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選択死  作者: 雲散無常
第十章:事変
118/133

10-12


 マレイはその光景に愕然としていた。

 聞いていた通り、確かにミカサ村があった一帯は完全な枯れ地となっていた。

 起伏のそれほどない地続きの土地だ。明らかにその周辺だけが変わり果てている。まるで線を引いたように、その境界線の内と外でまったく違う大地になっていた。

 焼け野原ともまた違った災禍の跡地。想像を超える何かがあった場所。

 荒廃した土地はこれまでにいくつも見たことがあるが、それ以上の衝撃を心に与える力場のようなものがそこにはあった。

 ひび割れた大地は赤茶けたというより、黒茶けたとでも表現できるほど赤黒い土色で覆われていた。硬質ですべてを拒むかのような土壌。草木一本そこにはない。ただ干乾びた大地が横たわっている。

 そしてその中に、すり鉢状に一際窪んだ箇所がある。

 循環封印で封じられた何かがそこにある。地中深くに埋まっている。

 それを確かめに来たのだ。

 しかし、何かがおかしい。

 論理的ではなく、ただ直観的に、その違和感に襲われていた。

 マレイは封印魔法や大陸におけるあらゆる封印術、封印物についての研究者だ。多種多様な方法、手段があり、どれ一つとして同じではない。

 一方で、共通するものがないわけではない。魔力だ。それだけはほぼ確実に、封印を構成する重要な要素の一つだ。欠かすことのできない核の一つだった。

 その気配がない。

 この一帯そのものから魔力を吸い上げて封印がなされたという推測は立っている。

 実際、この土地の有様を見ればその結論に間違いはないだろう。

 だが、それはあくまで封印機構そのものが吸収した結果であり、中心である封印物には魔力が集中しているはずだ。吸い上げている元凶があるはずだ。

 だというのに、感じられない。魔力がまったくこの場のどこからも感じ取れない。

 引き連れてきた他の調査団員が引き留める声にもかまわず、マレイはその窪みの中心に降りてゆく。

 急き立てられるように引き寄せられた。嫌な予感がしていた。

 そして、見た。

 信じ難い事実をそこに見てしまった。

 「ああ、何てことだ……」

 マレイの浅黒い肌が蒼ざめるほど、状況は最悪な方向へと転がっているように感じた。




 ノルワイダ王国に新しい王が即位した。

 モメンド=ラキトラ=ノルワイダ。

 病死した前王の息子の一人で、国民はその誕生を喜んだ。

 水面下でもう一人の王子との対立があったことは知らされていない。政治体制で様々な変化が起こっているが、国民はそんなことなど知らない。知る由もない。

 ニーレマハ宰相の裁量権が激減したことも、ダパージ皇国の人間が減ったことも、軍備増強がはかられていることも、下々の人々は知らない。

 ましてや、そのモメンド王即位に関して、ベリオスの町の領主クロウが大きく関与していることなど、誰も知るはずがなかった。

 この世界はそういう風にまわっている。

 「それにしても、一気に静かになった気がするね」

 ぼやくように言ったのは、テオニィールだ。

 ベリオスの領主館の一室。クロウ会の面々が久々に顔を合わせていた。

 クロウがワンダールから帰還後、事の顛末を報告したのが昨夜だ。夜も遅く、軽く済ませただけなので翌日の昼に再び集まったというわけだ。

 「スレマールとノルワイダの人間がいなくなかったからじゃろう?」

 両国とは無事同盟を結ぶことになった。ノルワイダの方はまだ国内の安定化が優先されるので、正式な取り決めや調印は後になる。

 スレマールの方は先読みの巫女と王子がそのまま国へ戻ると言い出して、ワンダールで別れていた。ベリオス側に残っていた者たちにそれを告げると、慌ててそれを追って国に帰ったという経緯だ。王子の予定外の行動だったようだが、そのような無茶はわりとあるようだった。ヘンリー二世はなかなか読めない性格をしている。

 「うーん、本当にそのせいなのかな?なんとなく別の要因のような気がするんだけれど……」

 「いずれにせよ、クロウ様がご無事で何よりでした。ノルワイダのごたごたも解決されたようでさすがです。これで国庫が潤います」

 ウェルヴェーヌが飲み物を注ぎながら言った。相変わらず無表情だが、最後の方だけ声音が少しだけ嬉しそうだったのは気のせいだろうか。

 「別に俺が何かしたわけじゃねえよ。だいたい、解呪した後はもう勝手に終わってた感じだからな」

 「その辺はさすがにモメンド王子、いやもうモメンド王じゃな。かの御仁が予め計画してた通りに差配が進んだということじゃろう。クロウが事をなしたと同時に動き出せるよう、念入りに準備していなければあの早さでの王権交代はできまいよ」

 ニーレマハ宰相の捕縛、及び説得。前王崩御の通達と同時に即位の公表。第一王子派だった者への処分、等々。ありとあらゆる必要な手段が即断即行で同時になされたようだ。

 第一王子のカヤリスの呪いも解かれ、憔悴しているが今は正気を取り戻していた。間違いなくベリオス側の、ひいてはクロウの功績だった。

 ダパージ皇国の操体術の使い手の身柄も引渡したものの、結局自害したという報告を受けている。それが事実かどうかは分からないが、気にすることではない。重要なのは、モメンドが王になり、ベリオスの町と同盟国となったことだ。

 クロウたちは公に協力していたわけではないので、その時点ですぐにワンダールを出立して帰還した。国内が落ち着いたら、改めてノルワイダからは使者が来る予定だった。

 ベリオスに課せられた任務は成功し、かの国の内乱は大きくなる前にどうにか処理された。

 ちなみにニーレマハ宰相は家族を人質に取られて協力させられていたようで、モメンド王子がその人質を救出したことで穏便に説得したとのことだった。第二王子側も、クロウたちが裏で動いていた間、色々と手を尽くしていたということだ。あちらにもキヤス隊のような優秀な諜報部隊がいるのだろう。

 本当にすべてがあっという間に進行し、急展開というにふさわしい変化を目の当たりにした。

 ともあれ、クロウの関心事は既にノルワイダにはない。

 最後の最後に遭遇した、あの奇妙な人影の方が重要だった。

 一体何をされたのか。あれは何の意味があったのか。まったく見当もつかなかった。

 そのことを早くオホーラに訊きたい。特殊技能スキルについて相談できるのは賢者だけだった。 

 ゆえに、その後もクロウ会の面々は今後のことなどを話し合っていたのだが、ほとんどがクロウの耳を通り過ぎていた。集中できなかった。その様子を見て、クロウも疲れているのだろうと早めに会合は打ち切られた。

 事後処理などの割り振りだけを決め、午後になってようやくオホーラと二人きりになった。

 早速、あの奇妙な出来事を報告した。

 「……ふむ。おぬしの特殊技能がキャンセルされたということか」

 「多分、そうなんじゃねえかと思う。けど、それよりも、あいつは一体何がしたかったんだ?俺はその後、意識を失っていた。イルルが来るまで10分くらいは経っていたらしい。その間にあいつはいなくなってた。俺は殺されてもおかしくなかったのに、何もされていなかった。全然意味が分からねえ……」

 「ラクシャーヌも気絶しておったのか?」

 「ああ、あいつも何が起こったのか理解できてなかった。だからこそ、どうにかしなくちゃならねえと思ってる。何か対抗策を考えておきたい」

 そのラクシャーヌはまたどこかに抜け出していた。もっと魔力を高める修行をしているらしい。最近、互いの距離が以前よりも離れても活動できているのは、その修行のおかげらしい。災魔も今回のことには危機感を持っていた。

 「何者か、という点ではある程度推測できるが、その意図は確かに読めぬな……」

 相手にどんな意図があったのかは分からないが、完全に後手に回らされたのは確かだった。

 生殺与奪権を握られていた。今回生きていたのは単に運が良かっただけだ。特殊技能を絶対視していたわけではないが、これほど完璧に破られることがあるとは思ってもいなかった。完全な敗北だ。二度とあんな状況を許すわけにはいかない。

 「ん?あいつが何なのかは分かるのか?」

 「確証はない。じゃが、ノルワイダ王国内で暗躍し、且つおぬしのことを判別し、わざわざ特殊技能を発動させたことを考えれば、ベリオスに敵意ある者ではあろうよ」

 「敵意?でも、何もされなかったぜ?それに、今の条件で何でそうなるんだ?」

 「それは自明じゃろう。ノルワイダ行きは極秘行動じゃった。それを知り得たということは、ベリオスの町に間諜がいて網を張っていたことを意味する。この町を狙う輩以外にそんな真似はすまい。というより、それでわざわざノルワイダまで追ってくるほどの徹底ぶりで、おぬしに直接接触したというのは警告なのか挑発なのか……」

 「狙ってるなら、排除した方が合理的じゃないのか?」

 「そうとも言い切れぬ。トップの排除は有効な手段ではあるが、逆に他の結束を固めて藪蛇になる可能性もある。おぬし一人を取り除いただけではどうにもならないと判断しているのかもしれぬからな」

 「そういうもんなのか……けど、追ってきたってのは確実なのか?元々ノルワイダにいた奴って可能性は?」

 「その可能性も勿論ある。だとすればもっと絞れるが断定はできぬし、どちらにせよクロウが何者であるかを知っていることに変わりはない。その上で何か仕掛けてきたということ……軽くは見ない方がよかろうな」

 さすがの賢者にも見通せないようだ。

 ふと、先読みの巫女がいたならば、などと脳裏をよぎるが、そんな考えはあまりいいものではないだろうと打ち消す。未来視などに頼るようになっては、何事も立ち行かなくなりそうだ。それありきで物事を考えるようになってはまずいことぐらいはクロウにも分かる。

 「で、あいつが敵みたいなものだとして、それはいい。それよりも特殊技能の方だ。仮にも発動しかけたってことは、俺は何かされてヤバかったって認識で合っているか?」

 「ふむ……未だに発動条件が不明じゃが、おぬしの命の危険に伴って発動していることが多いことを考えると、あり得なくはなかろう」

 「つまり、やっぱ俺は死にそうになってることにすら気づかなかった上、切り札の特殊技能も封じられて、挙句の果てに見逃された、みたいなことか……」

 何となくそうではないかと思っていたが、改めて認めると厳しいものがある。

 死にたくないという至上命題が完全に脅かされていた。誰かの手に心臓を握られていたのだ。対抗する術もなく、その間に無防備に意識を失っていた。屈辱というべきものだ。

 クロウは自身が悔しがっていることに気づいた。死に対する恐怖というよりは、どうにもならなかった自分への不甲斐なさに怒りすら感じた。感情が乏しい自分自身にしては珍しい。それほど、何か根底を揺るがすものだったのだ。

 「確かに、恐るべき相手のようじゃな……じゃが、特殊技能をキャンセル、無効化するとは……やはりその者も転生人フェニクスだったのやもしれぬ」

 「転生人?」

 「特殊技能はそれぞれが固有特化すぎて何とも言えぬが、少なくともただの魔法でそれを止められるとは思えぬ。たとえば、わしがおぬしの特殊技能を止めてみろと命じられても、一体どうすればよいか途方に暮れる。せいぜいがおぬし本体を攻撃して特殊技能を使えない状態に追い込むぐらいで、特殊技能そのものをどうにかする術はまったく思いつかぬ」

 「そうなのか?けど、転生人ならどうにかできると?」

 「可能性としては、じゃがな。何かそういう特殊技能があるとしても不思議ではない。聞いたことはないが、あっても驚きはしない」

 「なるほどな……他の転生人か」

 その発想はなかったが、言われるとしっくりくる気もする。

 「じゃあ、ステンドでも俺の特殊技能を止められる可能性はあるって話になるのか」

 「いや、そう単純な話でもあるまい。相性というのもある。あやつの特殊技能が干渉できる範囲にもよるじゃろう。見たところ、おぬしの特殊技能は精神的なものも含んでおるようじゃし、無理そうではあるな。ステンドのものは完全に物理というか具現化しているものが対象であろうし……」

 「そうなのか?あいつのはそういえばよく分からないな……いや、それより俺のが精神的ってのどういう意味だ?」

 「うむ。わしの独断と偏見の印象でしかないが、少なくともお主のその、選択画面中?には、周囲の時間は止まっているように見えるのじゃろう?それはある種の精神世界の見え方だと捉えられる。であれば、そこに対して干渉できるのは精神干渉系というだけの話じゃ。まぁ、あくまで魔法に準えたものではあるが」

 その例えには頷けた。そうなのかもしれない。

 特殊技能が発動した後のあの60秒。カウントダウンの時間。じっくり考えるには少な過ぎる時間制限だと思っていたが、よくよく考えると決定するまでには少なからずその猶予がある事実に変わりはない。それは世界を止めていると考えるより、自身の中の体感時間が引き延ばされていると言った方が納得感がある。すなわち、それはクロウの精神世界だ。

 そして、それを無理やり破壊された。

 「他人のそんな内面にまで介入してきたってことかよ……」

 あの黒い人影の脅威が際立ってくる。

 「厄介な相手じゃが、特殊技能持ちの転生人であればそれほどの怖さがあることを体験できたと思って糧にするしかない。この先、この町を守るためにはもっと力をつける必要もある」

 「かもな。けど、その力をどうやってつければいい?何をされたかも分からねぇ。何を対策すれば……くそっ、すまん。またお前に何でも聞こうとしちまってるな……」

 「ひょっほっほっ、それはかまわんじゃろうて。そのための相談役じゃ。具体的な対抗策は確かに思いつかぬが、何であれこういうものは基礎を徹底的に向上させるしかあるまい」

 「基礎?体力とかってことか」

 「うむ。魔力、はラクシャーヌが担当しておるならばあちらに任せ、おぬしは体力や精神力を鍛えねばなるまいて。健全で頑強な身体はすべての源じゃ。技術云々よりもまずは基礎中の基礎を高め、何事にも対処できる土台を強めねばなるまいて」

 ラクシャーヌやアテルを内部に納めることで飛躍的な肉体的向上があることが分かって以来、クロウはそれほど身体的な訓練などはしていなかった。

 最近はもっぱら剣術の訓練など応用に当たるものを繰り返していた。ここで基礎に立ち返るのは悪くない提案に思えた。というより、他に何も思いつかなかった。

 「それとじゃな……む?おお、そういえば呼んでおったか。入ってよいぞ?」

 オホーラが不意にドアの方に声をかけると、三つ編みのお下げをした女が「失礼します」と入ってくる。気配はなかったので、丁度今来たところのようだ。

 一瞬誰だったかと思案して、すぐにシズレー学者団の団長ホウライだと思い出す。最近まったく顔を合わせていなかったからといって、さすがに失礼だということはクロウにも分かっていた。誰だ、などと口に出さないで良かった。

 「クロウ様、お久しぶりです」

 「ああ。そういや色々検査したんだっけか。その報告か?」

 ホウライやシズレーの学者たちには、クロウの呪いやココの特殊な状態を調べてもらっていた。その結果についてはまだ聞いていない。

 「はい、えっと、いえ、そちらはまだ経過観察中だったりしますけれど、報告が必要なら一応話せることはなくはないです」

 あまり快活な返答ではなかった。

 「その口ぶりだと別件だったか?」

 ホウライがちらりとオホーラを見る。二人は師弟のような関係だ。ホウライはクロウよりも賢者の部下という立場に近い。

 「うむ。まだそちらの結果は出ておらぬ。というか、仮説と検証を重ねている段階ゆえ、おぬしが求める答えなどはないという話じゃ。現段階で聞いたところで、特に何も変わらぬよ。そうではなく、例のオゴカンの件で進展というか状況の変化があったゆえ、ホウライから説明してもらおうと思ってここに呼んだんじゃ」

 「オゴカン?そういや、封印したあの一帯を封鎖するって話だっけか?」

 ノルワイダの使者が来てそちらに掛かり切りになっていたが、タファ=ルラ教関連の事後処理はまだ終わっていなかった。

 「はい。それもそうなのですが、裏結晶リバスタについて少し分かったことがあったのでその報告をと」

 裏結晶。その謎もあった。

 クロウはため息をつく。分からないことが多すぎる。それも厄介なものばかりだ。

 「御師様、あたしからでよろしいので?……分かりました。では、まず一番重要なことから。先程クロウ様が言われたように、循環封印で枯れ地となったあの付近を禁足地にするために実態調査しに行ったのですが……」

 ホウライが間を開ける。その表情は浮かないものに変わっていた。

 嫌な予感がしてクロウは賢者を振り返る。オホーラもまた思案顔だった。よくない兆候だ。最近慣れてきたあの感覚。

 シズレー学者団の団長が静かに口を開く。

 「封印されていたはずのオゴカンが消え去っていました――」


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