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選択死  作者: 雲散無常
第十章:事変
117/133

10-11


 アネージャの解釈はよくよく考えるとこじつけにしか聞こえなかった。

 しかし、試してその通りではあったので複雑な気分だ。

 鏡写しの蜘蛛の糸。

 それが何を意味するのか。

 第一王子カヤリスの背中、呪いの痣の中にそれを見出そうとしていたクロウにはまったく思いもよらなかった場所に答えはあった。

 そのために一度、地下牢からカヤリスを移動させることになった。先読みの巫女によれば、月明かりが必要だったからだ。

 欠けても欠けることなかれ。

 満月ではなく、欠けた形の光。その光の下でのみ蜘蛛の糸は現れた。

 痣がその月明かりを反射して影を地面に落とす。その様が鏡写し、つまりは左右反対の絡み合う糸のように描き出された。

 肉体に刻まれた痣そのものではなく、そこから反映される方に対して処置する方法は賢者の覚書にもあった。その不可思議な現象は、主に魔力反応によって引き起こされるとあったが、今回の場合の引き金はどうやら月光だったらしい。一体どんな仕組みなのか。

 そんなことはクロウ一人では思いつけなかった。

 先読みの巫女アネージャがいなければ分からなかった。こんな場所まで連れて来てもなお半信半疑だったが、認めないわけにはいかなかった。彼女の予見、宣託には確かに何かがある。

 とにかく、その地面に映し出された蜘蛛の糸を斬ることにした。

 そうすることで鍵が見えてくるはずだった。

 映し出されたものを斬って何がどうなるのかと思わなくもないが、そういうものだと割り切って試す。奇妙なことに手応えはあった。

 何かを斬っている感覚はそこにあった。

 ただ、それ以上の何かはなかった。斬れるが、斬れていない。切断するまでには至らない。

 「何か足りない……のか?」

 断ち切らんとする一つと二つ。斬るのではなく、切らねばならないのか。いや、それは言葉遊びに過ぎないだろう。

 先読みの巫女の言葉が脳裏によみがえる。

 結局、すべてそこに含まれるというのか。そこまで的確にこの解呪について視えていたのだろうか。

 無意識にアネージャの方を振り返ると、巫女は何も思い当たることはないというように首を振った。もう推測はないらしい。使えない、などとは思わない。そこまで頼り切るのはお門違いだ。既に十分力になってくれた。

 一つと二つ。

 合わせて三つ。

 蜘蛛の糸らしき影は二つだ。数が合わない。

 合計ではないのか。一回で二つに分ける?いや、既に二つだ。じっとその影を眺める。

 絡み合う蜘蛛の糸のようなその形状。

 絡み合う?

 先程から何かかたちが変わっているように見える。角度の問題か。知らずにうろうろと動き回っているうちに視点が移動していた。

 見る方向でその蜘蛛の糸の描画が違って見えた。重なる場所を探す。鏡写しでありながら融合しているようなギリギリの視点。それらしい形が見えてくる。微調整。

 「ここか……」

 確信があったわけではないが、クロウはそれが正しい気がしていた。躊躇うことなく、その状態で糸を斬る。

 一つが二つになる。

 手応えがしっかりとあった。切断したという最後の感触。

 その途端に、第一王子の背中がびくんと跳ねた。意識が戻ったわけではない。痣のようなそれ自体が煙のように実体化した。

 その現象は想定内だった。

 解呪の工程の一つで、呪いが具現化するパターンがある。鍵穴を見つけて鍵を差し込み、回そうとして回らないといったところか。

 最後の障壁。呪いの抵抗。扉を開けるために、鍵を回し切る必要がある。

 実体化したその霧は魔力の塊だ。濃い灰色のもやが不気味に揺らめている。意思があるかのように敵意が感じられた。

 触れると毒でも吐き出しそうな気配。実際には電気を帯びているようにバチバチと火花のような閃光を内に秘めていた。

 これを吹き飛ばすにはどうするのが最適か。力押しという手段は取るべきではない。少なくとも初手ではないはずだ。自然現象で考えるなら火を消すためには水をかけ、煙は風で逃がすものだ。ただ、自ら停滞して理に反するようなものに対して正攻法に意味があるとは思えない。

 覚書の対処法の一つを思い出す。対象を周辺を囲んで特殊な空間に閉じ込め、その上で封殺する方法がある。ラクシャーヌの出番か。

 (なんじゃ?わっちはまだお疲れじゃぞ?)

 無理やり起こした災魔は不機嫌だが、かまっている暇はない。頭だけ出して横着している身体を引きずり出した。

 (あの煙みたいなのが呪いの本体みたいなんだが、いい感じに閉じ込められないか?箱をかぶせる感じで密封できれば、何とかなる気がするんだが……)

 「ぬぬ?なんとも曖昧な指示じゃな……まぁ、よう分からんが、やってみるか」

 ラクシャーヌは不満げながらも魔法を使う。

 霧を囲うように赤い四つの火柱が立ち、その中で煙の動きが明らかに変わった。激しく蠢いている。苦しそうともとれるし、暴れているようにも見えた。

 「ぐぬぬ、こやつ抵抗が激しいぞ?」

 正直、クロウには何が起こっているのか分からない。魔法関係についてはさっぱり勘が働かない。

 「疲れがまだ取れておらぬのか。もっと魔力を……!!」

 お前は特に何かしてたわけじゃないだろうと言いかけたが、災魔は本当に苦戦しているようなので応援を頼む。

 「誰かここに追加で魔力を流し込めるか?」

 キヤス隊の中から、すっとトーリが進み出てきた。攻撃担当らしいが魔法も得意なのか。無言でやるべきことは分かっていると、その手をかざして集中し始めた。

 煙は今も激しく閃光をちらつかせながら飛び回っている。良く分からない反応だ。

 「どうだ、ラクシャーヌ?」

 「ふにゅにゅにゅー!!!?」

 奇声しか返ってこなかった。心なしか身体も重い。クロウ自身にも負荷がかっているようだ。事態はあまり好転していないように思う。

 ふと見ると、トーリの額にもいつのまにか脂汗がびっしりと浮かんでいた。やはり芳しくないのではないか。

 そう思ってうちにまたしてもアネージャの声が響いた。

 「魔法の相性を揃えてください!対極のもので鎮めるのがセオリーです」

 相性と聞いて、先の火と水の関係を思い出す。煙には風か。しかし、あの空間で風を起こしても逃げ場がない。煙の正体は確か水蒸気か。

 「土魔法だ、トーリ」

 ラクシャーヌの空間封鎖が何属性なのかは分からない。だが、今更そこを変えるのは多分厳しいだろう。トーリの補足の方を変更してもらう。

 キヤス隊の攻撃担当は厳めしい顔ですぐに対応した。

 「お、おおぉ?」

 間抜けな災魔の声を聞く限り、悪くはなさそうだ。またも先読みの巫女に助けられた形だ。

 第一王子の背中の上で、奇妙な煙の灰色が急に黒くなる。内部の閃光も影を潜めて、あっという間に縮んでゆく。

 呪いの鍵を回せそうだ。

 そう安心しきった思考が悪かったのだろうか。バチンと突如何かが弾けるような音と共に、一度は小さくなった霧の塊が上方へと飛び出した。

 現在地は穀物庫の一角。月明かりが入る窓の下で、木箱に囲まれただけの屋内だ。

 真っ黒になった霧の塊は、ゆえに屋根の太い梁へとぶち当たる。そこで拡散消滅してくれればよかったが、バンっと跳ね返って消えることもなかった。

 奇妙なことにその場に浮遊し続けていた。ふてぶてしくこちらを睨みつけているかのようだった。

 ぱっと第一王子の背中を見ると、既にそこにはもう痣の痕跡などなかった。

 つまり、分離には成功した。だが、呪いそのものはまだ生きている、ということだろうか。寄生していたものが独立して存在できるのかという疑問はあったし、呪いというのは人によって立つものなのにどういう状況だ、と思わなくもなかったが、現実問題目の前にある以上は対処せねばならない。 

 呪いを消すという行為が物理的な手段を取ることはある、と学んではいた。が、実際のその手段には様々な方法があり、ケースバイケースだ。押し潰す、燃やし尽くす、木っ端みじんにする、など徹底的に破壊するのが一般的だ。では、あの霧のような呪いの本体は何で消し飛ばすのが正解なのか。経験不足のクロウには分からなかった。

 「あれをどうにかするんじゃないのか?」

 どうすべきか考えあぐねていると、ヘンリー二世が苛立ったような声を上げた。動かないクロウにしびれを切らしたのだろうか。

 これから楽しそうな展開が見られると思っていた観客のようだった。見世物じゃないと言いたいが、ここまで引っ張ってきたのは自分なので何とも言えない。

 「……主?」

 イルルにも確認されるが、答えが出ない。返事もできない。

 ここにきてクロウは詰まってしまった。解呪士見習いの限界だ。とりあえず試してみる、という作戦はこの時点ではあまりうまく働かない。ある種の大詰めであり、ここで間違ったもので攻撃して外した場合、呪いというものは悪化する可能性が高い。この工程だけは間違えないようにと念を押されていた。

 賢者はその時になれば自ずと答えは見えてくるなどと言っていたものの、今現在何も閃きはなかった。

 それでも思考を巡らせていたその時、不意に頬に冷たいものを感じた。

 同時にほんの一刹那。はっきりとした殺気を感じて頭上を見上げる。窓に人影。月明かりを背にそのシルエットが一度だけ手招きする。

 クロウに対しての明確な誘い、いや挑発か。そしてすぐにその姿は消える。

 なぜここにいるのか。一体何者で、敵なのかどうなのか。こちらの計画がバレたのか。なぜ攻撃してこなかったのか。

 そんな様々な疑問を消し飛ばして、ただ後を追わねばならないと感じた。

 あれは危険だ。何よりも、ついて来いというあの意思に従わねば、この場所そのものが危険だと本能的に悟った。

 (クロウよ……)

 ラクシャーヌのいつになく真剣な声。皆まで言わずとも分かっていた。あの人影と対峙することがどういうことなのか。共生しているからこそ、言葉にせずとも感覚で伝わっていた。

 だが、選択肢はない。

 「キヤス隊は、予備の場所へ移動してくれ。警護対象にはその二人も含めろ。俺は後から行く」

 「え?どういうことっすか、主?」

 イルルですら、あの人影には気づいていなかったようだ。だが、説明している暇はない。

 今すぐにあの人影を追う必要がある。

 ただ、その前に呪いの方をどうにかする。答えはもう出ていた。

 賢者の言った通り、それは自然に理解できた。既にやるべきことは無意識に脳裏に浮かんでいた。

 (ラクシャーヌ、水の魔法を)

 それだけで災魔は即時行動に移した。黒い霧の両側を水の壁で挟んで固定した。身動きの取れないその塊に向かって、クロウは渾身の一振りを放つ。真っ二つに斬れたそれは音もなく散った。あっけない幕切れだが、かまっている暇はなかった。

 そのまま窓から抜け出して外へ出る。

 「あっ……!?」

 背後でアネージャが何か言いかけていたが、耳を傾けている暇はなかった。

 



 闇夜の中を走る。

 人影の姿はない。だが、なぜかいる方向は分かった。呼ばれていた。

 奇妙な気配が、己と呼応するように脈打っていた。

 そこへ向かう。言い知れない何かが胸の内で渦巻く。

 何かは分からない。理由など分からない。それでも、無視はできない。

 そうして、その場所へたどり着いた。

 街から少し外れた小高い丘。

 人影はそこで待っていた。

 何気なく佇むように立っていた。

 クロウと同じ黒髪。細目の黒い瞳に黒い肌。衣服の色も全身黒で、何もかもが黒かった。人間の男だと認識はできる。それでいて、実態がつかめない。夜と同化していた。ただ、その輪郭だけははっきりと見えていた。禍々しい何かが滲み出ていた。

 そこには敵意はなかった。一方で、殺意のように激しい何かがあった。それを形容する言葉を持たない。ある種の恐怖と言えるのかもしれない。

 一瞬身体が震えた。目の前にして、一層危険なものを感じた。それでもここに来た。なぜなのか。

 人影の顔の唇が歪む。笑ったように見えた。邪悪な笑顔。

 身体が反応する。剣を無意識に構える。身構えてしまっていた。

 戦慄のようなものが身体を貫く。何もされていないのに、全身全霊で反応していた。知らずに動かされていた。

 その感覚には覚えがあった。ラクシャーヌの破壊衝動だ。似た波動のようなものをその男に感じた。

 突如、見慣れた画面が表示される。


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 『いずれかを選択してください』 ー60s

 1.自らの――


 特殊技能スキルの発動。

 あまりにも突然にそれは始まった。予兆も何もなかった。

 とにかく文字を確認しようとして、叶わなかった。戸惑っている間にそれは終わっていた。

 認識したと同時に、その画面が破壊されたからだ。

 最後まで文字を読む暇すらなく、気づいたときには身体全体に衝撃が走り、クロウの意識は朦朧としていた。

 己に何があったかは分からない。

 ただ、地面に横たわっていることは自覚した。身体がまったく動かせないということも理解した。何かされたのだ。だが、何を?考えがまとまらない。

 「面白いが…………まだまだ、だな…………」

 どこか遠くから、そんな言葉を聞いた気がした。

 それはあの黒い人影の声なのか。一体何をしたのか、何を言っているのか。

 思考も視界もおぼつかない。

 そこで意識が途切れた。


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