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選択死  作者: 雲散無常
第十一章:漣
120/133

11-2


 ドアンは報告書をまとめながら一人うなっていた。

 この仕事を引き受けたのは間違いだったのではないか。

 そんな考えが頭から離れない。

 依頼の内容を聞いた時点で的外れな違和感はあった。十分に理解していた。ただ、押し切られてしまった。

 シリベスタ=ユナール。

 ニーガルハーヴェ皇国の近衛騎士長。今現在は暫定解任されている微妙な身の上だが、その気迫は本物だった。だからこそ断り切れなかったのかもしれない。

 ベリオスの町でなぜ他国の者の仕事を引き受けているのか。

 最近ではそうおかしな話でもない。災魔の襲撃を退けてからこの町は劇的に変わった。その変わりようは一月で十年以上の変化をもたらしたと言えば分かりやすい。寂れたただの田舎の町が、突然強国の王都並みになったようなものだ。

 元々、ドアンは細々と見聞屋紛いのことをやっていただけの男だった。近隣の噂話を集め、住人の愚痴をよく聞いていただけともいう。特に頭や腕がいいわけではなく、単に地元で育ったつながりと多少の洞察力があっただけだ。他にそうしたことをしている同業者がいなかったというのもある。

 シリベスタに領主のことを探れと依頼されたとき、真っ先に思ったのはスパイ行為だ。他国がベリオスのことを気にするのはもう不思議でも何でもない。最上級の古代遺跡が発見されたとあっては近隣国も無視はできない。ぽっと出の辺境の土地となれば尚更で、手に入れようとするのは自然の流れだった。

 もっとも、その辺りも対策済でベリオスの町は今や完全に独立都市としての立ち位置を確保している。新しい領主クロウと道楽の賢者オホーラの手腕が見事だった。たやすく霞め取れる段階は既に過ぎ去っていた。足場を固めた上での公表だったからだ。それでも各国はまだあきらめていない。少なくとも他の古代遺跡を所有する大国よりはくみしやすい。

 情報競争に拍車がかかっているのは必然で、地元の見聞屋としては需要の増加で有難い話だった。

 自らの生活に関係することでもあるので、シリベスタに依頼される前からドアンは領主のクロウについて調べていた。転生人フェニクスである青年が一体どこから来たのか。あまり表に出てこないが、色々と黒い噂が絶えないその正体はどんな人物なのか。

 結論的には、思っていたよりもとても素朴な人間という評価だった。当然のことながら、ドアンは最初期から調べていた。まだ人目を忍んでいない頃に実際に見かけたこともある。外見はただの剣士や傭兵のようにしか見えなかった。町を大きく発展させたり、交易路を引いてきたりと野心家で大望を掲げた性格なのかと思っていたが、まったくそんな様子はなく、むしろ質素な生活で政務も面倒くさげにこなしているといった印象だった。

 領主になろうとしてなったわけでもなく、なし崩し的に今の立場になったという点も珍しい。その理由が災魔を撃退したというところは真実のようで、戦闘力に関しては実際に実力があることは証明されていた。出自については未だに不明だった。

 町が大きく変わっていった背景には、クロウだけではなく道楽の賢者オホーラの存在が大きく、次々と町の新しいルールを定めて整備していったのはこの老人のおかげだと分かった。町の人々はその改革に最初は戸惑ってはいたものの、時が経つにつれてその正しさ、効率の良さに気づいて今ではどんな変更も受け入れやすくなっている。

 一方で、この老人の素性についてもまったく情報が得られなかった。そもそも賢者というのは、俗世に関わらない上級の更に先の魔法士のみが名乗ることを許されるもので、道楽の賢者という通り名はそれまで聞いたこともなかった。賢者というのは雲の上の存在で、その名を騙ることすら畏れ多いというのが普通の感覚だった。半端な実力ではすぐに化けの皮ははがれて恥をかくだけだ。

 しかしオホーラはその知識と魔法をあますことなく使って有能さを証明し、誰もが賢者であることを認めるほどの存在になっていた。今では誰も自称賢者などと疑う者はいない。ベリオスの町に来たのはクロウを気に入ったからだという噂だが、どこまで本気かは分からない。一部ではいずれこの町を乗っ取ろうとしているという陰謀説もあるが、何の根拠もなかった。

 ドアンがもっと深く調べようとした辺りで、急に壁が高くなっていった。クロウ側はどうやら情報保護に力を入れたらしく、これまでのように思うようには調査が進まなくなっていた。それを裏付けるように、シリベスタを尾行している者までいた。

 領主のクロウを調べるということは、すなわちその親しい者たちにも調査の手を伸ばさねばならず、依頼主であるシリベスタもそこに含まれていた。その時点でドアンはこの依頼そのものがある種のテストだと気付いた。どれほどの能力があるのかを試されているのだと。

 ゆえに、そこからはシリベスタについて重点的に調べ、その報告をして信頼を得た。合格ラインを無事に越えたらしい。そのおかげか、本題の調査の依頼を受けて今に至る。

 シリベスタが知りたがっている情報は、ニーガルハーヴェ皇国の内情だった。

 正直、ドアンの手に余るものだ。地域密着型の見聞屋に他国の内部政情など分かるはずがない。それでもシリベスタは依頼をしてきた。

 できる限りの情報でいいと、自分の伝手まで仲介してきた。複雑な立場がそうさせているのだと理解している。ニーガルハーヴェ皇国は現在、王位継承権でかなり荒れている。対外的にはまだそこまでではないが、一歩内部に足を踏み入れるとその激しさは否が応でも伝わってくる。

 それはシリベスタが属する第一皇女エルカージャ陣営も例外ではなかった。事実として移動中に襲撃された暗殺未遂の事件もあった。シリベスタはその容疑までかけられている。ベリオス預かりの役職があることで出頭命令を免れているだけで、現状は相当危うい立場であることに変わりはない。

 仕事を引き受けたからには精一杯やるだけだった。

 しかし、やはり思った以上に厳しい。しがない田舎の見聞屋ごときが中堅国の政情を探るにはあまりにも高い壁がありすぎる。

 順当に行けば皇太子ヤンサールが次の王になるはずだが、それをよしとしない他兄弟の派閥の暗躍が目立ってきていた。既に暗躍ではなく半ば公の権謀術数の殴り合いとも言えるほど、派手に対立している部分もある。現王の体調が思わしくないことが発端になっているが、それだけではなく他国の工作員が煽っているという噂も信憑性がある。ニーガルハーヴェの国力を削りたいと思っている周辺国の謀略だ。

 内乱、内戦の誘発は戦争をしかけるよりも遥かにコスパがいい。最小の手間で甚大な被害を期待できる。自らの手を動かさずとも、勝手に身内で削り合ってくれるのだ。隙があれば誰でも差し込みたい一手ではある。

 シリベスタが知りたいのは、主であるエルカージャ第一皇女の真の敵だろう。政敵としては兄弟姉妹すべて候補ではあるが、その中でも特に気を付けるべき相手という意味だ。誰が本当の敵で一番気をつけなければならないのか。特に、どこかの傭兵を使って馬車を襲撃してきた黒幕を知りたがっているのは間違いない。実行犯は結局、依頼主についてたしいた情報を持っていなかったことが分かっている。仲介者を挟んでの依頼だったため、大元へと辿り着けなかったのだ。

 おまけにその仲介者も、見つけたときには既に死体だった。完全に計画的な犯行だろう。用意周到に張り巡らされた陰謀。狡猾な罠。

 その元凶の特定はとても難しい。疑わしい者が多すぎた。

 「憶測六割で報告として出せるはずはないな……」

 思わず声に出して深くため息をつく。

 次いで、椅子の背もたれに背中を大きく預け、伸びをしたドアンは誰かが部屋に近づいてくる気配を感じた。

 いつのまにかもう約束の時間になっていたようだ。

 扉をノックする音がして、答える間もなくその人物が入ってくる。淡い青髪を無造作にかきあげ、灰色の瞳でドアンを見つめるのはシリベスタ本人だった。

 「失礼するぞ」

 「こっちが返事をする前に入って来てるぞ、あんた」

 「どうせ入る前から分かっていただろう?無駄を省いたまでだ」

 何度か仕事のやり取りをする間に、ドアンとシリベスタはある程度気安い仲になっていた。

 遠慮なくドアンの机の前の椅子に腰を下ろすと、すぐに元近衛兵士長は用件を切り出した。

 「で、どんな塩梅だ?」

 「あまり前回から進んでない。分かっている情報は少しだけ増えたが、つなぐものはまだ見えてこない。だから、あんたが期待している答えはまだないとしか言えない」

 ドアンは正直に告げた。

 そもそもこの会合が急だった。前回の報告からそれほど日が経っていない。逆に何かシリベスタの方で状況の変化があったのではないかと睨んでいた。

 「まぁ、そうなるか……だが、少なくとも事態は急変しそうにもないという理解で合っているか?」

 「ああ、そういう気配はまだ感じられない。けど、それもただの勘でしかない。その場にいるわけじゃないからな。現地での空気感が分からない以上、どこまでいっても憶測だ」

 「分かっている。十分だ……実は、近々ここを離れることになりそうでな。しばらくの間、こうして報告を聞きに来れない」

 「離れる?まさか強制送還されるのか?」

 シリベスタの現在の立場は不安定だ。ベリオスの町以外に気楽に出られるわけはない。となれば、残された道は本国への帰還だ。

 「いや、そういうことじゃない。ここだけの話だが、クロウ……様と共に地下世界に行くことになった。だから、どれくらいで戻れるかも分からない」

 「地下世界?古代遺跡の探索ということか。じゃあ、例のS級探索者と?」

 「分からん。領主は色々飛び回っているが、私には詳しい話はまわってこない」

 「それはまぁ、微妙な立場だしな。でも、それなのにあんたを連れていくのか?」

 「私にも謎だ。何であれ、拒否権はない。その間、引き続きドアン殿には情報収集を頼みたい。今日はそれを伝えに来た」

 「それはかまわないが、本当にそれでいいのか?近々、ベリオスにも見聞屋ギルドが設立される。そちらに任せた方が精度は高くなると思うが?」

 商売人として競合相手を薦めるのは悪手でしかないが、ドアンは身の程を弁えている。依頼人にとって最善の道を示すことも見聞屋の仕事だと思っていた。

 「ギルドができるのか?それは知らなかった。でも、私の気持ちは変わらない。ドアン殿にこれからも頼みたい。ギルドを信用しないわけではないが、やはり大きな動きになってしまう。私個人で動く程度には、ドアン殿に任せておくのが丁度いいんだ。いや、この言い方はあれか。別にそちらを過小評価しているわけではなくてだな……」

 シリベスタがすまなそうに慌てて手を振った。そういうところは素直だ。普段は大分男勝りの言葉使いで、勝気な態度を見せているが、その実気配りができる人間だと知っている。平民出身であることをかなり気にしていて、必要以上に虚勢を張りがちなところも分かっていた。貴族ばかりの社会で相当苦労したのだろう。

 ドアンは分かっているとうなずいた。

 「あんたがいいなら、もちろん仕事は続行するさ。ああ、それとあんたに張り付いてるヤツだが、最近また別物を見かけた。いつもの交代だとは思うが、ちょっと気配が違ってな。新人って話だから、単にそういうことだろうとは思うが一応報告しておく」

 「また入れ替わってたのか。今日もまいてきたが、あまり気にしてなかったな……」

 シリベスタは自分に監視がついていることは気づいていた。例の商会の人間だと分かっている。誰か特定の人間が担当しているのではなく、交代で見張られているようだった。それというのも、尾行の質に大分差があるからだ。おそらく新人研修当たりで対象になっていると推測している。

 「最近はこの町にもその手の連中が増えている。特区以外じゃ、それなりの手練れじゃなきゃすぐにバレるってのにな」

 「私の場合、バレても問題ないからな。むしろ、メイド長には直接言われたぐらいだ。気が付いたら指摘してもかまわない、と」

 「メイド長……噂のスーパー使用人か。あのふざけた領主の偽装状態とも一緒に行動してるようだが……正体を知っているとアレでどうにかごまかせているのは、逆にあのメイドが目立っているせいじゃないかと疑っているくらいだ」

 領主のクロウが町中を歩く姿は度々見かける。住民は皆その正体を知らないが、ロウ=ダイゼル=シーリッジという貴族の身分では認識していた。地元のろくでなし貴族のドラ息子という立ち位置だ。その従者としてウェルヴェーヌが付き添っていることが多い。噂では愛人のような関係だとも言われていた。

 あのエプロンドレス姿にはどうしても目が奪われる。どこでもあの恰好なのだ。印象は常にそこに固定され、他が薄まってしまう。

 「……個人の感想は控えさせてもらう」

 珍しくシリベスタが口ごもって煮え切らない返事をした。珍しい反応だった。

 そういえば直属の部下扱いだったか、とドアンは納得がいく。使用人長はなかなかに苛烈な性格だという話だ。シリベスタの反応を見るに、そこには多分な事実が含まれているらしい。というか、目の前の凛々しい女性が、領主館ではあのウェルヴェーヌと同様のエプロン姿で使用人として働いているということを思い出す。

 その姿をなんとなく想像して、ドアンは複雑な気分になった。

 「ああ、そうだ。それともう一つ頼みたいことがあった」

 不意にシリベスタが話題を変えたので、ドアンは頭を切り替える。

 「領主のクロウ……様が転生人なのは知っているだろう?無所属ナニャという話だが、元々はどこが召喚したのかは分かっているのだろうか?」

 「いや、それは当初大分議論されたりもしたが完全に謎だ。記憶がほとんどないという話でもあるから、今じゃ召喚されたのはかなり昔で、成長して特殊技能スキルが使えるようになったなんて説もある。要するに無能ナルから無所属へってことだな。この場合、召喚した国もトラッキングなんて不可能だ」

 転生人は召喚の義で呼び出される。その際に何らかの要因で失敗すると、召喚した場へと出現しない。どこか見知らぬ場所に降り立つことになる。

 往々にして、そうした者はほとんどが特殊技能を持たない無能力者なので放置される。役立たず扱いだ。対して、特殊技能を持ってる者が無所属と呼ばれる。クロウはこの後者にあたり、今やベリオスの町の頂点に立って要職についているわけだ。召喚の儀で我こそが呼び出したのだと主張すれば、クロウの所有権を保有することになる。

 すなわちそれは、ベリオスの町を手に入れることにもつながる。莫大な富がそこに付随しているわけだ。

 しかし、今の今までそのような主張をしている国はない。こればかりは適当な嘘や強引な弁論でどうにもならないからだろう。

 召喚の儀を行えること。その際の何らかの物的証拠を示せること。それは強国の証であると同時に、他国に手の内を明かすことにもつながる。弱みにもなり、敵を作ることにもなり得る。生半可な覚悟ではできない。

 「でも、不安はないのか?もしかしたら明日、どこかの国が召喚したのは我々だ、証拠もあるのだと主張しだしたら、ベリオスの町そのものがその国に併合されかねないわけだろう?」

 「うーん、そういう不安は特にないな。きっとそうはならないだろうという確信があるからな。ベリオスの町はもう完全に独立都市として成立した。今更、クロウ様や賢者様がどこかに大人しく従うわけがない。警備隊の増強をずっと続けていることを皆知っているし、余計な横やりに対して断固として戦う意思があることを、町の誰もがちゃんと分かっている」

 断固としたドアンの返事に、シリベスタは少しだけ嫉妬を覚えた。

 そう言い切れるだけの強さが今のベリオスにはあるということだ。故郷であるニーガルハーヴェではそうはいかない。同じ立場になった時、現状の母国では一丸となって何かに立ち向かえるとは思えない。

 「そうか……」

 シリベスタはしばらく会えていない主、エルカージャ皇女のことを思った。

 姫様は今頃、きっと見えない敵と戦っていらっしゃるのだろう、と。




 「なぜ、シリベスタを?」

 ウィズンテ遺跡への探索の同行者リストを見ながら、オホーラがクロウに尋ねる。

 「ん、そんなに深い意味はないぜ。ただ、ずっと元気がないらしいからな。気分転換くらいにはなるだろ。腕も悪くはないし」

 「そういうことか。ニーガルハーヴェはなかなか荒れているようじゃからな……エルカージャ皇女も難儀しておることを考えると、それもありか」

 「ちらっと報告書を見たが、一応エルカージャは優勢組なんだろ?」

 クロウはニーガルハーヴェ皇国の内情はまだ良く分かっていない。それでも、転移魔法陣の顧客国だ。調査権を持っている国の情勢は知っておくべきだとは分かっていた。ニーガルハーヴェの調査団は、どの陣営にも与していない独立した研究集団で政権交代があっても影響はないという保証をエルカージャからもらってはいるが、何事もないのが一番だ。

 これまで窓口として第一皇女がずっと務めてきたのだ。その体制が好ましいのは言うまでもない。

 「そうじゃな。順当な第一継承権を持つヤンサール皇太子を一貫して支持する立場ゆえ、最大勢力ではある。逆に言えば、一番狙われやすいとも言える。現ニーガルハーヴェ王の子息子女は7人。分家も含めればその倍で、その辺りが一時的に組めば勢力図は容易に覆る」

 「そんなにいるのか?多すぎる……」

 つい先日までノルワイダの内乱に巻き込まれていた身だ。たった二人の対立でも面倒だったのに、その数倍の規模となるとクロウには想像もつかない。

 「まぁ、エルカージャ殿の報告や商会からの情報を読み解く限り、まだ危険な状態ではあるものの、決定的に追い詰められてはいない。まだまだ膠着状態が続きそうじゃ。そしてその限りにおいては、おそらくヤンサール皇太子の地盤は安泰じゃろう。ハグルストの後ろ盾が強固じゃからな」

 「ハグルスト?ああ、そうか。あそこはハグルストの属両国なんだっけか。そのヤンサールってのはそこの公認だな?」

 「うむ。皇太子になった時点で認められておる。ゆえに中央大陸の大国が推している限り、ヤンサール王太子は強い。ただ、懸念としてはもう一つのライリカ帝国がこの機に便乗して茶々を入れるかどうかじゃな。他の候補を裏で焚きつけてニーガルハーヴェ、ひいてはハグルストへ揺さぶりをかけてくる可能性はある。幸いにも今のところ、そういった兆候はないが」

 二大国の対立が裏で行われるわけか。

 考えるだけでクロウは頭が痛くなった。そういった政治的な駆け引き、謀略の類は苦手だった。

 「そういや、あんま考えてなかったがそのハグルスト王国ってのが実質うちのバックだったよな?少なくともライリカ勢力の国って転移魔法の調査権を買ってないよな?」

 「うむ。クロウよ、考えずにいるのはよいが、常に念頭にはおいておくように。ニーガルハーヴェは実質ハグルストの意向でベリオスを認めておる。対外的には中立を表明してはいても、今後ライリカとハグルストの選択を迫られる場合、こちらとしてはハグルスト寄りになることはゆめゆめ忘れてはならぬ。地理的要因とここまでの対応などの関係でな」

 賢者の声が真剣なものだった。それだけ重要なのだろう。

 クロウはうなずいた。

 「俺にはまだ大国っていう概念というか、その頂点の王とかってのがいまいち分からないんだよな。個人の強さってのはこないだのやつでちょっと身に染みたが、未だに国単位とかそれを束ねてる人間の凄さみたいなのは実感できてない気がするぜ」

 「ふむ……確かにその辺は体感していないと難しいかもしれぬな。特におぬしは記憶もなく転生人でもあり、特殊な条件が多い。というか、よくよく考えるとクロウよ、ノルワイダの王都ワンダールは、初めて見るベリオス以外でのまともで大きな町ではなかったか?何か感じるものはなかったか?」

 言われて今更ながらに気づく。

 確かに他の国の町、しかも大き目なものを見たのは初めてだったかもしれないと。正直、仕事の方にばかり頭がいっていて考えることもなかった。思い出せるものは驚くほど少ない。

 「そうだな。広場の鐘塔?みたいなもんは見たぜ。でかい建物で、ちょっと魅入ってたかもしれない」

 「ああ、ワンダールの大陸最古の鐘楼じゃな。ノルワイダ城もなかなか趣があるものじゃが……今回は観光できる状況ではなかったな。落ち着いたら、是非中を見せてもらうといい。豪華さはないが、質実剛健な造りをしていたはずじゃ。各国の城というものは、それぞれの文化と歴史を感じるには丁度よい。学びが多くあるものじゃよ」

 「城ね……」

 言われてもあまりピンと来ない。

 やはり感情が乏しいせいなのだろうか。

 問いかけてみると、オホーラは笑った。

 「ひょっほっほっ。それはどちらかというと、鈍感と言った方がよいかもしれぬの。特におぬしのまわりの異性への対応を見ると特にな」

 「ん?どういうことだ?」

 賢者はその答えを口にすることはなかった。 


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