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この世界において、古代遺跡というものは最も有名なものの一つだ。
地下にある最古の歴史的建造物であり、人類にとって重要な防御拠点であり、莫大な財宝が眠る場所で未知の世界そのものでもある。
それぞれの重要性は以下の通り。
一点目、遥か昔の文明の名残であり、歴史学者のみならず、失われた技術や魔法、その他様々な叡智が詰まっている。
二点目、古代遺跡は魔物の巣窟であり、最下層は天敵である魔族の世界へと通じている門があると言われている。ゆえに、出入口を塞いで監視しておく必要がある。
三点目、かつての文明の遺産、魔道具や魔鉱石、魔石、金銀銅など今では手に入らないものが保存されている可能性がある。一定の深さ以降は、地下世界とも言うべき過去の大地そのものが広がっていて、それらすべてが貴重である。
更に加えるならば、それらを目当てに観光として人の集客が見込める。国を潤すためには人流が大切だ。こうした観光地はその役に立つ。客寄せとして古代遺跡というものは目玉商品だった。一般人に旅行などという行楽は不可能なので裕福な貴族や商人などが対象ではあるが、それだけに金は落ちる。同時に、遺跡探索のための探索者たちも集まり、関連する商人なども然りだ。国が管理する資源という立ち位置になるのは当然のことであった。
「古代遺跡の中でも最上級のやつがルルーニアン聖魔遺跡っていうのか……」
クロウは古代遺跡の資料を読みながら呟いた。潜在知識だけでは足りないので、屋敷にあった文献を調べていた。
「最上級じゃねーぞ?ルルーニアンは分類的には特級って呼ばれてるな。んで、その下がいま言った最上級で、デヘテア魔法遺跡とニンガルンガ魔獣遺跡ってのがある。他は呼び方が地方でいろいろあっても、結局は単に古代遺跡ってとこに落ち着く」
反応したのはステンドで、今にも椅子から落ちそうな体勢であくびをしていた。
「そして、今回この町で見つかったものは、その最上級クラスの新しい古代遺跡になる可能性があるのぅ……ウィズンテ古代遺跡か、いやはや予想以上に価値のあるものになりそうじゃな。ひょっほっほっ」
オホーラが珍しく興奮したような声で笑った。
「いや、最上級とか笑いごとじゃねーぞ?大国じゃなきゃ管理運用なんか絶対できねー代物だぜ。封印優先権があったとしても、ますます他から突っ込まれる要因でしかねー、どうすんだよ……」
「そこは一応、オホーラ様が封印をしっかりと施したということで、認めてもらうしかないんじゃないのですか?というより、あの審問の間が上層と中層のものだったということの方が問題では?観光地にするにはおそらく危険すぎますよね?」
ロレイアもまた疲れ切った様子で椅子に座っている。本当はすぐにでも水浴びをして寝たいところだったのだが、先に片づけるべき案件があった。
「最上級に指定されたら、観光地案は没だろーよ。代わりに、完全に探索者用になるな。それはそれで人は集まるけど、客層は言わずもがな、だぜ?」
「そうじゃな。自ずと気性の荒い者が増えるじゃろうが、一方で商人も増えて人口増加にはつながるじゃろう。治安のための人手で雇用創出も容易で、経済的には悪くない循環が生まれることは間違いない。何より、初手はギルドの調査から入るじゃろうし、いきなりバカが溢れるということもあるまいて」
「まぁ、遺跡が認められれば、探索者ギルドの支部も当然作ることになるわな……ある程度はそこで統制できるか」
そんな会話が続く中、無言で何度も挙手しては無視されている男がいた。
占い師のテオニィールである。
沈黙の魔法が効いているのか、口は動いているが声は出ていない。ただ、必死に何かをアピールし続けていた。
それをどう思ったのか、ウェルヴェーヌが口を挟む。
「自称占い師様が先程から、両手の反復運動を繰り返しておられますが?」
「放置でよい。再三注意したものの、あの水車舌は大人しくせんかった。もうしばらく声は出させぬ。こら!そのうっとおしい動きもやめい。次は身体も拘束して欲しいのか?」
オホーラが一喝すると、テオニィールの動きはぴたっと止まった。いつもそのくらい従順であれば、口封じなどされなかっただろうにと皆が思った。
一方で、占い師がいつもより饒舌になったのも無理からぬことでもあった。
例の地下遺跡はその後の調査でウィズンテという名前であることが分かり、審問の間の階段を降りて少し歩いただけで、ステンドが慌ててこれ以上は止めるべきだと進言したほど、危険な場所だと分かったからだ。
それもそのはずで、先程ロレイアが言及したようにあの審問の間は上層と中層の境であることも判明し、つまりはあの古代遺跡が最上級に分類される貴重な場所であることが証明された。ただの古代遺跡では審問の間は中層と下層になるのだが、最上級クラスではその範囲がそのまま上層と中層になるからだ。中層の深さでも危険な領域なのは当然である。
あのまま半端な人数で準備もないまま進むのは無謀だということで帰ってきたのが現状だった。
「そうですか。それと、差し出がましいようですが、こうして発言する機会を得られましたので一つお伺いいたします」
ウェルヴェーヌはすっと片手をあげてある方向を指差した。
「ラクシャーヌ様の頭に乗っているあの黒いものは一体何なのでしょうか?」
時は少し遡る。
石階段の先を確かめようと意気揚々と降りて行った一同は、すぐに引き返すことになった。
はっきりと分かるほどに空気が違っていたからだ。
ステンドもいつものふざけた調子を引っ込めて、真顔でそれ以上の進行を止めたほどだ。半端な覚悟で進むと確実に死ぬと断言し、誰もがその言葉が嘘ではないだろうと思ったからこそ、従ったのだ。
尋常ではない下層の状態を見て、とりあえず早く封印するべきだという方針で一致した。絶対に放置すべきではない。
予定通りいつのまにか本体を移動させてきたオホーラによって封印を施すと、この古代遺跡が特別なものだという認識に考えを改めていた。
そして、オホーラが審問の間やその先にある別の場所を更に調べ、この古代遺跡がウィズンテという名前だと知ったのである。同時に、深さ的にまだ上層であることから、ウィズンテ古代遺跡は最上級に相当する可能性が浮上して、その価値が跳ね上がった。
「何にせよ、手練れの探索者を集めてもう少し先を探る必要はあるじゃろう。最上級の場合、二つの審問の間を封印する必要があるかどうか、先の遺跡の例も確認せねばならぬ。知る限りでは、完全に領土内であったがゆえ優先権の話はなかったと思うが、万全を期さねばな」
審問の間がもう一つあることが濃厚なので、その対処のことをオホーラは懸念していた。とにかく一度帰還しようというところで、再びあの黒い魔物が現れた。
といっても、今回はそれまではまったく違った登場の仕方であった。
「なんじゃ?」
その異変にいち早く気づいたのはオホーラで、次いでラクシャーヌ、ロレイアと何かを感じて身構えたのである。
「なんだ、どうした?」
その何かをあまり感じなかったクロウがラクシャーヌに問うと、
「ノロマじゃのぅ、おぬし。あれが今、物凄い勢いで収束したのが分からんかったのかえ?」
「収束?」
返事を聞いてもピンと来ないクロウだったが、オホーラがその言葉に反応する。
「ふむ。収束という表現はなかなか的を射ておるな。何のためかは分からぬが、あの黒いのが今一つにまとまったようじゃ。ほら、あそこを見てみるがよい」
「うおっ!?黒い輪郭の人間……ってなんだ、崩れた?いや、また……何をしてるんだ、あれは?」
ステンドが戸惑うのも当然で、皆が見つめる先には人型の影が見えるのだが、それが何秒かで崩れ去りまた人型に形を整える、といった奇妙な工程を繰り返していた。
「形を固定できない、のかしら?」
「そのようにも見えるな。じゃが、なぜそんなことをしているのかが不可解で不気味じゃ……」
「人間の真似をしようとして失敗してる、とか?」
「いや、それこそ意味不明じゃねーか?」
「あながち、間違いではないかもしれぬぞ?あの者、さっきから泣きながら愚痴っておる」
ラクシャーヌが腹の中から顔を出した。クロウの身体に出たり入ったりを自然にしすぎていて、もはやどこにいるのか気にしなくなっていた。
「なに?お前、あいつの声でも聞こえるのか?」
「うむ。なぜか分かるな。というか、おぬしも一時は聞こえていたであろう?」
言われてみると、二度目に覆われる前に会話のようなものをしていた気がした。だが、今は何も聞こえない。
「おいおい、チビ助はまさかあれと話せるのか?」
クロウの言葉を聞きつけたステンドが言うと、
「誰がチビ助じゃ、痴れ者めっ!!!」
ラクシャーヌはクロウの腹から飛び出して、ステンドの脛を蹴り飛ばした。
「いてーー!!!」
「わっはっはっ、言いざまよのぅ!」
「おい、そんなことより、何て言ってるのか教えてくれ」
「むむ?しかたないのぅ、ええと『どうして人の形を保てないんだろう?これじゃしゃべれないです』みたいな感じじゃ」
「『これじゃしゃべれない』?会話しようとしているのか?けど、お前には聞こえるんだろ?」
クロウとラクシャーヌのやりとりを皆は黙って聞いている。今は口を挟まない方がいいと判断しているのだろう。
「よう分からぬがそうじゃのぅ……どうなっておるのじゃ?」
「俺に聞くな。つか、お前が聞こえるなら、お前の言葉もあっちに届くんじゃないのか?試してみろよ」
「なるほど。それは道理かもしれぬ。どれ」
そうしてラクシャーヌその黒い何かに近づいて声をかけると、会話が可能だったようでしばらく二人で謎の会話が続くことになった。話している様子は何となく分かるが、内容がまったくステンドたちには分からなかった。クロウにはラクシャーヌの声は聞こえるが、その返事は聞こえないのでやはり意味不明だった。普段の周囲の状況を、思わぬ形で知ったのである。
どれくらいその会話が続いたのか、しばらく経ってからその要約をラクシャーヌがクロウに告げる。
「――なるほど。じゃあ、今のをまとめるとこういうことか?」
黒い魔物が語ったところによると、彼女(?)の役割は審問の間に来る人間の拘束だったようだ。どういう仕組みなのかは本人も分からないようだが、そのカラダで一帯を覆うと人間の動きを止められ、そこから抜け出せない者は資格なしと見なされるといった試練の一環らしい。逆にその拘束を抜け出して台座の仕掛けを解いた場合は、今度は最後の鍵として篩の大扉を解放するという仕事を命じられていたとのことだ。
何の資格や試練なのかは分からないまま、そうして何者かに命令された役割を果たしていたようだが、今まで誰も成功しなかった。今回初めて扉を開いたことにより、その仕事から解放されたというのが現状だ。そして、なぜか今後はラクシャーヌについていきたいらしい。
似たような何かを感じ、会話も可能ということで主だと決めたとのことだ。決意は固いらしく、死んでも離れませんという宣言もされ、ラクシャーヌも子分ができるのは悪いことではないと承諾したという。
「……信じがたい話じゃが、辻褄は合うな。要するに審問の間の仕掛けの一部という存在じゃったものが、その役割を終えて自由になったということであろう。で、あるならばわしも少し調べてみたい。是非とも協力してくれ」
オホーラは一早く状況を呑みこんだようだが、その動機は不純なものも含まれている気がした。
「それはそれとして、本当にそいつが無害かどうか保証できるのか?チビ助は連れてく気満々みたいだが、大丈夫なのかよ、クロウ?オマエの使い魔なんだから、諸に影響を受けるのはオマエだぜ?」
「んー、そこは平気なんだよな、ラクシャーヌ?」
「んぁ?こやつの性質かえ?問題ないじゃろ。特に攻撃手段を持っているわけではないしのぅ」
「いや、俺は動けなくなったわけだが?」
「別にそれは攻撃性ゆえのものではないじゃろう。拘束というか、足止めに特化した性質なだけじゃ」
「その性質とやらをもっと知りたいところだが……本人も分からないって話だったか……」
「じゃから、わしが研究してやろうぞ」
オホーラが満面の笑みを浮かべた。賢者にとって、未知のものを調べられることはこの上ない喜びのようだ。どこか狂気を感じなくないが、ラクシャーヌと行動を共にするという以上、調べておいた方がいいのは確かだ。
「ついて来るなら調査されることが条件になるが、大丈夫なのか、そいつ自身は?」
「無駄にいじくりまわさぬのならよかろう。本人も大抵のことは耐えられるからおーけー、だそうじゃ」
随分と軽いノリだが、そこは通訳してるラクシャーヌの言い方なだけか。それにしても、なぜラクシャーヌにだけ言葉が通じるのか。一時はクロウにもその思念のようなものが伝わった気がするので、何か条件があれば聞こえる気がしてならなかった。
「んー、あれか。そいつ、形を自由に変えられるなら口でも作ってみれば話せたりしないのか?というか、だからこそ人の形になろうとしてたのか?」
「はァ?そういう問題じゃねーだろ?それより、どういう形態で運ぶ――」
「なるほど!口があればしゃべれるのですね!?」
見知らぬ声が辺りに響いて、ステンドの声は途切れた。
「ほぅ?今の声はもしや……」
「えっ!皆さま、聞こえているのですか?」
黒い何かに小さな穴が開き、上下左右に動く。本当に口のようなものを作ったようだ。声は確かにそこから聞こえた。
「ああ、聞こえているな。本当にそれだけで声を出せるようになったのか?ラクシャーヌ、言ってる言葉は同じってことでいいよな?」
「うむ、訳が分からぬが、間違いなくそやつの言葉じゃな。こんな形で実現できるとはのぅ……」
「ワタシ、嬉しいです!素晴らしい、助言ありがとうごさいます、ご主人様!」
「ご主人様?」
明らかに自分に向けられたその言葉に戸惑うクロウに対して、魔物ははっきりと言い放った。
「はい、ラクシャーヌお姉様と同等の立場であるなら、ワタシにとってはクロウ様はご主人様です!」
こうして、災魔に続いて二体目の魔物の主になったクロウだった。