表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選択死  作者: 雲散無常
第二章:古代遺跡
15/129

2-4


 ワタシはワタシというものが分かりません。

 何のためにあるのか、何のために動くのか。どうして、どういう理由で、なぜ、何ゆえに、という疑問ばかりが頭を巡ります。

 いえ、頭すらあるのかどうか分かりません。

 考えているということは確かですが、人間の脳のような何かがあるのか分かりません。

 なぜなら、ワタシは多分魔物という生物だから。種も、特性も、名前も知らない魔物なのですから。

 それでも、カラダは勝手に動きます。勝手にというより、そうしなければならないという本能のようなもので動きます。ワタシが動かしているのかもしれません。いえ、多分そうなのでしょう。その辺りは本当に曖昧で、まるでワタシ自身の存在のようです。

 そこにあるようで、そこになく、動いているようで、動かされているようであり、動かしているようで、単にそこにある。すべてがどこかワタシじゃないものを、まるで違う視点で見ているようです。それでいてちょっとした感覚、カラダを伸ばして触れたように感じるその感覚は少しだけ伝わってきます。

 何より、その感覚を求めている気もします。

 だから、久々に彼ら人間たちを見つけたとき、ワタシのカラダは無意識に広がりました。勝手に動いていたのです。 

 遥か昔、誰かに、何かに言われた言葉を不意に思い出します。

 「オマエはすべてを包み込み、ナニモノも逃がさぬようにしろ。それだけがオマエの存在意義だ」と。

 とても大事な意味を持っているように思います。なぜ、今の今まで思い出せなかったのでしょうか。いえ、いったいいつ言われたのでしょうか。

 遠い昔?どのくらい?

 分かりません。

 ただ、それはココロの奥深くに刻み込まれているように思いました。ワタシにココロがあるのかは分かりませんが。

 そんなことを考えながら、ワタシは広がります。

 触れて、触れて、包み込む。

 恋焦がれるように求めてしまうのです。

 ニンゲンという奇妙な形のものを……



 この世界における魔物とは、野生の動物が裏魔力を浴びて凶暴性が増したものを指す。

 一般的にはそう説明できるが、明らかにただの動物が変異しただけのものではない種も存在する。古代種やら上級種、その名の通り変異種と呼ばれる特殊な魔物だ。それらの魔物の母体は必ずしも動物由来ではなく、不明なものも多数ある。

 中でも古代遺跡内だけに生息する遺跡の魔物ヤーブヌと呼ばれるものたちは、特にその特殊性が顕著だった。地上には存在しない植物のような謎の生命体や、実体を持たない霧状のもの、液状の何か、手足もどきが生えた動き回る草木など独特で唯一無二、類似性がないものも多い。

 ラクシャーヌによると、今回の黒い霧はそうしたものの一種ではないかという話だった。

 その遺跡の魔物の中には攻撃性がない種もいるらしい。五感を奪われたように感じてはいるが、単に存在するだけでそうした効果を周囲に及ぼしているに過ぎず、意図したものではない可能性があるようだ。火が何かを燃やそうだとか、熱してやろうという意志で存在していないようなものだという。

 とはいえ、急に現れて留まっているのはおかしいのではないだろうか。風ならば吹き過ぎるだろうし、火であってもいつかは消えるだろう。一時的なものであれば、やり過ごせばいいと思えるが、先程から変化がない。要するに、視覚聴覚がほぼ封じられているような状況で何もできない。

 (攻撃じゃないとしても、このままの状態なのは困るな。なんとかできないのか?)

 (ふむ?まともに目で見えないのなら、他で見ればよかろ?)

 (他で見る?どういうことだ?)

 (目をつむっても、xxxで見ようとすれば見えるじゃろうて)

 (なに?今の単語が聞き取れなかったぞ。何で見るって?)

 (じゃからxxxだ、xxx……おぅ?これは何やら違和感のある音になるな?もしや、禁則事項とやらか?)

 (禁則事項?)

 (ときたま、わっちにもよく分からぬ理由で言葉が妙なものになるときがある。xxxを排除できないようにのぅ。今もおそらく勝手に変換されたじゃろうが、まぁ、つまりそういう感じじゃ)

 ラクシャーヌの言う禁則事項は、本能的に不可能になっていることであろうと推測がついた。たとえば、神聖魔法の浄明治癒というものはあらゆるものを癒す魔法だが、魔物には効果がなく、その理由は禁則事項に該当するからだという。聞き取れないxxxはおそらく、災魔の中でも特殊なもので人間には伝えてはならない何かなのだろう。そもそも、災魔の言葉を理解できている状況が異常ではあるのだろうが。

 (そうだとしたら、何か他の言い方で分かるように教えてくれ。最初は他で見るって言ってたよな?具体的には?)

 (そう言われてものぅ、xxxで見るとしか言いようがない。おぬしら人間で言うところの何にあたるのかさっぱり分からぬ)

 使えない奴めとクロウは内心で罵りつつ、良く考えてみる。視覚によらないとしたら、後はもう魔法ぐらいしかないのではないかと。視る系の魔法が何かあるだろうかと知識を探ると、結構な数の視覚魔法が列挙されて出てきた。普段はまったく使わないし、そもそも魔法自体を使おうとも思っていなかったので意外な発見だ。

 有効そうな魔法に目星をつけていると、ラクシャーヌが言う。

 (まぁ、とにかくわっちには前方が見えておる。指示に従って歩くがよい。他の者も、各々が進んでいるようじゃぞ?) 

 (なに、そうなのか?てか、俺は動けもしないんだが?)

 身体も動かせなくなっていたはずだ。なぜ、他の皆は動けるのか。

 (視覚を解放すれば動けるとかそういう話なのではないか?良く分からぬが、あやつらが動いている以上、おぬしが動けぬ道理はあるまい?)

 その場に留まっているのはクロウだけだったようだ。皆魔法が使える以上、視覚系の魔法で対処しているということか。後れを取るのは何か微妙な気持ちがあったので、ラクシャーヌに従って前へ進んでみることにすると、確かに身体は動かせるようになっていた。まさかさっきまでは錯覚だったのだろうか。

 そう考えると、動けなかったのではなく手足の感覚を失っていたという方が正しい。それがいつのまにか、地面に立っている感覚が戻ってきていただけな気もしてきた。それは内部のラクシャーヌが目覚めたことで、自然に戻ってきた感覚なのだろうか。相変わらず自身は何も見えないままなので、視覚はないのだが。

 どうも、まともに原理を理解しようとしても無駄な気がしてきた。

 (ふむ、何やら開けた場所に出たようじゃな)

 (そうなのか?さっぱり俺には見えないが?)

 (じゃから、xxxで視ろ)

 やはり何かしらの視覚系の魔法でも使うべきかと思ったところで、不意に頭上から光が差した。その眩しさに黒から白へと視界の色が変わる。急激な色彩の変化のせいだろう。

 ゆっくりと目を慣らすように薄目にしながら、周囲を探る。

 「……聞こえますか……?皆さん、聞こえていますか……?」

 ロレイアの声が耳に届いた。

 「なんだ、戻ったのか?」

 「おゥ、聞こえてるっぽいな?」

 徐々に視界が開け、あの闇一面が嘘のように視覚が戻っていた。ラクシャーヌが言っていたようにそこは開けた場所で、洞窟内だというのに天井の高い大広間のような雰囲気があった。四隅に人工物のような立派な柱が立っているせいかもしれない。その頂点はいずれも欠けていて年月を感じさせた。

 「さっきの黒いやつは一体何だったんだろう?というか、ここって噂の審問の間というやつでは?いやはや、真実の目でなければ見えないなんてさすが古代遺跡。あれ、もしかしてここが今見えているのもそのおかげだったりするのかな?いや、普通に解いても見えるか、ということは――」

 おしゃべりな声を久々にクロウは聞いた気がした。そう言えば、テオニィールがいたのだと思い出す。オホーラが沈黙の魔法を解いたのだろうか。

 「うるさいぞ、テオニィール。ここが審問の間なら、もっと慎重になりやがれ。つーか、その可能性はないはずなんだが……まだ上層なはずだぜ?」

 「それも気になりますが、先程の得体の知れない何かを特定した方がよくありませんか?わたしたちはあれに触れられた以上、まだ予断を許さない状況にあると思うのですが……」

 ロレイアの懸念に賛成する。あれが何なのか分かっていない以上、危機が去ったとは限らない。

 「あれはおそらく、遺跡の魔物ヤーヴヌじゃろう。特定は難しいと思うぞ?」  

 「それって、遺跡にだけ生息するレアものってやつかい?なんとなんと、ならば、是非とも捕まえてみるべきじゃないかい?現状、僕たちに異常がないんだからきっと無害な類の魔物に違いない。研究材料としてどこかに売り飛ばせれば、そこそこのお金になるじゃないか」

 テオニィールが商魂たくましいことを言い出した。それほどの価値が本当にあるのだろうか。財源確保が必須な状況を考えると、それも悪くない考えだとクロウは思ってしまった。

 「簡単に言うんじゃねーよ。未知の魔物を捕まえるとか、探索者でも慎重になる行動だぜ?ってか、オマエ、いつのまに普通にしゃべれるようになったんだ?」

 「あれ?そう言えば、僕の声が皆に聞こえてるみたいだね。いやはや、オホーラ翁もさすがに忍びないと思って温情を――」

 「わしは特に何もしとらん。勝手に解けたのなら先程の魔物が要因と見るべきで、だとすればやはり何らかの影響がおぬしらにあってしかるべきじゃが……」

 「それはなんだか……気味が悪いですね」

 ロレイアが自身の身体を抱くようにぶるっと震えた。知らぬ間に何かされているのだとしたら、当然の反応だ。皆、思い思いに自分に異変がないか確認するか、何も見つけられなかった。対してクロウは、内部にラクシャーヌがいるのでその判断が容易だ。

 (別にわっちは何も感じぬぞえ?マナの流れは感じた気がするが、単にそのせいであのうるさい男の魔法が解けただけなのではないかえ?騒々しいゆえ、もう一度沈黙の魔法をかけさせるがよい)

 「ラクシャーヌも特に異常がないって言ってるから、多分大丈夫なんじゃねえか?」

 「その判断基準は人間でも通用するのかよ?」

 「さあな。けど、何も起こってない以上、気にしてもしょうがないだろ?」

 「正論じゃな。先程の黒いのが近くにいないのならとりあえず置いておくとして、ここが審問の間であることは間違いないのか、ステンド?」

 「あ、ああ、多分な。あそこの妙に平らな岩壁を見てみろよ。多分、何かの仕掛けであれが篩の大扉になるぜ」

 示された場所には、確かに平坦な岩肌の壁が聳え立っていた。だが、一見して何か装飾があるだとか扉の輪郭があるといった外装は見当たらない。

 「ふむ……探索のプロが言うのならそうなのじゃろうが、それにしてはおかしな点がある」

 「はいはいっ!僕もそれにはすぐに気づいていたよっ!さすが稀代の占い師テオニィールだよね!賢者のオホーラ翁と同じ素晴らしき慧眼を持っているなんて、我ながら惚れ惚れ――」

 「黙っらっしゃい!それ以上、ぐだぐだと舌を滑らせるようならまた沈黙の魔法をかけてやるぞ?」

 オホーラの一喝にテオニィールは背筋をピンと伸ばし、直立不動になって口を閉ざした。沈黙の魔法はかなりこたえたらしい。蜘蛛に怯えるという図と相まって、あまりの従順な反応にロレイアがくすりと笑う。

 「まぁ、簡潔に言うなら許してもいいじゃろう。それだけ言ってみるがいい」

 「ありがとうありがとう!!いや、はい、すぐ言うよ、言いますです!つまりだね、ここが審問の間だと深さがおかしいってことだと思うんだよね。普通、中層と下層の境目にあるわけじゃないか。だけど、どう考えてもここはまだ上層、良くても中層の上の方なはずだよね。歩いてきた距離からしても――あっ、はい。そんな感じで」

 簡潔にならなさそうに感じたオホーラの制止の雰囲気を嗅ぎ取ったのか、テオニィールは途中で切り上げた。

 「要するに、位置がおかしいってことか?」

 「それは確かにそうなんだけどよ、実際にここに大扉がある以上、審問の間だとしか思えないんだよな」

 ステンドはつばが広い帽子を軽く掴んでうつむいた。悩んでいるときや考え込むときによく見るクセだ。判断に迷っているということか。

 「オホーラはどう考えてるんだ?」

 「ふむ、そうじゃな……」

 蜘蛛の姿のまま、道楽の賢者は岩壁を見つめてから、

 「本当に大扉があるかどうか、まずはそれを見定めてみればよかろう。本当にここが審問の間であれば、仕掛けを解けばよいのであろう?あるいは、この部屋そのものが罠である可能性も考慮すべきじゃろうて」

 これからの指針を告げたのだった。



 それから20分後。

 クロウたちは問題に直面していた。

 「あれあれ、ステンド君?君は探索のプロじゃないのかい?まったく仕掛けが見つからないとか、恥ずかしくないのかい?もう、20分くらいは経っているよ?いつまで待機していればいいんだい?」

 テオニィールが皮肉と言うか嫌味を言うくらい、何の進展もなかった。

 「うるせー!何もしてない奴が偉そうに言うんじゃねーよ!これがキーなのは間違いねーんだ、けど、何かが足りない?くそっ、この凹みは合ってるはずなんだが……」

 先程からずっとステンドはある台座のようなものを前に、悪戦苦闘していた。それは文様が入った石のブロックが複数合わさった形でできており、その位置を正しいものにすることで仕掛けが解けるはずだというのがステンドの弁だ。

 隣で覗き込んでいるロレイアも手伝っているが、同じように首を傾げている。

 「わたしにも、この位置関係で完成しているように見えます。やはり、もう一段階何かがあるのではありませんか?」

 クロウはそれを横目に見ながら審問の間と思われる場所をうろついていた。

 古代遺跡についての知識を得るため、実際に歩きながら気になる点を調べていたのだ。自らの知識の中に該当するものがあれば、そうすることで連想されるものが浮き彫りになり、経験とまではいかずとも情報の開放を認識できるからだ。

 それはラクシャーヌも同様のようで、お互いに手探り状態で遺跡に関する情報を確かめ合っていた。

 中でも遺跡特有の魔物に関しては、ラクシャーヌの方が色々と詳しい。一方で、うまくそれを言語化できないことも多く、それが種の違いからなのか謎の禁則事項のせいなのか、色々と疑問は尽きなかった。何より、古代遺跡にはもっと多くの魔物が蔓延っているイメージだったのだが、ここまでほとんど遭遇していないことがやはり奇妙に思えたのだ。

 そのことでラクシャーヌに意見を求めようと思ったクロウだったが、

 (ところでクロウよ、アレは放置したままでよいのか?)

 一通り審問の間を巡ったところで、ラクシャーヌがひょっこりと顔を出してある方向を指差した。何事かと思ってそちらを見やると、それまで一切姿を見せなかったものがそこにはあった。

 「いや、よくねえよ!?いつからいたんだよ!?」

 思わず声に出して叫ぶ。

 (やかましい、耳元で騒ぐでないわ。今さっき現れたのじゃ。それに、こうして改めてみると少し思い出したぞえ、というか見覚えがある気がするのぅ……)

 その続きを聞く前に、クロウの声で皆がそれに気づくのが先だった。

 「おい、またあの黒いやつじゃねーか!一体どこからっ!?」

 ステンドの言葉と共に、再び辺りが闇に包まれていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ