4-7
次から次へと問題が起こるのはもはや確定事項なのだろうか。
クロウは回ってきた報告書を見ながら、ただ溜息をつくのみだった。
先の大雨での川の氾濫により、治水工事が緊急を要する案件に上がり、街の道路整備を後回しにせざるを得なくなった。
新規参入した商会の一つが、強引に市場独占をもくろんで裏工作をした結果、他の三つの商会も巻き込んで不正談合によって排除されることになり、その穴埋めでまたどこかほかの商会を引き入れる必要がでてきた。一度落選した商会が再び応募してくる例はあまりない。商人長のナキドは商会関連の監査や新規参入時の調査をもっと厳格化するべく、様々な承認を求めてきている。
町の住民たちについても、最近は特別区以外にもベリオスの町に永住したいという者が増加しつつあり、受け入れのための住居確保はもとより、従来の住民と新参者との差別化など優位性を求める嘆願書なども上がってきている。町の運用の変更で土地や法や生活習慣、昔とは違う暮らし方を半ば強制している以上、そうした町の住民の主張にも慎重に耳を傾ける必要がある。
加えて、地下にも気を配らねばならない。転移魔法陣の調査権を買いたい国が既に四件ほど保留になっており、こちらも早めに決断しなければならない。大国以外はいずれも実態の知れない国なので、最低限どのような国なのか調べる必要があり、ウッドパック武器商会の手を借りて調べさせている。特にネーレ王国という小国は、既に調査隊を引き連れて特別区に滞在しており、審査をは早く通せと無言の圧力をかけてきている。
まだ正式採用ではないウッドパック武器商会だが、使えるものは使っていくしかないという判断で先行して従事させている状態だ。優秀なことは確かなので、あとは信用できるかどうかの一点が問題だった。この辺りはイルルを通してクロウの判断に委ねられているのだが、その評価をしている暇もあまりないという状況だ。
それというのも、ラクシャーヌの破壊衝動実験の際、地下世界に起きた謎の現象の解明の方も早急に必要になっていたからだ。探索者ギルドの方に依頼したものの、例の大地変動の調査中に事故が起きて二次被害にまで発展した。あの一帯にまた妙な魔力溜まりができていて、未だに地形が動くらしく、放置するのは危険だという報告が上がってきている。
原因の一端が自分たちにあるような気がしないでもないので、改めてクロウたちがあの場に行く流れになっていた。
あの時の謎の少女に関して、オホーラは色々と調べて推測は立てたらしいが、その詳細はまだ知らされていない。現場で確認したいことがあるとのことだ。そもそも、なぜ地下世界に人間がいたのか。魔物であればまだ納得はいくのだが、アテルによるとニンゲン説が有効なので不可思議だ。とりあえずは緘口令で秘密にしているが、地下に人間がいるとなれば一大事だ。それまでの常識が覆される。
探索者ギルドはとりあえずあの区域を立ち入り禁止にしているが、大地変動が他でも起こりうることを考えると、地下世界の探索に支障が出るため、早期解明が望まれているのは間違いない。場合によっては、S級探索者を招集して対策を練ることも考えているようだ。
だが、賢者はそれを避けたがっていた。というのも、S級探索者というのは色々な意味で影響力が強すぎてその命を常に狙われている存在でもあるからだ。S級探索者に釣られて暗殺者や裏組織がベリオスの町に流入する可能性が高くなり、まだ防衛環境が構築途中の状態でそんな厄介な火種を抱えたくないということだ。
ざっと考えただけでも、面倒な問題が山積みなことにクロウは嘆息する。自分自身のことも未だに分かっていないというのに。何もかも投げ出したくなるが、その先に道はない。一つ一つ片づけるしかなかった。
予定としては明日、ロレイアを連れて探索することになっている。テオニィールではないことには理由があるらしいが、オホーラは多くを語ってくれていない。クロウとしては、ラクシャーヌの体調が戻っているので特に問題はなかった。久々に血を大量に失ったあの日の翌日は、一日寝たきり状態にはなったのだが。
「もう一度赴くのはかまわぬが、何か手立てがあるんじゃろうな?その小娘をわっちは知らぬが、賢者も尻尾を巻いて逃げた相手なんじゃろう?」
「そいつはオホーラ本人に聞いてくれ。といっても、全然答えてくれそうにないけどな」
「もったいつけおって……まぁ、最悪またわっちが退けようぞ」
「いや、俺はやっと復帰したばっかりだから勘弁してくれ。お前の吸血はやっぱきついぜ」
「おぬしはもっと血を多く作る努力をせい。まるで成長が見られん」
「無茶いうな。これでも驚異的な血液の回復量らしいんだぜ?」
未だ人間の身体について分かっていることは少ないが、最近街に招いた腕のいい治療士に診てもらったところ、自力で生成できる血液量に関して、クロウは文字通り人外のものだと驚かれた。一日寝るだけで回復すること自体が異常だという話だった。
「ぐぬぬ。そっち方面で増強が見込めぬのはあまりよろしくないのぅ。せめて、調子のいい時に血を抜いておいて保存しておく方法などはできぬのか?」
「ああ、その考え自体はあるらしいが、良質な状態で保存できる手立てがまだ確立できてないらしい。血を抜き取ることはできても、一日、二日で腐ったら意味がないだろ?そういう感じらしい」
「水瓶にでも入れて川で冷やすんじゃダメなのかえ?」
「酒と同類に見るなよ……一定時間、空気というかマナに触れると色々変化しちまうとかなんとか、色々面倒なんだとよ」
「なんじゃ、使えぬな。では、やはり呪いを解くしかないようじゃのぅ」
「そっち方面は良さそうな解呪師を探してもらってる最中だからな、じっくり待つしかない」
オホーラの伝手に頼りっぱなしで申し訳なく思うが、クロウには当然その手のつながりは皆無だ。転生人で記憶なしでは望むべくもない。
「……む?例の小娘が接近しておるな」
「イルルのことか?そいつは……また厄介ごとな気がするな」
ラクシャーヌに関してはまだ隠していることが多いため、今は近づかないように命じてある。その意に反して来るとなれば緊急性が高い用事だろう。未だにその気配がうまくつかめないクロウだが、予期していればさすがに気づける。
天井板の一角をあっさりと外して入ってくる灰色の道着を視界に捉える。そう言えば、イルルがまともに扉から入ってきたところを見たことがない。注意すべきだろうか。
「主、嵐が来る」
挨拶も何もなしにそう告げるイルルの口調は、いつもの気だるげな声音よりかなり硬い感じがした。いつもなら背後に立つところを、真正面に降りてきたことも初だ。緊急性を感じてすぐに尋ねる。
「嵐ってのは何だ?そのままの意味でか?」
「そう。でも、そうじゃない。人工的」
「そいつは魔法ってことか?」
「そう。警備隊の魔法士らに早く伝えて魔防壁を用意した方がいい」
「なんかヤバいみたいだな……どっかから攻撃を受けるって話か。とにかく、オホーラに知らせよう」
にわかには信じがたいが、イルルがそんな嘘をつくはずもない。すぐにオホーラの執務室へと駆け込む。クロウがいつもいる倉庫のような居室と距離はそう離れていない。ラクシャーヌはイルルが現れる前に内部へと入り込んで一体化していた。
「オホーラ、緊急事態の時に何か用意してたよな?」
部屋に飛び込みながら呼びかけると、書類をにらんでいた賢者が顔を上げた。
「何が起きた?」
余計なことを一切言わずに、オホーラが反応する。いつもと様子が違うことを瞬時に悟ったのだろう。
「イルルからの情報で、魔法の嵐が来るらしい。魔防壁の準備が必要みてえだ」
「なんと……どこかが仕掛けてきたというのか?とりあえず、警備隊へつなぐ」
オホーラは背後の壁にある釣り紐の一つを引っ張った。
窓から狼煙が上がるのが見える。これらは前々から用意していた伝達網の一つだ。使うのは初めてだが、仕掛けはうまく動作したようだった。
「もう少し詳しい情報を頼む。場合によっては特別区にもギルドの方から連絡した方がよかろう。規模次第で、協力を要請する必要があるやもしれぬ」
「りょ……でも、その前に自分を疑わねっすか?」
「そんな疑問は不要じゃ。経緯を教えてくれ」
オホーラの反応に珍しくイルルが驚きの表情をわずかに見せたが、すぐに説明を始めた。事の発端はウッドパック武器商会の情報収集中の何気ない一言だった。ある者が「エックスデイ」という単語を漏らしたのだ。それは大陸語ではなく、転生人が使う特殊な言葉のひとつだった。怪しく感じたので、裏を取るべくその人物をマークしていたところ、町のある場所に魔晶石を埋めている現場を見つけ、問い詰めようとしたところ自害された。徹底したプロの工作員の可能性が高い。
これはいよいよもって怪しいとミレイに報告を上げると、すぐさまイルルからクロウに伝えるよう命令を受けたという流れらしい。
「エックスデイとやらは分からぬが、魔晶石を地中に仕込むとは穏やかではないな。じゃが、まだそれだけでは嵐には至らぬぞ?」
「死んだ人間の仲間を調べて、もう一人を確保したっす……催眠誘導で『嵐』って言葉だけ聞けたっす」
「なるほど……お前さんの警戒は正しそうじゃ。その様子では、他の魔晶石の場所は分かっておらぬということじゃな?」
「……ん。捜索する手掛かりがもうない」
「あー、遮って悪いが、全然俺には話が見えてこないんだが?」
「後で説明する。それより、大規模な可能性があるゆえ、やはり特別区の魔法士らにも応援要請しておくべきかもしれぬ。して、タイミング的に、今だという根拠は?」
「ある路地裏でさっき生贄が見つかった」
「なんと、犠牲魔法か。当然、魔晶石が下にあったのじゃな?」
「……ん。多分、起動済っす」
「猶予は余りなし、か。なるほど理解した。クロウ、今からギルドに直接行くぞ」
オホーラがオトラ椅子を用意して乗り込んだ。本体で行くらしい。やはりそれだけ重要なことだということだ。しかし、何よりも欲しいものがあった。
「誰か説明をマジで頼む――」
ベリオスの町、東の入口に特に名称はない。
単に東とだけ呼ばれている。一応、警備隊の監視所というか実質的な詰め所があるだけだ。
通行税やら出入りの規制などは原則行ってはいないが、さすがにどこぞの軍隊が隊列を組んで迫ってきた場合などに素通りさせるわけにもいかないので、付近を見張る意味で設置されている程度だ。詰め所の横には物見台がついていて、あまり高くはなくとも周辺を見通せる。
その物見の報告によれば、巨大な竜巻が近づいてきているのは確かなようだ。それが嵐だということだ。
「んで、その魔晶石とやらを今からぶっ壊してもダメなのか?」
詰め所の狭い部屋の中で、クロウは集まった面子を眺めながら尋ねた。
「おそらく法式は既に発動している。これから幾つあるか分からぬものを探して壊して回るより、嵐そのものに対処した方がよかろう」
「あのピコ鳥の占いがあれば、あるいは役立ったかもしれませんね。肝心な時にいないとはさすがです」
ウェルベーヌがテオニィールを皮肉るが、転移魔法陣の方の仕事に従事しているだけなので、占い師に非はない。単に日頃の行いのせいである。
「しかも、地中に埋めた魔晶石を起点にしているわけではありませんので、壊した所でどれだけの効果があるかも不明です」
代わりに同行している魔法士代表のロレイアが眉根を寄せる。この魔晶石について、その意図が完全に分かっているわけではなかった。今回の魔法による嵐の攻撃は何者かが引き起こしているのは確実だが、見えない部分が数多くあった。
オホーラによると、概要として魔晶石は魔法の増幅効果に使われることが多いとのことだった。町中にいくつ仕込まれているかは分からないが、魔法の嵐が到達したときに真価を発揮する。魔石や魔晶石は魔力と反応する性質があり、使い方は多岐に渡る。今回は呪いの類にも使われているようで、それが犠牲魔法という一つの禁忌だ。文字通り何かを犠牲に、生贄を捧げることで効力を増大させる外道な魔法式で、魔晶石に大量の血を吸収させて魔力変換した推測が成り立つという。効果時間は長くはないのですぐにでも何かが始まることが、ここから判断できたということだ。
実際に大規模な竜巻が近づいている。ベリオスの町付近で、そのような自然現象は今までにない。人工的な、魔法による産物であることは間違いないだろう。
魔晶石は嵐が町中に入ると反応して、更に破壊的な威力を増幅させるために設置されたというのが現在の予測だった。
「あの規模の嵐を魔法で起こすには、少なくとも50人以上の魔法士が必要です。前代未聞ですね。いったい誰が仕掛けてきているのか……」
妙なポーズで頭を傾けているのはユニスだ。警備隊の魔法士長として参加している。特別主任役のネージュより、こういう時は数段頼りになる。
「方角的にはオルランドじゃが、こんな愚かな真似はすまい。というより、どこが首謀者であれ意図も不明じゃ」
「普通に直撃されたら町は壊滅。その場合、最上級の古代遺跡を維持運用できる能力なしで、管理権限剥奪は確実。その辺が狙いじゃないですか?」
「そんな無策を期待しておるとは思えぬし、仮にそうなった場合も、その後釜に座ることを目論んでおるとしたら阿呆の極みじゃぞ?どさくさに紛れてこの地を奪ったとて、それは乗っ取りを自白するようなものじゃ。既にベリオスの町はウィズンテ遺跡の所有権を認められておる。力づくで奪ったことは明白に晒されて非難囂々であろう。すぐに別の国が大義名分で攻めて来るであろうよ」
オホーラはユニスの言を一笑に付すが、魔法士は引き下がらなかった。
「だから、それすらも気にしない勢いで取りに来てるんじゃないですかね。何としてでもウィズンテ遺跡が欲しい。一度手に入れたらどうにかなる。あるいは、その後はどうでもいい。または、対抗できる自信がある。賢者様の思考としては自滅的作戦が念頭にないようですが、ある種の弱者や視野が狭い過信野郎、平たく言えば救いようのないバカってのは平気で無茶苦茶な論理でぶっこんでくるものです。犠牲にする他人の命を顧みることもないため、イカれた論理を通してくるわけです」
「ふむ……確かにわしの見立ては常識的、合理的思考が大前提ではあるな。狂信的な考えに突き動かされるのは個人だけとは限らぬと言われれば、あり得なくもないか」
「良く分からねえが、地下にはそれだけ執着する何かがあるって話で、そいつを狙って無茶してくるってことなのか?」
クロウが自分なりにまとめると、オホーラは軽くうなずく。
「原因として、その可能性があるという話では正しい。転移魔法そのものを独占したいという考えもあるやもしれぬ。じゃが、そうなると――」
「ったく、るうせー、うるせーんだよ!!」
急に大声を上げて遮ったのはネージュだ。それまで黙っていた赤毛の戦士は心底面倒くさそうに啖呵を切る。
「そんな理由とかは今はどうでもいいだろっ!?後で好きに調べりゃいいし、誰かを捕まえて吐かせろよ。それよかまずはあのでっかいのをぶっ潰す話だろーがよ!」
「おお、ネージュ様が珍しくまともなことを」
「テメエ、ユニス!後で百発殴るからな!」
そんな気の抜けたやりとりをしていると、詰め所の外から警備隊の者が駆け込んできて、報告をしてくる。
「報告します!魔防壁構築のための魔法士がほぼ集合しました。ご命令を!」
何はともあれ魔法の嵐の対処が先だと、皆は町の東の入口へと足を踏み出した。
報告通り、既に魔防壁を使える魔法士が何十人と集結していた。探索者ギルド、特別区の住民の中からも、選りすぐりの者たちが肩を並べている。住んでいる場所を攻撃されるとあっては、黙っていられるはずもない。さすにが地下に潜っている者たちは呼び出している時間はなかったが。
魔防壁というのはその名の通りに魔力で壁を作る基礎的な防御魔法の一つだ。複数を連結させることでより大規模な壁になり、物理的にも魔法的にも相手の攻撃を遮断できるため籠城戦や防衛戦などで活躍する。
現在迫ってきている嵐は大規模なものなので、こちらもそれに対抗するだけの大きさが必要なのは自明の理だ。町中に魔晶石があることを考えると、その前でせき止めなければならない。その中心を担うのは魔法士のロレイアだった。
「大丈夫か、ロレイア?いきなりの大役で悪いが、警備隊はまだまとまってないし、全方位に対してそれなりに信用がありそうなのはお前なんで頼む」
「大丈夫です。クロウ様のお役に立って見せます」
気丈にそういうその手が震えていたので、クロウはそっと触れてやる。
「あんま気負うなよ。ユニスとかもいるし、適当に平気な顔してればなんとかなるさ」
「あ、ありがとうございます……」
ロレイアは突然の優しい態度に緊張する。頬を赤らめながらうつむく魔法士をしかし、クロウは既に見ていなかった。近づく嵐を前に他のことを考えていた。
オホーラがここに来て別行動を取るからだ。もっと大事な懸念事項があるという。これだけの嵐を前にそれよりも重要の意味が分からなかったが、相変わらず多くは語ってくれない。ただ、事前にウッドパック武器商会を正式に採用するよう促してきたことが関係はしていそうだった。
実際、この騒動でイルルたちが果たしている役割は大きい。半ば採用することに決めていたので否やはなかった。
後で説明してもらわないともやもやしてしょうがないが、今は目の前のことに集中すべきだろう。
「クロウさん。本当にあれはどうにかなるのか?想像以上にでかい、いや、でかすぎる気がするんだが……」
気が付くと、トッドが近くに寄って来ていた。そばには同じく皮鎧の者もいる。こちらは兜まで被ってフル装備だ。
「ああ、呼び出して悪いな、トッド。一応警備隊主導ってとこをアピールしとかなくちゃならないらしくてよ」
実際には、トッドたち普通の警備隊の者にはできることはない。ここからは魔法を扱える者がメインになる。
「いや、それはかまわないんだが……ああ、そう言えば、この子は最近入った警備隊の隊員でね。こんな時になんだが、いい機会だから紹介しておくよ。ほら、ナルタ。こちらが領主のクロウさんだ。挨拶をしておけ」
「ひゃ、ひゃい!わた、わたすは……いえ、わたしはナルタでしゅ!!よ、よろぴく、お願ひしゃす!」
「ん?ああ、クロウだ。そんなに緊張しないでいいぜ。あと、トッドはたいして強くないから、特別主任のネージュとかに指導してもらえ」
「ははは……確かにそうですけど、自分を部下の前で貶めるのはやめてくれませんかね?」
「ああ。すまねえ。つい本音が」
自分の上司と領主の距離感が想像以上に近くて、ナルタは驚いた顔で固まっている。そこへ、
「巨大嵐、旧道を前進中。直線的にこちらに向かって来ています!」
物見塔から大声で報告が上がる。いよいよ、目視できるほどにその巨大な竜巻が姿を現した。
「おいおい、あんなのどうやってコントロールしてんだよ……」
「本当に魔法で作れるのか?でかすぎるだろ」
動揺がそこかしこで広がっていた。さすがに自分の目で見ると、その尋常じゃない大きさに誰もが臆する。
「問題ありません!」
周囲の弱気な波紋を止めたのはロレイアだった。魔杖を掲げた女魔魔法士は堂々と宣言する。
「これだけの魔法士がいれば、魔防壁で簡単に防げます!」
先程まで震えていたとは思えないほどの朗々とした声にクロウは驚いた。そんな主人の横顔を見ながら、彼女に勇気を与えたのはあなたですよ、とウェルヴェーヌは複雑な思いで嘆息した。この領主は時折、他人の感情の機微に疎すぎると思わずにはいられない。
力強いロレイアの言葉に、浮足立っていた魔法士たちは一斉に「うぉぉー!!!」と雄たけびを上げる。ロレイアの銀髪が光りにたなびいて神秘的な輝きを返す。その姿は神々しくも見えた。
「こっちには女神がついてるぜ!」
「やってやる、やってやるんだっ!!」
何はともあれ、突然の嵐の対応準備は整った。