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選択死  作者: 雲散無常
第四章:調整
38/137

4-6


 災魔の破壊魔法なるものが、いったいどういう原理の魔法なのかは不明だ。

 通常の魔法であれば、おおよそ風土火水の四元素属性に分類されるものだが、何事にも例外があるように無属性、その他とされるものも存在する。

 オホーラたちが今目にした魔法は、確実にその類のものだ。

 魔法というものに向き合って長年研鑽してきた賢者にすら、その魔法の本質は測れなかった。人の手で生み出されたものでない以上当然とも言えるが、認めがたい事実でもあった。魔法の真理を解明したいと願うのもまた、魔法士としての在り方の一つだ。

 「あれは内部から衝撃を拡散させたのか……いや、しかし……外からのマナ波によるものをいかにして中から外へと逆転させたというのじゃ……」

 巨大な何か、ティレムは内部爆発が起こったように見えた。突如ひび割れたかと思うとその欠片が爆散したのだ。

 ラクシャーヌの放った何らかの魔法の結果だ。破壊魔法と大雑把に呼んでいるが、その正体があまりに謎だった。いや、それ以上に懸念事項がある。

 「オホーラ翁、あの魔法、いや、あれは本当に魔法なのかい?仕組みがさっぱりだけど、あのマナ質量は大規模魔法並だったような……ラクシャーヌ君が本当に例のモノで、害意がないとしても………あの力はあまりにも……」

 おしゃべりな占い師が珍しくまともなことを言っている。同じものを感じたのだろう。魔法を扱う者であれば尚更に理解する。理解できてしまう。ラクシャーヌが放った破壊魔法は、あまりに異質で危険だということを。

 一個人としてはとても興味深い。研究したい。一方で、人間社会において災魔の成れの果てだというラクシャーヌは危険な存在でしかない。特に、あのようなとんでもない魔法を見せられては危機感を覚えずにはいられない。過ぎたる力は身を滅ぼす、とはよく言うが、内だけには留まらない。

 「だからこそ、秘匿しておくのじゃ。なに、危ないという意味では結局転生人フェニクスでも同じじゃろう」

 「まぁ、それはそうなんだけどね……」

 まだ何か言いたそうなテオニィールはしかし、それ以上は口にしなかった。事情を知らないギルドのシャルラムがいるからだろう。そのくらいの空気は一応読むようだ。

 「それはそれとして、もう一つ気がかりがある。テオニィールよ、魔力探知で何か気づかなかったか?」

 「え?どういう意味だい?」

 「奇妙な気配が一つ、わしには感じられるんじゃが、お前さんは感じぬのかと問うておる」

 真剣な賢者の言葉に、テオニィールはすぐさま魔力探知を放つ。あの破壊魔法度同様の関心を寄せているのだ。ただ事ではない。程なくして、オホーラの言わんとしていることが分かった。

 「ありゃりゃ。確かに何か、今までになかった魔力の塊があるね……というか、ティレムもまだ健在な気がするのは僕の気のせいだろうか……?」

 「え?先程、崩れ落ちたように見えましたが、また再生でもすると?」

 占い師の言葉を聞きとがめたウェルヴェーヌが信じられないといった声を上げる。

 「……ティレムは倒しても消えるだけ」

 不意に横手から声がして、メイドは身構える。

 「誰ですかっ!?」

 「イルル。主が呼んでる」

 いつのまにか灰色の道着の女性が側に立っていた。ウッドパック商会の笛である諜報員だ。

 「なぜあなたがここに?今日は地上で待機だったはずでは?」

 「……説明めんどい。先に主の方に行くべき」

 気だるげな返答に納得はいかなかったが、道理は通っている。その意味するところを理解して、ウェルべーヌはシャルラムに声をかける。

 「シャルラム様。治療をお願いするかもしれません。よろしいでしょうか?」

 「ええ。そのために来たのですから」

 一行は様々な思いを抱きながらも、とにかくクロウのもとへと急いだ。

 近づくにつれて異様なマナの流れを感じた。空気が濃い。いや、重いと言うべきか。明らかに身体にまとわりついてくる何かがあった。

 「マナ溜まりができておるな……ティレムの残滓なのか?」

 ウェルベーヌの肩からオホーラが呟く。

 「あれが魔法生物なら、確かにオホーラ翁の言う通りなんだろうけど……あれだけ実態があるものが魔力、マナだけで構築できるなんて思えないよ。あり得るのかい?」

 「理論的には可能じゃが、構築よりもむしろ維持の方が困難であろう。固定したまま更に動くのじゃぞ?部分的な魔法式だけじゃどれだけ必要か、気が遠くなるわ」

 「そこはもう基礎が圧縮された魔法式の連結だろうね。それでも膨大な数の組み合わせと応用式が必要そうだけど……」

 テオニィールが珍しく賢そうなことを言っている。微妙にいらっときたメイドは遮る。

 「そんな議論より、クロウ様のもとへ急ぐべきでは?」

 「……ぐぅ正論」

 イルルの同意を得て、ウェルベーヌは駆け足になって先を急いだ。辺りは広い草原地帯で道なき道ではあるが、クロウたちが交戦していたポイントは抑えてある。方向に迷いはなかった。 そうして地下世界の薄暗い平原を進むと、ラクシャーヌを抱えて座り込んでいるクロウが見えた。ティレムの姿はまったく見えない。残骸か何かあるかもしれないと思っていたが、それすらも見えなかった。

 「クロウ様!ご無事ですか!?」

 駆け寄って状態を確認する。少なくとも外傷はないようだ。イルルを使いに寄越した時点で大丈夫だろうとは思っていたが、自分で見るまではやはり不安だった。

 「ウェルベーヌか。ああ、命に別状はないみたいだぜ?ただ、ちょいと力が入らねえ。こいつが、寝ながら吸いまくってるんでな」

 よく見ると、ラクシャーヌはクロウの腕に噛みついている。吸血中のようだ。

 シャルラムが追いついてきて、間髪入れずに詠唱に入る。状態を確認して何かを感じ取ったのだろうか。オホーラはテオニィールの頭に移動して、指示を与えている。

 「あの辺りの土を調べよ。特に色濃いマナ溜まりがある」

 「なぜ僕の場合は肩じゃなくて頭になるんだいっ!?」

 文句を言いながらも従って調べ始めた。ティレムが消えた原因やその解析を行うのだ。

 ウェルベーヌはとりあえず、その場で持ってきた食料を用意することにする。血を失った分だけ、エネルギーが必要となる。いまできることはそれくらいしかない。

 「イルル、一応その辺を警戒しておいてくれるか?。せっかく来たんだから、役立ってくれ」

 「……りょ」

 ここは地下世界のど真ん中だ。他の魔物にいつ襲われても不思議ではない。メイドはそのことを忘れていた自分を恥じた。主人を守るのは従者の役目だ。

 「私も警戒に当たります」

 その間に、シャルラムの魔法が完成した。

 「――我が名シャルラムの誓いと祈りにて奉る。源導者ディカサー様の御慈悲をかの者へと与え給え」

 クロウの周囲に薄緑の光が現れ、その身を包むように輝く。

 「おお、こいつが治療魔法か」

 しかし、その魔法の光はラクシャーヌには届かない。災魔や魔物には無効だからだ。シャルラムは使い魔と認識しているので「やはりラクシャーヌさんには利きませんね」と少しがっかりした様子だった。

 「あの、クロウ様はどこか不調があるのでしょうか?治療魔法が必要には見えなかったのですが……」

 「いえ。そう深刻に捉えなくてもよいかと思います。身体的には健康です。ただ、著しく魔力を消費している状態なので、僭越ながら必要最低限の魔力を補充しただけです。マナ切れによる心身への負担は皆さまが思っている以上に悪影響となりますので」

 「神聖魔法は魔力補充までできるのですね」

 「ええ、ほんの少しのお力添えですが。ウェルヴェーヌさんのご用意した食事などの方が、持続して回復させることができますので有効だと思いますよ」

 シャルラムは静かに微笑んだ。治療士は天使だとよく言われるが、彼女のその魔法を見た後では同意せざるを得ない説得力があった。

 二人の会話が聞こえたのか、クロウもそれに乗る。

 「食うもんがあるならくれないか。こいつに吸われる分、こっちも補給しなきゃならねえ。あと、シャルラム。回復魔法ありがとよ、ちっとは楽になったぜ」

 ウェルヴェーヌは素早く持ってきたパンをクロウへと手渡す。鳥肉を挟んでクロウの好きな味付けのソースを塗ったものだ。

 「ああ、こいつは最高のやつだな。うまい。さすが、ウェルベーヌだ」

 「クロウ様の好みは把握しておりますので」

 少しだけ誇らしげなメイドをよそに、クロウはがつがつとそのパンにかぶりついていく。一見いつものようだが、相当体力も消耗しているのだろう。いつもは食にあまり関心がなく、何を食べても反応が薄いだけに珍しい光景だった。

 警戒するために周囲へ足を向けるつもりだったが、ウェルヴェーヌは聞かずにはいられなかった。

 「それで、クロウ様。首尾はどうだったのでしょうか?」

 「ああ。結果的には大体うまくいったってとこだな。本人曰く『大分すっきりした』だそうだ」

 「では、例の衝動は緩和されたということですね?」

 「そう思って良さそうだ。ただ、今回のヤツは丁度いい具合の標的だったかもしれねえが、次もこのくらいのやつが用意できるとは思えねえ。度合いを測るには、今回のはちと特殊過ぎた気がして微妙でもある」

 ティレムなどというレアな魔法生物を毎回探し当てるられるはずもない。クロウの言うことはもっともだった。

 「わぁっ!!!?」

 不意に、テオニィールの上ずった声が響いた。

 「馬鹿者!素っ頓狂な声をあげるでない。下手に警戒させてどうするんじゃ?」

 「そ、そうは言っても、オホーラ翁。この子、今急に出現したでしょ?ありえない、ありえない現象でしょう……あれ?これ、なんか良い感じのフレーズ?現象でしょう、どうでしょう、みたいな?」

 「戯言を言っておる場合か。皆の者、警戒せよ――」

 賢者の警告を聞くまでもなく、突如辺りに異様な気配が立ち込めていた。

 「……一旦離れるのを推奨」

 音もなくまた戻ってきたイルルが、クロウを立ち上がらせる。ウェルヴェーヌも慌ててその手伝いに向かう。クロウはまだ本調子ではなく、立っているのもやっとの様子だ。ラクシャーヌが今もまだ血を吸っているせいだろう。

 「ラクシャーヌ様のそれを一度止めてもいいのでは?」

 「もう少ししたら、な。割と盛大にぶっ放したから、最低保証の分を吸わせておいてやりたい」

 二人は何かでつながっている。ある種の生命共同体らしい。外からその危険度を推し量ることは不可能なので、当人たちを信じるしかない。

 「分かりました。では、捕まってください。貴方様もそちらをお願いします」

 イルルと両側から挟むようにしてクロウを歩かせる。

 「んで、あの娘は何なんだ?」

 「分からないよ。急に目の前に現れたんだ。でも、かなりヤバイのは絶対だ。魔力の質が異様すぎる」

 テオニィールも駆けつけてきた。その頭の裏からオホーラがうなる。

 「おしゃべり男の言う通りじゃ。尋常ならざる魔力の流れを内に秘めておる。妙な気配といい、ティレムを操っていた者かもしれぬ。とにかく嫌な予感がする。一旦遠ざかるべきじゃ」

 「感じたことのない邪気を感じました。もしかしたら、呪われているのかもしれませんね」

 シャルラムも少し強張った表情で付け加える。つまり、誰もが異常性を感じたということだ。皆、その場から離れることに同意している時点で、本能的に危険だと悟っていた。全員が揃ったところで完全に駆け足に切り替える。草原の中を抜けていく。

 ウェルベーヌは遠目にしか相手を見ていないが、褐色の肌の少女のような外見だった。テオニィールが言うように、始めはそこにはいなかった存在だ。倒れ伏していてピクリとも動いていなかった。

 「あの方は寝ているのですか?」

 「というより、気絶している感じぽいかな。だからこそ多分、姿もこっちに来ちゃったんじゃないかな」

 「こっちに来たってのは?」

 「僕も良く分からないけど、完全に気配がなかったからね。隠蔽系の特殊魔法で隠れていたのは確かだよ。それが、本人の意識がなくなって解けたって言えばいいのかな。とにかく、普通じゃないよ」

 「あるいは魔族の類かもしれぬとも思うたが、人ではありそうじゃ……ただ、あまりにも得体が知れぬ。わしも妙な気配を感じるのみで、先程まで完全に感知外じゃった。久々に寒気が走ったわ」

 賢者がそこまで言うほどの存在なのだろうか。クロウはイルルたちに支えられながらどうにか振り返って例の少女を見る。何の変哲もない人間にしか思えなかった。

 「アテルは何か感じたか?」

 「はい。強い魔力を持ってます!でも、多分ニンゲンさんです!」

 「断言できないってことは、やっぱそれだけ妙な魔力持ちってことなんだな……」

 クロウの見識はその程度の理解しか及ばない。ラクシャーヌならばもっと何か分かったのだろうか。今も自分の腕の中にいる災魔を見やる。こちらもほぼ意識を失っている。だが、生存本能でクロウの血を無意識に吸い上げている。その勢いは大分落ち着いてきた。

 「それで、どうして離れる必要が――」

 問いかける言葉は、背後からのドォーンという爆音に消された。

 何事かと振り返る皆の目に、見知らぬ大地が映る。今の今まで平原だったその場が小高い丘のように盛り上がっていた。土地が隆起したのだろうか。むき出しの土が、地層が、砂埃を上げながら荒々しく歪な形で聳え立っていた。

 「な、何事だい、あれはっ!?」

 走りながらテオニィールが叫ぶ。

 「地震のような揺れもなかった以上、魔法か何か自然ではないものが原因じゃ。まだ終わりとは限らぬ。疾く離れよ」

 「あれがお前らが恐れてた理由かよ……」

 「さすがにあんな天変地異が起こるとは思っておらなんだ。あまりよくない虎の尾を踏んだのやもしれぬ」

 「それはあのティレムのことですか?だとしたら、占いのせいですよね?」

 ウェルヴェーヌの容赦ない指摘にテオニィールが渇いた笑いを上げる。

 「ええっ!?いや、それはちょっと……暴論なんじゃないかなー?」

 ラクシャーヌの破壊魔法の実験は、こうして良く分からない現象で幕を閉じた。

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