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選択死  作者: 雲散無常
第十一章:漣
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11-8


 地中の魔力、マナというものは捉えづらい。

 この世の中すべてにマナは含まれてるとはいえ、その伝達力、伝播する性質にはかなりの違いがある。

 空気中のマナは伝わりやすく、地中・海中のそれは伝わりにくいというのは常識だ。

 ゆえに、スローメの存在を感知できなかったのは道理ではあるという。

 地下世界でも地上と同じくその傾向は変わらなかったということだ。

 「でも、スローメが記憶を奪うなんて初めて知りましたね……この地下世界特有の変態だったのか、元々そういう性質の亜種がいたのか、なかなか興味深いですね」

 エミルが難しい顔をしてそんなことを言っているが、その指先はクロウの背中をしきりにつついている。

 「おい、さっきから何だ?」

 「いや、早くアテルちゃんを出してくれないかな、と」

 「そんなつつかれて出るもんじゃないし、出す気もない」

 「そんなー!私ごときには見せる価値もないと!?」

 アテルを一目見て気に入ったらしい魔法士は大仰に肩を落とす。

 「それより、魔力探知で引っかからないのか?範囲が狭いとはいえ、下にいるって分かってるなら見つけられそうなもんだが」

 「困難。多分、あっちにも警戒された」

 答えたのはミーヤだった。

 原因不明だった記憶の欠落現象の元凶らしきものが判明したが、その証拠はまだない。一匹でも捕まえられれば研究できそうだが、あれからまったく姿を現していなかった。

 ラクシャーヌが強烈な魔力をあてて追い払ったせいもあるのだろうが、その行為を責めるのはお門違いだろう。何もしなければ訳も分からず、クロウ自身も何かの記憶を奪われていた可能性がある。人よりもともと少ない記憶をこれ以上失うのは御免だった。

 「そうじゃな。今後、足元にも注意せよと触れ込むぐらいでもよかろう。地下世界で地下に気をつけろというのは、探索者の間でも使い古されたジョークのようじゃが真理でもある」

 「とにかく、しばらくはもう平気そうなら、例のナガランカの方の探索に本腰を入れるって話でいいんだな?」

 シリベスタが麻袋を背負い直しながらクロウに問う。一番記憶を失った可能性がある近衛兵士は、しかし「特に問題ない」と気にした様子はなかった。

 「ああ。けど、俺本来の目的は鍛錬なんでな。探索もおまけ程度で、別に見つからなくてもかまわない。そんなに肩肘張らなくていいぞ」

 「別に肩肘張っているつもりはない!」

 ムキになって答えるメイド姿の戦士に、クロウは肩をすくめて何も言わなかった。

 大分大人しくなってきてはいるが、やはりシリベスタはシリベスタのままだと思った。以前からクロウに対して当たりが強いのは一度やり込められたせいらしいが、クロウ本人はそのつもりがまったくなかったので理解が及んでいない。ただでさえ、他人の心の機微には疎い。逆に言えば、色々と人間というものを学べる相手ではある。分かりやすいがゆえに。

 「その鍛錬相手の魔物なら、もう少し林の中に入った方がいいかもしれませんね。そちらの方にそれらしい魔力反応があります」

 「そうか。なら、そっち方面にいくか」

 自由に方角を決められる旅だ。臨機応変に動けるのはとても楽だった。

 「ちなみにクロウよ。おぬし自身で索敵というか、魔物の気配を感じ取るような修行はせんでいいのか?」

 「それは……正直、あんまり得意じゃなくてな。ある程度の距離なら殺気とか、そういうのは感じられるんだが、いわゆる魔力探知みたいな遠距離での索敵にはさっぱり才能がないから、いっそ他人任せで徹底して他で穴埋めしようって方針なんだが……ダメか?」

 「ふむ。お前さんの場合、ラクシャーヌがその役割を担えるゆえ問題ないとも言えるが、初めから放棄するという割り切りもどうなのか。最低限、試行錯誤する努力は合ってもよいかと思うがの」

 「否定する。長所と短所を理解し、前者のみに特化するのも悪くはない。今の方針を支持」

 ミーヤとオホーラとで意見が分かれたようだ。色々と思うところがあるのだろう。その後もそれぞれに自論を展開しているうちに、一行は林の中を大分進んでいた。

 様々な樹木や植物が棲息している森と違って、林は同種の植物のみで構成されている地域だ。樹々の間隔も広く、人口の道はなくとも幅広の通り道が自然にあるようなものだった。

 ただし、地下世界では光量が圧倒的に少ないので林の中は暗かった。森の中では光沢のある蔦や光るキノコなどがあるが、この林にはそうした光源がほぼなかった。

 クロウたちは松明を掲げて歩いていた。

 本当は片手が塞がるために避けたいところだが、エミルの魔法に頼るのは消耗が激しいのと周囲からも目立つという理由で、クロウとシリベスタがそれぞれに照明担当になっていた。

 一早く動けるであろうミーヤと魔法担当のエミルが初手に徹するという布陣だ。探索者としての経験の高さもある。

 「あー、そろそろ近いですね、多分」

 エミルの注意喚起で一気に皆の雰囲気が変わった。

 「北東に三体の魔物の気配。それと別種の何か」

 すぐさまミーヤも反応した。そこまで分かるものなのかとクロウは感心する。言われたら何となく何かがいそうだという感覚しかなかった。

 「そういや、普通の動物でも遠くからはっきりと分かるもんなのか?」

 魔物は魔力で察することはできそうだが、野生の動物に関しては近くにいないと分かりそうにない。

 「否定。明確ではない。ただ、微量でもマナの関係地から判別可能」

 どういうことかとクロウが頭をひねっていると、オホーラが助け舟を出してくる。

 「あらゆるものに微量でもマナが含まれるということは、動きがあれば全体にも影響が出るじゃろう?箱一杯の砂を片方に寄せれば、当然凹凸が生まれる。途中に大きな岩があればそこで更に起伏が大きくなる。マナ、ひいては魔力を知覚できればその変化を読み取って、その量や大きさなどから類推できるわけじゃ」

 「そうか。動きの変化で対象そのものじゃなくても、周囲から推測できるわけか」

 「そこに感心するより、打って出た方がいいのではないか?それが目的なのだろう……ですよね?」

 努力して言い直すシリベスタにクロウはうなずく。

 「ああ、そうだな。ちょっと先行して行ってくる」

 「あっ!ココもー!」

 駆け出すクロウを追いかけてココも走り出した。元気を取り戻しているようだ。

 焦げ茶色の細長い並木林を通り抜けながら、クロウにも次第にその魔物の気配が感じ取れるようになっていた。

 その方向へとぐんぐんと加速する。辺りの暗さは気にならなくなっていた。夜目に慣れたとでも言うべき状態だ。

 程なくして、その場所に到着する。

 そこでは三体と一匹が争っていた。いや、三本と数えるべきなのだろうか。

 トアードと呼ばれる樹木の魔物が、クロウは見たこともない中型の狐のような動物を襲っていた。前者は以前戦ったこともあるボルアードという古代樹、森の魔物の単体版という認識でそれほど珍しくもない。目を引いたのは後者の方で顔の造形は狐っぽくはあるが、その背には小さな羽のような者が生えていて尻尾は三本あるように見えた。四本足も独特で、犬や狼のような強靭ですらっとしたものではなく、どちらかというと短足でどっしりとした外見だった。それでいて動きはすばしっこく、トアードのしなる鞭のような枝の攻撃を見事に避け続けている。

 それだけの敏捷性があれば逃げ出せそうなものだが、トアードが周囲に仕掛けた罠でそれが不可能になっていた。

 その罠とはおそらく毒系の樹液で、狐の周囲10メートル四方がその毒々しい樹液のバリゲードで覆われている。粘性があるのか樹々の間でもそれらがリングのロープのように張り巡らされ、獲物を逃がさない蜘蛛の巣のような様相になっていた。

 一気に突き破れば問題なさそうだが、狐がそうしないのはもっと壊滅的なダメージがあるのかもしれない。

 クロウはとりあえずその囲いこんでいる粘液を断ち切って中へと足を踏み入れた。

 共に魔物同士の争いなので放置してもよかったのだが、三対一という構図がいじめのようなものに見えて落ち着かなかった。

 とはいえ、別にクロウは狐もどきを助けようとしたわけでもない。両者とも戦うべき相手だ。手負いならば見逃すという選択肢もあるにはあるが。

 「ココは樹の一本だけやるのん!」

 クロウの鍛錬目的だということはココも理解している。控え目に獲物の横取りはしないと宣言し、それでも一番槍は譲らないとばかりに突っ込んでいった。

 例の籠手装備をいつの間にか装着したココは、一気にトアードの一本に拳を突き出して他の二本から引き剥がした。

 クロウはその後に続いてひとまずトアードの方から片付けるべく、その距離を詰める。

 無数の枝が侵入者となったクロウへとうなりをあげて迫ってくるが、その一本一本を体捌きのみで交わしてゆく。

 ラクシャーヌとアテルが内部にいるので身体的に大分強化されているが、その増幅分はできるだけ抑えている。そのような調節もできると知り、無条件にその強化に頼らないようにするためだ。動体視力と先読み、それに伴う自身の身体の動きを意識して可能な限り己の感覚を研ぎ澄ませる。

 トアードはそれほどの脅威だと認識していない。大胆にクロウはその懐へと飛び込んで斬りかかる。

 しかし、失念していたこともあった。トアードにも幾つかの種類があり、先程周囲を囲んでいたものがこのトアードの特性だったのだ。

 斬りつけた途端、血しぶきのようにそれがクロウへと振りかかった。

 樹液という粘液。それは毒を含んでいるようで人の肌を溶かしかねない酸性のようだった。

 とっさに横っ飛びで転がって避けたまでは良かったが、その崩れた体制を立て直す瞬間を狙われた。

 とりわけ大きな枝が立ち上がり際のクロウの背後から迫っており、その一本に片腕を巻き取られてしまう。

 「ちぃっ!!!」

 振り払おうとしたものの、あっという間にその勢いで上方へとすくい上げられて力の入れ所を失った。空中では踏ん張りも効かない。かろうじて剣を取り落とさないようにするのが精一杯だった。どうにか身体をひねって握り直した剣でその枝を斬りつける。

 だが、太い枝を断ち切るには至らない。空中で力が乗らないためだろう。

 身体強化を強めるという選択肢が一瞬頭に浮かぶが、それでは鍛錬の意味がない。自身の能力のみで切り抜けなければ。

 クロウを掴んだ枝は振り上げた後、そのまま地面へと叩きつけようとしている。かなりの高さになっているので、受け身でどうにかなるとは思えなかった。素早く首を巡らせ、枝の本体であるトアードの樹の幹を探る。魔核がその上部の洞の中にあることを確認した。

 迷っている暇はなかった。クロウはその魔核目掛けて剣を投げる、まともに振りかぶれないので、魔力を込めて押し出すような形だ。

 その変則的な動きが功を奏したのか、そんな状態から反撃を受けるとは思っていなかったトアードはその一射に反応できなかった。クロウの投げた剣は目論み通りに魔核に突き刺さって破壊した。持ち上げられていた身体がふわっと急に支えを失う。魔核の破壊によって掴まれていた枝から解放されたのだ。

 クロウはどうにか体勢を取り戻して地面に着地する。

 トアードの残り一本が「MUUUUUUーーー!!」とうなり声のような何かを上げる。口はないはずだが、全身から発せられるようなその音には魔物の意思を感じた。

 その一本は狐もどきを最後まで牽制していたのだが、ついに標的をクロウに変えたようだ。

 無数の枝がクロウに襲い掛かってくる。今までのように無造作な攻撃ではなく、隙間を埋め尽くすような立体的な配置と時間差で、トアードの知能を感じさせた。こちらを雑魚だとはもう思っていないということだ。容赦ない攻勢に無手では太刀打ちできない。

 先程投げた剣を回収できないまま、クロウは後退するしかなかった。

 「さて、どうしたもんか……」

 武器を失い、完全に相手の距離になってしまった。ラクシャーヌの魔法ならば簡単に燃やせそうではあるが、ここは自分一人でどうにかする術を模索すべきだ。

 そのためにはまず剣を取り戻さないことには話にならない。幸いにもトアードはそれを妨害しようとしているというより、直接的にクロウを攻撃しているだけに思えた。目的がばれていないのなら、やりようはあるはずだ。

 視界の隅ではココがトアードの枝を叩き折りながらその距離を縮めているのが見えた。あちらは完全に肉弾戦法で戦っているようだ。あの娘はいつから武闘派になったのかとクロウは訝しんだが、今はそんなことを考えている暇はない。

 ここまでトアードは魔法の類を使っていない。物理的な攻撃手段のみだ。

 あの枝さえ掻い潜ればどうにかなるか。

 少しだけ自身の身体強度を上げ、クロウは剣の方へと駆け出した。その手にはいくつかの小石を握り締めている。

 トアードはその動きに反応して再びいくつもの枝を伸ばしてクロウを打ち倒そうとしてくる。先程より距離が遠いのでまだ隙間があった。

 そのわずかな空間に身体を滑り込ませて、落ちている剣へと近づいてゆく。

 正面の自由空間はどうしても狭くなる。相手の攻撃の最も激しいポイントだ。愚直に進んでも辿り着けないと判断して、回り込むようにクロウは移動する。

 その際に、トアード本体へ向けて小石を投げつける。完全に受け身では相手を調子づかせるだけだ。防御にも意識を向けさせなければ、攻撃の手が緩まない。

 正確には指で小石を弾く指弾という技だった。身体強化した状態であれば、かなりの速度で射出できるので馬鹿にできない攻撃となる。熟練してはいないのでクロウ自身が満足できる威力はないものの、それなりの牽制にはなる。

 事実、トアードの枝の包囲網がやや緩和された。一部を自身の防御へとまわしたためだ。すかさずクロウは落ちている剣へと滑り込み、ようやく武器を回収できた。

 そこから一気呵成に本体へと迫る。

 避けるだけしかできなかった枝の攻撃を斬り捨てながら、じりじりとトアードへの距離を詰めた。

 次第に慣れてきたためか、十分にこのまま行けば倒せると予感したその時、それまでじっとしていた狐もどきが動いた。

 隙をついて一目散にその場を離脱したのだ。

 それだけならば何も問題はなかった。しかし、置き土産とばかりに狐もどきは謎の霧を発生させていた。この霧は緑色に近く、見るからに不健康そうで近づきたくない代物だった。

 実際に至近距離でその霧にのみ込まれたトアードの枝に異常が発生していた。その枝の表面からぶくぶくと緑色の泡が滲み出て、枝が腐ったようにポロリと落ちたのだ。

 あの霧には腐敗させる特性があるようだ。

 クロウは進むのをやめて退避することにした。風の魔法かか何かで吹き飛ばせればいいが、今回はラクシャーヌ抜きでの戦闘と決めている。剣風で多少は防御できるだろうが、すべてを退けるのは厳しい。

 狐もどきも余計なことをしてくれた。もう少しでトアードを排除できたものを。その後に自分も始末されると考えたのかもしれない。

 向こうの立場ではそれも当然か。

 「とにかく、トアードをぶっ飛ばさないとな……」

 樹木の魔物はその構造上、機敏に動けない。大地に根を張っていないとはいえ、移動を想定した形態ではないからだ。だから緑の霧から逃れるため、トアードは枝をフル回転させて風を送ってその範囲を後退させようとしていた。優先事項がそちらに移行したせいで、クロウに対する注意が散漫になっていた。マルチタスクは得意ではないらしい。

 その背後にクロウは忍び寄る。

 思いがけない外部要因の好機だ。有難く便乗して利用させてもらう。

 緑の霧の対応に追われているトアードの魔核を後から突き刺して、あっさりと最後の一本も倒した。

 霧の方はいずれ消えるだろう。永続して停滞できるものではない。

 「とぉー!!」

 どこか間の抜けた声と共に、ココも自分の相手を粉砕したようだ。魔核を狙っていたというより、本体の幹そのものをやたらめったらと叩いて砕いていたようだ。トアードに同情しそうになるほど、その状態はボロボロだった。パンチの練習台にされたらしい。

 あの狐もどきは既に姿が見えない。きっと逃げ切ったのだろう。

 と、思った矢先、緑の霧が消え去った後に血の跡が残っていた。あの狐もどきは怪我しているのかもしれない。

 「もう関係ないか……」

 とりあえず一件落着だと一息ついたところでミーヤたちが追いついてきた。

 魔物退治はやはり色々と己の弱さを知れる。少しだけ充実感を感じながら、クロウは再び狐もどきの血の染みを見ていた。

 それは林の奥へと続いている。

 良くは分からないが何かが気になる。あの魔物は一体何だったのだろうか。

 「まだまだ殴り足りないのん」

 少し遠くで、ココが物騒なことを言っていた。


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