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選択死  作者: 雲散無常
第三章:奔走
28/137

3-7


 一度に何もかもを解決できることなどない。

 長年の経験から得たそういう常識をウェルヴェーヌは覆された。結論部分を滅多にない、と変更して心に刻み付けた。

 それだけの出来事があったからだ。

 大陸におけるベリオスの町の独立性の確立と、町の運営資金難や人手不足、町そのものの復興とオルランド王国との関係改善。それらすべてを一挙にまとめて片づけたのが、あの転移魔法陣の視察だった。

 ウィズンテ遺跡内にある転移魔法陣の調査権、その売却によってニーガルハーヴェ皇国にはベリオスの町の自治能力、ひいては遺跡の管理能力の証明を保証してもらい、オルランド王国からは従属関係の解消及び今後の友好的同盟の締結を引き出したのだ。

 名も知れぬ田舎町には不釣り合いな権益ではあるが、対外的にそれを認めさせた事実は大きい。そのすべての絵を初めから巧妙に描いてみせたオホーラのことを、もはや自称賢者などと揶揄する者はいない。それほどまでにあの怪しい老人が立てた功績はとんでもないものだ。どこから来たのかも分からない素性の知れない人物だが、今やベリオスの町にはなくなてはならない人材といえるだろう。

 その道楽の賢者を信用して舵を取らせた領主のクロウに、先見の明があったとも言える。転生人フェニクスである青年もまた、記憶を失って同様に素性の分からない境遇であることから、同類の何かを感じ取ったのかもしれない。

 いずれにせよ、この劇的な変化をウェルヴェーヌ自身は喜びをもって受け入れていた。

 近頃増え続ける町の住人について、苦情や不快感を訴える古参の町の人間がいることも事実だが、閉鎖的で何も変わらない辺境の町だった頃より、遥かに有意義な時間を過ごせるはずだと確信している。

 ただ漫然と生きていた自分にも、生きがいのようなものを感じる感性があることにウェルヴェーヌは驚いていた。

 これもすべてクロウ様のおかげですね……

 前任の領主であるユンガに冷遇され、挙句の果てには見捨てられた身のところを、使用人として雇用してもらった恩は決して忘れない。そして共に過ごすうちに、クロウの人となりに感銘を受け、尊敬するまでになっていた。尽くすべき人間がいるのなら、それはクロウに他ならない。

 今日もその領主を起こすべく、寝室のベッドに向かう。扉をノックしても起きてこないので勝手に入ると、掛け布団を跳ねのけて寝ている主人がいた。その傍らには獣人のような獣耳が頭にぴょこんと生えている少女が丸まっており、その手足が主人の身体に絡まっている。二人とも半裸のような格好でいかがわしくも見えるが、そのような関係ではないことは分かっているので、そこは気にしていない。幼子が親に抱き着いているような微笑ましい光景とまで思える。

 だが、涎の代わりに生生しい血がラクシャーヌのその唇から滴っているのを見て、ウェルベーヌは無言でその身体を引き離す。

 「クロウ様、起きてください。また勝手に血を吸われています」

 「ん……?」

 「んにゃぁ?」

 二人して寝ぼけた声を出して起きる。ノックの音では起きないくせに、直にこうして声をかけると、驚くほど寝起きはいい二人だった。ラクシャーヌの言葉は分からないので判然とはしないが。

 「なんだ、朝か?」

 「わっちはもう少し寝るぞ……毎回勝手に起こすでない」

 「というか、お前。また勝手に外に出た上に、吸いやがったな?止めろと言っただろ?」

 「何の話か分からぬな」

 「めっちゃ口元に俺の血がこびりついているんだが?」

 「ぬにゃ!?し、知らんぞ!」

 慌てて口元を拭う仕草は猫のようで可愛らしいが、その手が真っ赤になるのは軽くホラーだ。この使い魔のエネルギーはクロウの血だということは身近な人間なら誰もが知っている事実だ。一定量を超えるとクロウの命が危ういこと、危険領域に達すると動けなくなることなども含めて理解していた。

 「ラクシャーヌ様も気を付けてください。今クロウ様に倒れられると、色々と大変ですので」

 「それは大丈夫じゃねえか?もう、大半は俺以外で動いてる状態まで行っただろ?」

 転移魔法陣の視察から更に半月ほど経っている今、あらゆる物事が目まぐるしい勢いで進んでいた。主には町の運営で、新しい区画の制定、法整備、今までの住民への生活保障や、治水関係の整備、町の独立後の課税制度とその見返りなど、項目が多すぎて順次手を付けるべきところを一気に片づけたのだ。

 賢者曰く「大きな改革というのは一挙に並列処理した方が良い。劇的な変化は感情的に受け入れ難いものだが、段階を細かく踏むと逐一そうした壁に直面するゆえ、手広くまとめて押し切ってしまうのじゃ」ということで、半ば強引に推し進めた。

 当然、幾つかの反発は起きたのだが、それぞれが別々の何かに対しての不満や不安だったので、一致団結して対抗する組織のようなものが生まれず、何もかもがとにかく同時に開始されたので勢いに呑まれた感が強い。完全にオホーラの手の上だった。

 「いいえ、まだまだです。今日も新しく領主会に加わる方々との会合があります。とにかく、身だしなみを整えて朝食を取ってください」

 「面倒くせえ……」

 「何かいいましたか?」

 ぼやくクロウを一睨みすると「うぃ……」とようやくベッドから降り立った。

 ウェルベーヌの最近の一日は、大抵このように始まるのだった。



 「いつになったら、俺はまた遺跡に潜れるんだろうな?」

 事務机の上でひたすら書類のチェックをさせられているクロウは、隣の小さな椅子でアテルと睨み合っているラクシャーヌに尋ねる。

 「わっちが知るか。というか、話しかけるでない。気が散る!」

 「いや、お前らのその訳分らん遊びの方が気が散るわけだが?」

 「ご主人様!これは遊びではないのです!真剣勝負なのです!」

 小さな手をぴこんと伸ばしてアテルが主張するが、まったく説得力はない。互いに向かい合っているだけにしか見えない状態で、ずっと「むむむ」だの「はぅ」だのと奇妙な声を漏らして一喜一憂しているのだ。何の勝負かすら分からないのは当然だろう。

 何度聞いてもまともに答えないのは、何かの意図があるのだろうか。

 クロウは諦めて次の書類に目を向ける。

 基本的にまわってくるものは承認のサインを加えるだけの決定事項をまとめたものだ。本当に重要な案件以外は、領主会の各代表者たちが話し合ってしっかりと決めているため、いちいち領主のクロウが口を出すことはない。それらには表向きには外交大臣、裏では宰相の役職に収まっているオホーラが監督しているので問題はない。

 領主代行のジェンスもその場でのまとめ役としてよく働いていた。クロウが裏側に退いたのはやはり成功だった。今回の急激な改革に反対している町人たちも多いが、その非難の矛先はすべてクロウに向いており、ジェンスはその宥め役として逆に絶大な支持を得ている。実体がどうであれ、町の運営はうまく機能していた。

 それでもクロウに書類仕事が多くまわってくるのは、それだけ沢山の運用案件があるからだった。

 ウィズンテ遺跡を餌に探索者ギルドの協力のもと、大量の探索者たちを呼び込んでその関係者たち共々特別区に誘致し、あっという間に人口は増えた。それに付随する労働力で荒廃した区画を再興というより新興させ、経済的にもかなりの流通が回り始めていた。

 遺跡周りを整備したことで商人たちもベリオスの町に目を付け始め、交易路も通るということで物流も物凄い勢いで加速していた。ヒト、モノ、カネの循環が意図した通りに巡り、活性化している良好な状態だ。

 一方で、ベリオスの町は独立を前提に急速に町を発展させているため、それらに伴っての法整備や契約書、請求書の山が積み重なっていくのは当然ではある。詳細にまで目は届かずとも、何が進行しているのかは領主として押さえておく必要がある。

 それに加えて、他国との折衝や自衛のための軍備構築も急務で、今現在は警備隊が10倍ほどの規模になっている。それでもまだ足りないのだが、急ぎ過ぎてもまとめきれないので段階を踏んでいる状態だ。何より、そうした各対応への陣頭指揮を取る人材の選定が難しい。誰にでもできることではなく、それなりの手腕が問われる。暫定的にトッドが担っているが、本人からは悲鳴という名の苦情が届いている。要職就任の喜びよりも負担の方が大きいらしく、管理できる人間を所望されていた。

 クロウは幹部職の人間の監査的な役割も与えられており、足りない人員の選出もしなければならない。

 そうした仕事に忙殺されての先の発言である。

 クロウ本人としてはもっと自分自身の変化を知りたいと思っていた。特殊技能スキルについても謎は多く、アテルという使い魔も増え、自分自身がどういう特性を持っているのか未だ理解していない。そのための時間を取るためにも、早く町を安定させて自分が関わらなくともすむようにしたいというのが今の目標である。 

 「いっそすべてを捨ててどこかへ旅に出ればよかろう」というラクシャーヌの言葉も魅力的だったが、ここまできて投げ出すような真似もしたくなかった。そんなわけで、治療士が足りないので早急に手配して欲しいという医療関係の報告書を読んでいると、書斎の扉がノックされた。

 執務室代わりのこの場所を訪れる者は限られている。誰だろうか。

 いつもはウェルベーヌがいて対応してくれるのだが、今は他の仕事でいないため、自分で答えるしかない。

 「開いてるぜ」

 扉越しに聞こえるように言うと、そっと扉を開けて入ってきたのは探索者ギルドのミーヤだった。

 「邪魔する」

 相変わらず深々とフードを被り、全身を覆う灰色のローブで陰気な雰囲気だ。本人は目立ちたくないからと言っていたが、昼間だと逆効果な気がする。先日帰って行ったギルドのグリゾーンも同じような出で立ちだったが、流行っているのだろうか。

 ウィズンテ遺跡の最上級認定の立会を務めた後、サブマスター同様にまたどこかに旅立つのだろうと思っていたが、まだベリオスの町に逗留していた。ギルドのベリオス支部で尽力してくれているらしいことは聞いていた。

 「どうしたんだ、ミーヤ?ここに来るのは初めてだよな?」

 「そう。領主のくせになぜこんな狭いところに?」

 ミーヤは書斎のような部屋をきょろきょろと眺めまわしていた。

 「表向きは領主じゃないからな。いや、裏の仕事がこっちだからだっけか……」

 自分でもよく分からなくなっていた。領主ではあるが、表向きの仕事はしてないことになっている、だったか。自分の役割が複雑で説明するのは難しい。

 「意味不明。それより、問題がある」

 「そうか。けど、今は問題がないところはほとんどないんだ」

 目の前の書類の山を指差して大変だということをアピールするクロウ。しかし、無視された。

 「探索者たちが余っていて、仕事が必要」

 ミーヤは言葉少なに訴えかけてくる。クロウの話には興味がまったくないようだ。一方的な主張を続けるので、それに反応するしかない。

 「仕事って、探索者なんだから遺跡の探索をするんだろ?」

 「中層の地下世界の魔物が強すぎて、想定の半分以上が資格ない」

 「んっと……要するに条件のレベルに達してないから、地下世界で働けないって話か?」

 「そう。沢山、あぶれてる」

 「それで、そいつらに仕事が必要だってことか。あれ、特別区の再興というか、建物の整備とかそういう労働力にまわればいいんじゃ?」

 「そのための奴隷が既にいる。その仕事、奪えない」

 人手不足を解消するために、奴隷労働者も迎え入れているのは確かだ。その分の仕事を奪うと、支障をきたすということか。奴隷には仕事内容に制限がかかるため、その手の労働をみだりに奪うことはできないという話は、オホーラもしていた。きちんとした分業をしないとダメだと念を押されている。

 「……オホーラに聞こう。ついてきてくれ」

 自分の手に余ると思って、クロウは賢者の研究室に向かう。

 一つ部屋を隔てた先なのですぐそこだった。

 「そういうわけで、中層に行けない探索者の仕事が必要だそうだ」

 いつものように机に向かって何かを書き連ねているオホーラに、開口一番そう切り出した。

 「何がそういうわけか分からぬが、探索者たちが溢れているという話か?」

 賢者も慣れたもので、単刀直入な質問にすぐさま反応した。

 「ああ、何かまわせる仕事ってあるか?」

 「ない」

 即答されて、ミーヤも素早く切り返す。

 「ないと困る」

 「ん?ギルドのお嬢もいたのか。困ると言われても、それは本来探索ギルドで片づける問題ではないか?そもそも、探索可能な者を呼ぶのが筋であろう?その条件を含めてなかったのなら、それはそちらの落ち度じゃ」

 「認める。ウィズンテ遺跡、想定以上。援助を乞う」

 潔く非を認めながらも、ミーヤはなぜか強気でどうにかしろと迫ってくる。オホーラが何か手を打つのが当然だと思っている態度だ。

 「ふむ……まぁ、多めに寄越せと依頼したのはこちらというのは確かじゃ。どれくらいの数がおる?」

 ミーヤは黙って報告書らしきものを差し出した。部屋に入って初めて顔を上げたオホーラが、それを見て「なるほど、多いな」とうなった。

 クロウもちらりとその数を見て、想像以上だと理解した。戦闘系の人材が余っていても、ベリオスの町には遺跡探索以外で、その手の専門仕事はほとんどない。近隣に魔物たちが多い場所というわけでもないからだ。いや、ひとつ思い当たることがあった。

 「オホーラ、一時的に警備隊に編成するのはどうだ?」

 「ふむ。それも一つの手ではあるが、軍備に関しては恒久的に使える人材でないと意味はないぞ?暫定で編入したところで、肝心な時に配備できないようでは意味がない」

 「ああ、分かってる。だから、あくまで訓練的な意味合いで、いる間に鍛えてもらうとか、そういう感じでどうだ?ブレンの報告じゃ、うちの警備隊はクソ弱くてひどい有様だって話を聞いている。良く分からねえが、こういうのは実戦経験の多いやつから学ぶのが効率いいんだろ?」

 探索の助っ人で呼んだブレンは、今現在は警備隊の特別指導官としてトッドたちに訓練を行っていた。ベリオスの町が独立して他国と対等に渡り合うには、どうしても自衛手段としての騎士団のような軍を持っていなければならない。その強度も規模も、今はまったく理想に程遠い状態だった。

 「教練で練度を上げるというのは確かに悪くない。いや、むしろ、それがいいかもしれぬ。その溢れてる探索者どもも鍛えられて、その後地下世界への許可も視野に入れられる。目標があれば、一時的に警備隊への編成にもあまり文句はでまい。どころか、そこで一次審査的なものを行えば、探索者ギルド側としても判断しやすいのではないか?」

 「同意。悪くない考え」

 「ちと待て。今、良さげな枠組みが浮かんだ。そうじゃな――」

 思考をまとめるようにオホーラは新しい紙に物凄い勢いで書き込んでゆく。良い案ができそうだとクロウは確信した。この賢者は今までも、こうした突発的な閃きで優れた計画を幾つも作り上げてきたのだ。

 その間に、クロウも思い出したことがあった。

 「そう言えば、探索者の中に問題児がいるって報告があったな。ミーヤは知っているか?確か、ネージュとかいう名前だ。そいつが中心に暴れてるとか」

 「知っている。ネージュ=ハルガサ。A級の実力。でも、面倒事を起こしすぎてB級のまま。今回も絶賛揉めてる」

 「進行中か。そんな面倒なやつ、つまみ出せないのか?」

 「色々複雑。探索許可が出る予定だった。でも、また規則違反。保留中。戦力としては有望。ただ、制御不能」

 実力はあっても、その他の面で足を引っ張っているパターンのようだ。トラブルメイカーだと分かっていても無下にできないあたり、相当の腕だということか。探索者が遺跡攻略で成果をあげるほどギルドの評価も上がるため、ウィズンテ遺跡に投入したいギルド側の意図は透けて見える。それを保留にするような出来事とは何だったのか。

 「ちなみに、そいつは何をしたんだ?」 

 「喧嘩。探索者10人ほど治療院送り。中層入りが含まれていた」

 「ああ、それで保留か……」

 厄介な人間なのは間違いなさそうだが、逆に興味も湧いてきた。

 「ちょっと、会いに行ってみるか」

 そう言ったクロウを、ミーヤは怪訝そうな顔で見つめた。

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