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選択死  作者: 雲散無常
第二章:古代遺跡
21/137

2-10


 ウィズンテ遺跡探索は今日も粛々と進んでいた。

 通常の古代遺跡の下層というのは、主に戦闘地域と非戦闘地域に区分けされることが多い。

 上中層では何層かあって下へ下へと潜るイメージだが、下層の場合は層自体はほとんどなく、広大な空間が広がっている。これは天変地異で大地ごと沈んだという裏付けにもなっており、見上げても天井が見えないほどの高さを持ち、川や森などの自然が存在するほどの奥行きがあるのだ。

 最上級の古代遺跡に関しては、その下層が中層になる。上位の遺跡に格付けられる所以でもあった。

 太陽の光がないため、そうした日陰で繁殖可能な種類だけの特殊な環境ではあるが、独自の生態系の地下世界がそこにはあった。完全な暗闇の地域もあるが、光源として光苔やマナに反応して発光する草花などがあり、特に川べりなどはその手の植物や水草が多いためか薄明るい場所が存在したりした。自ら発光性の羽を持つ昆虫類も少なくなく、意外にも真っ暗闇だというような印象はない。

 その光につられて集まる生物が基本的に魔物系のため、その生息域を戦闘地域と呼ぶ。ある種の危険地帯だ。ベテランの探索者はその区画をきっちりと把握し、安全圏と区別することから始めるのが定石だ。

 クロウたち一行もその戦闘地域の一つへと足を踏み入れていた。

 この広大な空間の中でも魔物たちがひしめくその区画こそが、本格的な中層探索の始まりだった。

 上層から階段で降りたその層は完全な前座のようなもので、まだ洞窟然とした趣が強かったが、探索者たちが連絡通路と呼ぶその先にこそ本場があるのだった。

 「本当にこんな別世界が広がっているんですね……」

 初めて地下世界を見たロレイアが感動交じりに呟いた。

 「昔の大地がそのまま沈んだと言われる理由じゃな。わしも昔、この目で見るまでは戯言だと思っておったが、見上げても届かぬ高さとどこまでも広がる大きさを知っては、否定できる要素が見つからなんだ」

 「ああ、その気持ちはわかるぜ。オレも昔は広いたってそんなにあるわけねーって思ってたのに、いざ歩いてみたら終りなく続いてやがる。ある意味、地下にもう一つの別の大陸があるんだって話してた奴らが、本当に正しかったって認めざるを得なかったもんよ」

 「確かに凄いのは分かったけどよ、逆にこのだだっ広い場所から、また審問の間を探さなきゃならないってことなんだよな?できるのか?」

 クロウとしては地下世界の在り方よりも、目的達成のためのハードルが高すぎることが気になった。

 「一応、聖堂関係が最有力候補って言われてる。後は城跡とかだな。遺跡の中の遺跡を探すってのが探索者の最適解だぜ」

 「その聖堂やら遺跡やらの場所も分からない以上、まずはその位置から探さなくてはならないということですか?」

 ウェルヴェーヌの冷静な指摘にステンドは肩をすくめる。

 「そこは避けては通れない道だな。地図作りは基礎中の基礎だ。まぁ、後はそこの占い師の腕次第だぜ。そのために爺さんも連れて来たんだろ?」

 「そうじゃな。右も左も分からぬ以上、占いでまずは進む方向を決めるのが第一歩じゃろう」

 その言葉にぴょんぴょん跳ねる男がいた。テオニィールが待ってましたとばかりに口元を指差しながら、物凄いやる気を見せていた。

 「……黙ったままで占いってのはできないのか?」

 「残念ながら無理じゃな。出た結果を上手く解釈するのが占い師とも言える。語らせねばならぬ」

 「一応、先導者の勘でこっちがいいって方向はあるんだけどよ、しばらく黙っておくわ」

 ステンドは苦い顔をしながら、そっぽを向いた。

 「はいはいっ!お待たせしましたよ、皆さん皆さん!ついに僕の素晴らしい占いを披露するときがっ!!こんなこともあろうかと、色々ちゃんと準備をして――」

 「能書きはいいから、早くやってくれ」

 早速滑り出した舌を遮ってクロウが促すと、ちぇっと舌打ちをしながらも進行を早めるテオニィール。出番を奪われるのを避けたのだろう。多少は学習したらしい。

 ごそごそと何やら取り出したのは、魔物の骨と蝋燭、拳大の石だった。それらを麻布の上に並べる。

 「それじゃ、色々前口上をすっ飛ばして始めちゃうね。正直、太占ふとまにはそれほど得意じゃないけど、まぁ、天才の僕にかかれば……はいはい、さくっといきまー!」

 オホーラの一睨みでテオニィールの手が動き出した。

 魔物の骨に向けて石を振り下ろして亀裂を入れ、そこにロウソクを立てたかと思うと、その小さな火を一気に魔法で増幅した。蝋がすべて一瞬で溶けて骨の上に広がる。

 何とも言えない匂いが辺りに充満したが、かまわずにテオニィールはその骨に顔を近づける。亀裂を具に観察しているようだ。ふむふむと呟くと、更にそこに炎の魔法を当ててさらに骨を炙った。

 皆が興味深そうに見ているが、一番近くで身を乗り出すようにして見つめているのは、意外にもミーヤだった。真剣な眼差しで一挙手一投足に注目していた。

 「さてさて、ここから何が出るやら……ほいっ!」

 最後の工程なのか、テオニィールが火で炙った骨にまた石で一撃を加えると、亀裂が更に広がって、一部が布の上で砕け散った。

 その様子を見て、オホーラが一言。

 「ふむ、西かの」

 「ちょっ!!オホーラ翁!僕の最大の見せ場を取らないでくださいよっ!!!」

 「なに、わしが読み取れるのはせいぜい方角程度じゃ。本物の占い師はそこからもっと深く何かを視れるのじゃろう?」

 挑発的な賢者の言葉に、テオニィールは当然と胸を反らした。

 「もちろんさ。いいかい、この骨の亀裂の形から分かるのは、僕らの進むべき吉兆の度合いなんだよ。そして東西南北の四方じゃなく、二十四山にじゅうしざんの方位で見るんだ。一際力強く反応しているのは乾の方位、北西なのは確かだね。しかも、この蝋の飛び散り具合からして背の高い建物があるみたいだ」

 「そんなことまで分かるのか?奇妙奇天烈、摩訶不思議」

 ミーヤが感心したように漏らすと、テオニィールの舌は調子を上げて回り出す。

 「ははは、僕の占いは最高峰だからねっ!ここまで読み取れる人はそうはいないんだよ?もっと崇めてもいいんだよ、君は大分見る目があるね。素晴らしい。それで、もう一つ気になるのは北北東方面。こちらは低い場所を指し示してるから、もしかしたらこっちが審問の間の可能性もあるね」

 「北西か北東ってことか……オホーラも西だったが、ステンドは?先導者の勘はどっち方面なんだ?」 

 「オレか?川で水を確保したいなら西、北東方面からは……遺跡の匂いがするな」

 「匂い?そんなに鼻が利くのか?」

 転生人フェニクスの特技なのかと思ってクロウもくんくんと鼻を鳴らすが、特に何も感じなかった。

 「いや、抽象的な意味でだ。獣人じゃなけりゃ、そんな遠くの匂いを嗅ぎつけられるかよ」

 「獣人でも建物の匂いは無理……」

 確かに遺跡の匂いというのは良く分からない。ミーヤの言葉には納得がいく。

 「まとめると、北西ならば川と何らかの建物、北東ならば遺跡で審問の間の可能性が高いということですね」

 ウェルヴェーヌの言にオホーラが付け加える。

 「あの占い師を信じるのならば、じゃな」

 「そこは完全に信用してくれてかまわないよ!ここの魔物の骨を使ったんだから信憑性は抜群だよ」

 力説されるが理屈が分からないため、まったく納得感はない。しかし、他に指針もないためどちらかに決めなければならないようだ。領主であるクロウが決定権を持っている。

 「じゃあ、何となく北東にするか。さっさと二つ目の封印を済ませちまいたい。そうすりゃ、後は探索し放題なわけだろ?」

 進路が決まり、一行は再び歩き始めた。



 道中の魔物はほとんどがクロウ一人で対処できた。

 それほどまでに覚醒したのか、クロウの戦闘力は格段に上がっていたのだ。魔獣の群れであっても一気に複数を仕留められるほどの力の差があり、問題にならなかった。

 とはいえ、体力は無尽蔵ではない。

 連続した戦闘の場合には、ブレンやロレイアたちが慎重に迎撃してクロウを休ませていた。その間ラクシャーヌもずっと眠ったままだった。探索前にアテルと色々試していたようで、その影響がまだ長引いているらしい。何を特訓したのやら、気になるところではある。

 「オマエが強くなったのは助かるけどよ、やっぱ急激にパワーアップしすぎだよな……」

 北東を目指して二日目の夜、ウェルヴェーヌが設えた簡易的な野営地で、ステンドがしみじみとこぼした。

 「ああ、それについてはちょっとした仮説がわしにあるぞ」

 オトラ椅子でもう眠っていたのかと思っていた賢者が薄目を開けた。寝るときにはさすがにオトラは椅子の足代わりにはなっていない。檻に入れて休ませていた。着脱式にしている辺り、真面目に作られていたようだ。だとすれば、禍々しいあの見た目は何かで隠すなりなんなりできなかったのかと思うが、今は関係ない。

 「何だ、何か思い当たることでもあるのか?」

 クロウが話を振ると、

 「お前さんが強くなる前となった後、決定的に違うものがあるじゃろう?」

 謎かけのようなことをしてきた。そんなものが何かあっただろうか。クロウは頭をひねった。

 「……なるほど。確かにありました。けれど、それが本当に影響しているのですか?」

 一早く答えにたどり着いたウェルヴェーヌも首を傾げている。

 「なに、真偽ならば実証すればよかろう?」

 「待て待て、さっきから先に行きすぎだ。俺はまだ分かってないんだが?」 

 「鈍いやつじゃな。しかたない。ヒントは『起こせば分かる』じゃ」

 起こせば、というその言葉で閃くものがあった。クロウの視線が自身の腹に向かう。

 「ラクシャーヌが関係してるってのか?」

 「お主の腹にはもう一匹おるじゃろう?」

 確かにそうだ。覚醒前後で決定的に違うのは、アテルの存在だった。しかも、ラクシャーヌ同様になぜかアテルもクロウの体内に収納できる。いや、そうじゃない。自分の思考に頭が痛くなる。腹にいるというのはおかしいだろう。感覚が狂ったまま正常化されてしまっている。

 ともあれ、今は原因究明だ。

 「アテルとラクシャーヌが俺の中にいるから強くなったってことなのか?」

 「使い魔が何らかの影響を内部で与えているとしたら、合理的な筋は通る。その理屈は分からぬがな」

 オホーラの推測には一理あると思ったところで、バキバキバキっと樹木の倒れる音がした。

 「敵襲かっ!?」

 野営地は森林のすぐそばだ。就寝前には結界を張って見張りも置く体制を敷いているが、今はまだ夕食後の小休憩だ。結界は張っていない。

 「すみません!急に魔法岩人形ゴーレムが現れましたっ!」

 少し離れた位置で見張りについていたロレイアが一足遅れて警告してきた。

 「魔法岩人形だってっ!?何でこんな場所に?」

 生息地域としては鉱石が多い場所や岩場というのが常識だ。洞窟内とはいえ、中層の地下世界における平地と林というこの地域にはそぐわなかった。

 「というより『急に』というのが肝じゃの。おそらく召喚されてきたのではないか?」

 オホーラはオトラを再配置して、完全に臨戦態勢になっていた。草を敷き詰めて寝床を用意していたテオニィールとブレンも近寄ってくる。

 「何か来そうなのか?」

 「魔法岩人形が出たらしい」 

 「我の出番だな」

 ブレンが大楯を誇らしそうに掲げた。力勝負ならば確かにその通りだが、それよりもオホーラの言葉がクロウは気になった。

 「召喚って何だ?」

 「実はずっと気になってはいたんじゃが、言うのを忘れておった。遺跡が見つかるきっかけになった魔法岩人形がおったじゃろう?あれが地上に出てきたのは奇妙だと思っていてな」

 「ああ、そういやあの時も召喚がどうとか言っていたような……呼び出されたって言いたいのか?」

 「可能性の一つとして、な。ウィズンテ遺跡が最上級であるなら、各所に召喚魔法陣があってもおかしくない。いつぞや、ステンドが気にしておった謎の空間もあったじゃろう?あれも実はその一つではないかという推測は成り立つ」

 それに関しては完全に忘れ去っていた。よく調べておくべきだっただろうか。

 「前回も今回も魔法岩人形が召喚されてきたってわけか?確かに突然現れたって意味じゃ、筋が通る話だな。これだけの魔力がありゃ、もっと早くに気づいてたはずだ。てか、そんなこと考えてたなら言ってくれよ!あの時オレはめっちゃスルーされて悲しかったんだぜ」

 ステンドが恨めしい目で賢者を睨む。

 「あの時は立て込んでおったからな。だいたい、お前さんもそれ以降何も言ってこなかったではないか」

 「皆さま、それは今話すべきことなのでしょうか?それよりも早急にあれに対応すべきかと思います」

 ウェルヴェーヌが指差す方向に、巨大な岩影がぬっと姿を現す。

 「でけーな、おいっ!!!?」

 ステンドの叫びに一行は同意せざるを得なかった。

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