません。皇女殿下にいたっては、未知の魔毒であることすらも分からなかったはずで、その最善な対処策を提案する親切心に対して罵倒とは、そちらの国の品位を疑わざるを得ませんが?」

 すらすらと無表情にウェルヴェーヌが抗議すると、ニーガエルハーヴェの近衛隊長は顔を真っ赤にして言葉に詰まった。

 自覚はあるのだろう。心底悔しそうな顔で頭を下げられる。

 「……失礼した。侍女殿の言うように、私たちを救ってくれたことには感謝している……」

 「それは別にいい。で、改めて聞くがどうするつもりだ?時間との勝負になるかもだぜ?」

 「ここから一番近い村は……早馬でも2,3時間か」

 「そうらしいな。しかも、そこに治癒士か薬師がいるかは不明。いたとしても、これに対処できるかどうかも賭けだ」

 シリベスタは真剣な顔で考え込む。傍らには熱でうなされているエルカージャが横たわっていた。

 問題は皇女の体内に巣くう魔毒がどれくらいの速さで回り、死に至るのかということだ。時間をかければかけるほど、当然助かる見込みは減っていく。侵入口である肩から腕を切り落としてしまえば、少なくともそれ以上広がるのは防げるので命は助けられるものの、残りの一生を片腕で過ごすことになる。

 皇女付きの近衛隊長と言えど、たやすく決められる問題ではない。

 「考えがまとまったら教えてくれ」

 考え込んでいる青髪の戦士をその場に残して、クロウはその馬車から降りる。持ち主のリドガーは、他の負傷者たちの間をまわって、怪我の処置を施していた。使った薬草系はすべてニーガエルハーヴェ側が買い取ることになっているので、惜しみなく効能の高いもの、要するに高価な品を振舞っているようだ。

 「それで、あいつらは何してるんだ?」

 「……魚料理のようです。例のケジャスを食べることにしたのでしょう。マナ抜きをちゃんとしていればよいのですが」

 ウェルヴェーヌが淡々と説明してくれるが、やはり見間違えではないようだ。

 道の端に焚火を作り、串焼きのようにしてその身を焼いている。傍らに肉塊になっているケジャスの成れの果てが積み上がっており、臓物などもそのままでなかなかにグロい。せめて頭の部分の目は脇に避けておいた方がいいのではないだろうか。憎々し気な視線に見えてしょうがない。

 「あっ、おい、コラ!それはまだ生焼けだ。ちゃんと火を通したやつを食え」

 中心になってがっついているのは赤毛のネージュだ。

 「なまやけー?」

 ココがいまいち理解していない顔で繰り返す。

 「はい!こっちの方が美味しいってことです!」

 同じように地面に座り込んで魚の肉にかぶりついているラクシャーヌの頭上で、黒い卵のアテルが説明している。

 その異様な光景は完全に浮いていた。誰も近づかないのも当然だろう。怪我人がいる場ではあまりにも場違いだった。

 「呑気な奴らだ…」

 少なくともネージュは連れ戻せているのでよしとしよう。あの後、再びケジャスが再起して暴れ出しそうだったので、これを打倒したという流れだと報告は受けている。まさか、食べ始めるとは思っていなかったが。

 「お前ら、なんでいきなり食ってんだよ?」

 「おぅ。そりゃ、怪我したら飯喰って回復だろ?けど、あいつらいらねぇって突っぱねやがった。魔物嫌いもいるのは知ってたけどよ、こんな時まで好き嫌いはダメだよなぁ?」

 ネージュなりの気遣いだったようだが、材料がそのまま側にある状態で出されては、忌避感があるのは仕方がない。

 「これ、なかなか美味。クロ様も食べるのん」

 「いや、俺は……いや、もらうか。食べる、食べるから泣くなよ?」

 ココの顔が悲しそうに沈んだので、慌ててクロウは差し出された枝を受け取った。一度泣き出すと長引くことを学んでいたので、出来得る限り避けたい。

 ケジャスの切り身が大胆に刺さっているのでかぶりつく。塩を振っているのか、そこそこ香ばしい。

 「まずくはないな……」

 「わっちがちゃんとマナ抜きも済ませたゆえ、安心するがよい」

 魔物料理は大陸では立派な一大ジャンルとして成立している。有毒な魔力を含んでいる場合があるので、マナ抜きの作業は必須ではあるが。

 「んで、こんなところまで追ってきた、犯人の方の足跡はつかんでいるのか?」

 「ああ、最後に見たって村の方より、なんかこっちの方が怪しかったんで探ってたら、このケジャスを見つけたんだ。ちょっと遅かったみたいだけどな」

 「ん、どういうことだ?」

 「だから、こいつがもう喰った後だった。そいつをアタシが喰ってるから、まぁ、これで一件落着だな」

 「ぶふっー―っ!?」

 クロウは盛大に噴いた。つまり、犯人を今食べてるということだ。魔物は人間を食べると完全に骨まで消化すると言われているので、マナ抜きさえすれば体に害はない。ただ、当然の如く餌に同じ人間が含まれる可能性があるということで、食べるのを嫌う者も多い。

 食べること自体は何とも思っていなかったが、まさか逃亡犯がすでに消化されていたというのは予想の名斜め上だった。それが分かったネージュの追跡能力は飛びぬけている。

 いや、というか、どうやって分かったのだろうか。

 聞いても勘だとか言われそうで、何となく無益な気がしたので単純に信じることにした。証明のしようがなさそうだ。

 「……じゃあ、とりあえずもう戻れるってことでいいんだな?」

 「ああ、わざわざアンタが迎えに来たくらいだ。早く帰ってこいってユニス辺りがわめいてるんだろ?」

 「分かっているなら、勝手に飛び出さないでください」

 ウェルヴェーヌが苦言を投げるが、

 「はん。アタシの言うことを聞かなかった奴を野放しになんてできないね。百発殴って分からせてやらねぇと」

 「もう殴れないじゃないですか……」

 「喰ってやったからよし!」

 それでいいのか。判断基準が不明だ。

 「ならば、わっちらの目的は終わりか。後は町に戻るだけかえ?」

 「いや、俺たちの方はそれでいいんだが、あっちの姫さんが毒に侵されててな。その対処をどうするかでまだもめてる」 

 「毒?何の毒だ?このケジャスにはないぜ?」

 当然だ。あったら食べていない。

 「襲われたときに魔法か何かでやられたらしい。何の魔毒が分からないから、対応が難しいって話だ」

 「魔毒じゃと?それならさっさと魔力で追い出せばよいではないか」

 「なに?そんなことができるのか?」

 「できぬ道理がない。魔毒など所詮魔力の延長戦上にあるようなもんじゃろうて。詳細は分からずとも、より強い魔力でどうにでもなるわ」

 大分暴論を言われた気がするが、魔毒という性質はそういうものなのだろうか。一考に値する気がする。

 「ラクシャーヌ様は何と?」

 アテルが代弁すると、ウェルヴェーヌはすぐさま助言してくる。

 「それが可能ならば、早速試してみるべきかと。ニーガエルハーヴェに対してかなりの貸しを作れます」

 損得勘定での決断が早い。クロウが苦笑しているような雰囲気を感じたのか、メイドは取り繕うように付け足す。

 「いえ、救える人命は取りこぼさないようにすべきだと、そういうことです」

 理由はどうであれ、やるべきことに変わりはない。ラクシャーヌを連れて皇女の元に戻る。

 まだ決断できていないシリベスタに、どうにかなるかもしれないとラクシャーヌの話を告げると、先程とは打って変わってすがるように頭を下げて来た。

 「是非、頼みたい。己の不甲斐なさを恥じるばかりだが、今の私にはまったく手立てがない」

 「わっはっはっ、くるしゅうない。素直にひれ伏した褒美に、わっちが戯れに毒を追い出してやろうぞ」

 偉そうにラクシャーヌが胸を反らしているが、その言葉はシリベスタには届いていない。純粋なアテルがそのまま代弁しようとしたので慌てて止めた。無駄な火種を撒くつもりはなかった。

 やると決まればさっさと済ませるにこしたことはない。怪我人は他にもいるのだ。悠長にここに留まっている時間はない。

 「んで、具体的にはどうやるんだ?」

 「そうじゃな。まず、この娘のどこかに穴を開ける」

 「穴?」

 「うむ。後は魔力を流し込んでその穴から追い出すというだけじゃ。出口がなければ外に出せぬじゃろう?」

 なるほど。筋は通っているが、傷口から吸い出すのはダメなのだろうか。提案すると、押し出す方が魔力消費が節約できるとのことだ。

 「無理やり流れを変えるようなものじゃ。少なく見積もっても4、5倍の魔力が必須じゃぞ?わっちらの負担は少ない方がよかろ?」

 その後の大まかな流れを災魔と詰めて方針は決まった。

 特殊な解毒方法と聞いて興味があると駆けつけてきたリドガーたちも交えて説明する。

 覚悟を決めたかに見えたシリベスタだったが「姫様の身体に穴を開けるなど言語道断だっ!!」と激高したので速やかに気絶させて退場させる。いちいち突っ込まれたら何も進まない。全面的に信じてもらわなければならない状況だ。

 「んじゃ、とりあえず血が流れる程度の穴を開けるか……」

 何とも常識外の言葉から、クロウの前代未聞の解毒作業が始まった。

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