12-5
探索者ギルド、ベリオス支部。
ウィズンテ遺跡入口がある特別区の中枢に位置するその建物は、大きいが無骨な造りだった。外見の装飾はほとんどない。
ギルドの紋章である探索鳥ローレイムを象ったものがシンボルとして、正面に大きく彫り込まれているくらいだ。
探索者たちの拠点として訓練場、宿泊施設なども併設されているために人の往来も多い。
転移魔法陣を各国が本格的に調査し始めていることもあって、探索者以外の者もちらほらと混じっている。明らかに戦闘屋ではない人間もいて、当初とは様変わりしているとクロウは感じた。
町の発展は実感していたが、特別区である探索街も思いの外賑わっている。そんな状況を横目にギルド内部へと足を踏み入れた。
先に連絡を入れておいたので、クロウたちはすんなりとギルド内の奥の一室に通された。
使い魔状態のオホーラだけを連れて行こうとしていたのだが、商会員もいた方がいいだろうという賢者の判断でイルルも同行することになった。
そうなるといつものようにイルルがこっそり気配を消してというわけにもいかず、表立って同伴するために執事役になっていた。当然、クロウは放蕩貴族のロウとしての訪問だ。
互いに不本意な格好での状態に気まずくなりながら、ノゴスとスズコを待っていると先にミーヤが現れた。
いつものローブ姿で全身を覆ったA級探索者は、初期からベリオス側に関わった者として一番関係性が深い。その辺りの事情もあって今回も同席するように言われたらしい。
「準備中。もうちょっと待って」
トレイに飲み物を乗せて持ってきたミーヤは元々口数が多い方ではない。簡潔にそれだけ言うと、ちょこんと向かいの端の椅子に座って黙り込んだ。
同じく無口な性格のクロウやイルルしかこの場にいないので、オホーラは自分が話を振らなければ沈黙が続きそうだと口を開く。
「その後、何か分かったかの?」
先日の地下世界探索で、クロウたちは集落跡のような場所を見つけていた。時間がなくて調査を打ち切ったがギルドが後を引き継いでいる。
「まだ調査中。新発見はない。あの古代遺物を奪った魔物の行方も不明」
「ふむ。その件に関して、ノゴス殿らの反応はどんな感じだったかの?」
「うん、真剣、深刻?」
「何か具体的な対策みたいなのはしているのか?」
クロウはこの機会にミーヤに確認する。
古代遺物の裏結晶らしきものを見つけた途端、それを奪われていた。あまりにも早いその展開は、どこかで監視されていたのかもしれないと疑うには十分だった。しかし、地下世界でそんなことが本当に可能なのか。あの場には信頼のおける者しかいなかったことを考えると、クロウたちの居場所を知り得る者はギルド関係者しか残っていない。
その辺りをギルド側はどう受け止めているのか。それらも含めて、今日は見極める必要があった。
「内密に調べるとは言っていた」
「そうか……ここだけの話、ミーヤはあの二人は信用できると思うか?」
ギルド支部長ノゴスとその秘書官スズコ。紺人的には悪人ではないと思っているが、クロウは自身の観察眼にあまり自信は持っていない。その意味ではミーヤに対しても同じなのだが、接してきた時間が長い分だけこの探索者に関しては絶対的な信頼を置いていた。そうでなければ、この質問自体が地雷だ。
「肯定。少なくともノゴス支部長は良い人。いつも飴をくれる」
その評価基準は正しいのだろうか。というか、飴好きだったのか。新情報だ。
「スズコ殿はそこまでではないのかの?」
オホーラがその優劣を掘り下げる。
「秘書さんは元本部付き。ハゲ抜きの人?だからちょっとだけ怪しい」
「ハゲ抜き?どういう意味だ?」
「ひょっほっほっ、生え抜きであろう。本部付きというのはギルド本部ということか。噂では、本部と支部では思想に大分温度差があるということじゃったな。ふむ、しかしギルド至上主義だからといって裏で何かするというわけでもあるまい」
「肯定。だからちょっとだけ」
「なるほどな……あれ、そう言えばスズコの役職は秘書なんだよな?普通、ナンバー2的なのは副支部長とか、そういうヤツなんじゃないのか?」
今までそういう人物に会った記憶がなかった。
「ベリオス支部の副支部長はイザック=ユロハンドロ。滅多に人前に出てこない謎の人で、主に人事担当だと判明してるっす」
イルルがそこで補足をしてきた。商会として調べた現状の結果か。
「肯定。昇格試験に関わるからいつも隠れてると聞いた。あたしも一度しか見ていない」
「ああ、そういう理由か」
探索者の階級は重要な要素だ。人生を左右するといっても過言ではない。高ければ高いほど将来を約束されることを考えれば、その昇級に関与できる人間にはより公正さが求められる。賄賂や脅迫の的になることを避けているのだろう。
いずれにせよ、ミーヤがノゴスやスズコをそれなりに信頼していることは分かった。ウッドパック商会の見解としても、彼らが裏で暗躍している気配は現状では薄いという報告だ。合わせて悪くない兆候だ。クロウとしては、彼らは穏健派であって欲しい。ベリオス側としてその方が好ましい。
それから程なくして、ノゴスたちが部屋に入ってきた。
「お待たせして申し訳ない、クロウ殿。色々と立て込んでましてね」
「ノゴス支部長、今はロウ様です。お間違いなきように」
クロウの偽装を理解しているのでスズコがすぐさま窘める。ギルド内部の応接室だ。盗聴されるようなことはないだろうが、警戒はすべきだということか。
「これは失礼を。さて、賢者殿もご一緒ということは、先日の地下世界での件ですかな?」
ノゴスが早速本題を切り出す。世間話をする性質ではないので、クロウにとってもあり難い。
「ああ、それは一応ミーヤからも概要を今聞いた。現時点でもう少し報告できるもんは何かあるか?」
「すみませんが、まだ調査中としか申し上げられません。ロウ様方の憂慮も理解していますが、事は慎重に進める必要があることをご了承ください」
「ふむ。憂慮すべきなのはギルド側も同じだとは思うが、此度の件、いかほどの優先度で調べているのかお答え願いたい」
オホーラがスズコの返答に鋭く斬り込んだ。
直接的に行くとクロウが決めた時点で、賢者はそれでもできるだけ柔らかく遠回しに外堀を埋めることを薦め、二人はその方向性で合意していた。反応を引き出すための直球にも色々とあるということだ。
「もちろん、最優先で取り組んでおりますよ。しかし、事が事だけに動かす者も厳選する必要がありましてな。進捗が遅いと思われるのも当然ですが、今しばしお待ち頂きたい」
「それは暗に、ギルド内部の不正者を認めていると受け取ってもよろしいか?」
オホーラの言葉に、ノゴスとスズコの動きが一瞬止まったように見えた。
婉曲的なようでストレートな詰問に、ギルド幹部は面食らったに違いない。それをあからさまに表に出したりはしなかったが、一瞬返答に詰まってからノゴスが口を開く。
「……地下世界でクロ殿が探索していることを知っていた者は限られています。ここ数年、まったく問題のない優秀な探索者ばかりでした。よって当人以外による間接的な情報漏洩を疑っているのが現状です」
「意図せず口を滑らせた者がいると?」
「というより、罠を張られていた可能性があるかもしれないと解析班から報告があがってきています。長期的に潜伏し、断片的な情報を個別に収集しているのではないかと。古代遺物に関する情報というものは常に価値が高いのはご存じでしょうが、最近はその価値上昇に伴って昔ながらの抑制法が効きづらくなっていまして……」
探索ギルドは信用稼業だ。独占的に地下遺跡の探索を担っているのには、そこで見つけた強力な魔道具である古代遺物の秘匿性についても保証されているからだ。その根底を覆すような内通者は絶対に許してはならない。探索者としてその背信行為は死を意味する。本来は疑惑さえご法度で、厳格に順守されていると信じられてきた。
しかし既に言い訳ができない事態が起こっている以上、その厳格さを強弁することはできない状況だ。ノゴスたちが肯定も否定もできない微妙な立場に立たされているのは分かっていた。
「我が身を賭けてでも、情報を売り渡す探索者が出てきていると?」
「立場上何も言えませんが、ベリオスの方々に嘘をつくつもりはないことだけは察して頂けますと幸いです。状況的にもほんの少し程度ならと緩く小さな何かを漏らしてしまっている可能性は高いかと。そうして、それらをつなぎ合わせて推察する者がいるかもしれないことは、積極的には否定できません」
互いに婉曲に距離を詰める。あちらも事前にどこまで話すかを決めていたはずだ。
ここまでの反応を見る限り、やはり二人はギルドの内通者を真っ当に探している陣営に思える。二枚舌の裏切り者の兆候はない。
ここでクロウは不意打ちでスズコに話を振った。
「ところで、秘書官さんの方は裏結晶についてどの程度知っているんだ?」
わざわざ古代遺物と濁していたところを具体的に明示する。
「名前程度で詳しくは何も。私の知る限り、発見して持ち帰った報告もなかったように思います」
「そうらしいな。けど、それって妙じゃないか?古代遺物の探索はもうずっと続けられていたのに、その名前だけが広まってて実物がないなんてことがあるか?」
一気に揺さぶりをかけるが、スズコの表情に変化はあまり見られない。交渉術に長けているのだろう。感情を表に出さない術がある。
「お言葉ですが、広まっていますでしょうか?その名は極一部でしか使われていないと思います。クロ様の情報網が優秀なだけかと」
巧みに逸らそうとしてくるので軌道を修正する。
「そうか。噂の範囲は置いておくとして、本当に今まで実物がなかったのかを知りたいんだが?」
裏結晶が古代遺物らしいと分かった時点でギルドの方に照会はしていた。何か情報があるかどうかを確認するためだ。
しかし、返答は詳細不明というものだった。その存在について『ありそうだ』という曖昧な認識に留まっていた。正式に表立って納品した事実がない。その意味するところを深読みすると、裏ですべて横流しされているという黒い噂に合致してしまう。その真偽はどうであれ、ギルドがS級探索者にさえ緘口令を強制するほどに隠匿したいものでもある。
互いにそこに触れることはタブーだと知っていながらも、敢えてそこに片手を突っ込んでいるこの状況が、部屋の中の緊張感を否応なしに高めていた。
「先程も言った通り、私が知る限りではありません」
「ノゴス殿も同様ですかな?」
オホーラの追撃に支部長もうなずく。表情は硬いが、崩れてはいない。決定的なものは読み取れない。
クロウはもう一歩踏み込むか逡巡する。
決定的な疑問を投げるか否かは一任されている。ここまでの態度を見る限り、当初の予想通り二人を信用してもいい気がしている。一方で、決定的なものは未だに何もない。感覚的でしかなかったとしても、信用・信頼できる何かがはまればいいと思っていた。その一手がまだ来ない。
「そうか、分かった。ウィズンテ遺跡で見つかってくれりゃ有難いんだがな。ああ、そうだ。話はちょっと逸れるが、バルチーニってのが探索者でいるらしいが、知っているか?」
「え、どこでその名前を?」
ノゴスが一早く反応した。思わず、といった素の声だった。スズコが素早く言葉を重ねる。
「S級に最も近いA級探索者と呼ばれている方ですね」
「ベリオスには来ていないか?」
「……はい」
初めてそこで、スズコが間を置いた気がした。どうやら何かを引き当てたようだ。
妙な沈黙が部屋に降りる。
オホーラとクロウ、ノゴスとスズコの間で慎重な目配せのようなものが送られる。互いに次の大事なカードをどう切るか、迷っているような空気があった。
「くしゅん!」
と、その時、それまで黙って控えていたイルルが小さくくしゃみをした。
「失礼しましたっす。あそこの窓に嫌いな虫が見えたんで……」
「虫を見るとくしゃみが出るのか?」
そんな話は聞いたことがない。クロウの疑問に、なぜかオホーラが答えた。
「隙間風からフェロモンでも誘発されたかの?」
「隙間風?」
その言葉にスズコがはっとしたように表情を曇らせ、その様子を見てミーヤが素早く窓に駆け寄った。
「……結界に異常なし」
賢者はどうやらその綻びの可能性を示唆したようだ。いや、先に仕掛けたのはイルルか。
そして実際に動きがあったことで、それまでの疑惑の霧が少し晴れた気がした。何を警戒して何を守ろうとしているのか。
「ふむ……そろそろお互いに腹を割って話す時かもしれぬのぅ」
オホーラもその兆しを感じたのだろう。丁度いいタイミングで水を向けた。クロウはそこに乗る。
「ベリオス側としては、不当に古代遺物が横流しされるようなことはあって欲しくない。例の噂について、ウィズンテ遺跡で起こる事は全力で阻止したいってことだ」
強い言葉にノゴスとスズコが顔を上げる。
「で、あんたらは協力する気はあるか?」
最後の踏み絵のような問いかけに最初に答えたのはスズコだった。
「そこまで分かっているのでしたら、共に対応するしかありませんね」
ノゴスもため息交じりに続く。
「……そうですね。正直に言いますと、内輪で内々に処理したかったのですが、残念ながら解決を保証することが難しい状況です。少しだけ内情をご説明してもよろしいですか?」
そうして、おおよそ推測通りの話が支部長の口から明らかにされた。
探索者ギルド内部に結社とつながっていると思しき何者かがいること。その何者かはギルド内で何らかの要職についているか、それを動かせる力があること。ギルド本部への太いパイプもあり、本部内にもこの裏切り行為に加担している者がいること。おそらくそれは組織的に運用されているが、まったくその尻尾もつかめていないこと。その調査を既に何年も続けていること、などなど思ったよりも多くの手の内を見せてくれた。
「まず、誠意ある情報開示に感謝する。こちらとしては、お二方がその悪しき組織側の可能性があることを疑っていたゆえ、試すような尋問になったことを謝罪したい」
「謝罪の必要はありません。それは正しい手順だと理解しています。その言葉が出たということは、少なくとも現時点では容疑から外れたと考えてもよろしいのでしょうか?」
「ああ、俺の直感とオホーラの合理的判断で信じることにした。そうあって欲しいとも思ってたから、少しほっとしている。ミーヤも信頼してるみたいだしな」
クロウはじっと押し黙っているミーヤに目を向ける。このA級探索者を同席させている時点で、ある程度の安心感があったことは事実だ。
「ははは、それは嬉しいですね。恥ずかしながらぶっちゃけますが、昔から内通者の存在は確認されていて、いつも戦々恐々としていたりします。スズコさんが秘書としてついたときも、私なんかはビクビクしてましたからね」
「あら、支部長。その話は初耳ですわね?もう少し詳しく窺っても?」
「あ、いや、場を和ますジョークだよ?そんなに厳しい目で見ないでくれないか」
ノゴスとスズコの軽いやりとりからも、この二人は大丈夫そうな雰囲気がしていた。
だからといって、ここから後は和気藹々と言うわけにはいかない。先程の尋問で気になった疑問が解決していない。
「それで、バルチーニについては何を隠しているんだ?」
ギルドとの情報交換はまだ終わりそうになかった。




