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選択死  作者: 雲散無常
第五章:予兆
46/137

5-2


 「クロ様!あれは何だのん?」

 背後からココが叫んだ。

 あれと呼ばれてもどこを指しているのか分からない。馬上でココの姿は見えないからだ。しかも、なかなかの雨の中である。視界はすこぶる悪い。

 代わりにラクシャーヌが答える。

 (何やら揉めている輩がいるようじゃのぅ。ココ、あれはバカが集まっておるだけ、つまりはバ塊じゃぞ)

 「バカタマリっ!」

 「おい、適当なことをココに教えるなよ。というか、どこに?まったく見えないが?」

 クロウは前方に目を凝らすが、そのような集団はどこにも見えない。

 (西方面をとくと見よ。渓流沿いにバカどもが群がっておる)

 「西?」

 進行方向とは違ったので、ほとんど注意を払っていなかった。そちらは山間でもあり、この辺りでは比較的高いヤーヤー山が聳え立ち、その麓を流れるナーヤー川があるとのことだ。周辺の地理については付け焼刃で頭に入れた知識なので、詳しくは分からない。

 視線をしばらく向けて目を凝らすが、やはり見えない。遠方は雨のせいで薄靄がかかった状態だ。

 「デガヤム山脈がどうかしましたか?」

 クロウの視線に気づいたのか、いつものモノトーン調のメイド服のまま器用に馬にまたがっているウェルヴェーヌが声をかけて来る。さすがにクロウ同様にフード付きのコートを羽織っているが、そのスカート姿は馬に乗るには奇妙な格好だった。

 「あっちに何か人だかりがあるらしいが、見えるか?」

 「この雨の中で人だかり、ですか……言われてみると人影のようなものが動いているような……」

 ウェルヴェーヌはクロウよりも視力がいいらしい。その意味では初めに気づいたココも同様か。

 「んで、そいつらが人だとして、何なんだ?まさか、ネージュがその中にいるのか?」

 (知らぬ。ココが気にしたから答えたまでよ。じゃが、何やらもめているようじゃから、混ざっていても不思議ではないのぅ)

 「もめてるのか……あいつに関係なかったら、余計なことに首を突っ込むことになりそうだな……」

 「良く分かりませんが、可能性があるなら確認してもよいのでは?あの猪突猛進な警備主任なら、問題が起こっている場所にいてもまったく不思議がありません」

 同意するしかない意見だった。ネージュがトラブルメイカーであることは間違いない。

 クロウたちは今、その赤毛の戦士を捜しに町の外にまで駆り出されている状況だった。ネージュは例の魔結晶を町に埋めた犯人と思しき者たちを追っていて、三人のうち一人を殺し、二人目を生け捕りにした。三人目である最後の一人がまだ逃走中とのことで、その行方を追って奔走中だった。日数が経っているので残りは逃しても仕方ない状況なのだが、ネージュは裏切り者は絶対に許さない主義らしく、執拗に追跡をあきらめていない。

 このままでは警備隊の方の業務に支障をきたすため、一刻も早く連れ戻す必要があった。その捜索になぜ領主自ら参加しているのかと言えば、ユニスの強要されたからだ。立場的に格下相手に従っているのは、ユニスに無理を押し付けている経緯があるからで、クロウに拒否権はなかった。ある種の自業自得だ。

 そういうわけで、他にも幾人かの警備隊を引き連れ、逃亡犯を追いかけているネージュを捜索する二重追跡というややこしいことになっている。

 「確かめに行くしかねえか……」

 ネージュを追ってはいるものの、特に当てがあるわけではない。ウッドパック商会の諜報員の報告から、最後に立ち寄った村の情報があるので向かっていた程度の捜索方針だ。臨機応変に変更しても一向に問題はなかった。

 渓流の方へと馬を走らせると、確かにちょっとした一団が自然道の一か所で何やら騒がしくしていた。

 荷馬車なども複数見られ、隊商関係者も多いようだ。

 「この騒ぎは一体何なんだ?」

 近くの大樹の元、雨宿りなのか休憩しているのか、煙管をふかしている商人風の男に話しかけてみる。

 「ん?ああ、今来た旅の人かい?この先に進みたいなら他の道を探した方がよさそうだよ。どうやら、どっかの集団が道を塞いでるらしくてね。勝手に通行止めにしてるのさ。ここの峠の近道をあてにしてたのに、とんだ災難さね」

 「勝手に?そんなことができるのか?」

 「できるも何も、武装してる居丈高の奴らが塞いでるのさ。嘘でも本当でも、逆らうと血を見そうなんで下手に突っつけないんだよ。多少腕に覚えのある者が強気に交渉してるみたいだが、どうなることやら……」

 男は肩をすくめた。完全に諦観の姿勢だ。本人は何もする気がないらしい。

 この辺りは場所的にはキージェン公国領土だろうか。オルランドではなく、そちら寄りになりそうだ。近くの公国騎士団に連絡するにしても、時間はかかりそうではある。

 公道を通行止めにできる権限があるのは、管理する国の軍くらいだろう。そうでない者に一方的に禁じられても、納得が行くはずがない。何者がそんなことをしているのか確認する必要がある。

 人だかりを抜けて直接道を塞いでいる一団を見ようと進んでいると、一際大きな怒号が聞こえてきた。

 「お前らにそんな権限はないはずだ!ここを通せっ!」

 「この先は今取り込み中だと言っているだろう。一時的なものだ。もうしばらく待て。あるいは、他にも道はあるだろう?」

 「うちの荷は鮮度が命なんだよっ!ここが一番の近道なんだ、勝手に足止めしてんじゃねぇ!」

 「こちらも人の命がかかっている。押し通るというのなら、やりあうことになるがいいんだな?」

 「うっ、それは……」

 その言葉で辺りの空気が一瞬で剣呑になる。見たところ、道を横並びに塞いでいる男たちは10数人ほどいた。なるほど、皆それぞれが武装しており、明らかに戦闘系の人間たちだと分かる。気圧されてしまうのも無理はない。

 何かがこの道の先で行われており、その邪魔をされたくないといったところだろう。商人が指摘していたように、ここがキージェン公国の領土であるならば、その権限があるのは公国騎士団だろうが、彼らにそれを表わす紋章や徴の類はない。一方的に武力で占有しているのが現状のようだ。

 一時的とは言っているが、どのくらいかかるのかは不明なのでこの道を通ろうとしていた者たちにはとんだ災難だろう。進んだ先に何があるのか気になるところではあるが、ネージュには関係なさそうなので避けるのがいい。そう判断しようとしたところで、何やら別のざわめきが大きくなっていた。

 「おい!ありゃぁ何だ?」

 「げっ、あいつ逆流してないか?」

 「ってか、何に乗ってるんだよ!?」

 皆が注目している方角に目を向けると、崖下のナーヤー川を何かが怒涛の勢いで登ってきている。川の流れとはまったく逆で、あり得ないはずだが、派手な水しぶきを上げながらそれは物凄い速さで走っていた。

 (ほぅ……ケジャスを操っておるのか、暴れ馬のような彼奴に乗るとはなかなかの技よのぅ)

 ケジャスというのは魚の魔物だ。主に湖などで生息する巨大魚で、このような川を泳いでいるものではない。

 「見えるのか、ラクシャーヌ?」

 クロウには水しぶきと人影のようなものしか見えない。

 (うむ。というか、おそらくネージュじゃぞ?)

 「はぁっ!?」

 災魔の指摘に改めて目を凝らして川の方を凝視する。すると、確かに赤毛らしきものを認める。肌も浅黒い。その背中に大剣を背負っている。間違いないようだ。

 「あいつ、何してんだ……?」

 その呟きに答えるように、ネージュの大声が聞こえた。

 「くそがっ!!誰か、止め方知らねーかー!?」

 乗っているというより、暴走しているのかもしれない。何がどうすればあんな事態になるのか分からないが、とりあえず対処すべきか。

 (そもそも、ケジャスのどこをつかんでいるのだ、あやつは?)

 気にするのはそこではないだろう。クロウは馬から降りて渓流を望む崖の淵の方へと近寄る。ココもついて来たがったが、馬を見張るようにその場に残す。

 今や誰もが川を駆け上ってくるネージュに注目していた。道を塞いでいる男たちですら、何事かとそちらに視線を向けている有様だ。ナーヤー川の川幅はそこそこ広い。上流付近のために大きな岩が点在し、流れは急流だ。その合間を縫って遡ってくるケジャスの泳力は相当なものだ。

 この場合、その上に乗っているネージュは更に凄いという話になるのだろうか。

 そんなことを思いながら、クロウは崖を滑り落ちて川岸に降りる。一際大きな岩があったので、そこを足場に巨大魚を迎え撃つことにする。

 (どうやって止めるつもりなのじゃ?)

 「真っ二つに斬れば止まるだろ?」

 結論はシンプルなものだ。激しい動きをしているが、ネージュが上部にいることが分かっていれば、おおよその目測でケジャスのみを攻撃することは可能だ。誤って上の人間に危害が及ぶこともないはずだった。

 (確かにそうじゃが、何かつまらんのぅ……)

 ラクシャーヌは不満げだが、楽しませる必要性はない。

 岩場の上で待ち構えていると、クロウに気づいた誰かが「あの男はそこで何をしてるんだ?」と指を差した。

 「まさか、止める気か?」「どうやってだよ?」「でも、絶対あれ、何かする気だろ?」とざわめきが広がる。

 すっかり見世物状態になっていたが、気にしている暇はない。

 ネージュはすぐ側まで迫ってきていた。

 鞘から剣を抜いて本格的に構える。ラクシャーヌたちが内部にいる状態なので、どんな速さにも対応できる自信があった。

 「おっ、クロウ!こんなところで何してるんだ、アンタ!?」

 それはこっちのセリフだと思いながら、クロウは答える。

 「今からそいつを斬ってやる!お前はあんまり動くなよ?」

 「いや待てっ!殺すなよっ!こいつはアタシが手懐けるんだよっ!!」

 思い通りにならないのなら最悪降りればいいだろうと思っていたが、どうやらネージュはケジャスを飼い慣らしたかったらしい。性格的に途中で投げ出すのが気に入らないとか何とか、そういう理由でしがみついているのだろう。

 「できてないから、そんなことになってんだろうが。問答無用だ」

 聞き入れる気はなかった。さっさとこの騒ぎを治めて町に戻りたい。クロウの願いはそれだけだった。

 「だぁー、やめろっ!!こいつを止めるなっー!!」

 (わっはっはっ!あやつめ、さっきと言ってることが違うぞ。迷走してる者を見るのは愉快じゃ!)

 ラクシャーヌが悪い声で笑っていた。そういう意地の悪さはやはり魔物だと感じるが、アテルにはそういう雰囲気がないので、種族特性というより個性なのだろうか。益体のないことを考えながら、クロウは容赦なくその剣を振るった。

 眼前に迫った大量の水しぶきをものともせず、ケジャスへ放ったその一閃は見事に巨大魚を分断した。

 すると、どういう理屈なのか、ネージュが上方へと飛び上って行った。それは物凄い勢いで。

 「ぬぁぁぁーーー!!!?」

 若い乙女とは思えない絶叫を上げて、崖上まで上昇した姿を呆気に取られて見上げる。

 「……なんでそうなった?」

 (分からぬ。ケジャスが丁度飛び跳ねるところじゃったのかもしれぬ……しかし、面白そうじゃな。わっちもやってみたいぞえ。クロウもケジャスを捕まえるがよい)

 「無茶言うな。というか、勢いで降りて来たものの、どうやって戻るべきか」

 流れで滑り降りて来た崖を改めて見つめる。元の道とは相当の高低差があった。

 (別に駆け上ればよかろう?今のおぬしなら造作もない)

 可能か不可能かで言えば前者だが、あまり超人じみた行動は人前では避けるように言われている。ベリオスの町の領主として、悪目立ちするのは今後に備えてよろしくないとのことだ。ただでさえ転生人フェニクスとして知られているところへ、化け物じみた能力まで喧伝すると余計な厄介事を抱え込む可能性があるという。

 転生人が召喚の儀によって呼び出された存在である以上、クロウを召喚した者が必ずどこかにいる。その者に見つかれば、権利云々でややこしいことになるのは自明の理らしい。過去にも召喚の儀の失敗によって野良となった転生人が、その後著名人になったところで、呼び出した国がその身元保証人であることを主張して諍いになったことがある。自国の国民であることを理由に、当時の所属から奪い返そうとした話だ。

 無能ナルであればそのまま放置されるのが世の常でも、転生人の特殊技能スキルはこの世界では得難いものである以上、手元に置きたいと思うのは自然の流れでもある。ましてや、召喚の儀はかなりの時間と労力を費やすものだ。失敗という汚点を晒してでも、使える転生人を獲得するという選択は合理的だ。

 ベリオスの町内部では既にクロウの強さはそれなりに知れ渡っているが、それを町の外にまで広げる必要はない。むしろ、秘しておいた方が最善だということで、無闇に人前で力を行使しないようにするのが、クロウの現在の方針だ。

 ゆえに、常識の範囲で登る方法を考えねばならない。

 崖上の道の方では「この魔物、まだ生きてるぞっ!?」「いや、打ち上げられた女の方が凶暴じゃねぇか!」「勝手に通るなと言っているだろうっ!」と混乱をきたしているようだ。今のうちにひっそりと戻りたい。

 そこへ、しゅるしゅると崖上から一本の縄が降りて来た。

 その先にはメイド服のウェルヴェーヌがいる。こちらの意図を理解した完璧な助け舟だった。クロウはすぐさまその縄を掴んで崖を登攀する。尋常じゃない早さで登り切ったのだが、見ている者はほとんどいないはずだ。派手に暴れているネージュの方が耳目をひいている。

 「助かったぜ、ウェルヴェーヌ。自然に目立たずに登る方法が思いつかなかったんでな」

 「ご主人様の役に立つのが使用人の務めですから」

 無事に崖上に辿り着いたところでクロウは感謝を述べた。被せるように災魔が呆れたような声を出す。

 (おぬしの目は節穴かえ?既に十分目立っておるぞ?)

 なぜだと聞き返す前に、周囲のざわめきがクロウの耳に飛び込んでくる。

 「なんでメイドがこんなところに?」「しかも、どでかい大袋を担いでるぞ」「どういう状況なんだ、あれは?」とウェルヴェーヌ自体が目立っていた。メイドの恰好で野外にいることそのものが珍しいということを失念していた。あまりにも当たり前になっていて、普通の感覚がなかったらしい。

 「彼らは何を言っているのでしょうか?」

 しかし、ウェルヴェーヌ自身にその自覚はない。彼女にとっては使用人であることはメイド服と完全に結びついているので、その服装でどこにいようともおかしくはないという認識だ。この意識のズレは以前に賢者と話したことがあった。結論として、放置することにしていた。本人を諭すような真似をしたら、どうなるか分からないのが怖いという暗黙の了解だった。

 「……それより、ネージュはどうなってる?」

 今回もクロウは話を逸らす方向に持ってゆく。すべて過ぎたことだ。

 「あの暴れ馬ならぬ、暴れ魚は魔物と一緒に封鎖している何者かと乱闘中です」

 「なぜにっ!?」

 先程の人だかりの方は、更なる混沌の様相を呈していた。陸の上にあがった半身の巨大魚が自らの血を飛び散らせながらのたうっており、それを抑制しようとしているのか、ネージュが掴もうとしては逃げられ、その間に逃げ惑う周囲の人間も巻き込まれて弾き飛ばされている、といった状況だ。

 「……そうか。魔核をまだ壊してなかったな」

 飛び跳ねては暴れる魚の魔物を見ながら、クロウは冷静にそう呟いた。

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