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選択死  作者: 雲散無常
第三章:奔走
32/137

Interlude RN-1


 ラクシャーヌは自分が何者かは正確に分からない。

 もともと、そういった思考すら持っていなかった可能性もあるので当然ではある。

 ただ原初の記憶としては、朧げに覚えていることがある。

 それは、目的地に行ってそのすべてを破壊することだ。持てる魔法をすべて放ち、最後には溜め込んだ魔力を放出して最大の破壊魔法を実行する。その際には、必然的にも自分も巻き込むことになるので消滅して死ぬ。

 そういう存在として生まれ、終っていくものだと思っていた。

 そのための知識を詰め込まれ、そのためだけの身体と機能を持たされた。人間は災魔と呼ぶが、そのような呼称すらない存在が自分だった。

 しかし、その運命は捻じ曲げられた。

 最後の破壊魔法を阻まれたのだ。

 あろうことか、その邪魔をした一人の人間と今は奇妙な関係にまでなっている。

 クロウ。

 それがその人間の名前だ。自分でつけたのだが、なぜそんなことをしたのか良く分かっていない。

 前述の通り、こうして自分が思考していることが既に不可解だ。本来はそういった機能はないのだから、後天的に得たものなのは間違いない。

 そこに意味があるのかどうか、考えてもしょうがないので気にしない。

 とにかく今はそういうものになったのだと受け入れ、ではこれから何をするべきか、ということこそが問題だ。

 意識に付随して感情というものを持った以上、生物の生死というものを理解するのは必然で、行きつく答えは決まっている。死にたくはない、だ。

 どういう経緯であれこうして生きているのだから無駄に死にたくはない。そのための条件が、あの人間のクロウとの共生というのが気に入らないが、それもまた受け入れるしかない。

 クロウとの契約――クロウは呪いだとか言っていたが――により、更なる知識がなだれ込んできた。理屈は不明だしどうでもいいが、その情報量は相当なもので正直追いつかない。もともと詰め込まれていた知識もあり、混ざり合って混乱した。とにかく興味のないものは完全に無視することで対応する。必要なのは、自身についてだ。

 災魔と呼ばれてはいるが、それはあくまで人間側の名称であり、本来は名もなき存在だと思われた。便宜的に何某か呼ばれていた気はするが、その記憶の詳細はない。中身についても、人間側はたいした情報を持っていなかった。当人にその知識がないのだから、外部から分かるはずがないのは当然だ。

 ただ、こうして考える力を持った今、ラクシャーヌは独自の推理が可能だ。おそらく、魔族あるいは魔王の差し金だということは分かる。自分が魔物に類するもので、魔族に近い存在であることは本能的に理解していた。ただ、純粋な魔族でないことも確かだ。破壊魔法で自分ごと吹き飛ぶように設計されている時点で、完全に自爆装置のようなものだ。生命として存続する前提で作られていない。

 そんな自分がどうして生き残っているのか、その意味は置いておくとしても、いわゆる魔王側で人類の敵という存在だと認識するのも何か違う気がした。そもそも、その魔王側から使い捨ての存在としてしか認められていない。そんな相手に与するはずがない。

 そうしたことも考えない前提なのだろうが、感情という心を持った以上、今のラクシャーヌはどこにも義理立てするつもりはなかった。一方で、人間を下等種族だと嘲る認識は持っている。魔族としての宿命なのか、その点に関しては魔力の違いで歴然としたものもあるので、特に否定はしない。

 実際、クロウに止められるまでそこそこの数の人間を殺しもしたが、そのことに何の感慨も抱いてはいない。弱い方が、殺される方が悪いのだから問題は何もない。踏み倒した草をいちいち気にするなど愚かでしかないだろう。

 かといって、今はその雑草の一人と運命共同体のような状態だ。その草にも色々あるのだと徐々に知りつつはある。おそらくこの見識は、クロウとの契約によってもたらされたものだろう。ラクシャーヌは善悪というものを考えたことはないし、これからも頓着するつもりはない。

 そこは変わらない芯のようなものがあるが、今は殊更にそれを無視することもないと思い始めていた。クロウの生存が自分自身の延命の要素であるならば、人間であるクロウの理をないがしろにすべきではない、という一つの筋があるからだ。

 共に記憶があやふやな仲間だしのぅ……

 仲間だというその連帯感もまた、未知のものだった。個にして全だった存在だったゆえ、今でも他人とのつながりが良く分からない。最近はアテルという眷属も増えた。こちらの方は幾ばくか分かりやすい。

 魔族というのはその名の通り、氏族単位の生命体だ。人で言うところの家族がおそらく氏族にあたる。血縁関係がすべてであり、同じ魔族でも違う氏族であれば他種族と変わらない。邪魔ならば殺してもいい存在に落ちる。それほどの隔たりを感じるものだ。災魔は魔族の亜種でしかないのでうっすらとしか理解できないが、本能的にそのようなものだと把握している。

 そして眷属とはその魔族が血を与えることで従属化させる魔物の総称だ。血のつながりができるので、同一陣営と見なすというわけだ。

 アテルに血を分け与えたわけではないが、触れ合ったときに一部が融合した感覚があった。なぜなのかは分からない。分からないが、結果的にアテルはラクシャーヌの眷属になっている。正確にはそのようなものではあるが、ほぼ間違いないだろう。

 ラクシャーヌは自身がまだ完璧な状態ではないことを悟っている。どのような形が完成したものなのかは不明だが、確実に現状は足りていない状態であることだけは分かっていた。それを満たしたい。だからこそ生きるのだ。

 アテルを眷属化して、その不足は少し解消された気がする。目指すべき何かが初めて見えた。クロウには言っていないが、ラクシャーヌの真の目的はそこにある。いずれはクロウとの奇妙な契約も破棄して独立し、完全な自分になるのだ。

 そのためにも、今は力を取り戻すのが先決だ。アテルのような眷属を増やして強くならねばならないため、どういった条件が必要なのか見極める必要があった。密かに、そこらの魔物相手に眷属化を試そうとしてもみたが、まったくできそうになかった。雑魚では意味がないのか、やり方があるのか。知るべきことはまだ多かった。

 アテルにもその辺りのことをどう感じたのか聞いてはみたものの「なんだかぐーんと引っ張られた感じです。とっても気持ちよかったですよ?」という曖昧模糊とした感想でしかなく、頼りにならなかった。

 だが、色々とアテルと試せることはあった。魔物同士というか、人間という種族にはない特性ゆえ、純粋に魔力そのもので試行錯誤できることがある。魔物の場合、人間で言うところの魔法とは別の魔法――ややこしいが他に該当する言葉がないのだから仕方ない――を行使することができる。現象としては同じ効果を生んでもその過程は大分違うということだ。

 ただ、その工程はおそらく言語化できない感覚的なものだ。アテルに言わせれば「ぐおーって感じです」といった具合だ。

 この点に関しては、ラクシャーヌ自身もアテルを責められない。魔族が魔法を放つとき、それは人が腕を伸ばすのと同じようなものだ。脳に指示を送って神経がそれを伝達し、関節がどう動いて筋肉がどう伸縮するのか、そんなことを知らずとも腕は動かせるのと同じだ。

 できるからできる、としか言えない。原理などどうでもいい。ただ、そのできることをどこまで、どれだけ、どんなことを、というポイントは知っておかねばならない。魔族にとっての魔力とは視覚や聴覚といった感覚の一つ、魔覚とも言うべきものだ。その上限にまだまだ届いていない。つまりは、そういう物足りなさがラクシャーヌの中にある。

 いっそクロウからすべての血を吸い取ったらどうか、と思わないでもなかったが、その結果で自分も死ぬ可能性が高い以上どうしようもない。

 この契約、あるいは呪いについてはよく理解する必要がある。

 そのことについて、クロウとも時間を作って考えをすり合わせてはいた。

 クロウ曰く「特殊技能スキルで、お前を生かす代償に呪われた」とのことだが、災魔の自分を生かす意味が分からない。もう一つの選択がクロウ自身の犠牲ということで消去法だったらしいが、どこまでが真実かは判断がつかない。暫定的に信じるとしても、その呪いの具体的な内容が分からないのは変わらなかった。

 その後にお互いの身に起こったことから推測した状態を、単に呪い、契約だと理解しているだけだ。

 どこかでつながっていることは事実だ。それは感覚的に分かる。実際にクロウの血からでしか、生命力のようなものを補充できないことは分かってしまっている。あの転生人フェニクスの血の何が特別なのか、他の人間のものでは意味がなかった。どこかの魔族の一族に、血をすする特徴を持つ者たちがいた気がするが、果たしてそれが関係しているのかは分からない。 何にせよ、しばらくはクロウと共生しなければならないということだ。自分のみならず、クロウの命も守る必要がある。

 やはり、強くあらねばならぬ。

 そういう意味では、アテルと共にクロウの身体に入り込むことで肉体は強化され、生存率が高まることを知ったことは僥倖だ。原理は不明だが、この法則が有効であるなら眷属をもっと増やすことでクロウの強化が伸びる計算になる。当面はその方向で強くなる術を模索する。

 一方で、クロウの言うようにこの契約が呪いだとするなら、呪いを解くための何かがあるはずだとも思う。クロウによると生涯呪われるなどという不吉な文言だったようだが、言葉は絶対ではない。人間界には呪いを解くスペシャリスト、専門家がいるという話だ。

 状況が落ち着いたら、その手の人間を探すということになっている。

 ただ、その状況とやらがいつまで経っても慌ただしい。

 今日も良く分からない人間の雑事で、見知らぬ男と何やら言い合っていた。興味がないので寝ていたが、揉めていたことは分かる。文句を言うような奴は殴って黙らせればいいと言ったのだが、そうしてもその時だけの解決にしかならないと意味不明な理屈を返された。ならば、殺してしまえばその後も煩わしさから解放されるだろうと思ったのだが、その場合は別の人間から横やりが入るという。要するに、複数の人間が関わるとろくでもないということではないか。

 面倒なことこの上ない。さっさと専門家を探す旅にでも出た方がいい。

 しかし、あてもなくこの大陸を練り歩くというのも効率は悪そうなため、情報集のために人を集めているという風に考えることにした。何とも気長なことだが、問題は無い。

 少なくともラクシャーヌ自身はそれでかまわないと思っているが、果たしてクロウはどうだろうか。

 それというのも、一つだけ未だにクロウに話していない懸念事項があるからだ。

 いや、懸念というよりは確定的にあまりよろしくない事実だろう。

 自分でも不思議なことだが、なぜかそれをクロウに打ち明けるのをためらっていた。言わなければならないのだが、言いたくないという気持ちだ。その躊躇がどこから来ているのかが分からない。それが分かるまでは黙っていようと考えている。それなのに、それはある種の言い訳だとも分かっていた。

 既に随分と引き延ばしてしまっている。先送りにしていい問題ではない。

 試しにアテルに話してもみたのだが、「分からないです!」と元気よく返事をもらって終わった。

 もう少し知的な眷属が欲しいと心の底から思った瞬間だった。



 「ふむ……おぬしは、というか、人間はなぜ嘘をつくのじゃ?」

 ある日、クロウに尋ねてみた。ある会議に出席した後の帰り道だ。

 「なんだ、急にどうした?」

 「いや、たまに話を聞いていると、どうにも思ってもいないことを人間は平気で口にするであろ?たいして良いと思ってもいないものを良いと言ったり、本当は反対なのにその場では考えとかなんとか、反対であることを隠すではないか。その判断が、わっちには理解できぬ」

 「ああ、さっきの会話を聞いてたのか?確かに、あっちの言い分を通すことはないだろうけどよ、あの場で断ると角が立つって話だったからな。後で遠回しにダメだって伝える方がいいんだと」

 「結局、反対するのであれば、先程言ったところで同じことなのではないか?あやつの主張が通らない点では変わらぬ」

 「結果は同じでも、受け取るときの感情が違うって話らしいな。俺にも漠然とした感覚でしか分からねえんだが、直接ダメだって言われるのと、検討してからやっぱりダメだっていう途中経過が挟まれるのとじゃ、大分印象が違うってことだが……分かるか?」

 分からなかった。首を振る。結果が同じなら、経過などどうでもいいではないか。

 「だから、途中での感情の変化だよ。いきなり否定された場合と、いろいろ考えた結果、やっぱりだめだったって話の違いだな」

 「……感情……つまり?」

 「伝わってない感じだな。納得感?みたいなもんか。たとえばお前が俺の血を飲みたいときに、いきなり俺からダメだって言われたら『なぜだ』ってなるだろ?」

 それは当然だ。いついかなる時も飲ませるべきだ、強くうなずく。

 「けど、その時は俺が体調が悪くて血を吸われたらまずいって話を聞けば、そういう理由があるならしょうがないと思えるだろ?」

 「別にわっちには関係ない。飲ませるべきじゃ」

 「おい、ここは肯定する流れだろ!?」

 なぜかクロウに睨まれる。生意気な。

 「いや、まぁ、お前はそういう気遣いみたいな心がないから、この喩えはいまいちか。ああ、なら、今血を吸われたら死ぬからダメだって話なら納得できるだろ?」

 「ふむ。確かにその場合、自殺行為に等しくなるからやめるかもしれぬな」

 「要するにそういうことだろうよ。結果的に、自分に不利益になる、不快になる可能性がある場合は、できるだけそれを避けるのが合理的で、そのために人はよく嘘をつく、ってことなんじゃねえか?嘘をついて円滑に回るなら、そっちの方がいいだろうってことだ、多分」

 「ふむ……さっさと排除するという流れの方が健全な気がするのじゃが……そうすると別の者がしゃしゃり出てきたりもして面倒になるという話だったか」

 「ああ、いつぞやもそんな話をしたな。最終的に、そういうところに戻ってくる」

 クロウが黒髪をかき上げた。クセが強く、外側に跳ねたその髪は結局同じような位置に戻る。手櫛でなんとかしようとしているのは無意識の動作のようで、時折そんな仕草を見かける。一度指摘してみたが、特に意味はないと言い張っていたが、おそらくあの跳ね方が気に入っていないのだと思っている。

 とにかく、クセ毛が戻るようなものかと一人納得した。いや、納得することにした。

 人間と魔族は価値観も考え方も違う。人の心の動きは自分には分からないだろうとラクシャーヌは結論付けていた。それでも、気になってしまうとついクロウに投げかけてしまう。知ったところで意味などなさそうではあるのに、だ。

 もしかしたら、これこそが仲間意識のようなものなのだろうか。

 改めてクロウを見上げる。あまり特徴のない人間の男。青年と呼ばれる年齢。転生人らしいが、外見では大陸人との違いはその耳の装飾がないことぐらいだ。人間の風習は理解不能だが、身分制度を装石とやらで表わすという。ラクシャーヌからすれば、皆等しく下等人種でしかない。いつぞやの皇女という娘も結局はただの女にしか見えなかった。一様に殺せる時点で、大した違いなどない。

 「なんだ、急にじっと見てくるな。涎が見えそうで怖いぜ」

 「何を言うか。おぬしは怖がることなどないじゃろう?いつもぬぼーっとした面をしておるくせに」

 「そいつは偏見だ。一応、俺にも感情の揺れはある……と思う。あんまり表情と連動していないだけだ」

 「自信なさげな時点で認めているようなもんじゃぞ?」

 「しょうがねえだろ。記憶がない以上、過去に何に怯えたのかが分からねえ。経験談が引き出せないってのは思いの外、厄介なんだぜ?なんとなく、こういうことがあった気がするってもんはあるのに、具体的には何も思い出せないからな。潜在的な感覚ってやつでしか何も言えねえ」

 その感覚は少しだけラクシャーヌにも分かった。自分もまた何かを体験した過去というものは持っていない。だからといって、クロウに寄り添う気もないが。

 「ふん、その記憶のなさを言い訳にしすぎじゃ。わっちにとってはどうでもいい些末に過ぎぬ」

 「単なる事実を言ってるだけだろうよ。んで、なんで急に嘘がどうとか言い出したんだ?」

 「たいした理由なぞない。ただ、わっちなら面倒なやつは全員殺して終わるだけじゃといつも思うておっただけじゃ」

 「おいおい……物騒なことは考えても、口に出したり実行したりはしてくれるなよ。お前の価値観が違うことは理解してるが、人間社会で生きてくのに、そういうのはマイナスにしかならねえ」

 「分かっておるわ。じゃが、時々、溢れそうになるものがあってな……」

 「は?どういうことだ?」

 クロウの外見は凡人のようではあるが、その中身はそれなりに鋭い。この流れは意図したものではなかったが、そろそろ伝えてもいい頃合いなのかもしれない。多少深刻さを秘めた雰囲気に気づいたのか、クロウが居住まいを正した。こうした仕草があることも、クロウと触れ合って知ったことだ。

 ただの知識と経験・体験ではやはり埋められない差がある。

 だからこそ、まずはこの感覚をクロウには話すべきであろう。

 どうするにせよ、しばらくは共生する相手には違いないのだから。

 「実は最近、ちと引っかかることがあってのぅ……」

 ラクシャーヌは、黒髪の人間にそれを語り出した。

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