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選択死  作者: 雲散無常
第三章:奔走
22/137

3-1


 激しい水魔法がその岩目掛けて飛び交っていた。

 細く鋭い槍のような形状で穴を穿ち、膜のように広がって全体を覆い、その水圧で押し潰した。

 岩属性に有効な水属性魔法による波状攻撃だ。

 だが、そうした攻撃で破壊されても、岩の塊は増え続けた。

 魔法岩人形ゴーレムと呼ばれる魔法生物は、その魔力がある限り周囲のものを身体として再生する能力がある。

 「こいつはまた魔力の供給源がどっかにあるタイプだぜ!」

 「我が美技で防ぐにも限界がある。その元とやらを断たねばジリ貧だぞ!」

 ステンドとブレンが魔法士たちを守りながら叫ぶ。

 ロレイアやテオニィール、オホーラが拠点防衛のための魔法陣にいるので、その周囲を固めているのだ。魔法岩人形は間接攻撃として、礫のようなものを飛ばしてくるため、それらを迎撃している形だ。

 「クロウ様たちがその元を断つまでの辛抱です」

 ウェルヴェーヌもその防戦に加わっていた。大きな布を使って、器用に礫の方向を変えてさばいている。しかし、礫といっても巨体から放たれるものの中には、小石とは言えないサイズも含まれているためにすべてとはいかない。

 「魔力があとどのくらい持つか……」

 「僕は…まだまだ……余裕、だよっ!」

 「息を切らせながら言っても説得力がないぞ、小童が」

 水系の魔法で攻撃しているが、魔法士たちの勢いも衰えが見え始めていた。

 魔法岩人形が野営地付近に現れたため、その迎撃に向かった一行は余裕をもってこれを撃退、と思った矢先、何体もの後続がいることに気づいたのだ。あっという間に総力戦となり、その内に倒しても倒しても敵が減らない、というよりも復活していることが分かった。

 それが先のステンドの発言だ。

 このままでは埒が明かないので、クロウとミーヤが魔力の源となっている何かを突き止めに別行動をしているのが現状だった。

 「本当にこっちであってるのか?」

 (今更疑うでない。強い魔力を確かにこの先に感じるのじゃ)

 (はい、ワタシも感じています!大丈夫です!)

 何が大丈夫なのか分からないが、アテルも同意しているなら間違いはなさそうだ。

 「こっちとは?」

 ラクシャーヌたちの声が聞こえていないミーヤが併走しながら聞いてくる。戦闘にはこれまで一切参加していないミーヤだが、その身のこなしから戦えないわけではないことは察していた。探索者ギルドからの立ち合い人という立場だが、いざとなれば戦力になれることは確かだ。そうでなければ同行などするはずもない。

 「魔力だ。この先に強いやつがあるらしい」

 クロウ自身はあまりそういうものを感知できない。思えば、魔法関連には疎い。災魔であるラクシャーヌがその部分を補って余りあるため、自分で行使する発想に至っていないということもある。

 「了解。急ぐならまだ余力はある。加速可能」

 ミーヤは簡潔な話し方をする。伝えたいことは分かった。

 「じゃあ、もう少し速く走るぜ」

 少し抑え目の速度だったのだが、まだいけるのなら加速するまでだ。転生人フェニクスの感覚と一般人のそれとに大分ズレがあるので、見極めがまだクロウにはできていなかった。ラクシャーヌたちは内部にいるので問題はない。というより、そのおかげで更に身体能力が向上していた。

 オホーラの仮説は正しかったのだ。

 急にクロウが強くなった理由。剣術を本格的に訓練したことよりも、どうやらラクシャーヌとアテルが体内にいることが重要だということが分かった。一体目の魔法岩人形相手に、ラクシャーヌたちを外に出した状態と中に留めた状態での違いを試したところ、如実に攻撃力の差があった。クロウ自身は動作感覚に違いはなかったのだが、ラクシャーヌたちが内にいるかいないかで、明らかに剣の斬れ味が違ったのだ。

 賢者は魔力伝達の違いだろうと推測していたが、理屈はどうであれ、原因が分かってすっきりした部分があるのは事実だ。今後はラクシャーヌたちのコンディション次第でどう変化するのか、などの条件も調べたいところだった。

 そんなことを考えながら走ること数分。辺りは完全に森の中だった。地下世界なので基本的に薄暗いのだが、発光する草木がそこそこあるので、なんとなくの視界確保はできている。

 「どうやら、あの大木っぽいぞえ?」

 ラクシャーヌが前方に見える巨大な影の方を促す。

 「は?あれは樹、なのか?」

 主幹らしきものが大きすぎて、それが一本の樹だと認識できなかった。近づいて初めて、聳え立つそれが大木の幹だと分かった。樹皮が塀のように並んでいて、ある意味壮観だった。下から見上げても、大木の頂点はまったく見えない。

 「これが源だとして、魔法岩人形にどう関係する?」

 ミーヤは大木に何の感慨もないのか、コンコンとその幹を叩いた。

 「なんだか奥の方に魔力を強く感じますが……よく分かりませんです!」

 アテルがぴょこっと頭上に出てきた。相変わらずの丸い身体に短い手足のフォルム、ウェルヴェーヌが作ったエプロンドレスという恰好だ。

 「奥は奥でも、それはこのでっかいやつの核のようなものじゃ。わっちらが探すべきは、おそらくあの土くれにつながる根か何かじゃなかろうか?」

 「ネ?木の根ってことか。魔法岩人形につながってるとしたら、地面の下か?」

 ラクシャーヌもクロウの身体から出て来て、地面に手を当てて何か考えている。

 「この樹を斬り倒せばどうだ?」

 ミーヤの解決策は大胆でシンプルだ。しかし、簡単にできるとは思えない。

 「いや、このでかさだぞ?それになんか、こいつを軽い気持ちで斬ったらダメな気がする」

 クロウの脳裏には不意に神木というイメージが浮かんできた。森の守り神なども連想され、この森全体に影響を与える大事な存在だという警告なようなものを感じた。

 「では……ん……感覚不調……危険……」

 何か言いかけたミーヤが突然ふらついて、その場に倒れ込みそうになる。

 とっさに駆け寄ってその身を支えたが、既にミーヤは意識を失っていた。

 「おい、どうした?」

 あまりの急激な変化に戸惑うクロウ。

 「なんじゃ?気でも失ったというのかえ?」

 「ああ。完全に落ちてる……にしても、急すぎないか?おかしいぞ」

 「周囲の魔力がちょっと妙な感じです、ご主人様。何かの魔法が干渉しているみたいです!」

 「え、そうなのか?」

 魔力関係にはやはり鈍感だとクロウは感じた。その辺の感覚がさっぱり分からない。

 「言われてみれば、確かに揺らぎが違うのぅ……そう言えば、ここに来るときも妙な境を越えたような……ふむ?」

 「おい、なんだその境ってのは?っていうか、こいつ大丈夫なのか?一応息はしているみたいだが……」

 口元に耳を近づけると、呼吸はしっかりとしている。その拍子に腕の中でぐったりとしているミーヤのフードがはらりと落ちた。その髪はクセが強いのか方々に跳ねていて、その頂点の両端付近から明らかに人のそれとは違った獣耳が生えていた。

 「こいつ、獣人だったのか」

 「ほぅ。獣臭いとは思っていたんじゃが、やはりそうだったんじゃのぅ」

 「それよりご主人様!魔法岩人形の供給源はどうするのですか?」

 アテルの言う通り、今はそちらの解決が先だ。ミーヤの命に別状はないようなので眠らせておいてもいいだろう。

 「そうだな。んで、さっきの境を越えたってのは何だ?」

 「うむ。走ってる途中で何やら空気と言うか空間が変わった気がしてのぅ……丁度魔力の強さが変わった時じゃ。アテルも感じなかったかえ?」

 「はいはい!ワタシもお姉さまと同じです!感じてた魔力が、切り替ったような時がありました!」

 嬉しそうにアテルが追従する。ラクシャーヌと同じことを喜んでいるようだが、肝心なのはその内容だ。

 「あのな……そういう大事なことはもっと早く言ってくれ」

 「大事だったのかえ?」

 「そりゃそうだろ。俺たちは何らかの魔力を探してたんだぜ?それが途中で変わったってお前らは今言ってるんだろ?」

 「うむ。より強い魔力があったゆえ、そちらを追ってここまで来たのじゃ。何か問題があるのかえ?」

 「そりゃ、大ありだろ。俺たちが探してたのはこいつじゃないかもしれねえ。最初に追ってた魔力を探してたわけだしな」

 「でも、ご主人様。ここからも同じ魔力は感じますよ!?」

 「は?そうなのか?」

 改めてクロウは巨木を見上げる。果てしなく高く、太く、それが幹だとは今でも信じられない。そこでふと疑問が生じた。

 「なぁ……こんなにでかかったら、さすがに野営地からでも気づかないか?」 

 とてつもない高さだ。薄暗い地下世界とは言え、あの距離なら聳え立つシルエットぐらいは分かるはずだ。

 「じゃから、境を越えたと言ったであろ?あの時、何らかの空間を超越したのやもしれぬ。ゆえに、現在地はおそらく野営地とはかなり離れた場所だと思うぞ」

 「なに?そういう境なのかよ?信じがたいな。けど、魔法岩人形の魔力の供給源と同じものも感じる……?」

 どういうことなのか、理解が追いつかない。

 「良く分からぬが、この大樹が地下全般に大きな影響を与えてるものならば、ある程度筋は通るのではないか?この大きさの根っこが大地の下を無数に伸びているのなら、わっちらがいた場所までも届くやもしれぬ」

 「距離感がまったくつかめねえから何とも言えないが……その根を魔力が伝っているってんならアリか……」

 しかし、この巨木が中枢塔の役割を果たしていると仮定しても、いちいち個々の魔物に魔力供給などをするものなのだろうか。何か腑に落ちない。クロウが納得の行かない顔で考え込んでいる、ラクシャーヌが提案してきた。

 「ならば、一度戻ってみるかえ?追ってきた魔力を逆に辿れば例の切り替わったような場所にも戻れるじゃろ。そこに何かあるやもしれぬ」

 それは悪くない考えに思えた。このバカでかい樹が大元だとしても、さすがにこれを斬り倒すのは無理がある。根が供給パイプのようになっているのなら、最悪それだけを断てばどうにかなるだろうし、ラクシャーヌの言うように途中に何かがあるのかもしれない。

 それに、ミーヤが突如気絶したここに留まっているのも危険な気がした。自分たちが無事な理由も分からない以上、楽観視はできない。

 「じゃあ、戻るぞ。一旦、お前らは中に入れ」

 そしてラクシャーヌの指示に従って来た道をまた駆け出した。ミーヤを背負っているので、実質三人(?)分を一人で運んでいるようなものだった。

 あっちだのこっちだの、気楽に命令する災魔に振り回されながらも、クロウは例の地点へと到達した。ここだとその場で言われても、やはりピンと来ない。魔力方面にはまったく疎いのかと自分の能力に疑問を抱く。転生人にも得手不得手はあるとはいえ、ここまで無感覚だと不安を覚える。

 (ふむふむ、ここら辺じゃのぅ。やはりここで魔力の質が変わる。アテルもそう思うかえ?)

 (はい、お姉さま!あっちの方角に何やらその原因がありそうです!)

 何がどう違うのか分からないクロウは、言われるままにアテルが導く先に歩を進めた。

 すると、森の木々に隠れてぼんやりと地面が光っている場所があった。

 (なるほどなるほど、謎は解けたぞ。この魔法陣まで根っこが伸びておったんじゃな。そして、あの土くれどもがここで召喚されたというわけじゃ)

 訳知り顔のラクシャーヌに更なる説明を求めると、何となくの全容が見えてきた。

 あの大木から伸びて地中に張っている根の先に魔法陣があり、そこから生まれた魔法岩人形はその魔法陣が存在する限り魔力が供給される仕組みらしい。ステンドたちが相手にしている魔法岩人形が、倒しても倒しても復活するのはやはり魔力源から絶えずエネルギーが送られているからのようだ。

 しかし、途中で空間を超える境があることを考えると、距離的に無理があるのではないかというクロウの疑問があった。いくら大木とはいえ、無限に根が伸びるわけでもあるまい。その答えもラクシャーヌは持っていた。こうした魔法陣は中継することでその魔力を遠くまで運べるとのことで、この地下世界にはそうしたものが無数にあるのではないかとのことだった。

 つまり、この召喚魔法陣は魔力を中継する役割もあるということだ。複数の機能を持った魔法陣はかなり高度なものではあるが実在する。

 「お前、いつのまにそんなに賢くなったんだ……?」

 「何を言うか。わっちは魔族のようなものじゃぞ?魔力関連のことは誰よりも詳しいに決まっておろう!」

 わざわざ表に出てきて、踏ん反り返る災魔を今ほど頼もしいと思ったことはない。一方で、服装が気になった。ラクシャーヌは作業着のつなぎのような服を着ているのだが、その前掛けの部分に赤黒い染みがついていたのだ。ウェルヴェーヌが常に清潔に保とうとこまめに洗濯しているため、いつもならそんな汚れはない。

 「ところで、その染みは何だ?」

 「何じゃ?むむ、これは……」

 ラクシャーヌも自分でその染みに気づいたのか、どこか気まずそうな顔をした。何をやらかしたのか、クロウが問い詰めようとしたところで、

 「それよりご主人様。この魔法陣、早く壊した方がいいのでは!?皆さんが困っているかもですよ!」

 アテルに指摘される。確かに悠長に雑談している時ではなかった。

 慌ててクロウはその魔法陣を破壊したのだった。

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