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選択死  作者: 雲散無常
第四章:調整
42/137

4-10


 草原の一部が視界から消えていた。

 ぽっかりとその周辺がないのである。刈り取られているとかそういう次元の話ではない。

 その部分だけくり抜かれたように平面上に存在していない。

 しかし、眼下に目を転じるとそこには穿たれたような巨大な穴がある。円形状にごっそりと周辺の大地が降下している。ただ水平面が下がったというわけではない。陥没したという表現が正しいのかどうか、底が見えないほどではないが、確かにそこには起伏の激しい土地が見えた。以前は隆起した丘のようになっていた大地が、穴の中心にあった。

 「こりゃ面白い現象やなぁ!そのまま下に落ちたっちゅうことかいな?」

 その穴を眺めながらミレイが嬉しそうな声を上げる。珍しいものが好きならば、好奇心を刺激されるのも無理はない光景だ。

 「落ちたっていうか、沈んだ感じにも見えるな……」

 同じように下を見つめながら、クロウも呆れたようにうなった。一体何が起こっているのか、状況が飲み込めない。

 「今朝方、気が付くと丘が消えてこの穴になっていたらしい……でも、他に目立った動きはない」

 ミーヤが探索者ギルド代表として監視役と話を聞いたところ、それまでは何の変化もなかったのに突然今のような状態になっていたとのことだ。奇妙なのは音がほとんどしなかったということで、常識外れの変化に誰もが不思議に思うばかりだ。

 賢者はしかし、平然とした顔で告げる。

 「まぁ、このくらいなら用意した魔道具で対処できる。問題なかろう」

 灰色の長い髭をいじりながら、オホーラはイルルに例の箱を地面に置くように指示する。

 「先程も言ったように、皆が交代で魔力を込めてくれ。一定量溜まったら一気に浴びせかけて様子を見る。おそらく、あの丘のように盛り上がった部分が崩れて中の小娘が現れるはずじゃ。一応結界でこの辺りを隔離しておくゆえ、そこから対話を試みるつもりじゃ」

 「話し合いに応じるでしょうか?」

 ロレイアが少し不安そうに尋ねる。

 「正直分からぬ。じゃが、人間であればまずは話し合うべきじゃろう。個人的見解じゃが、何か事情を抱えていると見ておる」

 「そのお嬢が人間だという根拠はあるんか?異常な魔力持ちなんやろ?」

 賢者がクロウを見る。その根拠を示したのはアテルだ。本人から話させろということだろう。クロウはアテルに出て来くるように合図する。

 「はい!ワタシが判断しました!多分、魔物じゃなくてニンゲンさんです!」

 突如クロウの頭上に現れた黒い卵型の何かがしゃべったので、ミレイが驚いてのけぞった。

 「な、なんやそれっ!!?」

 そういえばまだウッドパック商会の会長にはお披露目していなかった気がした。いい機会なので自己紹介させる。

 「はい!ワタシはアテルです。ご主人様とラクシャーヌお姉さまに仕える魔物なのです!」

 元気よく片手らしき何かをぴょこっと上げて、アテルが挨拶する。

 「はぁ、なるほど魔物かいな、急にびっくりしたで……っていやいや、待て待て!魔物が仕える?使い魔なんか?なんで普通にしゃべってるん?それに、なんでメイド服みたいなの着てんねん!?」

 「はい!口を作ったのでしゃべるようになりました!服はウェルヴェーヌ様に作ってもらいましたのです!」

 「ほうか。口がありゃしゃべれるって、そりゃ道理やな……いや、本当にそうなんか?」

 ミレイが混乱しているようだが、今はあまりかまっていてもしょうがない。

 「とにかく、魔物のアテルが同類じゃないって判断してるからってのが理由だ。んで、誰から魔力を込めるんだ?」

 クロウが説明を補足して先を促すと、ロレイアが動いた。初めからそう言われていたのだろう。

 「会話するとして敵対行動してきたらどうするんだ?どうにかなるのか?」

 異常な魔力とやらを感じて一度は撤退した相手だ。まともにやり合えるのかどうか、判断がつかない。クロウ自身はその魔力の凄さが良く分かっていなかった。

 「そのための結界じゃが、はてさて、どのくらい利くのやら……基本的には友好的に行きたいと思っておる。これからの地下世界探索のことを考えても、攻撃的になるのは得策ではない」

 「そうだな。無闇に争うのは疲れるだけだ。けど、あの子が本当に人間だとしたら、この世界にも地下人みたいなのがいるってことなのか?」

 「それは地下遺跡の最大の謎として今も様々な憶測がなされておるが、実際に存在したというその手の話は聞いたことがない。ギルドの方ではどうかね?」

 話を振られたミーヤは首を振った。

 「否定的。噂はいつもあるけど、証拠、ない」

 「だとしたら、今回のは物凄い発見なんじゃないのか?」

 「アテルを疑うわけではないが、魔物の可能性がまだある以上何とも言えぬ。単に紛れ込んだだけの可能性も考えねばならぬし、確認のための話し合いでもあるわけじゃ」

 すべては会話してみなければ分からないということだ。クロウはうなずいて、ロレイアに注意を戻す。

 「このくらいで……しょうか?」

 本人もどの程度を送り込んだのか分かっていないようだ。奇妙な箱の外見に特に変化はない。「ふむ」と、いいながらオホーラが箱に近づいてその先に伸びた筒状のものを手に取る。ロレイアしかまだ魔力を充填していないが、必要十分量が集まったようだ。満足げに確認してから周囲を見回した後、賢者はイルルを呼んで何事か指示を与えた。

 「……なんや、クロウはんより賢者様の方がイルルを使うてないか?」

 「本人が同意してるから別にいいだろ?嫌がるようなことを無理やりはさせてないつもりだ」

 クロウの返答にミレイは複雑な表情を浮かべた。クロウの笛として付けた部下が、他の人間の命令に従っているのが気に入らないのかもしれない。すかさずウェルヴェーヌが補足する。

 「確か様々な経験を与えたいと言っていましたよね?こうした活動もそちらの思惑と一致するのでは?」

 「ぐぬぬ……姐さんの言うことはもっともやけど、なんやもやっとするなぁ……」

 そうしている間にも、オホーラは何やらぶつぶつと詠唱を始めていた。ロレイアによると、例の結界の魔法を用意しているとのことだ。イルルはおそらく、その布石のために何かを仕掛けに行ったのではないかというのが銀髪の魔法士の推測だ。

 当面、することもないのでクロウは内部にいるラクシャーヌに聞いてみる。災魔は今回やけに大人しい。疲れが抜けていないのかもしれない。

 (お前は何か感じるか?)

 (今は特にないのぅ。その小娘とやらを直接見ておらんこともあるし、特定できないだけやもしれぬ)

 (けど、なんか特殊な魔力持ちって話だったぜ?)

 (回復中なのじゃろう?実際に対峙しないことには分からぬ。それに、この地下世界は地上とは違うマナの場が多い。至る所で不可思議な流れがあるゆえ調子が狂うのじゃ。そういう意味では、あのピコ鳥男の占いはなかなかに優れているといえよう)

 テオニィールはその占いの腕だけは皆に認められる傾向にあるようだ。誰もちゃんと名前を呼ばないのがアレではあるが。

 (とにかく、その者が強力な魔力持ちであるなら、他に有力な魔物などいろいろと情報が得られるじゃろう。その点に関しては興味がある)

 (他の魔物が気になるのか?)

 (うむ。わしの眷属にすることで魔力が上がる可能性を考えておる。そうなれば、おぬしからの血の摂取量も抑えることができるやもしれぬ。まぁ、増える可能性もあるがのぅ。わっはっはっ)

 (増えるのは笑い事じゃないんだが……けど、減らせる可能性があるってのは確かに試したいところではあるな)

 破壊衝動の発散のために毎回消費の激しい破壊魔法を使い、その度にクロウが動けなくなるのは厳しい。回避方法は模索しておきたいところだ。

 (っていうか、眷属って簡単に増やせるのか?)

 (……分からぬ。色々と試行錯誤中じゃ)

 妙に間があった気がするが、クロウが何か言う前にオホーラが咳払いをして注意を引いた。

 「うぉっほん。では、これよりティレム分解作戦を始める」

 「そんな作戦名だったんかいな?」

 どこか緊張感のない始まりではあったが、オホーラが魔道具の箱をロレイアに持たせてその筒状のものを眼下の穴へ向けると、半透明な液状の何かが飛び出していった。水ではなさそうだ。時折何か小石のようなものも混じっている。

 あの隆起した謎の土地を砂利交じりにすることでティレムを分解し、本来の土地からも剥がすため、という説明だった気がする。クロウは自分の理解が正しいのか良く分かっていないが、賢者に間違いはないだろうと勝手に安心していた。

 皆が興味深く見守っているとすぐに変化は訪れた。

 盛り上がっていたその形状が崩れるようにその高さを減じていったのだ。

 「おお、ほんまに効果あるやないけ!?」

 信じていなかったんだな、と皆がミレイの驚く声を聞いて思ったが口に出す者はいなかった。

 「皆さま、少し下がった方がよろしいかと。この穴そのものも変動するようです」

 ウェルヴェーヌがその淵から率先して後退することで危険を知らせる。

 穴の中に意識が行き過ぎて足元が疎かになっていた。メイドの言う通り、今立っている大地もまた蠢いていた。元の状態に戻ろうとしているのかもしれない。一行は素早く下がり、オホーラは筒の角度を調節した。魔法で精製した水と小石を放物線を描くような軌道に修正して、穴に届くように計算したのだ。自由に動く筒のような形は、こうした時のためだったらしい。珍妙な形だが、よく考えられている。

 (中に何かおるな……確かに、妙な魔力じゃ)

 せり上がってくる大地を見守っていると、ラクシャーヌが何かを感じたらしい。

 「人間じゃないのか?」

 (分からぬ。魔物に近いものも感じるが……混ざっておるのか?)

 「混ざる?」

 クロウは我知らず声に出していたようで、気づいたロレイアが振り返る。

 「ラクシャーヌ様が何か言っているんですか?」

 ロレイアはラクシャーヌが災魔だと知っても様づけをやめなかった。祖母の寿命を縮める要因を作った元凶だと考えて恨んでも不思議はない立場だ。一方で、そのフィーヤ婆さんから従うようにも言われてもおり、複雑な心境かと思いきや、悩むことなくこれまでと同様の関係性を続けることを選んでいた。クロウにはその心を推し量ることはできない。

 「何か魔物と人間、どっちも感じるとか何とか言っている」

 「ほぅ……なるほどな」

 オホーラもそれを聞きつけて合点が言ったように頷いていた。

 「ちゅーか、こんなけったいな現象を前に、君らもよう平気な顔してまんな……」

 そういうミレイも腕組をして仁王立ちの状態だ。傍らで執事のノーランがその身体を守るように立っている。

 目の前の大地はどういう動きなのか、沈下していた穴の部分がせり上がって元の水平に戻ろうとしていた。奇妙なのは鳴動がまったくないことだ。これだけの動きが音もなく静かに迅速に行われている。耳をすませばゴゴゴゴという幻聴すら聞こえてきそうな勢いであるのに、まったくそれがない。

 視界と環境音が一致しない奇妙なズレが気持ち悪くもあった。

 地面が水平に戻るのと同時進行で、隆起していた元々の土地もなだらかな平面へと戻って行きつつある。この後者の大地の部分がティレムと融合していたものと思われる個所だ。しばし見守っていると、果たしてその中に問題の人物がいた。

 「……やはり中におったか」

 賢者の声音はやや硬い。警戒しているのだろう。

 褐色の肌の少女は、芥子色の大きな布を身体に巻きつけたような恰好をしていた。肩はむき出しで裸足だ。装飾の類は一切ない。眠っているのか意識がないのか、穏やかな表情を浮かべているその顔は整っており、かなりあどけなさがある童顔の女性の造形だった。

 「こりゃぁ、ほんまに……ただ者ではない気配やな……」

 ミレイが息を呑んで呟く。

 「さて、ここからが本番じゃ。急に暴れることはないとは思うが、皆気を抜かぬようにな」

 オホーラは魔道具を停止させると、声が届く範囲まで慎重に近づいてから呼びかける。しかし、特に反応はなかった。何度か繰り返しても同様で埒が明かない。賢者はしかたないと言った感じで肩をすくめると、何やら魔法を使って少女の身体を動かした。直下の地面を操って一時的に盛り上がらせ、その身体を無理やり移動させたのだ。寝返りを打ったように横に転がった少女に、初めて反応があった。

 その周辺を囲うようにまた地面が隆起したのだ。

 「あれはやっぱり防御機構のようなものなのですね」

 ロレイアが冷静に分析する。確かに、少女を守るようにそれは形成されていた。

 一方で、少女自体はまだ自ら動いている様子はない。一瞬ぴくりと動いたようにも見えたが、立ち上がるようなそぶりもなく地面に横たわったままだ。ただ、その周囲を壁のように土の壁が張り巡らされている。丁度少女を中心にぐるりと一種する形だ。

 奇妙なのは全方位を覆うわけではなく、まるで正面をわざと開けたまま取り囲んでいる点だ。偶然ではなく明らかにこちらに向けて開放している部分をさらけ出している。

 「……対話する意思はあるという表れなのか?」

 賢者もその意図をはかりかねている。

 (いや、あれはわっちのせいかもしれぬ)

 「お前の?」

 (何やら呼応しておる。ふむ……ちと、近づくぞ)

 ラクシャーヌがクロウの身体から離れてすたすたと少女へと歩を進める。

 「何と言っておるのだ?」

 賢者の質問に「何か『呼応』してるとかなんとか」と答えながら、クロウもラクシャーヌの後をついていく。

 「クロウ様、不用意に近づいては……」とウェルヴェーヌもその後に続き、結局皆がじりじりと間を詰めることになった。ラクシャーヌが何をするのか見守りたいと無意識に思っているのかもしれない。危険だという忠告よりも好奇心が勝っている状態だ。

 何とも言えない沈黙の中、ラクシャーヌが土の壁の中に入る。あまりに無造作で誰も止める暇もなかった。これが罠ならばそこで開口部が塞がって閉じ込められるパターンだが、そんなことは一切なく災魔は少女の元に辿り着く。

 (ふむ……これは匂うな)

 「何が匂うんだ?」

 ラクシャーヌは答えることなく、突然少女の服である一枚布を脱がせる。

 「くっくっく、そういう趣味なんかい?」

 ミレイが場違いに嬉しそうな声を上げ、他の者も予想外なその行動に驚いていると、更に衝撃的なものが視界に映って絶句することになった。

 服のような布が剥がされ、少女の肢体を前にラクシャーヌが呟く。

 (どうやらこやつ、何か憑いておるようじゃな)

 露になった少女の背中にはびっしりと白い獣毛が生えていたのである。

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