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選択死  作者: 雲散無常
第一章:災魔
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1-3


 ベリオスの町はいわゆる辺境の国の田舎だ。

 オルランド王国の領地内ではあるが、端の端に位置している。忘れ去られた土地のようなもので、実際王国の下級役人すら長らく来た試しがない。常駐する管理官も当然の如くいないのだから、実質独立した町であり、運営も代々地元貴族のビーダム家が行っていた。

 王国に納税すらしていない状態なので、あらゆる面で庇護下にはない。ゆえに王国として軍や警備兵を配置しておらず、治安維持のために自警団の形で警備隊が一応組織されている。

 トッド=レチークはそんな警備隊の一人だった。

 それほど人が多い町ではない上に交易路からも外れている。旅人が頻繁に訪れるような場所でもない以上、日々の業務は顔見知りの酔っぱらいの対応や、喧嘩の仲裁が関の山。たまに手癖の悪い輩が盗みを働くので、その捜査と補導をするくらいだ。

 だから主な仕事としては、付近の森からたまに出てくる魔物を撃退することだった。人里にまで来る魔物は多くないが、食糧不足か好奇心からか、人間を襲おうとする魔物は時折現れる。警備隊はそうした魔物を追い払う役目が多い。

 そんな平和な田舎町の警備兵に、突如不幸が襲い掛かった。

 せいぜい小物の魔物を相手にするのが精一杯の武力しかないのに、いきなり災魔の相手をする羽目になったのである。当然の如く、相手にならない。というより、何もできることなどない。町長のユンガから町を死守せよとの命令が下ったところで、一体なにをどうすればいいのか。

 ベリオスの町の警備隊、二十人ほどが総出で武器を取って迎え撃とうにも、相手は遠距離魔法で一方的に町を蹂躙した。警備隊に魔法士は4人ほどいたが、圧倒的魔力の差にやはり対抗することなどできない。大規模な山火事を前に、一匙の水を持っているようなものだ。なす術なく、人命救助を優先に町を走り回ることしかできなかった。

 実際はその救助活動すらままならなかったのが現実だ。町の通りは建物の瓦礫で通行不能となり、避難に遅れた町の住民に多数の死傷者が出ていた。警備隊の者も半数以上がまともに動けない壊滅状態で、警備隊長のアゴーンも生死不明で行方が知れない。おそらくどこかの瓦礫の下に埋もれているのだろう。

 いけ好かない上司でそりも合わなかったので正直どうでもいいのだが、そのしわ寄せが自分に来るとはトッドも思っていなかった。

 運がいいのか悪いのか、警備隊の中で大した怪我もなく動けたという理由だけで、その現場に向かう羽目になったのだ。

 何でも瓦礫の中に真っ裸の生き残りがいるらしい。服が破けたとかそういうレベルでもなく、完全に裸だという。なぜそんなことになっているのか気になるが、それよりも重要なのはその片割れがどうにも人間ではないという点だ。いかにも怪しい二人組だと言うことで、警備隊のトッドが呼ばれたのである。

 正直、いい迷惑だった。

 自分が行ったところで、どうにかなるはずもないだろうに。

 そう思ってはいたが、この状況でそんなことを言えるはずもない。いや、どんな状況だろうと言えるとは思えなかった。トッドは自分が小心者であることを自覚している。頼まれごとをして、まともに断れた試しはないのだ。

 今回も貧乏くじを引かされたのではないかと思いつつ、現場に到着した。

 「あっ、やっと来たわね!あれよ、あれ!あの変態たちをどうにかしてっ!」

 見知ったパン屋の娘が指差した方向を見る。

 確かに裸の二人がいた。一人は男、トッドよりやや年下の青年ほどの年齢だろうか。引き締まった身体つきで何か武術でもやっているのかもしれない筋肉の付き方だ。男のトッドから見ても美しい筋肉美がそこにあった。股間にそそり立っている一物もなかなかに御立派だ。

 というか、ガン立ちしてるのはどういうことなのか。

 あろうことか、その一物を笑いながらビンタしているのが童女だった。

 「ーーーーーーーーー!!!」(わっはっはっ!動けないのに、こっちは動くではないか!しかも硬くて戻ってくるぞ?なんじゃ、なんじゃ!)

 「おい、やめろ!お前が血吸ったからか、力が出ねえ!全然動けないんだよ!!そんで、人前で息子を張り倒して遊ぶんじゃねえ!!」

 青年の方は動けないらしい。どこか怪我でもしているのだろうか。何やら会話といいうか罵り合っているようだが、童女の方の言葉は聞き取れない。

 とりあえず警戒しながらトッドは近づいてみる。

 「くそっ!お前、いい加減にしろっ!こんなことしてる場合かよっ!さっきの子に人呼ばれたら面倒なことになるんだぞ?」

 「ーーーーーーー」(うにゃ?もう誰か来ておるぞ?)

 童女とトッドの目が合った。

 接近に気づかれていたらしい。その大きな瞳より先に、額に生えた小さな角が気になった。よく見ると頭にも毛で覆われた耳がある。いや、裸の腕や足の一部も体毛で覆われた部分がある。人間ではないというのはこちらの童女らしい。真っ先に浮かんだのは亜人だ。人に比べてその数は少ないが、人間に近い種族はいる。こんな田舎ではまったくお目にかかったことはないので、良くは知らなかった。

 普通なら人外を見たら一目散に逃げ出すところだが、状況が状況だけにそういうわけにもいかない。災魔のせいで感覚も麻痺しているらしい。

 更に言えば、なぜか大丈夫そうな雰囲気もあった。裸の青年の存在のせいかもしれない。トッドに気づいて、彼が声をかけてきた。

 「あー、こんなこと言っても怪しいとは思うが、俺たちは怪しいもんじゃなくてな……というか、諸事情で動けないんで、悪いんだがとりあえず服か布か何かをくれないか?」

 寝転がったままの状態でそんなことを言われる。ふざけた態度とは思うが、本当に身動きが取れないのなら納得はいく。

 「確かに裸は良くないな……それに、その、やたら勃起しているみたいだし……」

 「そこは触れないでくれないか?こいつが無闇に刺激を与えるからで、これはあれだ、条件反射的な生理現象であって、この状況に興奮しているわけじゃないからな?」

 妙に冷静に弁解される。

 トッドは何となく半目になりながらも上着をかけて恥部を隠してやる。パン屋の娘もガン見していただけに、いたたまれない同情の気持ちはあったのだ。

 「……それで、その子供?は何なのか聞きたいんだが?」 

 「ああ、とりあえず上着に感謝する。助かったぜ。こいつは……その、ただの親戚の子供だ」

 「ーーーーーー?」(シンセキというのは何じゃ?)

 明らかな嘘を青年がつく。対する童女は首を傾げている。何か言っているようだが、聞き取れない。雰囲気からして口裏も合っていないようだ。

 「……とにかく怪我をしていないなら、ちょっと一緒に来てくれないか。さすがにその子供は目を引きすぎる。まだ町がめちゃくちゃな状態で、これ以上の混乱を起こしたくないんだ」

 「一緒にって何処に?というか、あんたは何者なんだ?」

 そう言えば名乗るのを忘れていた。

 「自分はトッド。この町の警備隊の者だ。治安維持のために、君たちを一時拘束させてもらう」

 



 その地下牢は湿った空気で満たされていた。

 石造りの簡易ベッドは凸凹でお粗末な作りだ。横になってもたいして休めず、お情け程度の掛布団はかび臭いにおいがした。

 「……完全に囚人扱いなんだが?」

 クロウは今だ満足に動けない自らの身体を恨めしく思った。

 「おぬしがその体たらくなせいでわっちまで捕まってしもうたのぅ。責任を取って血を吸わせるがよい」

 「元を正せば全部お前のせいだからなっ!?てか、マジでこんなに動けなくなるもんなのか……」

 クロウは改めて呪いというものを痛感する。少し休めば回復すると思っていたのだが、一向に良くなる兆しがない。ここまで来るのにも、トッドという警備隊の男にほぼ運ばれる形だった。その間、ラクシャーヌは面白がって笑っていた。いい性格をしている。

 「確かに不便じゃのぅ。わっちは吸わねばならぬし、吸ったら吸ったでおぬしが立ち行かなくなるとは、厄介なものじゃ」

 「だから、加減ってもんを覚えてくれ。多分一気に持ってったからこうなってるんだろう……というか、そうであってくれ」

 「ふむ……まぁ、初めてだったしのぅ、そういうこともあるじゃろ?」

 その点に関しては頷かざるを得ない。クロウもラクシャーヌも、今は自分たちの置かれた状態を手探りで理解していくしかないのだ。ラクシャーヌからすれば、本能的に生命活動に必要なエネルギーとしてクロウの血が必要だと理解したゆえの行動だ。上限制限があるだとか、そういうルールは一切知らないというか、分かるわけがないというのも当然と言えば当然だった。だからといって、勝手を許せば共倒れになるというのが面倒くさいところではあるが。

 「なんにせよ、慎重になる必要があるな。しばらく俺たちはこの状態で生きてくしかないんだからな。軽はずみに失敗して気づいたら死んでました、なんてのはごめんだ」

 「それは確かにそうじゃのぅ。わっちらの契りについて、正確に把握する必要があるということは同意じゃ」

 「契約というより、俺にとっちゃ完全に呪いなんだがな……」

 「まぁ、呼び方はどうであれ、こうなったのはやはりおぬしの特殊技能スキルというのが妥当な推論であろうな」

 「スキル?」

 クロウの最初の理解では技能であったが、復唱すると別の意味が浮かび上がってきた。転生人フェニクスだけが持つ異能の意味らしい。

 「……つまり、異能って超能力みたいなもんか。いや、まて……転生人って急に出て来たけど、この世界には元の世界とは別の人間が存在するのか?」

 「なんじゃ、そんなことも知らぬのか?いや、いま思い出したのか。わっはっはっ、記憶がないと言うのは厄介じゃのぅ……うにゅ、わっちも笑ってる立場ではないか」 

 ラクシャーヌのからかいも気にならないほど、クロウは芋づる式に増えていく自分の存在の知識に圧倒されていた。

 段々と自分の身に何が起こっているのか見えてきた気がしたのだ。説明は一切ないが、手がかりの情報は実は持っているというような奇妙な状態だった。引っかかる単語の意味を、辞書を引きながら紐解いてゆく感じだ。一通りの精査を終える。

 「……要するに俺はこの世界に召喚された別の世界の人間で、それをこの世界では転生人っていうわけか。んで、転生人には千差万別の特殊技能があって、俺のはあの選択みたいなやつってことになるのか」

 「その特殊技能に関してはよう分からぬが、おぬしが転生人であるのは確かじゃろう。魔力の質が普通の人間とは異なるからの」

 「そうなのか?んじゃ、俺の記憶がないのも転生人ってことだから……いや、それにしても情報が少なすぎるような?」

 連想して溢れてくる情報によると、転生人であっても自分の名前まで忘れるということはないようだ。基本的に転生人は儀式によって召喚され、その際に元の世界での個人的な記憶や世界の知識は封印され、大陸の一般常識に置き換わられるものらしい。この封印というのが肝で、ぼんやりと記憶している程度で決定的には思い出せない、と言った塩梅になっている。例として、兄弟がいたことは覚えているが、具体的に弟なのか姉なのか、名前やどういった人物だったか、というような詳細は分からないといった具合だ。

 以前の世界への未練が残らないための配慮というのが通説らしいが、クロウの場合はぼんやりとすら何も思い出せないのはやはり異常な気がした。それに気づくと、今度は無能ナルという概念が想起された。これは召喚の義が失敗して呼び出された転生人のことで、主に特殊技能を持たない者のことをさす。クロウは特殊技能を持っていると思われるので該当しないように見えるが、無能の特徴の一つに記憶障害があり、この世界の常識を知らなかったり自分の記憶を持たないことがあるという。

 そこだけを取り上げるとクロウは当てはまるので、召喚の儀が失敗した転生人という可能性も捨てきれない。

 「……色々可能性はあるようだが、とにかく俺が転生人なら、召喚した奴がいるってことだよな……」

 召喚の儀というのは、この世界における最大規模の大魔法だ。何十人もの魔法士の魔力と、それを束ねてコントロールする賢者クラスの魔法士、特定の日時における安定した場の空気など、特殊条件も必要となる。国を挙げての一大行事のようなもので、容易に誰もが行えるものではないらしい。

 「最近どっかの大国がやったって話があれば、それが該当するってことだな……けど、それって……」

 わざわざ呼び出すということは、それだけの用件があるということだ。それも、その者にしか頼めないような重要なものだろう。何しろ下手をすれば数年に一度の大規模魔法だ。それだけの期待と重責を伴っている。その結果が期待通りの人間でなかった場合はどうなるのか。

 無能というレッテルを張られた転生人の末路はなかなかに酷いもののようだ。奴隷として処理されるという冷酷な事実が突き付けられる。奴隷などという非人道的な階級がこの世界には存在することも驚きだが、その扱いも想像以上に過酷だ。魔力生成器として道具のように酷使され、完全に使い捨てのモノ扱いだった。そして、それが許される社会だった。

 「……召喚したやつを探すのは止めた方がよさそうだ」

 現在進行形で捕まっている身としては、あるいは保証人として現れてくれないだろうか、などと考えていたが、いい考えには思えなくなった。そもそも、まともな召喚の儀で呼び出される際は、その儀式を執り行った場にいなければおかしいはずで、気がついたら街中にいたクロウの状況は異常だ。やはり儀式は失敗した可能性が高い。お世辞にもいい予感はしない。

 「転生人のおぬしに関してはなんとなく状況は見えてきたようじゃが、わっちに関してはまったく不明じゃな?わっはっはっ、何がどうなっておるのやら」

 「笑いごとじゃねえだろ?お前の方はまったく俺には分からねえんだぞ。災魔ってのはそもそも何なんだ?」

 この世界には神のような概念として、源導者ディカサーという上位存在がいることは知識にあった。その源導者には裏の顔というか、人に制裁を与える負の一面もあるらしく、導罰どうばつの一つとして魔物を生み出しているとも言われている。天使と悪魔の役を同時に担っている象徴に近いのだろうか。極論、飴と鞭を司っているということだ。果たして災魔がそうした鞭である魔物の分類の中にあるのかどうかは良く分からなかった。

 「うーむ、分からぬ。さっぱり、記憶にないのぅ。わっはっはっ」

 「それもないのかよ。お前、本当に笑ってる場合じゃねえだろうが。そこは個人的なとこじゃなくて、種族みたいな話だから多分人間側にも知識はなさそうだぞ?」

 「そう言われても、ないものはないんじゃ。しかたなかろ?」

 たいして困っていない表情でラクシャーヌが腕組みする。裸のままではまずいということで、大きなボロ布を全身に巻き付けている状態だ。町の被害が大きくて物資が不足しているため、それだけでも有難いことらしい。クロウは一応ズボンとカッターシャツを与えられていた。下着がないのが気になるが、わがままは言えない。

 「そういう意味では、わっちはこれから何を目的に生きればよいのかのぅ……死にたくはないが、特に何をしたいという欲もないというか、それすらも分からぬぞえ?」

 「正直、そこは俺も同じだな。過去に何をしてきたかとか、何を思っていたかも分からねえから、指標というか指針も何もない。やるべきこと、みたいなのを探すことから始める必要があるのかもな」

 「確かに。じゃが、待て。それなら既にあるのではないか?」

 指摘されて、何となくクロウにも思い当たるものがあった。

 「ああ……この状況の謎の解明、か?」

 「うむ。なぜゆえ、わっちとおぬしが妙な契りを結んだのか。その契りの具体的な内容も、気になるところではないか?まぁ、わっちは正直、何でもいいとは思っておるがの。わっはっはっ」

 「何でもよくはないだろっ!?生死にかかわる以上、真剣になれ。当面はそこを目的とするとして……いや、その前に解決しなきゃならねえ問題があるな」

 「ほぅ、なんじゃ?」

 「いや、何も分からんみたいな顔をするな。今、俺たちは牢にいるんだぞ?しかも、よくよく考えたらこの町をぶっ壊したのはお前じゃねえか。無自覚だったかもしれねえし、その目的とか意味とかお前に記憶がないとしても、被害にあった方は、はいそうですか、って許してくれるはずもねえ」

 「そうなのか?寛大な心で許してくれぬかのぅ?何でここにいるのかもさっぱり覚えていないというに」

 「その理屈は通じないだろうな……だから、お前は余計ないことを言うなよ?って、あれ、そう言えばそもそも――」

 クロウはそこで気付いた、というか思い返していた。

 「うむ、なぜかわっちの言葉は、あのトッドという者に届いておらなんだ。おぬしにしか聞こえないのではないかえ?」

 「だよな……」

 また一つ、謎が増えた瞬間だった。

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