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選択死  作者: 雲散無常
第十一章:漣
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11-12


 「完全に計画的な襲撃じゃったな」

 すべてが片付いたとき、裏結晶リバスタはどこかに持ち去られていた。

 フェッカの群れに対応している間に、小動物のような何かに奪われたのだ。陽動と本命。偶然ではあり得ないタイミング。

 初めから裏結晶を狙っていたのだろうという結論になっている。

 つまり、主導者がいる。

 あの鳥や小動物は使い魔で操っていた者がいるはずだった。

 だが、ここは地下世界だ。人は滅多にいない。地下人の痕跡も見つかっていない今、容疑者はかなり絞られる。

 裏結晶絡みということもあってミーヤも憂い顔だった。探索者ギルドにおいて裏結晶はタブーだとS級探索者のヨーグ=アンヴァンドから聞いている。傲岸不遜が服を着て歩いているような男が口にするなと言うほどだ。噂ではその裏結晶を横流ししている者がギルド内に存在するかもしれないという。

 今まさにそれが行われたのではないか。その疑念を抱かざるを得ない。

 一方で、あまりにもその対処が早すぎた。

 ミーヤが見つけてから間を置かずに襲撃がなされた。どうやってこちらが裏結晶を手に入れたことを知り得たのか。

 常識的に考えればこの一行の中の誰かが裏切り者となるが、それもあり得ない。こうして疑われる以上悪手でしかなく、絶対的に信用もしている。そこは変えるつもりはない。

 クロウには分からないことが多すぎた。

 「……結社、なのですかね?」

 エミルはクロウたちの裏結晶事情は知らなかったが、その存在自体と古代遺物アーティファクトを収集していることは知っていた。大陸の至る所で神出鬼没の暗躍をしている実態も。影のように決して姿を現さないのに、確かに気配を感じさせる不気味さ。

 これが結社の仕業であるなら、クロウもその厄介さを認めないわけにはいかなかった。

 「分からぬ。わしも実際にやりあったことはない。ニアミスで絡んだことはあったが、そのときも煙に巻かれて実態は見えんかったものじゃ。新興のウィズンテ遺跡を狙うには動きが早すぎる気もしないではないが……否定もできぬ」

 「無念。ギルド内の人材は潔白……のはずでもこの黒い噂は絶えない」

 ミーヤがうつむく。ギルドの人間としてはそう言うのが精一杯のようだ。

 「奪われたことはもうしょうがない。取り返すのも厳しそうだし忘れよう。別にそれが目的というわけでもなかったしな。それより、ここが監視されてた可能性の方が高そうだ。一旦離れるべきじゃないか?」

 クロウが冷静にそう言うと、皆同意した。

 結局、追い立てられるように地上へと戻ることになった。

 悪意ある何者かがいるという事実を探索者ギルドに報告し、後日本格的な調査隊を派遣してもらう。その組織そのものに疑惑があるものの、信じて内部監査に期待するしかない。

 少なくとも、ミーヤはより一層注意して取り組むと約束してくれた。部外者にできることは限られている。

 そうして今回の地下世界の探索は、やや後味の悪い撤退となった。


 


 ベリオスの町の活気は朝から夜まで休みなく続く。

 特別区の探索街のみならず、従来の商店街なども今や災魔襲来からの復興後、中堅国の王都並に人々の往来で通りは賑わっている。

 未だ交易路はつながっていないが既にその下地はほぼできており、商人関係の者たちや各国の様々な思惑を持った貴族たちなど、外からの訪問者は後を絶たない。

 そんな町の中心にある領主の館の一室では、朝早くから執務室代わりの書斎机の前でこめかみを押さえている男がいた。

 この町の領主クロウである。

 地下世界から地上に戻った翌日、早速山積みの書類と対峙することになった。

 「まずはこちら、急ぎで承認が必要なものへ目を通して頂きます」

 傍らで背筋を伸ばして立っているのは使用人頭のウェルヴェーヌだ。銀色のフレームの眼鏡が朝陽に反射している。

 その輝きよりも鋭い眼光で、主人であるクロウがさぼらないように目を光らせていた。

 使用人であると同時に厳しい秘書官のような役割だ。クロウは彼女に逆らえない。

 「これ、本当に俺がやる必要あるのか?オホーラがいるし、ジェンスも元気にやっているだろう?」

 無心に承認印を押しながらも、グチをこぼさずにはいられなかった。ジェンスは領主代行役としてベリオスの表の顔役を立派に務めている。実際の政務も賢者の助言を借りながら大分こなせるようになっており、最近は貫禄も出てきていた。

 「だからといって、クロウ様の仕事がすべてなくなるわけではありません。最終判断は真の領主がしなければなりませんし、お二方はあくまで補佐であることをお忘れなきよう。ちなみに、この話はもう13度目ですね」

 「……そんなにか?」

 自分でも何度かこのやりとりをした覚えはあったが、数えられているとは思っていなかった。恐るべし、ウェルヴェーヌの記憶。

 「ほぼ必要なもののみに絞っておりますので、文句を言ってもいいですが手は動かしてください。この後の予定も本日は詰まっていますので」

 久々に地上でのんびり過ごそうかと思っていたクロウの目論見は、完膚なきまでに崩れていた。

 最終的に午前中のすべてを費やして喫緊の書類は片づけた。

 慌しく同室で昼食もすまして書斎机の上が大分すっきりしたことに満足していると、「よお」と軽い調子の声が耳に届いた。

 「きちんとノックしてから入るようにと、いつも言っているはずですが?」

 ウェルヴェーヌがすかさず苦言を投げる。 

 このやり取りも久々だった。

 「しばらくぶりに顔を見るな、ステンド。旅行は楽しめたか?」

 「はっ、オマエこそ色々と飛び回ってたみたいじゃねぇか。爺さんの差し金とはいえ、こちとらオマエの言う通りに気ままに旅気分で出発したらえらい目にあったぜ。特別出張費を出しやがれ」

 つば広のカウボーイハットをかぶった先導者がふてぶてしく笑っていた。

 その帽子の上にはおなじみの蜘蛛がちょこんと乗っている。

 「ひょっほっほっ、大いに羽を伸ばしていたくせに良く言うもんじゃ」

 勿論それは賢者の使い魔だ。オホーラは今も執務室で政務を取り行っている。相変わらず、とんでもないマルチタスクの激務をこなしている。

 「経費はウェルヴェーヌに言ってくれ。で、ようやくお前が何をしていたのか報告を聞けるってわけか」

 「うげっ、本当にオマエ、中身を良く分からねぇまま命令してやがったのかよ……」

 ステンドは呆れながら書斎机の前の椅子に腰を下ろす。

 「……特別手当についてはオホーラ様からも承認は得ていますが、まずは報告をしてください。その重要度に応じて捻出します」

 「うむ。タファ=ルラ教の件は急務だったのでな。あの時点ですべてをクロウには伝えてはおらぬ。ゆえに、一から説明してやってくれ、ステンドよ。査定代わりにもなってよかろうよ」

 「はぁ……面倒くせーな。爺さんの計画だったんだから、そこは話しておけよ」

 「わしは他にも色々動いておったんじゃ。老体をあまりこき使うものではないぞ?」

 「この町で誰より働いてて良く言うぜ。まぁ、メイドの嬢ちゃんの財布の紐を緩めるためにもやってやるけどよ」

 「ああ、頼む。結局、タファ=ルラ教の本国まで何をしに行ったんだ?」

 クロウはその目的について一切聞いていなかった。オホーラの指示で立場上ステンドに依頼しただけで、単なる伝言係のようなものだった。

 「ああ、ざっくりと言えば、爺さんの書状を持ってタファ=ルラの奴らを脅しにいっただけだ」

 ステンドはさらりととんでもないことを口にした。

 しかし、それはほんの序の口で話を聞くにつれてもっと過激な内容だとクロウは思い知ることになった。

 オホーラはベリオスの町でタファ=ルラ教の布教を認めろという申請が来た時点で面倒な事態になることを予見。様々な対策を講じる必要があると判断し、その重要な一手としてステンドを直接教祖のもとに送り込むことにした。一司祭であるオゴカンがどういう経緯でベリオスに向かっているとしても、それのみの対応では今後にも多大な影響を及ぼすと見越していた。

 ゆえに、ウッドパック商会の連絡網を使いながら状況を注視、どう転んでも最小限の被害で済むように交渉役としてステンドを派遣した。

 つまり、クロウがオゴカンを撃退したとき、その大義名分をタファ=ルラ本国へ説明するためだ。その際に問題となるのが、オゴカンが本国の命令で今回の強引な布教を行っていたか否かということだ。教祖がそれを命令したのならば話は簡単で、ベリオス側としてはそれを糾弾できるが、個人の暴走だと言うならば切り口を変える必要がある。理由如何で対応が変わってくるわけだ。

 事前に是が非でも確認したい情報ではあるが、ここでも障壁があった。タファ=ルラ教国は宗教国家ゆえに国民=信者という構図で余所者は容易に町に入れもしない。間諜行為など絶望的な場所だった。この壁を越えるためには、タファ=ルラ教徒を案内人として抱き込まなければならなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのがエグサ=ジトランダ司祭であり、彼と知己になるためにデガヤム山脈の南峰のヤッカ山に赴き、エグザが懇意にしている部族を介してどうにか懐柔したという。その過程で色々あったようだが、詳しいグチは酒の席で後日聞くとして、なんだかんだありながらもステンドは最終的にタファ=ルラ教の元首兼教祖ミセダス=タファルラと会談することができた。

 その時にはオゴカン討伐の報をウッドパック商会からの連絡で手に入れており、エグザ経由で教祖側のスタンスもある程度把握していたので、強気な交渉ができる準備は整っていた。

 結論から言えば、教祖は穏健派でオゴカンの件にはノータッチだったので、その責をすべて過激派の暴走という理由で収める形で両者は合意した。全面的にタファ=ルラ教側に非がある形で事態を治め、今後ベリオスの町にちょっかいをかけないという確約を取ってきたというのが全貌だ。

 その際にどんなやりとりがあったのか、ステンドはかなりぼかしていたが、ひと暴れしたに違いなかった。ステンドも転生人フェニクスである。たかが一人、されど一人の実力で威圧することは十分できただろうし、その意味合いもあって今回派遣されたはずだ。役割はきっちりと果たしたと言えるだろう。

 「――まぁ、そんな感じで、今後あいつらが出張ってくることはないってわけだ。以上、報告終わり」

 口約束だけではなく、向こう5年間ほどの不干渉条約のようなものを書面でしっかりと署名させていた。賢者の計画通りだ。教祖のミセダス=タファルラの名がしっかりと刻まれている。

 「成果として悪くないんじゃないか。ご苦労だったな、ステンド。特別手当をもらう資格は十分あると思う」

 クロウは素直に感想を述べると、ウェルヴェーヌも渋々と言った様子で同意する。

 「確かに、かの狂信国にこれ以上絡まれずにすむのは有難いですね。後ほど今月の給金を増額しておきます」

 「ひゅー!最高に色付けて頼むぜ!」

 ステンドは口笛交じりに相好を崩す。金が入るのが嬉しいようだ。

 ベリオスの給金は低いのだろうか。相場も何もさっぱり分からなかった。分からないことは放置するに限る。頭を切り替えて気になったことを聞く。

 「そういや、タファ=ルラ教の教祖ってのは性別も何もかも不明なヤツなんだろ?どんな人間だったんだ?」

 「ああ、それな。オレの勘で多分女ってことぐらいしか分からなかったぜ。よほど人前に姿をさらしたくないみたいでな、真っ黒ででっかい布を被って体形すら隠してやがった。顔全体も包帯でぐるぐる巻きでよ、かろうじて宝石のついたサークレットを嵌めてて、薄気味悪さの演出って意味じゃ成功してたぜ」

 それは大分インパクトのある恰好だ。

 「そこまでして隠してるのは妙だな。全身火傷とかそういうので人に見られたくないとかか?」

 「さーな。そんなの直接聞けねぇし、信者の誰もそこには触れたがらなかったし知らない空気だった。教祖の個人的なことはタブーなんだろうよ。交渉するときにちょいと話した限りじゃ、プライドは高そうだったがバカじゃなかったな。少なくとも損得勘定はきっちりできる指導者だったぜ。タファ=ルラとかの設定はクソだけどよ」

 「そうか。実はおしゃべりということもなかったか」

 「はァ?なんだそりゃ?まさかオトモダチにでもなりたかったのか?」

 「いや、独自の宗教を作ったヤツがどんなことを考えて生きてるのかちょっと興味があっただけだ。けど、今の話を聞く限りじゃ、たいした人物でもなさそうだ」

 ステンドの話しぶりからたいした感銘は受けていないことは分かる。教祖というからにはもっと特別な何かがあるのかと思っていたが、勝手な思い込みだったようだ。

 「タファ=ルラ教がしばらく大人しくしてくれるならそれでいい。何をどう思っていようと、個人の自由だからな。こっちに迷惑をかけない限りは。けど、結局オゴカンの裏には誰がいたかは分からないか……」

 「ふん、裏結晶と結社とやらか……オレがあの国にいたときに、そんなやべぇ噂も気配もなかったことは確かだ。もっとも、そんなに簡単に尻尾も見せない輩って話だけどな。むしろ、爺さんの方がよく知ってるんじゃねーのか?」

 「昔からその手の噂は大陸全土にあるが、わしはほぼ関心がなかったからのぅ……もしも、オゴカンをけしかけたのが結社とやらだとしても、狙いはウィズンテ遺跡に違いあるまい。その場合、今や裏世界のどこもが欲しがっているのじゃから、特段気にしてもしかたあるまい。全方位に向けて警戒を強めるだけじゃ」

 それはその通りだ。分かりやすい対応でいいとクロウは思った。

 「あっ、そういや一つ言い忘れてたわ。出発前に先読みの巫女が言ってたやつ、当たってたのがあるぜ」

 「ん?何の話だ?」

 「ふむ。それもクロウには伝えておらんかったな。すまぬ。今回のステンドのタファ=ルラ教本国への派遣には、実は先読みの巫女の助言もあったんじゃ」

 オホーラが完全に事後報告で謝ってくる。色々任せっきりなので、そういうこともあるだろう。特に問題にするつもりはなかった。

 「そうなのか。で、具体的にはどういうもんだったんだ?」

 「ああ、確か『異教の灯火を鎮めよ。漆黒の雨に備え大鷲の瞳から逃れるために、西の大地に封じられし乙女の祈りを守れ』ってやつだ」

 「また難解ですね……解読はできているのですのか?」

 ウェルヴェーヌが戸惑いの声をあげた。相変わらず、一度聞いたぐらいでは何を示唆しているのか分からない。

 「少なくとも、異教云々はタファ=ルラ教を指していることは分かったゆえ、ステンドに本国へ向かってもらった。そこで火の儀式があることを知ったので、そのことであろう?」

 「そういうこった。結構な数の信者が炎の試練だとかで願掛けみたいなことをするらしい。近いうちに布教拡大のために遠征をする予定だとかで、その決起式とか前祝みたいなことをやろうとしてたみてーだな。けど、今回ベリオスの方に来るなって話をつけたから、そいつが中止になったわけだ。まんま、当たってるだろ?」

 「なるほど……あの巫女はやっぱ凄いな」

 「どこかのおしゃべり男とは違いますね。しかし、その後の方はどうなのでしょうか?」

 「それなんじゃが……」

 オホーラが少し改まった声で間を置く。嫌な予感がする。

 「スレマールから預かっておるハミル嬢に関係することで、少し厄介な事実が判明したんじゃよ」

 「…………」

 クロウはまた面倒事が増える予感がして、耳を塞ぎたい気分になった。


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