4-3
ステンドはベリオスの町を歩きながら、活気にあふれたその雰囲気を楽しんでいた。
現在地は特区ではなく元からの区画で、古代遺跡の発見による発展に伴ってこちら側も大分様変わりしたという。
元々の町並みを知らないので何とも言えないが、住人はみな楽しそうな面持なので悪くない方向に進んでいるのだろう。
久々の休暇でぶらりと歩いているのだが、その足先は知らずにある一点へ向かっていた。
自分でもどうしてそこに向かっているのかは分からない。
ただ、ずっと気になっていた。
その場所に到着して周囲を見回す。
あの時とは違って、すっかり整備されて綺麗になっている。
ステンドは足元を見た。
馬車が通れるように均された路面には、表層石がきっちりと敷き詰められていた。石の種類は良く分からないが、よく見かけるタイプだ。出来が悪いと凹凸していることもよくあり、更に酷いと明らかに隙間があって泥が溜まっていたりするのだが、そういう杜撰な個所はなかった。整備したてということもあるのだろう。
しかし、ステンドは別に道の良し悪しを見ているわけではない。
初めてこのベリオスの町にたどり着いたとき、ステンドはこの場所の地下から出てきた。その思い出の地点というわけだ。
さすがに入口というか穴は完全に塞いだみたいだが……
足元に地下遺跡があることを、住民は気にしないのだろうか。
現実味がないというのが正しいのかもしれない。あの時のように突然崩落したりしない限り、こうして歩いていても何もおかしなところはない。見えている範囲が安全ならば、人間はそれほど気にしないというのも一つの真実だ。
それにしても――
ステンドはその場でちょっとしたマナ探知の魔法を使う。
探索者の先導者として必須な魔法だ。周囲のマナの量を相対的に調べて、異常に高い点があればそれは警戒すべき個所となる。この探知には特に個々人でのセンスが問われるもので、ステンドは自分がその分野は長けていると自負していた。
だからこそこの場所で何か引っかかりがあると思っていたのだが、反応は何もない。
オレの腕が鈍ったってことは……ねーよなぁ。
何度試しても特におかしな点は見つからない。
それが納得いかないのだ。
ウィズンテ遺跡が最上級の古代遺跡であることは分かった。中層に地下世界があること、そこに番人形という魔法岩人形の特殊な亜種が存在することも判明した。ならば、なぜその番人形が地上に出て来たのか。
地下世界にいたのなら理解できる。既に何体も対応した。だが、あの時あれは地上へと姿を現していた。
ステンドは自分が転生人の中で、どのくらいの強さなのかは分かっていないが、少なくとも弱いつもりはなかった。どんな敵に対しても、それなりに戦えると自負していた。実際、番人形にも負ける気はしなかったのだが倒せなかった。エネルギー源である魔力が減らないのは反則だろう。耐久力の差で決定打に欠けたというのが客観的な分析だ。
結局、同じ転生人であるクロウが、覚醒する前であったために特殊技能を使ってどうにか退けた。あれが強敵でただの魔法岩人形ではなかったことは確実だ。
古代遺跡の発見で有耶無耶になっていたが、あれほどの魔物、魔法生物が地上に現れたということがずっと引っかかっていた。
何かきっかけがなければ起こり得ない。
そして、何よりもそのきっかけ、原因が自分だったのではないかという危惧がステンド自身にあった。あの時、遺跡の中を探索していたのだ。タイミングが合い過ぎる。いろいろと壁を叩いたりして仕掛けの有無を確認していたので、何かを作動させた可能性がなくもないという自覚があるだけに、一抹の不安が拭えない。
要するに、ステンドは自分が何かやらかしたのどうか、それを確かめたかったのだ。人前では神経図太く振舞っているものの、実は少し小心者な傾向がある。心の平穏のために確認しておきたかった。
別にオレのせいじゃねーとは思うけど……一応、強く否定できるもんが欲しいよな、やっぱ……
仮説として場所柄的に何かマナが溜まりやすいだとか、特殊な魔石系を含む土や鉱石が実はあっただとか、そういう分かりやすいものを期待していたのだが、裏付けるものは皆無だった。そう簡単には見つからない気もしてはいたが、実際に否定されると気まずいものがある。
まぁ、すっかり何もなかったような感じになってるし……いいよな?
自らに言い聞かせるように心の内で呟く。
消化不良のままステンドがその場を離れることにした矢先、小さな黒い猫がとことことやってきて声を発した。
「こんなところで何をしておるのだ、ステンドよ?」
「うおっ!?って、その声は爺さんか?」
しゃべる猫など存在しない。しかし、使い魔として動物を使役することで言葉を話すことは可能だ。つくづく、魔法というもののとんでもない汎用性に辟易する。優秀な魔法士が優遇されるのも無理はない。
「ひょっほっほっ。休憩がてら、ちと街を見回っていたら妙な帽子が見えたのでな。そんなつば広のものを被っているのはお前さんくらいじゃろうて」
「妙とかいうな。こいつはカウボーイハットっていうイカした名前があるんだぜ?まぁ、カウボーイってのが何なのかもう忘れちまってるけどよ。にしても、魔法を使ってたら休憩じゃないんじゃねーのか?」
「わしら魔法士にとってはこの程度の魔法、呼吸をするのと同じじゃ。して、いかに?」
使役魔法はこの程度の魔法では断じてない。だが、賢者クラスにそのことを指摘しても意味はないだろう。同じように、転生人の潜在的な記憶から引っ張り出す言葉やセンスの良し悪しは、大陸人には伝わらない。ステンドのお気に入りの帽子はそういう類のものだ。それはさておき、
「別にたいしたことはしてねーよ。ここに現れたのが番人形だったんじゃねーのかって少し考えていただけさ」
丁度いい機会なので話を振ってみる。
いつもこの賢者は忙しそうに何かしているため、今まで聞きそびれていたのだ。
「ふむ、その件か。そういえば、後回しにしておったな」
黒猫は大きく伸びをして、ステンドを路肩に座らせるよう促してくる。すぐに済む話じゃないということだろうか。まばらな人通りを眺める形で、道の端に腰を落とす。
「結論から言えば、おぬしの想像は正しい。クロウが特殊技能で退けねばならんほどの魔法岩人形は、番人形以外に考えられぬ」
「だとすると、どうして上層どころか、地上にまで出てきたってのが謎になるんだが?」
「そうじゃな。じゃが、まず考えるべきはそもそも地面が陥没して、古代遺跡が露呈したこと自体が不可思議ではあるまいか?」
言われてみるとその通りだとステンドは思った。このベリオスの町の歴史はそれなりに長い。なぜ、最近になってウィズンテ遺跡が見つかったのか。いや、自分は別の洞窟から辿ってきたので、ある意味ステンド自身が見つけたことにもなるのではないだろうか。
実は物凄い機会損失だったのでは、とステンドは今更ながら思い当たった。探索者は基本的に古代遺跡に潜る専門家ではあるが、まだ見ぬ古代遺跡そのものを見つける役割の探索者もいたりする。彼らは逆に地上専門ともいえ、探検者などと呼ばれて区別されることもあった。その探検者が新たな遺跡を見つけたときには、ギルドから特別報酬が出るのだ。
俺が見つけたってことにしとけば、たんまり金がもらえた気がしてきたぜ……
だが、すぐにその甘い考えを振り払う。地面に穴が開いた時点で他の者の目にもさらされた。その時点で第一発見者としての名乗りをあげても、先に見つけたという時系列を証明できない。おまけにステンドは単独行動だった。信用されない可能性もある。
浅はかな思考を止めてオホーラの言葉に戻る。
「地面はアレだろ?災魔の攻撃でダメージ喰らってたからだろうよ」
「うむ。それが妥当な答えじゃろうな。破壊魔法による地盤沈下がそのタイミングで起こったと考えると無理はない。同様に、その際の魔法の余波が遺跡の上層に伝わったと考えればどうじゃ?」
「魔法の余波……ああ、魔力がそのときに地下にも伝ったってことか」
「なかなか話が分かるではないか。そうなれば、長らく眠っていた遺跡の地下で変化が起こったことの説明はつく。つまり、久方ぶりに膨大な魔力が地下に届き、何らかの活性化が起こった」
オホーラの言いたいことがなんとなく分かってきた。
「それで、番人形が動き出したってことか。筋は通ってるけどよ……タイミングはすこしずれてないか?それなら、災魔が襲ってきたときに活性化してるんじゃねーか?」
「そこはタイムラグ、遅延が起きていたと思えばよい。何年も使っていなかった刃物は、まず研ぐことから始めねばならぬ。一気に大量のマナを吸収したとて、魔法陣はすぐには起動せぬじゃろうて」
「はァ?魔法陣?」
予想外の単語に戸惑ったが、すぐにその意味を悟った。
「ああっ!そういうことか!上層にも召喚魔法陣があって、そこに災魔の魔法のマナで……なるほど、それなら全部つながるな。一発目で再起動して、そのあとじわじわと魔力ってか、マナが集まったってことか」
「うむ。それでもう一つ思い出したことがある」
猫がなぜか明後日の方向を向いた。
「お前さんが言っていた例の空間。あそこにも魔法陣がある可能性があるな。早めに潰しておくべきかもしれぬ……」
一瞬何を言われたのか分からなかったが、以前に散々無視された件だと気づく。
「おぅっ……そーいや、徹底的にシカトされたてわ。結構重要なことじゃねーか、それ?早く手を打たないとやべーんじゃ?」
「まぁ、今の今まで平気ではあるから大丈夫じゃろう。後で、クロウ経由でギルドの方に確認させるとしよう」
一人で探索していた際に気になった奇妙な空間のことを、ステンドもまたすっかり忘れていた。何か別の話題にすり替えられて、そちらも流されていたままだった。最近は周囲で目まぐるしい変化がありすぎたので、仕方がないと自分に言い訳しておく。そんな一つを思い出したことで、もう一つ棚上げにしていたことも浮かんできた。
「そのついででオレも思い出したぜ。クロウのやつに転生人のアレを伝えるってやつ、その後話したのか?」
地下探索中で途切れた話題だ。こちらも魔物の横やりが入って再開していなかった。オホーラはすぐに察したようだ。
「ふむ、短命の話か。その様子じゃとお前さんは知っておるようじゃの?」
「そりゃ、な……オレも転生人になってそれなりに経つ。そういう話は自然と入ってきちまうさ」
転生人の寿命。それはかなり短命だという統計が出ている。理由としては特殊技能のせいだと言われていた。強力すぎるその力は、魔力だけではなく生命力も消費しているのではないかという説だ。実際、転生人で長生きした例はほとんどない。
ステンド自身、そのことを知った時はショックだったが、一方で納得もした。この世に代償のない特典はないと考えている。真偽がどうであれ、事実であれば転生人は特殊技能を使わなければいいという話ではあるものの、転生人と特殊技能はセットでもある。使えなければ無能の烙印を押されるため、特殊技能は転生人にとっての存在意義でもあるとも言え、使わないという選択肢はおおよそ存在しない。
転生人は皆、自分の命を削って特殊技能を使用しなければならないのだ。
クロウはどう思うだろうか。過酷な真実を知って受け止められる者と、そうでない者がいる。おそらくあの青年は後者だろう。今ではそう確信できるが、あの時はまだ判断がつかなかったため、告げることを保留にしていたのだ。
「クロウならば、知っても大丈夫であろうよ。そういうものだと素直に受け入れられる」
「まぁ、確かにな。けど、あいつの場合は精神的にじゃなく、物理的っつーか、常時特殊技能使ってるみたいなもんだろ?なんか普通の特殊技能とは違う気がするから、適用の仕方も違うよーな気はしてるんだよな……」
寿命が短くなるという危険性を孕んでいる以上、早めにそれを伝えるべきではあったが、クロウの状況はまた更に特別な感じもしていた。オホーラがどうにかするだろうと、半ば放り投げていたというのがあの時の対応だ。無意識に目を背けていたのかもしれない。
「お前さんの言いたいことは分かっておる。わしも同様の感覚を持っておるからな。というより、クロウの場合、実際のところ――」
突然、オホーラの言葉が途切れた。静かに座っていた猫がびくんと体を震わせて、急にどこかへ走り去った。
賢者が身体から出て行ったようだ。使い魔としての役目を終えて、本来の猫に戻ったというべきか。
なんか、本体の方であったか……?
急に誰かに呼ばれたとか、そういうことだろう。ベリオスの町は現在平和だ。オホーラが襲撃されて云々、という話はないだろう。何より、ステンドは今日非番というか休暇中だ。何かあったとしても駆けつける義務はない。そんなことを考えている時点で、すっかり雇われの立場が板についてしまっていると感じる。
本来のステンドは、ベリオスの町とはまったく関係のない身だ。
件の魔法岩人形、いや番人形の引け目からクロウに雇用されているが、そろそろそんな状態も解除していいのかもしれない。いや、一応、お伺いを立てなければならないだろうか。
ステンドは自分が制限された自由の中でしか動けないことを知っている。
この大陸にはあまりにも多いしがらみが存在していた。
色々とままならねーな……すまねー、フラウ。まだ帰れそうにないぜ。
少し陰ってきた空を見上げて、ステンドは短く息を吐いた。
オホーラはその報告書を見て珍しく絶句していた。
思わずステンドと話していた使い魔の接続を切ってしまったほどだ。
それはウィズンテ遺跡の地下世界をこれから本格的に探索するために集められた候補者のリストだった。
そこに記載されるはずのない名前があったのだ。
同姓同名という可能性はなくもない。だが、おそらくそれはない。同じ探索者で、階級まで同じということはあり得ないだろう。一度ギルドに問い合わせる必要がある。
どういう経由でこのベリオスの町へやってきたのか。
まだ、こちらに気づいていないのだろうか。いや、それはあり得ないか。ベリオスの町でオホーラの名はそれなりに知られているはずだった。
複雑な感情を持て余していると、ノックの音がして黒髪の青年がやや困り顔で入ってきた。
基本的に無表情なクロウにしては珍しい。
「悪い、ちょっといいか?ってか、珍しくこっちを見たな。あんたも何か考え事か?」
いつもは来客があっても目の前の書き物に集中していることが多いため、相手からも珍しがられてしまった。確かに、思わぬタイミングだったことは否めない。
どうやらお互いに普通ではない何かを抱えているようだ。
たまにはしっかりと話を聞くとしよう。
仮にも、目の前の領主はオホーラがわざわざ人里へ舞い戻ってくることになった元凶というか、理由の張本人である。その運命的な導きは間違いではないと今も確信している。真摯に向き合うのが筋というものだ。
「考え事は常にしておる。まぁ、わしの方は気にせんでよい。して、何か話したいことがありそうじゃな?」
「ああ、実はな――」
クロウは真剣な様子で語り出した。




