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選択死  作者: 雲散無常
第十章:事変
113/135

10-7


 バーランダ第四倉庫事件。

 それは未解決の取るに足らない騒動としてワンダール警備隊の報告書の山に埋もれていた。

 報告者の署名にはニケル=ウデスバ四級巡察士とある。

 階級的には見習い上がりの新米に毛が生えた程度のものだ。ゆえに今も当時も見向きもされなかった。

 しかし、そこには若さゆえの職務に忠実で真面目な活動記録があった。緻密な詳細がきちんと事細かに書き留められている。

 事実を知る者がいれば、そこにはまったく間違いはないと認めることだろう。

 ただし、その内容はあまりにも荒唐無稽で信じられないものであった。だから妄想の類だと脇に避けられて陽の目を見なかった。

 報告書というより独白のような書き方で、稚拙なものであることも相手にされなかった要因だった。

 ニケル本人は嘘偽りなく本当のことだと熱弁はしたが、信じてもらえなかった。自分自身でも半ばあきらめ半分で強く主張はできなかったのだ。

 その内容とは以下のようなものだった。



 私が現着したのは夜中よりちょっと前の時間でした。

 XX地区を巡回中に一人の老婆が近寄って来て、近所の建物から悲鳴が聞こえて来てうるさいから何とかして欲しいという要請に基づくものでした。

 ※後にこの老婆は現場のバーランダ第四倉庫の裏手に住んでいることが判明しています。

 どうせ酔っ払いが暴れているのだと思って私はその建物に向かい、そこで確かに悲鳴のようなものを聞きました。

 しかし、悲鳴と共に他の物音はまったくしませんでした。

 暴れまわっている誰かがいるわけではないと判断しました。何かがおかしいと感じながらも、すぐに行動に移りました。

 名乗りを上げながら扉を開けると鍵はかかっていませんでした。

 薄暗い内部は棚が多く並んだ倉庫のような場所で、天井が高いと思いました。棚の商品は何か分かりません。全体的に荒れた状態ではありませんでしたが、所々で通路を塞ぐ形で物や書類が散乱している箇所があったので、慌てた様子で誰かが走っていた可能性はありました。少し埃っぽかったのを覚えています。

 呼びかけには誰も答えてくれませんでしたが、相変わらず悲鳴というか呻き声のようなものを聞きながら奥に進みました。

 そうして扉の一つを開けると、最初の犠牲者兼容疑者兼被害者が横たわっていました。

 彼の怪我の状態は切り傷や魔法による損傷と、集団戦でもしていたかのようにバラバラで奇妙でした。その後で見つけた他の生存者も同様でした。

 命に別状はありませんでしたが、皆異様に怯えていていました。

 以下はそんな彼らの一人Aの証言をできる限り正確に復元したものです。

 ※皆同様のことを言っていましたが、内容は支離滅裂に近く、比較的まともに会話として成り立ったものをピックアップしています。


 私:「いったいここで何があったんですか?」

 A:「な、何もクソもねぇ……いきなり目の前が真っ暗になって……」

 私:「真っ暗になって?」

 ※Aは突然パニックになったように暴れ出し、数秒間意味不明なことを叫び出す。記憶がフラッシュバックしのだと思われます。

 私:「落ち着きましたか?もう、ここには誰もいませんよ」

 A:「あ、ああ……そうだな。みんな、やられて、いっちまった……」

 私:「誰か襲撃者がいたのですか?」

 A:「分からねぇよ!!!いきなりだったんだ!いきなりサニーが倒れて、それから目の前に……あああ……」

 ※ここで再び錯乱状態になったので落ち着くのを待ちました。Aは襲われたときのショックが相当だった模様です。

 A:「す、すまねぇ、もう大丈夫だ。とにかく、急に視界が見えなくなった。魔法か何かだったかもしれねぇ。けどな、けどよ。誰の気配もしなかったんだ。それと音がなくなった。仲間の声どころか、自分の鼓動の音さえだ。分かるか?本当の無音ってやつだ」

 私:「……夢か何かを見たということですか?」

 A:「ちげぇ、夢なんかじゃねぇ。あれはここだった。俺は一歩も動いてねぇし、どこにも行ってねぇ。いや、助けには行った。行ったはずなんだ。けど、動けなかった。違う。ちゃんと仕事は果たそうとした。あいつらは……ああっ、何かがいた。いたはずだ……」

 私:「何かとは?」

 A:「分からねぇよっ!?けど、俺たちは護衛で……もらった金の分だけは果たそうと……けど、そうだ。おかまいなしに、それでいきなり吹っ飛ばされて、違う。何かがそばにいて……殴ったんだ、殴られたのか?けど、痛みもなくて……」

 私:「何かと争ったんですね、それから?」

 A:「それから?そんで何が起こったか?俺にも分からねぇ。まったく何もない真っ暗な中で、あれがいきなり……」

 私:「あれ?あれとは何ですか?」

 ※ここで三度男が錯乱して、そのまま気絶して倒れました。男の身体には確かに殴られたような痣がありました。

 また、錯乱中にかろうじて聞き取れた単語のようなものは以下に記します。

 『アテXX』、『ソジュXX』、『XXパーXXコク』、『XXイチオーXXX』

 発音不明瞭な部分が多く意味をなさないとは思われますが、複数人が同様のことを口にしたため、もしものために記録。



 証言を取った後、私は現場をくまなく歩き回って調べました。

 倉庫には部屋が幾つがありましたが、人がいた形跡があったのは二部屋のみでした。その一つでは内部で争ったような跡がありました。

 よくよく調べると壁の一部に一定の大きさの線のようなものがありました。その部分だけ埃が払われているというか、何かで拭き取ったようにむき出しになっていました。かといって、規則正しい直線なわけでもなく、何かの文様を表わしているようにも見えませんでした。

 ただ、奥の部屋までその奇妙で歪な幅の線は続いていました。後で詳しく調べる必要があると思います。

 奥の一室には寝泊りしていたような生活感がありましたが、そこで何人がいて何をしていたのかは不明です。一部にのみ埃がなかったので活動的なものはではなく、一か所に留まっていたと推測されます。その内容の手がかりはまったくなく、特に変わった物品もありませんでした。

 では、なぜ争っていた跡が分かったのか。

 机らしきものが割れていたからです。明らかにその部屋にそぐわない唯一の家具で、どこからか持ち込んだものだと思われます。

 その机が壁にめり込むように吹き飛ばされていました。通常では考えられない状態でした。

 魔法か何かの影響でそうなったのだと思われます。

 もう一つの部屋の方の目的は明白でした。簡易ベッドと椅子にテーブル、カード遊びをしていたと思しき状態から、詰め所のような場所であったと想像できました。

 以上のことから、この倉庫に何者かが勝手に居ついて何かをしていたことは間違いありません。

 そしてその護衛をしていた数人の集団がおり、そこへ襲撃してきた魔法士か何かがいた、というのが今回の騒動の正体だと思われます。

 護衛をしていたのは傭兵の類で雇い主については何も知らされておらず、襲撃者に対しても先述のような錯乱した証言のみであまり役立ちません。

 今後はこの雇い主が何者で何をしていたのか、それを攻撃した側が何者であるのかを焦点に調査をするつもりです。



 その後のニケル四級巡察士の調査結果については何もなかった。

 調査自体が打ち切られたからだ。とある上からの要請によって圧力がかかったのだが、現場の者がそれを知る術はない。

 世の中はそういうもので溢れているものだ。当事者ですらそうした事実を知ることは少ない。

 上記の襲撃者たちは、自分たちが警備隊の報告書に記録されることになるなど思ってもいなかった。

 「どういう状況なんだ?」

 建物に正面から突っ込みながら、クロウは先行するラクシャーヌに問う。

 「アテルと連絡が取れぬ」

 災魔の焦りはつまり状況が分からない事態に陥っているということそのもののようだ。

 「前にも同じようなことは?」

 「ない。魔力そのものは感じるゆえ、大事には至っておらぬと思うが……」

 ラクシャーヌは倉庫内を走り抜ける。

 入口を抜けても特に誰もいなかった。内部は物音もなく静まりかえっている。

 「人の気配もないな……」

 「不自然に静かっす」

 無言でついてきているイルルも同意する。

 緊迫した雰囲気を感じ取って無駄な質問はやめたようだ。さすがの対応力で助かる。クロウにも分かっていないことは説明できない。

 「少なくともアテルが侵入したときは何人かいた。何かがおかしい」

 ラクシャーヌにもっとアテルとのやりとりを聞きたいところだが、そんな暇はなさそうだ。

 既に居場所は分かっているようで、災魔はひたすらに一点を目指して急いでいるように見えた。

 「主、前から妙な魔力を感じるっす」

 不意にイルルがそう警告したとき、ラクシャーヌもある壁を前に立ち止まった。

 否、それは壁ではなかった。

 一瞬扉が見えた気がする。しかし、次の瞬間には真っ黒な壁に変わる。いや、やはりそれは壁ではない。どこかで見たような奇妙な闇色の何かだ。おかしな視界、場違いの感覚。

 クロウには見覚えがあった。

 「これは……アテルか?」

 「気づくのが遅いぞ、クロウ。どうやらアテルはこの先の空間を封鎖しているようじゃな……」 

 クロウは初めてアテルに遭遇した時のことを思い出す。

 ウィズンテ遺跡内で、審問の間を覆って内部にいる者の五感を奪い、閉じ込めるような動きをしていたのだ。今のこの状態はそれを外から眺めている状況なのではないだろうか。

 「じゃが、なぜ沈黙しているのか。これほど近づいてもやはり反応がないままじゃ」

 「集中しているから、とかじゃないのか?魔法は精神が乱れると崩壊するんだろ?アテルのこれが魔法かは知らねえが」

 「ふむ。あり得るな。中で何かが起きてるなら、確かめに行くしかなかろう」

 「いきなり入って大丈夫か?」

 「偵察なら、自分が行くっす」

 イルルがその役は譲れないとばかりにすぐさま黒い壁の向こうへと飛び込んでいった。ラクシャーヌとの声は聞こえていない分、出番をずっと窺っていたのだろう。諜報役兼護衛としての本分を全うしたかったのかもしれない。何もできずに焦れていたのはクロウだけではなかった。

 今がチャンスとばかりに勢い込んで行くウッドパック商会の者を止める術はなかった。

 と思っていたら、止めたのは壁のようなアテルそのものだった。

 気が付けばイルルは真逆の後方へと吹き飛ぶ形で弾かれていた。無音で反射されるその姿はシュールでさえあった。

 「…………っ!!???」

 本人も何が起こったか分からないらしく、珍しく困惑した表情を浮かべて床に座り込んでいた。

 「わっはっは、馬鹿者めっ!アテルの中に外から入れるのはわっちとクロウぐらいじゃろうて。大人しく留守番をしておけ」

 ラクシャーヌは高笑いしながらその壁をすり抜けていった。たまに見える扉などおかまいなしだ。

 どういう理屈かは分からないが、災魔は確かにその黒い膜の中へとすっと消えていった。

 「俺とラクシャーヌしか入れないようだ。お前はここで他の怪しいやつが来ないか見張っていてくれ」

 「……りょ」

 未だ呆然としたイルルの返事を背にしながら先へ進むと、内部は普通の部屋のように思えた。アテルの能力はクロウには影響しない。

 ただ、異様な空気というか普通ではない場の匂いのようなものは感じた。

 先に入ったラクシャーヌは腕組をして何やら考え込んでいる。周囲を見回して訝し気な視線を送っていた。

 「アテルからの反応は?」

 「……ない。じゃが、この奥には何かの気配がある。敵やもしれぬ。そして、それがアテルの固まっている原因かもしれぬ」

 「固まっている?」

 「まったく、おぬしはもっと魔力関連に精進すべきじゃ。これほど異様なマナの空気に気づかぬとはありえんじゃろ」 

 「やっぱりこの場の魔力が変ってことなのか?」

 「うむ。おそらくはアテルの反応がないのは、空間を封鎖した状態で何か別の要因によってその維持を余儀なくされておるからじゃ。要は、敵対関係の何物かがおる。これから全力で排除するぞ、クロウ。アテルもそう長くは持たぬ。それと、わっちが先に行く間壁沿いに手をあててゆくがよい。アテルの魔力供給に役立つやもしれぬ」

 ラクシャーヌは早口にそう言うとゆっくりと歩き出した。慎重に進んでいるのは何かを警戒しているからだろう。

 猪突猛進型の災魔がそうせざるを得ないほどの何かが先にいるのか。

 クロウは言われるままに壁に手をあててその後を追う。壁は埃をかぶっていたり蜘蛛の巣を張っていたりで不快だが、アテルのためと思えば問題はない。いや、この壁も今はアテルが覆っているのならアテルの一部なのだろうか。

 そう思うと感触が一刻ごとに変わっているようにも感じる。何を触っているのか混乱するような感覚か。そもそもアテルの本体が何でできているのかは未だに謎なため、アテルの感触というのもあまり理解はしていなかった。

 ただ、普段何気なく感じている何らかのつながりという意味では、確かに距離を感じた。こうしてアテルに触れていてもその存在は遠い気がする。ラクシャーヌならばもっと離れているように感じているのかもしれない。

 倉庫内は薄暗く視界は悪かった。ラクシャーヌはそれでも進むべき方向は分かっているのか、迷いなくゆっくりと歩を進める。

 辺りは相変わらず静かだった。

 本当に人がいるのか信じがたい。そう疑問を口にすると、ささやくようにラクシャーヌが返答する。

 「アテルの内部じゃ。わっちらの感覚と実態はおそらく違うのじゃろう。じゃが、それも多分ここまでじゃ。あの扉が見えるかえ?おそらく、あの内部はアテルの影響力が弱まっているか、何か異常がある場所じゃ。見知らぬ者は敵と思え。わっちらに気づいている可能性もある」

 「気づいてるんならとっくに出て来てないか?」

 「それができぬ状態なんじゃろう。あそこからまたマナの気配が変わっておる。おそらく強い魔法士の類がおる。気を抜くなよ、クロウ」

 災魔がここまで警戒する相手だ。注意を怠るつもりはない。

 剣を抜き放って大きく息を吐いたところで、ラクシャーヌが扉を蹴破っていきなり魔法を放った。

 「わっはっは!ひれ伏すがよいぞ!!」

 災魔は叫びながら先制攻撃のまま突っ込んでいく。

 「ちょっ、お前……!?」

 先程までの慎重さは吹き飛んでいた。ここに来ての正面突破。それが最適解だったのか、単に緊張感に飽きたのか、クロウには両方あり得るように思えた。 

 人に慎重を強いておいてこれだ。ラクシャーヌはやはりラクシャーヌだった。

 半ば呆れながらも、クロウ自身もその後に続いた。


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