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「それで、肝心のその大扉の位置は分かっているんですか?」
ロレイアが先頭をいくステンドに声をかける。狭い通路内なので、その音がやけに周囲に響いた。
「まぁ、大体の見当はつくってくらいだ。正確性はあんまり求めてくれるなよ。なにせ、最低五人組のとこを一人でずっとやってたんだからな。スピードとディティールについちゃ二の次だぜ」
「でぃてい……何ですか?」
「ああ、田舎じゃモダンな言葉は分からねーか。詳細なってか、ここでは緻密さみたいなもんだ」
「なるほど。転生人語ですか」
大陸では転生人が無意識に使う独特の言葉を使いたがる傾向が強まっていた。転生人が王族のように高い地位を持っていることもあって、接点を持とうとする貴族が多く、その際の証明に転生人がこう言っていた、こんな言葉を使っていた、という噂話をよくするためだと言われている。
「そこよりも、五人組っていうのは?」
同じようにステンドの後ろを歩いているクロウが問いかける。
「あン?なんでオマエが知らねーんだよ?遺跡調査の探索者は、最低五人組が基本だって言ってあるはずだろーが」
「そうなのか?初耳だが?」
「マジかよ……ってことは、どっかで連絡とか報告とかがおかしくなってたんじゃねーか?何度も一人じゃやべーって言ってるのにさっぱりそのことに触れてくれねーから、もう一人でどうにかしろってことだと思ってたぜ」
俗にいうホウレンソウに問題があったようだ。幾つもの陳述や連絡が行き交っている過度期だ。見逃しはやはり多いらしい。
「それは悪かったな。で、どういうことなんだ?」
「別に難しい話じゃねーよ。探索者ってのは五人組が基本で、簡単に言えば先導者、戦闘系二人、回復兼サポートの魔法士、運用係が必須だってのが常識なだけだ」
「そういうものなのか。けど、最後の運用係ってのが良く分からねえな。具体的にどういう職なんだ?」
「言い方は色々あるんだが、そうだな、野外補助員とかってのが分かりやすいか。要するに遺跡内での荷物持ちから、食事の用意、寝床の位置決めとか雑用がメインだったりする。ただ、面と向かって馬鹿にして雑用とかいうなよ?かなり重要な役なんだ。陽の当たらない地下で何日も過ごすってのはストレスだからな。できるだけ快適に過ごせるようしてくれる運用係は有難いもんだ。あと、いざってときには現地調達で色んなもんが必要になるからな。割と知識がモノをいう。そういう意味じゃ、遺跡調査がメインの場合は学者サンたちもここに入ったりする」
「ああ、そういう……で、お前一人でここまでそれをやってたわけか。凄いな」
「そうだろ?もっとオレを評価しろ、ってか、関心よりも誰か手配してくれよ!超キツイんだからな!?」
「その人手を集めるために潜っているわけだからな。それまでは我慢してくれ」
「結局それかよ!?オレ、絶対もっと金をもらっても罰は当たらねーよな……」
ステンドの嘆きに、しかしクロウは冷静に突っ込む。
「けど、お前はもともとこの遺跡を一人で踏破してきたわけだろ?今も案内できてるし。問題ないんじゃねえのか?」
「たまたまうまく行っただけだっつーの!」
「いや、実際昨日までやってたんだから、なんだかんだどうにかなるとか?」
「オマエが半ば脅しでやれって仕事ふってきたからだろうがっ!」
ステンドは魔法岩人形討伐の依頼を完遂できなかった負い目があって、実は無理していたようだ。適度に仕事をこなしている様子だったので気にしていなかったが、実情を聞くとあまりよろしくない状況だ。今の必死な叫びからも厳しいことに嘘はなさそうだ。
「それは悪かったな。できるだけ早く改善するよう検討しよう」
「まぁ、これがうまくいきゃ、そうなるはずって話だろ。てか、ちょっと止まれ。罠があるわ」
ステンドは探索者の中でも先導者という役割が本業だ。洞窟内などでパーティーの一番先頭を歩き、危険がないか、罠がないかなどの偵察、警戒専門職に近い。もちろん、その解除役も担う。今回も、壁の一部に怪しい個所を見つけて、何やらその罠を解除しようとしているようだ。
「ところで、クロウ様。あの男はあのままでいいのですか?」
ロレイアの視線の先には前髪の両端が特徴的な男がいた。その編み込みが複雑で目立つ占い師のテオニィールだ。珍しく一言もしゃべっていないのは、うるさいという理由で沈黙の魔法で黙らされているからだ。連れてくる気はなかったのだが、どこから嗅ぎつけたのか、今回の地下遺跡探索に同行すると言い張って譲らなかったので許可したが、べらべらとおしゃべりが騒々しかった。無視しても独り言のように重ねて来るためにたまりかね、強制的に静かにさせているという状況だ。
「とりあえず、まだいい。静かで何よりだ」
当の本人はもううるさくしないから解いてくれ、というジェスチャーを必死にしているが、信用ならないのでクロウは気づかないふりをした。
先程のステンドの話では、探索者は最低五人のようだが、現在はステンド、クロウ、ロレイアにテオニィールと足りない。いや、ラクシャーヌを頭数に入れれば一応5人にはなるか。役割的に適切かどうかは脇に置いておくとして。
今回の発起人としてオホーラも参加すべきだとは思うのだが、実体を伴って動くのは骨が折れるとのことで、使い魔の蜘蛛になってテオニィールの頭に乗っていたりする。沈黙の魔法もそのオホーラのものだ。占い師本人は蜘蛛が見えないのでクロウに訴えかけていただけだった。
戦力的にこれで足りるのかどうか微妙な気がしたのだが、どうにかなるだろうというオホーラの見立てで出張ってきたのが現状である。
兎にも角にも金が必要で、その手段のための古代遺跡の所有権という図式だ。危険は伴うが、領主会の面々も資金については対策を考えながらもどうにもならない問題だったらしく、この提案には積極的に同意してくれていた。
「よし、解除した。もう大丈夫だ。それと、魔法式の罠だったから目的地には近づいてるぜ」
「罠の種類でそんなことが分かるのか?」
「ああ、こういうのには傾向があるんだわ。ねぐらに近いほど警戒するもんだろ?」
その感覚は良く分からなかったが、ステンドの自信ありげな態度からそういうものだと納得する。
「魔法式とか言っていたが、良く解除できるもんだな。お前の特殊技能とも関係してなさそうなのに」
「そりゃ、努力の賜物って言いたいところだが、オレら転生人はもともとの能力値の伸びしろが大陸人とは桁違いに高いんだよ。だから、ある程度やればなんでもこなせる。野良だと一概にそういうわけでもないらしいけどな……」
「野良ってのは、召喚の義に失敗した転生人だっけか?無能と似たようなもんか」
「無能は野良の中でも特に特殊技能が使えないヤツのことだ。オマエはオレと同じ無所属っていう呼び方の方になる。つーか、転生人自体がレアなのに、無所属が二人同じ場所にいるとか、ほぼ奇跡みたいなもんだぜ?特殊技能持ちが一人いるだけで、その国は向こう5年は安泰って言われるくらいだ」
「そこまでなのか?いや、まぁ、確かに特殊技能は反則技みたいに強い気はするけどよ……」
毎回、生きるか死ぬかの選択な時点で、いかがなものかとクロウは個人的に思っていたが、特殊技能の種類は千差万別なので、自分の者が異質な気はしていた。
「そこまで貴重ってのは本当のことだぜ。だからこそ逆に、野良っていうか無能の方の扱いは酷いんだけどな……」
「そうなのか?」
「この世界じゃ、まだ奴隷制度がある地域もあってな。野良は特殊技能が使えなかったり、たいして意味のないもんだったりしても、基礎体力みたいなもんは強いわけで、実験体にとかされてるって話はよく聞く」
「基礎が強いなら、逆にやり返せるんじゃないのか?」
素直に思ったことをクロウは訊ねる。奴隷というものが酷い待遇らしいことは何となく理解できるので、普通はそんな身分になりたくないと抵抗するものだろう。抗える力があるのなら、尚更だ。
「サシだったらな。数で抑え込まれれば、特殊技能がないやつはどうしたって負ける。あと、世の中には拘束系の魔道具があってな、非人道系の管理がまかり通ってる野蛮な国も多い。命令に背いたら苦痛を与える系のえげつないやつで、完全に支配するやつとかを使われるとどうにもならねーよ……」
ステンドの口調が苦いものになった気がしたが、一瞬ですぐに戻った。
「まァ、それだけ特殊技能ってやつは凄いってことだ。オマエのラクシャーヌはその中でもかなり飛びぬけてるぜ。意志を持って自律思考する最強魔法士のボディガードみたいなもんだろ。それこそ反則じゃねーか」
実際はラクシャーヌは特殊技能ではない。実は災魔という事実の方がおそらく反則だろう。それよりも今はその特殊技能についてもう少し知りたかった。
「そういや、特殊技能ってのは普通は任意で発動できるものなのか?」
「あン?どういう意味だ?オマエのそれは違うのか?いや、そういや勝手に腹から出てきたりしてたな……え?オマエ、もしかして自分のタイミングで使えないってそういうことか?」
特殊技能についてはあまり口外しない方がいいという話だったので、積極的に話題にしたことはなかった。いい機会なので、疑問に思ったことをぶつけておく。
「いや、なんていうか、勝手に使われる時があってな。何か条件発動みたいなもんもあるのかと」
あの妙な選択肢は、二度とも突然現れた。あれがクロウの特殊技能なら、その性質は理解しておかねばならないだろう。
「勝手に?ああ、そういや聞いたことがあるな、特定の条件を満たさないと使えない特殊技能ってのがあるって。オマエのそれが該当するかは分からねーが、何かあるのかもな。どっちにしろ、特殊技能については秘密が多くてあんまりたいしたことは分かってねーな。各国で研究はしてるみたいだが、その情報共有は当然されないからな」
国にとって転生人が重大な武力である限り、秘匿するだろうことは理解できる。対策と傾向を練られれば威力は半減してしまう。当然の対応だ。
「それに、バリエーションがありすぎて共通項は見つけにくいんじゃねーかな。オレとオマエのだって、大分毛色が違うだろ?一人一人の効果が違い過ぎて、参考にならないって感じなんじゃねーか」
「そう言えば、他にどんな特殊技能があるんだ?有名どころというか、そういうのはあるんだろ?」
たとえ特殊技能が秘密主義だとしても、実際に行使されればどんなものか推測はできるはずだ。
「そうだな……」
ステンドは狭い岩壁の通路を歩きながら、しばし考えるように間を空けた。
「一番有名なのは、多分イェンスの究極魔法じゃねーかな。御伽噺レベルの魔法士で、古今東西あらゆる魔法を駆使して無双して、大陸初の統一一歩手前まで行ったって話だ」
「魔法か……特殊技能の魔法と通常の魔法ってのは違うのか?」
「ああ、威力が桁違いだし、発動方法も根本的に違うとか何とか。特性みたいなもんも既存の枠にはまらないらしい。要するに相性とか相関関係が別もんってことだな。火は水に弱いとか、そういう属性の優劣とかをすっ飛ばして、とにかく圧倒的だったって話だ」
「なるほど。よくある三すくみ、みたいなもんに囚われないってことか。でも、そんな化け物クラスの魔法士でも、今の言い方だと最終的には何かに負けたってことだよな?」
「それが拍子抜けするくらい単純な解決策でな。魔法無効のとんでも級の魔道具があれば、そいつで無力化できる。そこを別のマッチョな転生人が直接的、物理的に殺したってだけだ」
身も蓋もない攻略法だった。しかし、理にかなってはいる。特殊技能にも相性問題はやはりあるのだろう。
「もう一つ聞いておきたい。特殊技能の代償ってのは、魔力だけなのか?」
魔法に魔力が必要なように、特殊技能にも何かしらのエネルギーは必要なはずだ。それに、便利で強力な特殊技能を永続的、連続的に使えるとは思えない。制約として考えられるのは、詰まるところ一体何を消費して使っているかだろう。
この辺りの情報は、なぜか記憶から引っ張り出せないことは分かっていた。
「ああ、それな……」
ステンドはそこで初めて口をつぐんだ。何か言うのをためらっている雰囲気だ。
「言いにくいことなのか?」
「まぁ、そういう感じではあるんだけどよ……そこにもう疑問を抱くのか。聡いってのもあれだな……つーか、そこに関しては確定事項じゃないっていうか、あくまで推測っていうか……」
煮え切らない答えだった。悪い予感しかない。特殊技能には何かよろしくない側面があるのではないか。
「転生人自身からは言いにくかろう。わしが説明してやる」
突然蜘蛛がしゃべった。即ち、オホーラだ。いつも通り本体は何か書き連ねているのか、積極的に会話に参加はしてこないが、内容はしっかり聞いてはいるようだ。
「転生人の生態に関しては各国で情報共有がなされぬため、特殊技能を含めてその原理は解明されておらぬが、一つだけ明確な事実がある」
「おい、爺さん、言っちまうのか?」
「既に疑問を抱いておる時点で隠してもいずれは知ることになろう。使い魔という特殊技能の独自性を鑑みても、近いうちに知らせておこうとは思っておったしの」
クロウはますます嫌な気配を感じた。これから重い事実がもたらされることは確実そうだ。
しかし。
その前に邪魔が入った。
突如、前方から突風と共に黒い何かが迫ってきた。
その唐突さと勢いにすべてが吹き飛ぶ。
かろうじて防御態勢を取ったものの、その黒い霧状の何かに覆われた。視界が真っ黒に染まる。闇というよりは星明かりのない真夜中のような暗さだ。
「ーーーーー!!!?」
聴覚も奪われているのか、誰の声も届かず、うめき声のようなくぐもった音だけが微かにした。全身は蜘蛛の糸に絡め取られたかのように指一本動かせず、謎の攻撃を受けていることしか分からない。
(ラクシャーヌ!何が起きてるか分かるか!?)
自身の内部で寝ているラクシャーヌを叩き起こす。どういう理屈かは分からないが、実際の声同様に心の中で叫ぶような感覚で声を張り上げると、災魔の童女には届くことは分かっていた。
(ほむ……なんじゃ?騒々しい……ふぁーぁ……)
(お前、完全に寝てたなっ!?危機感は共有してるんじゃねえのかよ!さっさと起きろ、謎の攻撃を受けてるんだ)
(攻撃?何やら、真っ黒だが……別に危険はないんじゃないかえ?)
指摘されて違和感に気づく。
確かにこの黒い霧に攻撃性はないようだと。五感を奪われているだけだった。まったく気配に気づかなかったのも、殺気の類がなかったからなのかもしれない。ラクシャーヌが眠りから覚めなかったことも納得が行く。身の危険が迫れば勝手に起きると豪語していたことにも矛盾はなくなる。
しかし、そうなるとこの黒い霧は何なのか更に分からなくなった。一体、何の意図があるのか。
(じゃあ、何かこれについて分かることはあるか?)
(ふむ?どういう状況なのじゃ?黒い霧……?)
しばし考え込むと、ラクシャーヌは思い当たるものがあったのか、その名を告げた。
(ああ、これはもしかしたら、遺跡の魔物かもしれぬのぅ)
クロウはその言葉にまったく覚えはなかった。