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選択死  作者: 雲散無常
第十二章:裂傷
136/137

12-6


 探索者ギルドとの協力体制には合意したものの、具体的に打てる策は外部のベリオス側にはほとんどなかった。

 支部長のノゴスたちが敵対勢力であるならば強制介入もやむなしという可能性もあったが、そうでない以上、健全に内部主導で監視の目を強めるしかない。

 ベリオス側も何もしないというわけにもいかないので、疑惑の目を向けているという噂を流布しての外圧を強め、せいぜい警戒心を煽っておく。自由にやらせることはできない。

 ギルド内の内通者候補は十何人かに絞られていたが、その優劣はまったくないらしい。あくまで実行可能性に基づいた選出で、怪しい動きがあったからというものではない。そうした消極的な理由でしか候補すら見当がつけられないということが異常だった。確かに何かが行われているのに、その証拠が欠片も出てこない。

 それでも骨子のある噂が流れるのは、巻き込まれた探索者や調査した者の決死の覚悟があったからだろう。無念なのは、そうした勇気ある者の口は完全に封じられて詳細が一切聞けないという点だ。その徹底した証拠隠滅の完璧さがこの闇の深さを物語っている。

 「そう考えると、裏結晶リバスタの欠片をあのタイミングで奪ったのはやっぱりおかしいよな?」

 「あの行動で完全に疑惑が固まったのは確かじゃな。逆に、そうまでしてアレは守る必要が向こうにはあったということじゃ。つくづく、持ち帰れなかったことが悔やまれる」

 オホーラは本気で悔しがっていた。

 裏結晶の解析はシズレー学者団のホウライが中心に研究しているが、賢者も本格的に取り組みたがっている。仕事が忙しすぎてそちらに回す時間が少ないという話は聞いていた。申し訳なく思うが、オホーラの采配なしではまだベリオスの町はうまく回らない。その役割を分担できるようにしている最中だ。それが終わるまではオホーラの研究活動はお預けになる。

 「でも、もう魔力もすっからかんだったんなら、役立ちそうにないっすけど?」

 「逆じゃよ、だからこそ、そこに何か秘密があるのじゃろうて……気になるのぅ」

 「手元にないものは考えてもしょうがない。それより、バルチーニってヤツをギルドに任せて本当に良かったのか?」

 クロウはその件が未だに気掛かりだった。

 「良いも悪いもないというのが正直なところじゃ。探索者ギルドの者に関して、外様のわしらにできることは少ない。中の者に任せるのが適任であることは間違いない」

 「けど、今までだってそれで何もできてないわけだろ?」

 バルチーニ=ネディン=ヤトニガム。

 S級の実力を持つA級探索者の名だ。ギルド本部付きの特殊派遣部隊の一員だという。

 この特殊派遣部隊というのは探索者ギルドの各支部に、緊急や重要な依頼があったときに応援・増員として派遣されるある種のエリート探索者だ。いかなる役割であってもこなせる器量と実力を持っているらしい。通常はそうした重要な依頼にはS級探索者が割り振られるが、ギルド本部でも完全には制御できないゆえに、彼らが従わなかった場合の保険が必要となる。

 バルチーニはその中でも一番優秀で有名らしい。そんな人間がウィズンテ遺跡に派遣されて来る。

 ノゴスたちの説明によれば、S級探索者として地下世界の探索を主導する役目ということだ。公式にはA級だがその役割はこなせるという本部のお墨付きの辞令だ。既にS級のヨーグが地下世界を探索しているが、そちらはS級の気まぐれということで探索者ギルドの思惑とは別らしい。

 元々は、本部からウィズンテ遺跡にS級探索者の誰かを派遣する手はずだったところ、調整する時間稼ぎのためのS級招集になぜかヨーグが乗ってきたというのが真相だった。誰も応じるはずがなかった計算外の事態。そこに本来の担当が来るのでややこしいことになりそうなものだが、探索者にはそれぞれのグループ分けがあり、探索場所も広大なので衝突することはない。結果的には、探索する層があつくなって悪いことではなかった。

 ただ、このバルチーニという人物は曰く付きだ。ネージュの話にもあったように、本部付きのA級探索者で組織上層部の子飼いのように認識されており、実力があってもお上の威光や意向が常につきまとう立場だった。やっかみ半分、憧れ半分といった賛否が分かれる評価にさらされている。

 そしてギルド本部に結社とつながりがある者が潜んでいると考えられる状況で、その直属の手駒として見えてしまう探索者はあまりにも怪しい。実際、S級の実力があるのにA級なのはわざとその階級に留めているという見方もできる。S級になれば個人の権限も強くなり、命令できる範囲が狭まるという理屈だ。

 ノゴスたちは当然バルチーニを警戒するつもりでも、地下世界の現場では限界がある。信用できる者を監視につけても、ここまで一切ボロを出していない相手な上に実力者だ。正直、期待はできなかった。

 「やりにくくなっている状況は理解しているはずじゃ。しばらくは大人しくしていると思われる。いずれにせよ、具体的な証拠がない以上はこちらは動けぬよ」

 「静観するしかないのか」

 ベリオス側で出口監査のような形で持ち出すものをすべてチェックできればいいいが、それを実施するにはギルドに対しての正当性が必要になる。完全に信用していないと言っているようなものだ。是正したいのはギルドの一部であってすべてではない。全面的に対立するような真似はできない。

 「まぁ、今は何か対処が必要になった時のために布石を打っておく程度じゃな。今回の対談で少なくともノゴス殿たちは同じ側に立っていると分かっただけでも収穫じゃ。次の案件に取り掛かる方が効率的であろう」

 「次の案件?」

 クロウが首をかしげると、それを見計らったかのようにウェルヴェーヌが扉を開けて入ってきた。

 「クロウ様、帰っていらしたのですね。連絡網に少し不備があってお出迎え出来なくて申し訳ありません」

 「いや、今さっき戻ってきたばかりだから、十分早いが?」

 探索者ギルド支部から賢者の執務室には、寄り道せずに戻って来てまだ数分しか経っていなかった。

 領主の屋敷は半ば政務所のようになっているので人の出入りも激しい。門番から使用人頭のウェルヴェーヌへの連絡はいったいどのような方法で行われているのか。

 「いえ、まだまだ不十分です。それはさておき、懸念案件の資料を選り分けておきましたのでどうぞ」

 決して薄くない書類の束を渡される。

 その一枚を何気なく手に取って眺めると、オホーラが「ほぅ」と声を上げた。執務室なので今は本体の方だ。相変わらず机の資料に何か書き込みながら、マルチタスクで続ける。

 「さすがはウェルヴェーヌ嬢、その案件を一番上に持ってくる辺り分かっておる。それがまず話したかったことの一つじゃ。最近、町に流れてくる荒くれ者が多すぎて、その受け皿が想定を超えて来ておる。そろそろある程度の条件を定めて絞る時期がきたのやもしれぬ」

 「荒くれ者ってのは遺跡探索を狙ってきてるやつだよな。ギルドで鍛え上げてから、遺跡に放り込むんじゃなかったのか?」

 「見込みがある者はその流れで採用可能じゃが、明らかに無理筋な才なき者も多いということじゃ。自己評価が現実と乖離してる者が予想より遥かに多い。最悪警備隊に取り込むという手もあるが、性格に難ありの者ばかりじゃ。警備隊という組織が気に入らずに所属したがらぬ」

 「そうは言っても、そんな奴らの働き口なんてウチには他にたいしてないだろ?どうしてんだ、そいつらは?」

 「それが問題になってきているわけじゃ。あきらめて他に移動すればいいものを、特別区に居座ってふらふらしている連中が増えている。そして金がなくなれば徒党を組んで悪事に走るしかなくなるというお決まりの犯罪予備軍と化しておる」

 「ああ、そういう……ネージュを送り込んで暴れさせれれば、半分くらいは警備隊に引っ張れないか?」

 「それは暫定的な対応であって恒久的な対処ではないな。根本的な問題として、今後は町への入場緩和をやめてある程度コントロールする必要がある。今や誰でも歓迎して人口を増やすという段階は過ぎた。次のフェーズに移る時だと進言する」

 「そうか。確かに無尽蔵に人を集めても収容なんてできないな。こんな場所までそんなに人が来るとは思わなかった。必要な対策を取ってくれ。領主として許可する。無駄に特別区でグダってる奴らは、一回ネージュにケツを叩かせて追い出すのはいいよな?潮目が変わったってことを分からせるためにも丁度いいだろ?」

 「うむ。その仕事は警備隊に早速回させる。それに伴って、もう一つ喫緊に対処したい問題がある」

 「まだ、あるのか」

 「まだまだ序の口じゃぞ?とにかく、もう一つは奴隷に関するものじゃ」

 「奴隷?ああ、特別区の立ち上げに労働者として雇ったんだっけか。もう出来上がったから、仕事がないとかって話か?」

 「それに近いが違う。当初の予定では特別区が安定した後は、奴隷労働者はそのまま各商工系や農産業の労働力に転用してもらう予定じゃったんだが、町は町の方で各専門家というかその手の従事希望者が想像以上に流れて来ていて、あっという間に需要が満たされてしまった。かといって奴隷を遊ばせる余裕など奴隷商にもない。そこで、ある奴隷商が一計を案じた」

 オホーラがそこで間を置く。

 もったいぶっているわけではなく、もう一つの資料確認の方で何か慎重に書き連ねている箇所があって止まっているだけだのようだ。さすがに同時進行でも優先順位はある。急かしはしない。賢者にはとんでもない量の仕事をしてもらっている。クロウが合わせるのは当然だった。

 その間に他の資料もパラパラとめくると、奴隷の件も報告書にあった。軽く概要を把握する。今まで深く考えていなかったが、奴隷というものについて知識が流れ込んでくる。

 奴隷制度はこの大陸では昔からあるもので、古くは戦争で負けた国の民の地位を下げて扱いやすくするためというのが成り立ちだったようだ。替えと無理が効く労働力は大いに越したことはない。それから月日は流れて、敗戦国の民も自国の民として取り込む方策に切り替わり、代わりに犯罪人を奴隷にするという転換が起こって今の奴隷制度が確立されたようだ。

 だからといって今の奴隷がすべて犯罪者かというと、そういうことでもないらしい。生活苦で仕事も住む場所もなくなって、自ら奴隷となって奴隷商人に養ってもらうという奴隷も一定数存在するとのことだ。与えられた仕事をすれば僅かとはいえ対価ももらえ、衣食住の世話をしてもらえるという点ではそれも選択肢の一つなのだろう。奴隷から平民になることも、諸条件を満たせば不可能ではない。

 平民の浮浪者より奴隷の仕事持ちの方がいい生活を送っているケースさえあるらしい。

 また、奴隷商人にも色々と派閥があって、人権を大事にするところもあれば何でもありという過激派、各種奴隷レベルを設定して多様に展開する商才派など、一概にひとくくりにはできない。ベリオスの奴隷商は最後の奴隷レベルに合わせて待遇もきちんと決めている派閥の者のようだ。

 要するに、奴隷落ちした犯罪人には最低限の待遇、見込みや才能ある者には教育をしたり必要な技術を教えるといった方針だ。基本的には肉体労働に従事させるが、何かしら秀でた者にはそういう道を用意するのも奴隷商人の仕事で、貴族などが有能な人材を奴隷に求めることもあるという。そのための教養なども積極的に学習させる投資も行っているようだ。

 なんとなく肉体派な人間だけを想像していたが、実際はそういうわけでもないということか。クロウが知見を新たにしていると、オホーラが徐に話を続けた。

 「その一計とはずばり賭博場の開設だ。ベリオスが独立都市となった際に、賭博に関する法はまだ整備しておらんかった。まんまと隙をつかれた形じゃな」

 「賭け事か。考えたこともなかったな。普通の国はどういう扱いになるんだ?」

 「千差万別、国による。全面禁止もあれば、国営のみ認めたり許可制にしたりと様々じゃ。今回の場合はあちらに先手を打たれて、町に基本額プラス売り上げの二割を税として納めると申告された。最低保証を設定してくるあたり、なかなかに手練れじゃ。もしも賭博場が閑古鳥状態であっても、町には一定の収入が入るゆえ通りが良い。受け入れやすい提案を見事に用意していた」

 「なるほど。税金を押し出してきたわけか。けど、素人考えでも健全に運営できるなら賭博も悪くはなさそうに思える。問題は何だ?」

 「そうじゃな。浮遊奴隷労働者の雇用面を満たしつつ、奴隷商も利益を出せる妙案ではある。奴隷の中に専門的な知識を持つ者がいたんじゃろう。既に盛況だと視察した者から報告は受けている。探索者界隈では賭け事を好むものは多く、場所的にも適しておる」

 万事うまく運んでいるように聞こえるが、当然の如くしかし、と続くのだろう。順調に物事が進むことは滅多にないとクロウは学んでいた。

 「賭博はどうあがいても胴元が儲けるものではあるが、それをいかに巧妙に隠せるかが一つの腕の見せ所でもある。そういう意味では、あの奴隷商の運用は悪くはない。客にもそれなりの利益を還元しつつうまく立ち回っている。じゃが、こうした成功例が身近にあると便乗する者が必ず現れる」

 「便乗?」

 「つまり、暇を持て余した他の者たちも別の賭博場を開いた。奴隷商のそれよりも、高額の賭け率でいわゆるハイリスクハイリターンという切り札を配ってな。その結果、色々と荒れておる。負債を抱えた者を奴隷に落としたり、未払い金の取り立てで人死にまで出て苦情やら何やらが警備隊の方に回ってきておるわけじゃ」

 「ああ、競合が出て来て、そっちの方が下手クソって話か?」

 「下手というよりは粗削りと言った方がよいかもしれぬな。胴元をできるくらいだからズブの素人ということでもなく、単に加減を知らないやり方というべきか。奴隷商の方はおそらく敢えて派手に大負けも大勝ちもさせない匙加減でレートなり勝負なりを長く楽しめる設定に抑えているのに対し、全力で高低差を出している感じじゃ。加えて、その辺りの細かい取り決めがまだないゆえに、行き過ぎた行為に対しても法を根拠に取り締まれぬ。ある種の無法地帯になりつつあるということじゃ」

 「そうか。けど、人死にまで出たらさすがに賭博の法じゃなくても、別の根拠で捕まえられるだろ?具体的にこの話の問題点はどこになるんだ?賭博の法を作るから承認して欲しいってことか?」

 「そのつもりじゃったが、そもそも賭博についてどうすべきかをクロウに確認しておきたい。ベリオスの町に必要か否か、許容するなら許可制など制限をかけるかどうか。大元の方針がなければ、法も何もない。既に稼働している部分もあるが、今はないものとして考えてくれればよい」 

 「ん、そう言う話か。なら、質問形式で必要な要素を教えてくれ。基礎的なものすら俺にはまったく分からないから、どう答えればいいかさっぱりだ」

 それからオホーラの誘導に従って賭博場の可否を含めて町葎を詰めて行った。

 ほぼ直感で答えていると、あっという間に基本路線は確定した。賢者の叩き台が出来上がっていたせいだろう。主にシズレー学者団の法律研究者が作ったらしいが、いずれにせよ助かった。

 結論として、賭博場は許可するが運営者は審査にかける。代表者をはっきりとさせて責任の所在を明らかにするなどといったものだ。同時に特別区の規制緩和を撤廃し、これからは本町の方に合わせる。

 人口の創出や往来の活発化を狙っての緩和だったが、既にその段階は終わった。厳選しても問題ない時期らしい。気に入らない者は力尽くでも出ていってもらう。そのための警備隊の練度も上がってきている。半端者がたむろするだけの場所も余裕もない。この機会に一度掃除をしておくのは悪くない。賭博の法整備も急ぎ、悪質な賭博場は閉鎖させるようにする。

 「ん、なんとなくまとまった気がするが、肝心の奴隷問題が結局何だったのか分からなかったな。仕事がないって話なら、賭博場で解決したんじゃないのか?」

 「いや、それですべてを賄えるほど奴隷労働者の数は少なくはない。依然として職にあぶれている者がおる。実はここまで話したのは奴隷商の片方のことで、もう一人多くの奴隷を抱えた奴隷商がいるんじゃ」

 「ん?そもそもベリオスの町に招集した奴隷商は二人だったってことか。今更ながらそこも分かっていなかったぜ……」

 領主として把握しておくべきことだと言われそうだが、勝手に担ぎ上げられた上に記憶もなくて自分のことで精一杯だった時期だ。すべてオホーラに任せてきたので、未だに全体の状況確認まで追えていない。

 「うむ、実際は一つの奴隷商会だったんじゃが、今回の労働現場不足問題で内部で揉めたようでな。最終的に賭博場派とその他という形で割れたそうじゃ。そして、問題になっているのはその非賭博派の方じゃ。賭博の方に乗らなかった彼らは……いや、ここからは実際に視察に向かうとしようか。百聞は一見に如かずじゃ」

 「なに?これからか?」

 今日の残りはゆっくりと書斎で溜まっている報告書でも片付ける気分だったクロウは、できればもう出かけたくなかった。つい先ほど、ギルド支部から帰ってきたばかりだ。特別区にトンボ返りすることになる。

 「うむ。即往復で苦労をかけてすまぬが、つい先ほどその奴隷商の方から連絡が来たのでな。途中で引き返すこともできんかった。多少緊急性もあるゆえ、今から頼む。わしももちろん同行する」

 賢者は使い魔だろうと反射的に思ったが、それだけでも相当の負担だ。今こうして話している間もオホーラは別の仕事をしている。

 自分よりも数倍以上働いている者に文句など言えるはずもなかった。

 「私もお供致します。道すがら、今回の奴隷商の方の情報を補足します。一応軽くは報告書に載せておりますが、口頭の方がよろしいでしょう?」

 あまり文面を読むのが好きではないことをウェルヴェーヌには見抜かれているので、クロウは素直にうなずいた。

 



 ヒルダ=オーサリドール。

 それが元々の奴隷商会から独立した奴隷商人の名前だった。

 本人も元奴隷という変わった経歴の持ち主で、ベリオスが招いた唯一の奴隷商、メリマルデ奴隷商会の副会長まで出世したなかなかの人物だ。

 しかし、今はその役職を辞めて新たにヤーブ奴隷商会を立ち上げている。メリマルデ奴隷商会からそのまま約40人ほどの奴隷を引き連れていた。メリマルデが賭博場を開いて活路を見出した際に、意見の相違で袂を分かったらしい。

 その後、闘技場もどきの娯楽施設経営と、各商業施設の定期巡回警備代行などを行っている。その前者の運営で何かトラブルが起こっているという話だった。

 「賭博場だの闘技場だのと、ウチはそんなにポンポンと新規事業を始められる場所だったのか?」

 「他国に比べれば相対的にはたやすくしたとはいえ、言うほど簡単でもないぞ?特別区では確かに初期投資などが安価にすむように審査も甘めではあるが……例えばその辺りのゴロツキが何か店を出すといっても、その申告が妥当でなければ通るはずもない」

 「さすがに誰でもってわけではないのか」

 「当然、土地にも限りがあるからの。まぁ、農業をするでも小奇麗なものを建てるでもなければ、荒れ地だろうと建物は建てれる。徒歩を想定した必要最低限の道でつなぐだけの整備であれば、多少立地が悪かろうと配置可能じゃ。最初期は来るもの拒まずで、天幕なりあばら家なりで好きに使える土地も無償で提供していたくらいじゃ」

 ベリオスが独立するためにはある程度の人数が必要だった。正式に所属していようといまいと、町にいることが重要だったと説明を受けている。そのための施策で、特別区はその名前の通りに色々と特別待遇をしていた名残だ。今回の件はその規制緩和を撤廃する転換期の合間に生まれた不協和音なのかもしれない。

 「それで、具体的なトラブルについてはまだ聞いてないんだが、一切の情報がない状態で話を聞けってことか?」

 道中のウェルヴェーヌの口頭説明には、詳細な内容どころか概要もまったく含まれていなかった。

 「積極的にそうしようと思っていたわけではないが、ここまで来たらその方がよいかもしれぬな。ただ、これだけは知っておいた方がいいの――」

 使い魔の蜘蛛状態のオホーラが先を続ける前に、怒号のような叫びが風に乗って響いてきた。次いで、争い合う激しい音。

 「……今のは目的地の方からだよな?」

 クロウは今、闘技場もどきへの一本道を歩いている。言わば専門通路のようなものだ。踏み均した道以外は野ざらしの雑草などが放置されていて視界は悪い。

 返事を待つまでもなく、慌しい足音に続いて何人かの男たちが走り寄ってくる。その身体は血塗れだ。ざっと見る限り、致命傷ではなく痛めつけられたといった怪我の状態だった。

 「おい、何があった?」

 これから向かう場所の問題であることは明白だった。事情を聞かないわけにはいかない。

 しかし、周りを見る余裕もないのか、男たちは「うるせー、どけ!」と素通りしようとする。

 「礼儀がなっていませんね。質問に答えなさい」

 ウェルヴェーヌがそれを許さなかった。巧みに足を引っかけて転倒させると、そのまま一人の腕をひねり上げて捕縛する。

 クロウは放蕩貴族のロウの恰好のままだった。このような場所には珍しい人種だ。男たちも相手が貴族と分かって態度を変えてくる。

 「ええと、何の御用でやしょう?」

 その様子を見る限りは完全に小物だ。すかさず事情を聞くと、賭けで八百長をされて有り金をむしり取られた、抗議しに行ったら逆ギレされて追い返された、という主張だった。

 あからさまに一方的な物言いだったのであまり取り合わない。信用のおける証言とは程遠かったからだ。本当にそうであれば、警備隊へ行けと進言して解放する。

 男たちは泣きそうな顔をして去って行った。

 「今の話からすると、八百長疑惑が問題ってことなのか?闘技場でマッチポンプみたいなことが行われているとか?」

 「いや、そこは疑っておらんよ。賭け試合での演技など一朝一夕でできるものではない。なし崩し的に始めた輩が準備できるはずもなかろう。正当に運営はしていそうじゃ。ただ、問題はそうして大負けした者を奴隷として取り込んでいるらしいという点だ」

 「ん、そんな簡単に奴隷になるもんなのか?」 

 「ならぬ。裁判で正式に犯罪人として裁定される必要がある。じゃが、ベリオスにはまだその町律がない。ゆえに、暫定で仮奴隷契約とでも呼ぶきものを行っているらしい。まぁ、詳細は後でよい。事前知識なしで、まずは実態を見てみるのがよかろう。要はここが悪の巣窟なのかそうでないのか、おぬしが判断するということじゃ」

 クロウの目の前には背の高い木の柵が聳え立っていた。隙間なく並べられて中がまったく見えない。

 戦場の野営地で本陣を防衛する際などの手法に近い。それらで囲われた場所がどうやら闘技場もどきの会場らしい。野太い声や歓声が内側から漏れ聞こえてくる。

 入口には屈強そうな男が四人で出入口を固めていた。

 いつのまにか目的地に到着していたのだ。


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