3-2
クロウが野営地付近に戻ると、疲労困憊したステンドたちが座り込んでいた。
なかなか激しい戦闘が繰り広げられていたことが、辺りの惨状から察せられる。
そんな中、オホーラだけが元気に崩れた魔法岩人形の周囲を調べていた。魔法生物の性質上、魔力が切れると自壊する種も多いが、魔核と呼ばれる心臓にあたるものを壊すことでも活動停止に追い込める。
その魔核を探しているのかもしれない。ものによっては魔石代わりになって換金できる場合もある。
そう思うと自分も探すべきかとクロウは考え、いつのまにか守銭奴的思考になっていることに気づく。
金に執着するとはな……もしかしたら、昔苦労したのか?
奇しくもラクシャーヌがつけた己の名前とリンクして、苦笑せざるを得ない。記憶がないためにその確認のしようもなかった。
「それにしても、こいつらどっから出て来たんだろうな?」
ようやく人心地ついたのか、ステンドが立ち上がってオホーラのもとに歩み寄る。
「わしもそれが気になっておるゆえ、その手掛かりを探してるんじゃ」
その言葉でクロウはまだちゃんと話をしていなかったことを思い出した。魔力源を壊したとしかまだ伝えていない。
ラクシャーヌが言っていた召喚やら中継云々の話を改めて話す。完全に受け売りなので、クロウ自身はあまり良く分かっていなかった。当の本人は疲れたと言って眠っている。魔法陣を壊すのに力を使ったからだ。中にいる間は眠っていても、クロウの身体強化が有効なので問題はない。
「――と、そういう感じらしい」
「何じゃとっ!?もっと早くそれを言わぬかっ!」
オホーラが興奮した声で叫んだ。
「その境とやらが使い魔の推測通りであるなら、これはとんでもない発見じゃぞ?」
「そうなのか?俺にはさっぱりだ。説明してくれ」
「良いか。使い魔の言うようにその境界線が存在し、実際に遠距離を跨いだのなら、それは転移魔法に他ならぬ。そして、それは遥か昔に失われた古代魔法、古代遺物の一種に間違いない」
古代魔法に反応して知識が引き出される。今では失われた魔法のことを指すようだ。古代遺物が大枠で、この地下世界のように遥か昔の文明の名残全般のこといい、その中には現在を超える技術道具や魔法があるということらしい。古代遺跡の宝物類の目玉でもある。
「転移魔法ってのは、今じゃ誰も使えないって話なのか?」
「そうじゃ。空間跳躍の実現はかの大賢者ヨドランのみが行った超難度の高位魔法じゃ。歴史書に記録されている唯一の使い手で、その弟子たちの回顧録でもあまりに複雑すぎて、ヨドラン以外に発動できた者は皆無という代物じゃぞ。早速その境とやらに案内せい。わし自ら確かめねば」
「ちょっと待て。案内はするが今日はもう遅い。明日でいいだろ。それに、魔法って確か血に契約で刻むみたいなもんだっただろ?複雑すぎて、ってどういうことだ?」
クロウは逸るオホーラを落ち着かせる。魔法に関して自分が疎いことを自覚したばかりなので、気になった部分もはっきりさせておきたかった。
魔法の仕組みについてはざっくりとした知識しかない。発動するためには源導者の許諾が必要で詠唱によって行い、その大元は血に契約で刻まれている、といったものだ。どういう原理かは分からないが、血で契約するというタイプなら、そこに複雑性は入り込む余地がないような気がした。
「どうとは?そのままの意味じゃぞ?わしら大陸人の場合、魔法は契約した種類のものが血に記憶される。イメージ的にはその詠唱が刻まれ、それを読むことで発動というのがおおまかな流れじゃが、そこは分かっておるか?」
クロウはうなずく。転生人にはそういう手順が一切必要ないことも。加えていうならば、確か詠唱にも、完全、通常、略式、黙唱という段階があり、クロウの魔法は一番最後に該当するというような話だ。
「ならば、後は分かるであろう?その詠唱が難しすぎて凡人では読めぬゆえ、発動できぬということじゃ。ついでに言えば、その契約のための信仰度もかなりのものが要求されるゆえ、必要な高みに達する者が皆無だったことも考えられる」
信仰度というのは源導者への祈りや感謝などでレベルが上がる徳のようなものの積み重ねであり、数値化できない尺度のことだ。具体的に個々人がどの程度持っているのか分からない曖昧なもので、賢者クラスで初めてある程度計算可能とも言われる謎でもある。大陸人が源導者を神聖視する要因の一つだ。なんとなく、可視化できない時点で胡散臭さを感じるのは転生人だからなのだろうか。
詠唱が難しくて読めないというのは、魔法言語が時代で違うためにその知識が必須という話らしい。今でこそ魔法言語は統一されているが、古代魔法は地域性や創作者の母語がもとらしく、発音することもままならなかったということだ。
「とにかくすげえ難しいってのは理解した。けど、賢者のお前でも無理な魔法が、特定の場所で勝手に起動してるってあり得るのか?」
「じゃからこそ、確かめる必要がある!その境を解析すれば、転移魔法の謎が解けるやもしれぬ。というより、本物ならばそれを切り札に各国に交渉できようぞ!」
「どういうことだ?」
何か閃いたのか、急に勢いづいたオホーラは珍しく早口で説明する。
「転移魔法というのはどの国も喉から手が出るほど欲しい古代魔法の一つじゃ。現在までに確認されたものは文献の中でのみじゃからな。空間跳躍魔法は飛行と並ぶ人類の夢の一つぞ。その明確な手がかりがあるとなれば、その権利を盾にベリオスの町の独立やこの遺跡の所有権も主張できる……いや、確実にそうすべきじゃな」
「ははン。要するに、転移魔法の研究・解析権を売るって話か」
ステンドが感心した声をあげる。
「うむ。ただし、そのためには悪用されぬ手立てが必須じゃな……特殊な範囲結界で……」
オホーラは自分の考えに没頭し始めてしまった。ぶつぶつとアイデアを呟いている。こうなると周囲に反応しなくなるのは経験済みだ。何を聞いても返事はしばらくないだろう。
「……とにかく今日は疲れた。寝ようぜ」
色々と中途半端な気がするが休息は必要だ。その夜はミーヤとウェルヴェーヌが交替で見張りをしながら眠りについた。
翌朝。
ラクシャーヌの先導で例の境の場所に皆を案内した。
既にその付近の魔法陣は残骸状態で、オホーラが「なんともったいないことをっ!」と憤慨していたが、そうしなければあの魔法岩人形が止まらなかっただろう。仕方がない。
「まぁ、使い魔の推測通り、一つと言うこともあるまい。他を見つけたら調べようぞ」
「じゃあ、いちいち怒るなよ」
「それとこれとは別じゃ。次からはもっと丁寧に壊すがよい」
「無茶を言うな……」
呆れるクロウの横で、テオニィールやロレイアが不思議そうにある場所を凝視していた。
「これは……本当にここで断絶空間があるみたいだ……」
「ええ。明らかにここでマナの特性が変わっているように思えますね……これほど顕著に境界線があるなんて……」
魔法士たちには、何らかの違いがあることが分かるらしい。
「転生人にはその手の感覚がないのか、ステンド?俺にはさっぱり分からねえんだが……」
「いや、個人的なもんだろうよ。オレだってなんとなくそこが変だってことは分かるぜ。空間がどうとかってのは知識がないと厳しいだろうけどよ」
「そうか。やっぱり俺には魔法関連の才能はないってことだな」
「わっちがおるから問題なかろうよ、わっはっはっ」
「むしろ、おまえにそっち方面を吸い取られたんじゃねえか?」
「何を言うかっ、無礼者めっ!」
ラクシャーヌとクロウが不毛な言い争いをしている間に、オホーラもその境界線を調査しだした。ここは魔法士たちの独壇場だ。熱を帯びた会話が繰り広げられているが、内容はほとんど分からない。
その他の者たちは、特にできることもないのでその様子をなんとなく見守っている。
「それにしても、あの魔法岩人形、なんでこっちを襲って来たんだろうな?オレら別に何もしてなかったんだぜ?」
「確かに。半自立式だとしても、我には何かを守っていたようにも見えなかった。しかし、ああいった手合いは必ず何かきっかけがあって動くはず。それが何だったのか……」
「ロレイアも急に出たとしか言ってなかったな」
「それよりも、召喚されたのだとしたらその命令をした者がいるということでしょうか?そちらの方が気になります」
「古代文明では、自動で起動する魔法系も存在」
「ああ、そういや、特定の条件で発動するように組み込む魔法とかもあったって話は聞いたことがある。その可能性もあるのか……」
色々と推測していると調査が終わったのか、テオニィールがクロウを呼びに来た。
「クロウ、ちょっと来てくれるかい?どうにも雲行きが怪しくなってきたんだ」
何事かとオホーラのもとに近づくと、賢者は難しい顔で腕組をしてうなっていた。オトラ椅子が小刻みに揺れているのは、一種の貧乏ゆすりのようなものだろうか。芸が細かい。
「何か分かったのか?」
「ふむ、来たか。使い魔もいるな。ちと試してみたいことがある。この先に進んでくれぬか?」
オホーラは説明なしに目の前を指差す。その辺りに空間の境があるのだろう
良くは分からないが、別に否やはない。クロウはラクシャーヌと共に進んだ。一瞬、景色が歪むだとか視界が変わったという感想もない。元々が森の中なので、景色がどう変わったかと問われても、同じような樹々の間に出ただけで違和感も特に感じなかった。しかし、
「ふむ、やはり跳んでいるみたいじゃのぅ。ほれ、振り返ってみぃ」
促されて後ろを見ると、そこにいるはずのオホーラたちの姿はなかった。
「おお、本当に転移してるってことか」
「うむ。この時代では転移魔法が失われているというのは初耳じゃった。わっちの中ではそのような認識はなかったからのぅ」
「ん?その言い方、まさか、お前は使えるのか?」
「どうじゃろうな?使える気はするが、おそらく魔力消費が物凄く激しい気がする。試してみるか?」
「いや、やめてくれ。気がするんじゃなくてそれ、確実にやたら減るやつだろ?しかも、オホーラのあの態度からすると、特殊技能での使い魔だとはいえ、そんな古代魔法を使えるって話になったら色々面倒なことになりそうだ。使える可能性があることは伏せておこう」
「そうかえ?わっちはどうでもいいゆえ、好きにするがいい」
「じゃあ、とりあえず戻るか。そういや、アテルはまだ寝てるのか?」
アテルはクロウの内部にいるが、ラクシャーヌとセットの時のみ体内に感じられるだけで、ラクシャーヌが外にいると良く分からなくなるのだ。その観点からして、アテルはラクシャーヌとのつながりが強く、その延長線上でクロウともつながっているというある種の入れ子状態だとも言える。一体自分の身体はどうなっているのか、複雑になる関係性にクロウは頭が痛くなる一方だ。
「寝ておるな。起こすか?」
「いや、別にいい。あいつの活動エネルギーってのは、結局その辺のマナってことで決着ついたんだよな?お前と違って俺からの供給じゃないなら、どうでもいいんだけどよ」
「うむ。そこは魔物全般と変わらん特質じゃな。まぁ、いざとなれば人間の魔力を吸収もできるわけじゃが」
「それはやめさせてくれ」
そんな会話をしながら再び境界線を戻ると、オホーラたちに難しい顔で迎えられる。
「帰ったか。やはり、おぬしらが特別ということか……」
「ん?何の話だ?」
「クロウ、君は今確かにここを通って別の場所に跳んだんだよね?」
「あん?そういう話だったろ?現にさっき、振り返ったらお前らがいなかったしな。こっち側でもそれは観察できてたんじゃねえのか?」
「うん。君たちはね、確かに消えたよ。けど、僕らは違ったんだ。普通にこの境を通っただけだったんだ」
どういうことだ、と言いかけたクロウを押し留めて、テオニィールがすたすたと歩いてゆく。その後ろ姿はしばらく経ってもしっかりと見えていた。境界線を越えたと思われる場所を過ぎても、だ。オホーラたちが言いたいことを理解した。
「お前らは転移できないってことか?」
「うむ。向こう側に行けたのはおぬしだけじゃ」
「マジか。そんなことあり得るのか?いや、待てよ……ミーヤは?あいつも昨日は一緒に行動してたぞ?」
ひょいとそのミーヤが顔を出た。
「今日は行けなかった。不可思議」
当惑顔で首を振る。
「どういうことだ?ラクシャーヌ、何か分かるか?」
「ふむ……仮説はなくもない。じゃが、おそらくそれはそこの爺も思いついていそうじゃな」
「オホーラには仮説があるんじゃねえのかって言っているんだが……」
その言葉に賢者は当然だと言わんばかりに頷き、
「よし、いざゆかん!」
と無理やりオトラ椅子の手すりにクロウの手を引っ張り込んだ。




