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選択死  作者: 雲散無常
第二章:古代遺跡
17/129

2-6


 「きゃつには心臓がないかもしれぬ!頭部を狙え!」

 オホーラの声が審問の間に響く。

 クロウは細身の剣を握り直して、目の前に立ち塞がる鳥と熊が合体したような奇妙な魔物に向かって駆ける。

 「ラクシャーヌ!タイミングを合わせてあの頭を頼む!」 

 「頭とは、あの奇妙な一つ目の部分でよいのかえ!?」

 通常の動物のような形態ではない魔物のため、部位がはっきりしないのは仕方がない。今現在戦っているものには熊のような巨体の腕から翼が生えており、頭部らしきところには一つ目と、口というには尖りすぎて、クチバシと言うには横に長く、牙が複数ある形状の何かが存在していた。顔と言えばそう見えなくもないが、その頬に当たる場所からも小さな羽らしきものが伸びており、奇怪な外観すぎて定義が難しかった。

 護身用に一応持っていくようにとウェルヴェーヌに強要された剣は、一見頼りなさそうだが素手よりは有効そうだ。必要ないと断ったのに珍しく譲らなかったメイドには感謝だ。丸腰では厳しい。魔物に相手に通じる武器だった。剣技に関してはほぼ素人同然だったが、持ち前の身体能力でどうにかなる。

 体長5メートルほどの巨体に向かって飛び上がると、魔物は「GYOEEEEEE!!!」と甲高い鳴き声を上げる。その声が音波のように空気を震わせる攻撃だということは既に分かっている。熊のような体格のくせに二足歩行で、翼があっても飛ばず、凶悪そうな爪のある足があっても腕がないため、攻撃方法がその音波だけという半端な魔物だった。しかし、その生命力は間違いなく大物で、腹部を狙って斬りつけてもまったく攻撃が通らなかった経緯がある。

 ゆえにこその賢者の助言である。他の者は未だに気絶していて戦力にならない。肝心な時に役立たない仲間だった。 

 音波攻撃を身体をひねって交わすと、頭部もどきの目に向けて剣を振り上げる。

 「ほいっとな!」

 気合いの入らない掛け声と共に、ラクシャーヌがそのタイミングで魔法を放つ。矢のような黒い炎が一つ目を焦がし「NGAAAAA!!!」と魔物が咆哮する。これは単なる苦痛の叫びなのだろうか。

 冷静にそんなことを考えながら、更にその目玉へ剣を斬りつける。突き刺した方が効果が高そうだが、その一撃で落ちなかった場合に得物がなくなってしまう。過たず剣がその目玉を今朝切りにすると、赤黒い血が飛び散る。

 「BOOOWOOOO!!!」

 分かりやすいくらいに魔物が倒れ込んで地面を転げまわる。かなり効いているようだ。

 「今じゃ!首を斬り落とせ!」

 簡単にオホーラが言ってくれるが、魔物の首回りはちょっとした肥満体の胴回りぐらいある。切断できるのだろうか。

 「剣が折れぬよう、魔力でも込めればよかろ?」

 クロウの不安を見抜いたのか、ラクシャーヌがそんな助言を飛ばしてくる。そんなことが可能なのかと思ったとき、魔法剣という技術が存在することを知る。というより、魔物相手に攻撃を通すには、魔力を通す武器でなければならない以上、自然と魔力は込められているはずだった。ならばやってみるしかないと、のたうち回る魔物に近づいてその瞬間を見極める。ある程度転げまわっている内に大人しくなったその時。

 「ふんっ!!!」

 こういうものは勢いだとばかりに、思い切り上段から振り下ろした一撃が、見事に魔物の頭部を真っ二つに切り離した。想像以上に綺麗に刃は通った。

 断末魔の声を上げることもできずに魔物は息絶えた。数度の死後痙攣の後、完全に沈黙したのだ。

 「こやつも遺跡の魔物ヤーヴヌなのかのぅ。けったいな合成獣じゃったな」

 「というか、こいつ……いきなり出てこなかったか?」

 「おそらく、審問の間の守護獣の類であろうな」

 オホーラの言う守護獣という単語に引っかかるものがあった。古代遺跡の篩の大扉を守る魔物などの呼称だ。 

 「ってことは、謎解きじゃなくてこいつが扉を開くためのキーだったってことか?けど、なんで出てきたんだ?」

 「そもそも、あの黒いのは何じゃったのかえ?」

 「そうだよな。黒いのにまた呑みこまれて、帰ってきたら急にこいつが出てきたんだよな……」

 「いや、その前にステンドが何か奇妙な動きをしておったぞ?」

 指摘されて、クロウはここまでの時系列を思い出す。

 ステンドが台座の前で何かあと一つ足りないようなことを言っていたとき、例の黒い魔物らしき何かが辺りすべてを覆い尽くして闇に取り込まれた。その中で奇妙な独白を聞いたと思ったら現実に帰り、ステンドの手に今度は黒い棒状の何かを見た。その後、ステンドがふらついた動きで台座のところへと引き寄せられ、その黒い棒を台座のどこかへ突っ込んだ気がした。

 それから突如、あの奇妙な魔物が現れて戦闘に入ったのだ。

 「なんか黒い棒が関係してるのか?」

 クロウは倒れているステンドの近くに駆け寄るが、その手には何もない。

 「黒い棒?」

 ラクシャーヌが怪訝な声で聞いてくるが、とりあえずの説明もできないので黙ったまま台座を確認する。

 そこには確かに穴のような窪みがあったものの、黒い何かはやはり見当たらない。

 「どこに行ったんだ?」

 「何がじゃ?」

 ラクシャーヌが近寄ってきて首を傾げている。

 「あの黒いやつだ。最後に俺が見たときは、ステンドが手に持ってたんだよ。棒状の何かになってな」

 「ほぅ?では、あの奇妙な動きはそのせいじゃったのか?意味が分からんが」

 「俺も分からねえ。なんかそいつをここに突っ込んでいたような気がしたんだが……いま、ないんだよな」

 「つまり、あの黒い棒をそこに嵌めたからあの魔物が現れたと、そう推測しとるわけか」

 オホーラが状況を把握してまとめる。

 「その流れがしっくりくる気がしたんだけど……まぁ、とにかく起こすか」

 ロレイアとステンド、テオニィールを揺すって目覚めさせる。

 何が起こったか覚えているか確認したが、皆闇に包まれて意識を失ったというだけだった。特に誰の声も聞いていないという。ステンドに至っては、例の台座に何かしたという記憶もなかった。

 「……オレが動いて謎解きをしたって?完全に気を失ってたんだけどな……」

 「身に覚えがないってことだな?どういうことだ……?」

 「その謎の声とやらは、お前さんと使い魔しか聞いておらぬのよな?」

 オホーラが割って入ってくる。

 「ああ、奇妙な独白みたいなもんを聞かされた。ってか、よくよく考えると自分が魔物だって思い込んでるみたいだったが……魔物はしゃべらないよな?」

 そう言った瞬間、地面に寝そべって休んでいたラクシャーヌが

 「たわけ!わっちのように知性がある者が目の前におろうが!」

 瞬時に反論されて、クロウは自らが間違っていることを知った。確かにそうだ。

 「いや、上位種ならば言語を有すると言われておるし、人と会話した記録もあるぞ?」

 賢者にも同様に否定される。魔物は野生の動物が裏魔力を浴びて凶暴性が増したものという一般的な認識が強すぎて、例外を考慮していなかった結果だ。上位種というのは、古代種、遺跡の魔物ヤーブヌ、変異種、上級種などで分類される魔物で、言語を有するほどの知性がある魔物は魔人種とも呼ばれる。ぱっと出てくるだけでも様々な言い方があるように、希少ではあっても確かに存在することは確認されていた。

 「……ってことは、やっぱあれは黒いやつの声だったのか?」

 よくよく思い出してみると「オマエはすべてを包み込み、ナニモノも逃がさぬようにしろ」と命令されたというような話をしていた。辻褄は合う。

 「お前さんの仮説が正しいとすると、あの黒い魔物らしきものを捕まえて語らせるのが良さそうじゃな」

 「最後に見たのは、ステンドが握ってた棒状のやつだったんだが……」

 「げっ!?棒状って言い方はやめてくれ!なんか魔物のナニを握らされてたみたいで気持ち悪いぜ」

 「あの、下品な想像は止めてください」

 ステンドの嫌そうな顔とはまた別に、ロレイアの表情も苦々しい。下世話な話は好きではないようだ。

 「ふむ……魔法士のどちらか、魔力探知はできるか?そう遠くに逃げているとは思えぬ」

 「はいはいはーい!やっと僕の出番だね!任せておくれよ、この稀代の占い師テオニィールに!こんなときのために、色々と――」

 勢い込んで堰を切ったようにしゃべり出すテオニィールを黙らせるように、ロレイアは無言で魔杖を掲げてその先端についた魔鉱石を光らせた。

 「……上?」

 短くつぶやいたその声に、皆が視線を上方へ向ける。審問の間という名ではあるが、実際は岩肌の洞窟内である。その開けた場所をそう呼んでいるに過ぎない。いや、本当は屋根付きの神殿のような建物があったのかもしれない。その名残のような柱や整えられた石畳の床は一部にまだ見られる。

 だが、頭上に広がるのは前述の通りのむき出しの岩壁で、凹凸のある天井があるだけだった。

 「はははっ、ロレイア君、まだまだのようだね!魔力反応は上じゃない、下だよ!」

 下なのか、と今度は一同の視線が足元に向けられるが、そこにはやはりごつごつとした岩交じりの地面が続いているだけだ。

 「オマエら、両方とも実はスカポンタンか?」

 「ち、違うっ!ちゃんとここから魔力がっ……だけど、確かにおかしいな。他からも反応が……」

 「変だわ、どういうことなの……?」

 ロレイアもテオニィールも、自身の魔法の結果に戸惑っていた。そこへ、

 「要するに、あの黒い魔物はこの審問の間を今覆っている、そういうことになるか」

 オホーラの結論は信じがたいものだった。

 「まさか!?つーか、なんでそんなことになってるんだよ?さっきまでこっちの視界奪ってたやつだぜ?」

 「いや、視界だけじゃなくて五感とかもそうだし、魔法でどうにかしなきゃ動けなくもなってただろ。けど、今は何もない。辻褄が合わなくないか?」

 「うむ。わしが推測するに、既にその役割を終えて性質が変わったか、違う仕事を果たしているのやもしれぬ。つまり、審問の間の謎かけの一部の仕組みじゃったわけじゃ。解く前までは挑戦者の足止めを、解いた後は傍観者に、といった役割であったのなら筋は通らんでもない。実際、棒状のものになって最後の仕掛けのキーアイテムとなったのなら、信憑性もあろう?」

 「最後のそのくだりはオレには良く分からねーんだが?」

 「気絶したステンドを、あの黒いのが操ってたってことか?だとしても、なんで謎を仕組んだ側が、勝手に謎解きの手助けをするんだ?」

 「手助けというより、それが解法の一つなのではなかろうか。ステンドは既に最後の一手までは解いていた。それが条件で、あの黒い魔物が機能するようになったと考えればよい」

 一応の筋は通る気がするが、クロウは何となく納得が行かなかった。

 例の独白のような声があるからかもしれない。なぜ、あんな話を聞かされたのかが分からない。謎解きとも無関係な気がした。

 「オホーラ様の推測が正しかったとして、この状態のあれは放っておいてもいいと、そういう結論になるのですか?」

 ロレイアが冷静に尋ねる。確かに本題はそこだ。無害であるなら、理由はどうであれ問題はない。

 「放置というか、更に何か変化があるかどうか見届ければよい。ゆえに、まずは篩の大扉を開けてみればよい。諸々の懸念事項も何かしらはっきりするであろうよ」

 「その肝心の大扉ってのはどこにあるんだ?なんか、そこら辺の壁だってステンドが言っていた気がするが……」

 依然にステンドが示唆した、平坦な岩肌の壁に特段変化は見られなかった。謎を解いたというなら、何かしら動きがあって然るべきだだろう。

 「ああ、それなら――」

 ステンドはいじっていた台座の前に立って、徐に手をかざした。すると、その手のひらから魔力が流れて台座の一部が一瞬輝く。

 ゴゴゴゴ……と何か巨大なものの摩擦音が聞こえたかと思うと、先程まで見ていた岩壁も光り始めた。

 「これは……!?」

 明らかに魔力がその岩壁に流れ込んでいた。そして、一際強く閃光を発した後、それは姿を現した。

 岩壁の中央に刻まれた文字が浮かび上がっていた。

 「げっ、知らねー古代語だ。学者さんじゃなきゃ、ここの遺跡の名前は分からねーな、こりゃ……いや、賢者の爺さんなら読めるのか?」

 ステンドの声にオホーラが反応する。その声は珍しく震えていた。

 「これはたまげた……おそらくこれはブラガ語じゃぞ。失われた謎の文明の一つ、幻の言語じゃ……まさか、この遺跡は……」

 「ブラガ語?聞いたこともねーな」

 「それより、文字が出てきただけで、別に扉じゃなくねえか?」

 「いや、篩の大扉ってのは象徴的な名前ってだけだからな。必ずしも扉ってわけじゃねー。実際はほら、足元を見てみろ」

 クロウが視線の先を追うと、文字が刻まれた岩壁のすぐ下に、何やら長方形で切り取ったように一段下がった囲みができていた。

 「あれが、下層につながる階段になっているってわけだ」

 「どう見ても階段には見えないが?」

 ステンドはその言葉にニヤリと笑うと、台座の上で更に魔力を流した。

 すると、長方形の部分が更に下がっていき、ゆっくりと石階段へと変貌した。

 「中層へようこそ、ってな」

 ぽっかりと開いた穴が、一同をじっと待っていた。

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