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選択死  作者: 雲散無常
第二章:古代遺跡
20/129

2-9


 探索者たちの間で一番使われる冗談がある。

 いわゆる定番のあるあるネタというやつだ。古代遺跡に興味はあっても中に入ったことがない者が、まず最初に聞く絶対の質問だ。

 「地下の遺跡って一体どうなっているのか?」

 「どんな感じの建物とかがあるの?」

 「古代の遺跡ってざっくりどんな特徴があるわけ?」

 それらすべて未知のものに対する疑問で当然ではあるが、探索者の答えはたった一つだ。

 「古代遺跡には特徴がないのが特徴」だと。

 その返事で笑えるのはおそらく探索者だけなのだが、一般人には伝わらないことも含めてのジョークだった。

 元来、古代遺跡というのは大元のルルーニアン聖魔遺跡という最古の地下遺跡――始まりの遺跡とも呼ぶ――につながっていると言われおり、すべての遺跡はどこかでつながっていると信じられている。ルルーニアンは遥か昔に存在した帝国で、大陸統一を果たした初めての大国としても知られており、魔物すら使役していたという伝説の国だ。

 その国が滅びて幾星霜、その文明や建造物が文字通り地下に埋もれていったという歴史が大陸にはある。当然、普通に衰退しただけでは風化して崩れ去る建造物が、丸ごと地下に潜るはずもない。この荒唐無稽な状況になったのは大陸に起きたある天変地異のせいだとされている。遥か昔のウリシラ魔大戦という魔族との争いの中、魔界と人間界の位相が狂って大地そのものが沈降、というより沈没といっていいほど下層へと潜った。あるいは、地層が入れ替わったなどという推測がされている。

 いずれにせよ、地表は何もない荒野と化したため、大戦後に見かねた源導者ディカサーがその上に元の大地を復元したというのが正史とされていた。

 ゆえに、現在の古代遺跡というのは地下に下降してから風化・崩壊したもので、すべてそこから派生したものだと考えられている。ルルーニアンも晩年は内紛や地方統治者の反乱により実質的な分断国家状態に陥り、それぞれの地域的な特色が色濃く反映されていた。

 そんな変遷がある以上、各遺跡はその国の名残で千差万別であり、現在の古代遺跡の特色となっている。

 つまり、一括りに古代遺跡と言ってもその特徴に一貫性はなく、時代や文化の違いが明らかなのである。一方で、審問の間やある程度共通したものも存在しており、何もないわけでもないのだが、地下世界については吹聴することも禁じられているため、結局先の答えになるのだった。

 「まぁ、一番不思議なのはそのルルーニアン自体が今は行方不明ってことなんだけどな」

 薄暗い洞窟内を、ステンドは注意深く歩いている。

 「大昔に発見されて存在も確かめられてるのに、今はどこにあるか分からないって話なんだっけか?」

 現在の大陸の常識だ。あらゆる魔物の巣窟だと判明した時点で、その危険性から入口を塞いで封印したという一説が歴史書の中に記述されており、有力視されている。

 「ああ、昔の人間の方が賢かったってことかねー。触らぬ源導者に何とやらだ。結局、子孫の欲深い人間がまた躍起になって探してるんだから世話ねーわな」

 「いや、当時から封印反対派の方が多かったようじゃぞ?隠匿した一派は少数の過激派だったようで、強硬手段だったという説も有力じゃ。いつの世も、人の業というものはそれほど変わらぬということじゃな」

 「まったく……ふんっ!美しく……ほぁっ!ないですなっ」

 ブレンの合間に奇妙なかけ声が入るのは、時折襲ってくる蝙蝠のような魔物を追い払っているからだ。上層と違い、現在の遺跡内は魔物がそこかしこに存在する。そのすべてが好戦的ではないため、見つけ次第駆除するというわけではなく、あくまで向かってくるものを排除というスタンスだ。

 密かにクロウも身体を動かしたいのだが、先にいるブレンが悉くを退けているので未だその機会がない。というのも、今回の探索に当たって戦闘技術も必要だと悟り、警備隊のトッドや他の戦い方を知る者たちに指導を受けていたのだ。ステンド辺りに師事するのが早かったかもしれないが、他の面子は皆それぞれの準備で忙しくしていたので時間が合わなかった。

 素手での何となくの体さばきというのは、転生人フェニクス特有の感覚なのか自然とできはしても、意図的・合理的にやっているわけではないので粗がある。その点を補完するべく、戦闘としての知識を正しく知ることでより効果的に体を動かせると考えたのである。結果、警備隊の者たちの実力はそれほどのものではなくとも、間合いの取り方や足運び、小技などは大いに役に立った。何より、まともな剣術の型を知ることで飛躍的に剣技に磨きがかかった。トッドたちは基本形しか知らなかったが、それだけでもかなりの効果があった。いずれ、剣士系の専門職に鍛えてもらえばもっと高みにいけるはずだ。

 早く、成果を試したいもんだな……

 そう思うクロウとは裏腹に、ラクシャーヌやアテルは現在熟睡中である。災魔たちは別口で特訓をしていたので、その疲れから休息中だ。主にアテルに何ができるのか、どう活かせるのかを試行錯誤していたのである。そちらはラクシャーヌが主体となって一定のことは分かったが、アテル自身が特殊な魔物の生態すぎて分からないことも多かった。実はオホーラも加わっていて、いろいろと調べている途中というのが現状だ。

 「おっと、この先に何かやべーのがいそうだ。どうする?」

 ステンドが前方に高レベルの魔物を発見したようだ。迂回して他の道を探すか、やり合うかという意味だろう。

 「リーダーの華麗な判断に従おう」

 ブレンが言う。華麗な判断の基準は不明だ。

 「どのくらいの強さか分かりますか?」

 ロレイアは慎重に判断をしたいようだ。

 「回り道は面倒」

 ミーヤはそのまま進むことを主張する。

 意見はバラバラだった。オホーラは、特に何も言わなかった。おそらく、クロウの決断に任せるということだろう。

 「まずは皆の実力とか連携とかを見ておきたい。やろうぜ」

 最初から回避していてはこの先進めないだろう。戦うことにした。

 


 その魔物は奇妙な生物、ではなかった。

 地下洞窟系にはよくいるネズミ系の魔物で、ただしその大きさが人間の三倍くらいあるだけだ。

 牙と手足の爪も通常のものと違って発達しており、武器の刃よりも凶悪な切れ味を誇っている。

 「ただのネズミだと思ってると死ぬぜ?」

 見上げるほどの巨体を見てそう思える人間はいるのだろうか、とクロウは訝しんだ。あるいはステンド、探索者特有のジョークなのかもしれない。先の定番のものはさっぱり意味が分からなかったので、その手のものが多いと考えた方がいいのだろうか。記憶がないと冗談にも笑えないのか、クロウにはその辺りから不明だった。

 「ちなみにあの感じからすると、魔法はたいして通らぬゆえ、物理的攻撃が有効じゃぞ」

 一見しただけで分かるのか、オホーラが後は任せたと壁際に寄る。あてにするなということらしい。

 「ふふふ、それじゃあ、とりあえず我が行くか」

 ブレンがそう言うなり突っ込んでゆく。さすがに戦い慣れている即決力だ。大楯を持って臆することなく巨体へと身体ごとぶつけていった。ズンっと鈍い衝撃音が響くほどの衝突だったが、ネズミは僅かに傾いだだけだ。いや、倍以上の体格の生物を動かした力を褒めるべきか。

 いずれにせよ、その一撃でネズミの魔物はこちらを敵だと認識した。

 巨大な口から「KIYUUU――!!」と甲高い音が漏れる。次いで、その前足が素早くブレンに襲い掛かり、盾でそれを受け止めたブレンは後方へ押し出される。

 「ほぅ、結構な力だな」

 そこまで見て、クロウは自分を抑えられなかった。自分が好戦的だとは思っていなかったが、戦い方を学んだ自分がどこまで通用するのか試したかったのかもしれない。

 「ふんっ!!」

 護身用ではなく、魔獣用の剣を今回はしっかりと装備してきた。小手調べとばかりにネズミの顔面へ向かって飛び上がって斬りつける。

 転生人の身体能力があるので十分に届く高さだった。

 眼前にネズミの赤く大きな目が迫り、そこへ焦点を当てて袈裟斬りにすると、思いの外抵抗もなく斬れてしまった。

 「JYALALAALA………!」

 奇声と共に、ネズミの頭が落ちた。血しぶきが舞い上がり、その巨体もゆっくりと地面に倒れる。

 「ん?」

 地面に着地すると、大量の血の雨が降ってきて困惑するクロウ。

 「うへっ、一撃かよっ!?」

 ステンドの言葉で、ネズミの魔物を倒したことを知る。生物型の魔物はたいてい、頭を落とすか臓器類を壊せば死ぬ。魔力が通った武器でなければ攻撃が通らないという条件はあるが、基本的にその特性は動物のそれと変わらない。

 「まさか、今ので終わりか?」

 これからどう戦おうか考えていたクロウは、あっさりと終った戦闘結果に思考がついていけていない。

 「クロウ様、とにかく後ろへ下がってください。そのままではお召し物が血塗れになります」

 冷静なウェルベーヌの声で血の雨を避ける。既に少し浴びてしまっているが、クロウはそんなことよりも気になっていたことがあった。

 「おい、あれは見た目ほど強くなかったってことか?」

 「いや、我の美技、愚直進体当たりにも耐えた力はなかなかのものだった。少なくとも、探索者B級レベルならば強敵となる脅威度だな」

 歴戦の猛者、ブランが言うのだから間違いではなさそうだが、それにしても納得が行かない。

 「けど、様子見の一撃であっさり死んだぞ?じゃあ、実はこの武器が凄いとか?」

 クロウの剣はナキドの商会が用意してくれたものだ。片田舎のベリオスではろくな鍛冶屋もないため、武器防具の類はたいしたものがないと思っていたが、幻の一品だったのかもしれない。

 「それはない。見たところ、凡庸な魔物退治用の剣だ。あと、今思い出したけどこいつはドムラームズだ。遺跡のネズミ系じゃ最上位だぜ?」

 「マジで?それにしては、やけに歯ごたえのない……」

 「クロウ様、それ以上言うと美技とやらでたいした効果を上げられなかったブラン様のお立場がなくなるので、止めた方がよろしいかと」

 いつの間にかクロウの服の血を甲斐甲斐しく拭き取るメイドだったが、たしなめる言葉はそのまま周囲に聞こえているのであまり意味はない。

 「ぐふっ……確かに我の初手が相対的に美しくないように映ってしまう……」

 精神的ダメージを受けているブレンを横目に、ステンドが不思議がる。

 「何か特訓でもしたのか?尋常じゃない攻撃力だったぜ?」

 「一応、戦闘訓練はしてきたつもりだが、ここまで劇的に向上するものなのか?」

 「確か警備隊の連中とやってたんだよな?正直、あの連中の戦闘力はたいしたことねーぜ。要因は他にあるはずだ。転生人がずば抜けた身体能力を持っていたって、今の一撃はちと度が過ぎてる。特殊技能スキルの威力って言わりゃ納得できるけど、今のは違うんだろ?」

 「ああ、奴らは中で寝てる」

 「ふむ……劇的なパワーアップは謎ではあるが、今は素直に喜べばよいのではないか?単純に戦力の上昇は、メリットしかあるまいて」

 オホーラがそうまとめて、再び先に進むことになった。

 ドムラームズの肉は食料になるので、その場で皆で解体して各々が持ち運ぶ。肉は日持ちしないが、エネルギー源としては上等な部類だ。巨体ゆえに二日分ほどの量を分担しても余るため、ウェルベーヌが干し肉用に更に切り取った。数時間はタレにつけておいてから干すのが定石らしいが、こんな場所では厳しい。即席方法として香辛料をすりこんでから、小さな枝を組み合わせた干し竿のようなものを造って大量の肉を垂れ下げると、更にそれを背負った大袋にくくりつけた。そうすることで日干し代わりの風干しのような形で乾燥させるのだ。

 生肉を大量に背中にぶら下げた奇妙なメイドという見た目は、筆舌に尽くしがたいものがあったが、皆のためにやっていることなので誰一人それについて何か言う者はいなかった。いや、一人だけ香辛料の匂いが臭いと言うようなジェスチャーをしたテオニィールがいたが、無言で腹パンチを食らって大人しくなっていた。

 ともあれ、食べられる魔物と遭遇したのはある意味幸先の良いスタートと言えた。

 その後も適度に魔物に遭遇するが、その悉くをクロウがほぼ一撃で斬り倒していった。一刀両断という言葉にふさわしい必殺の一振りで、その強さを証明し続けた。

 「貴殿の強さは、かつての団長に匹敵する。我は感銘を受けたぞ」

 遺跡探索の一日を終えて簡易キャンプを設けたころで、ブレンがクロウを称賛した。

 「何だか実感がねえんだよな。確かに体は良く動くようになったとはいえ、あっさりと魔物類が倒れすぎててな……」

 焚火を囲みながら、クロウは未だに納得の行かない顔でぼやいた。

 「贅沢な悩みだな。正直、強けりゃなんでもいいじゃねーか」

 「お陰様で拍子抜けするくらい、順調に進めましたね」

 ステンドとロレイアは例のドムラームズの肉串を食べている。魔物の場合、魔力抜きまたはマナ抜きと言う作業をすれば、その肉は普通に食せる。これは魔物が裏魔力という源導者の裏の顔である制裁の力によって生み出されたものだからで、その裏魔力は人間にとって悪影響を及ぼすためだった。

 「しかし、クロウ様一人に任せきりでは私たちがついて来た意味がありません。明日からは皆で対処すべきではないでしょうか?」

 せっせと干し肉作りをしているウェルベーヌが苦言を呈する。本来は何日間も乾燥させなければならないところを、急ピッチで進めるために熱風の魔法で補っているのだ。その熱加減が難しいらしく、他の魔法士の手伝いも断って一人で黙々とやっている。

 「いや、俺が試したくてやってるだけだから、別に気にしなくていい」

 「まぁ、まだ道のりは長い。適当に交替してやればいいさ」

 「クロウ殿の場合、更に特殊技能もあるのだろう?心強いな」

 ふふふと笑いながら、ブレンは一気に地底酒を煽る。探索者の間ではお馴染みの飲み物で、地下植物のペラと呼ばれるものから取れる樹液を、魔法で発酵させることでアルコールを含んだ液体に変化させたものだ。ペラの葉を組み合わせて作る即席の器もできるため、ペーラ酒ともいってペラそのものを酒植物などとも呼ぶ。

 かなり独特な味わいなので、探索者以外にはまったく好まれていないのも特徴的だった。

 「特殊技能でないのなら、驚異的」

 ミーヤも肉を平らげながら同意した。彼女の口数は少ない。一時は話好きなのかもとも思ったが、どうやら必要なこと以外はあまり話さない性格というだけのようだ。逆に、気になったことは口にする。

 「それより、ミーヤ殿。この遺跡は最上級で間違いないと思うが、ここまで見て来てどう思うかの?」

 「ん。結論はまだ。ただ、この地下世界を考えれば可能性は高い」

 その言葉にオホーラは満足そうにうなずいた。

 一行の目の前に広がるのは、それまでの地下洞窟のようなものでも、半壊した地下遺跡の通路でもない。

 薄暗くても明らかに奥行きがあることが分かる、広大な地下世界だ。

 賢者の計画は順調のようだった。


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