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選択死  作者: 雲散無常
第三章:奔走
24/137

3-3


 転移魔法の仕掛けだと思われる境界線の謎は、一旦棚上げとなった。

 オホーラの仮説は証明されたものの、その理由について解明できるとは思えなかったからだ。

 当の本人が、いの一番に匙を投げている時点でお察しだろう。転生人フェニクスが絡むと、最終的に「そういうものなんだろう」という半ば投げやりな強引論に落ち着いてしまう傾向が強い。一般的な理屈や根拠を超越してしまうからだ。

 とりあえず、あの妙な境について分かったことは以下の三点だ。

 一つ、境界線を越えて空間跳躍する転移が可能なのは、何らかの適正を持った者だけだということ。

 二つ、その適正者と近距離且つほぼ同速であれば、その併走者も転移が可能であること。

 三つ、境界線は固定ではなく可変的であること。

 特に重要なのは、この適正が何なのかという点であることは疑いようがないが、現時点ではクロウのみがその適性を持っているとしか言えないため、前述のように棚上げとなったのが経緯だ。また、同じ場所に留まらないという現象も決め手ではあった。どのような法則なのか、境界線が時間で違う場所に移動してしまうため、いざ調べようとしたときに探すところから始まるのは厳しい。

 だが、転移魔法をベリオスの町の独立に活かそうとしているオホーラが簡単にあきらめるはずもない。もっと調べるべきだと主張するその心を動したのは、他に転移魔法の手がかりが見つかったからだ。

 調査権を売るのならば、場所は固定されているのが絶対条件だ。そして、ドンピシャで該当するものが転移魔法陣だった。ラクシャーヌが同じような魔力の匂いがあると一行を導いた先に、境界線とは別にそれが存在したのだ。

 この魔法陣はとある二点間を結ぶもので、実際にオホーラ自身が空間跳躍を実証できた古代遺物アーティファクトだった。賢者が奇声を発して小躍りして倒れるほど、希少なものだった。一方で、転移先の魔法陣付近は魔物の巣窟で相当の危険が伴うことも分かった。嬉々として試しに跳んだ賢者が、珍しく青い顔で五分と経たずに戻ってきたことからもその脅威度は高かった。

 ともあれ、この発見は都合がいいということで、この転移魔法陣を主軸にオホーラの新たな計画が始まった。

 転移魔法陣の調査権を売るにあたっては、同時にベリオスの町側が絶対的有利な立場を確保する必要がある。自衛できるだけの戦力がなければ、根こそぎ奪われて終わりだからだ。ある程度ベリオスの町側でしかコントロールできない現場環境を構築した上で、交渉相手に自由裁量権を与えるという取引が必要だった。

 根本的な考えとして、転移魔法の解析結果はどの国も秘密にして自国だけの特権にしたいのが本音だ。独占すればあらゆる方面で有利になる。

 しかし、こうして転移の魔法陣の存在が明るみに出た以上、完全に秘匿しての研究はあり得ない。ゆえに、転移魔法について分かったことは調査する国や団体など、そのすべてに情報共有を義務付けるようにする。ただし、これは完全に自己申告制になるため、当然の如くすべてを馬鹿正直に報告してくるとは思えない。見つけた情報が何なのか、他からは分からないゆえの抜け穴だ。そのグレーゾーンを敢えて最初から用意することで、調査権は各国にとって更にうま味のあるものになるという。

 「でも、それだとウチはどうなるんだ?オホーラも転移魔法について調べたいんだろ?」

 「もちろん、調査には参戦するとも。最初に転移魔法の有効性について証明せねばならぬしな。その上で、まずは分かっている情報を公開し、先の情報共有の義務という公平性を押し出すのじゃ」

 「ん、いいのか?本当はこっちも独占したいんだろ?」

 「うむ。じゃが、使用と制作はまったくの別物。この魔法陣を使う手順よりも、真に知りたいのは自らの手で作れるかどうかじゃ。調査する国は、その解析を通じて最終的に自国で転移魔法陣、ひいては転移魔法そのものを導入するのが目的となろう。最悪、仕組みを理解したとて、それを一から作るのは至難の業。解析はあくまで出来上がったものを紐解いているだけじゃ、その分解のすべてを明かさずともよい」

 つまりは、分解の仕方、逆に言えば作り方は秘めたままで部分的な情報として表に出せるということだ。水面下での情報戦が前提の調査権ということになり、情報提供が義務化されていても呑める条件になっている。

 感心しきりの調査権だが、そのためにも転移した先の安全確保が最優先となる。

 その場所はどこかの建物の内部で、かつては大広間だったようだ。入口の扉はもうないが、その先に沢山の魔物が跋扈していた。ならば、クロウの出番で掃討する流れかと思いきや、オホーラは放置でいいという。それよりもその部屋自体を結界で守る方向にしたいとのことだった。

 これはベリオスの町側の優位性を確保する絶対条件だと力説される。

 「なんで倒しておかないんだ?」

 「よいか。ここが危険であればあるほど、この場の安全性というもの価値が上がる。即ち、今設置している結界じゃな。他の者でも同様の結界は張れるが、あの魔物を相手にしながらは骨が折れるし、結界の維持もかなりの負担になる」

 「負担になってるなら、こっちが損しているようにも思えるが?」

 「いや、この結界は実はその魔法陣とも連動しておる。いや、連動は言い過ぎじゃな。ちいとばかり強引につなげて、結界維持のための魔力を吸いだしているんじゃ」

 「全然分からねえ……」

 「はいはーい!そこは僕が解説するよ!最近めっきり出番が――うん、すぐに本題に入ろうか。つまりだね、これは現状僕らしか知らないことだけど、この転移魔法陣の下にも、例の大木の根から魔力供給があるわけだね。だからこそ、転移魔法が機能しているわけなんだけど、まぁ、ぶっちゃっけ、その魔力をちょっと引っ張ってきているってだけだよ。いやあ、さすがオホーラ翁。普通、こういった後付けで他からのマナの流れを引っ張ってこれないんだけど――ん、以上だよ!」

 テオニィールが余計なことを言いそうになる度、なぜかウェルヴェーヌが関節を慣らして威嚇したため、簡潔に終わった。いつのまにそういう脅迫システムができたのだろうか。

 「要するに、結界でこの場を守る労力を払っているのがベリオス側だって主張しておくことが重要なのか。実はそんなに負担になってなくても?」

 「うむ、理解が早くてよい。それと、外の魔物たちの強さもいい指標になる。おぬしは覚醒した力でひねり倒せるが、先程試したようにブレンやロレイアたちでも手こずるほどの強さじゃっただろう?他国の者たちが結界を無視して優位に立とうと手を出せば、この地下世界の魔物の脅威度を認識するのに丁度よい。その魔物も通さぬ結界の強さと、ここに既に設置したことを考えれば、わしらの実力が決して低くないことを思い知るであろうよ」

 「なるほどな。てめえから自慢話するヤツより、客観的にその凄さが分かる方が確かに効果はでかいわな」

 ステンドの要約は的を射ているのだろう。クロウとしてはいまいちピンと来なかったが、過去の経験があれば納得できそうな雰囲気を感じた。

 そうしたオホーラの巧妙な計算のもと、転移魔法陣の安全確保が行われ、後に共同で研究できる下地を整えられた。

 賢者自身は先に調べたいのではないかと思ったのだが、今は他にも色々と興味深いことが多くあるとのことで、優先順位はそれほどでもないらしい。転移魔法を見つけたときの興奮からすると意外に思えるが、この調査権を切り札にする以上、ベリオスの町側が先行しすぎるのは得策ではないとのことだ。調査権を売った後、同時進行でベリオスの町側も研究する姿勢を見せることが大事で、結果的に他国が勝手に無茶をする監視役も兼ねられるという考えだった。

 「んー、そうすると、封印優先権ではなく、この転移魔法の調査権の方で、各国と交渉するってことになるのかい?」

 「もちろん、この中層の審問の間も探すべきじゃし、そのための探索は必須であろうよ。じゃが、さっきも言ったように出没する魔物の強さはかなりのものじゃ。ウィズンテ遺跡の所有権が認められた後、改めてそちら方面の探索者も募って分担させた方が効率も利益も良い。最悪、審問の間を誰かに見つけさせ、封印だけはわしらが横取りするのも手じゃ。上層で既に守護獣がいた以上、ここでもきっとおるじゃろうから、手練れでもきっと手こずるに違いない」

 「そこをクロウの馬鹿力でかっさらうわけか。いいとこ取りで悪くないな」

 「けど、それは理想論だろ?先に突破される可能性もあるんじゃねえのか?」

 「なくはない。じゃが、可能性は低いと踏んでおる。審問の間は言わばその層の最後の砦。その辺で出くわす敵より更に強いことは確実じゃからな」

 「その点は同意できるな。この地下の魔物は我が知る限りでもかなり上位の美しさだ。その更に上の強美きょうびとなれば、全盛期の団長辺りでも厳しい戦いとなる」

 「キョウビ……?要するに強さってことか。戦闘のスペシャリストのお前がそこまで言うなら、信じても良さそうだな……」

 ブレンのお墨付きまでもらったら、クロウは納得するしかない。

 「じゃあ、後はここまでの経路の確保とか、他の探索者のための拠点設営も必要だよね?確か、探索者ギルドの方で、そういう専門班がいるって話を聞いたような……」

 「いる。現状の判断、ここは最上級の古代遺跡に該当。正式認定後、ギルドと契約すれば入口の拠点設営はギルド担当になる」

 ミーヤが淀みなく答えた。正式に依頼を受けた探索者のみが許可制で仕事をする以上、出発地点にそうした検問所は必須となる。

 「それは上の審問の間とは別の場所で、ということになるのかしら?」

 「そりゃそうだよ、ロレイア君。拠点では非常時の救援、治療、避難誘導などなど現地対応することが沢山ある。違う層にいたんじゃ、何もできないのは自明の理じゃないか」

 「その根拠に納得はできたけど、あなたから聞かされるのはなんとなく納得いかないわ」

 「ええっ!?いつのまに君までそんな辛らつにっ!?というか、最近みんなの僕に対する評価が酷すぎやしないかい?」

 テオニィールは大げさに嘆いてみせるが、誰も気にしなかった。何事もなかったようにクロウも続ける。

 「そういや、ギルド関係者がいる場で結構、町の今後の運用方針とか語ってたがいいのか?今更過ぎる気もするが……」

 「探索者ギルドは内政不干渉が鉄則。各国の思惑には関わらない」

 ミーヤはすぐさま問題ないと切り返した。

 「ミーヤさんの言う通りギルドは問題ないぜ。契約したときに機密保持も当然含まれるしな。遺跡を巡って無駄に争わない限り、何をどう思っていようと口出しも何もしないってわけだ」

 ステンドはミーヤのことを上位階級と認めているようで珍しく敬意を払っている。肩書は同じA級探索者でも、何か内部的には違いがあるのかもしれない。

 「ギルドの認定があれば、後は招く国の選定じゃな……経路と拠点は任せるとして、ベリオス側の常駐する研究班と責任者も必要になる……先にやはり最低限の人員確保が急務か……」

 オホーラがまた熟考モードに入りそうなので、その前に今回の探索をどうするかを決めたいクロウは割って入った。

 「転移魔法を軸にするって新しい方針は分かったけどよ、今回の探索はこれで切り上げるのか?審問の間の封印優先権はどうする?」

 当初の探索の目的は中層と下層の審問の間を探し出すことだ。優先度を下げたとしても、放置はできない。

 「うむ……今回の探索はもう少し続けた方がよかろう。そこの占い師が示唆したもう一つの方を調べてみる価値はある。その上で、さっきも言ったように他の探索者も使って探してもらおうぞ。この広大な地下大陸をこの人数で行くにも限りはあるしの」

 「いや、最初からそれも見越して準備してきたんじゃねえのかよ……」

 確かに予想の何百倍も広かったのだが、何らかの勝算があるのだとクロウは思っていた。

 「ふふふふ、ついにオホーラ翁もこの僕の素晴らしい占い結果にひれ伏したってことだねっ!砂漠の砂から一粒の宝石を拾うように!きっと僕が導く先に、完全なる――ぐごっ!!?」

 「うるさい」

 長口上が始まりそうな雰囲気を悟ってか、ミーヤがテオニィールの腹に拳をめり込ませた。ギルドの立会人もうっとおしく感じていたらしい。問答無用の制裁だったが、誰も咎める者はいなかった。それどころか、ウェルヴェーヌが微笑をミーヤに送った気さえした。

 「もう一つ……そうか、あの魔法陣の位置は偶然にもテオニィールが言ってた方角になるのね。だから、もう一つの方も?」

 「ぐ、偶然じゃ……ないっ!」

 必死な言葉はしかしスルーされ、

 「何かがある可能性はそれなりに、じゃな。ウェルヴェーヌ嬢が溜め込んでいる食料もまだ余裕があるようじゃし、もう少し探索しても罰は当たるまいよ」

 「はい。クロウ様が倒した魔獣の肉がまだまだこざいます」

 もう少し探索は続くことになった。



 それから六日ほど、地下探索は続けられた。

 結果的に、テオニィールが占いで指定した辺りには、魔法陣と未知の建物があることが判明した。

 この建造物がまた興味深いもので、聖堂のような造りでありながら源導者ディカサーを信奉する既存のそれとはまったく異なっており、何のためのもなのかも不明の未知のものだった。おそらくは失われた文明が関係しているとのことだ。

 これは歴史学者たちが狂喜乱舞するほどの発見であり、ウィズンテ遺跡の価値を一層押し上げる資産となる見立てだ。貴重な研究の場として、学者たちを招聘することもできるだろう。

 残念ながら審問の間は見つけられなかったが、それ以上の収穫があったと断言できる内容で、一行は探索を終えることにした。

 その最終日、地上へと帰る最後の夜だった。

 もう食料も放出していいだろうと盛大に宴を開き、現地で作れる簡易的な酒をステンドが振舞って皆がいい気分で休んでいた。

 クロウはあまり酒は飲まないため、派手に酔っぱらっているステンドやオホーラ、テオニィールにブレンから少し離れたところでこれからのことを考えていると、ミーヤが近づいてきた。 「少しいい?」

 何か人目を避けている雰囲気だったので、宴の場から更に離れて木立の中で話を聞くことにする。

 「それで、何の話だ?」

 「ああ、その……なぜ、話さない?」

 いきなり訳が分からなかった。クロウが首を傾げていると、ミーヤは続ける。

 「なぜ、あたしが獣人だと皆に話さない?」

 フードをぱっと取り払って、その頭部の獣耳を見せつける。

 「あの時見たはず。知ってるはず。でも、何も話していない」

 「ああ、見たし、知ってるけど……何か話す必要があったか?」

 「え……?」

 きょとんとした表情で見上げられるが、クロウとしては自分がその面持だった。一体何を気にしているのか分からない。その戸惑いを悟ったのか、

 「人間は、獣人を嫌っている……者が多い」

 ミーヤはぽつりとそれだけ呟いた。短い言葉だったが、色々な思いが込められているように感じた。

 一方で、クロウは未だにその意味するところをはっきりと理解できておらず、それでも必死に何か婉曲的に伝えようとしていることは分かったので、連想されるものをこねくり回していた。過去の経験則が薄いので、こういうときには直接的に言って欲しいものだが、安易にも求められない。記憶がないということは本当に面倒だ。やがて、該当しそうな単語を見つける。

 「種族差別……みたいなもんを気にしてるのか?」

 小さくうなずいたのを見て、ミーヤが懸念していることを何となく察知した。

 「誰かが獣人嫌いだから波風立てないようにってしゃべらなかった、みたいなところか?」

 「探索ギルドの立場もある。影響はある、と思う」

 「いや、ないな。気にし過ぎだ。お前はお前だし、他の奴らも獣人だからって態度変えるようなことはないだろうよ。だいたい、ラクシャーヌも見た目は獣人だぞ?」

 クロウは即答する。

 「俺に記憶がないからそういうのが分からねえってのもあるかもしれないが……少なくとも俺らに関しては信じてくれてもいい。話はそれだけか?」

 「……了解。感謝、いや謝罪する。それを材料に脅迫の可能性、考えていた」

 「ん?ああ、引き換えにギルドに有利に報告しろ、ってなことか。ないない。お前が隠してることすら気づいてなかったぜ」

 ぽんぽんとミーヤの頭を優しく叩いて、クロウは笑った。

 「だいたい、獣人だってお前みたいに可愛いのもいるわけだろ?結局、そいつがどういうやつかって話なだけだろうよ」

 「可愛い?理解不能」

 ミーヤはきょとんと首を傾げる。自己評価が低いのかと思ったが、違う観点があることに気づく。

 「そういや、美醜の感覚ってのは種別で違うもんなのか?」

 「分からない。でも、クロウの目は節穴」

 「何でだよっ?」

 理不尽なそしりに声を荒げたクロウだが、ミーヤの照れたような笑顔を見てすぐに許すことにした。

 やはり人は笑っている方がいいものだ。

 

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