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魔法岩人形はその巨体を一時停止していた。
改めてよく観察すると、人型ではあるがその造形はかなり適当だ。顔と胴体、腕と足というパーツには分かれているものの、すべてが荒い。様々な岩や鉱石でそう形作られているだけで、凸凹で歪な表面が目立つ。遠目で輪郭から腕や足だと認識できるだけで、近距離からだと寄せ集めの張りぼてのような印象が強い。
ただし、その材質や大きさから脅威であることは変わらない。
今はその膝辺りの部分が地中に縫い付けられたように固まっていた。
つば広の帽子、カウボーイハットを被ったステンドの特殊技能のおかげだ。探索者の転生人らしく、金で依頼を受けるという分かりやすい申し出を受けたのだ。 「どういう特殊技能なんだ?」
固まったように動かない、いや、動けないでいる魔法岩人形を見上げながら、クロウは尋ねる。
「はっ、そんなの簡単に言うはずねーだろ?オマエも転生人なら分かんだろーが」
「そういうものか……悪いな、まだ日が浅くてその辺は常識なしだ」
「へー、最近ってこたァ、召喚されて間もないってことだよな?それで領主サマになってるって、どうやらまともな召喚の儀じゃなかったみてーだなァ?」
ステンドは何かを悟ったのか、面白そうに笑った。クロウが転生人であることは例の装石がないことですぐに判別していたようだ。
「色々あったのは確かだ。それで、この後どうするんだ?足止めはできたみたいだが、こいつを破壊できるのか?」
「んー、それなんだが……」
ステンドはそこで表情を曇らせた。ついで、魔法岩人形を再度眺めまわして何かを確認すると、
「厳しいくさいな。ってか、とりあえず止めてみたが、それも長く続かないかもしれねー。こいつの魔力、どっかから湧いて出てるぜ?その供給源を断たねーとキリがねーわ」
「供給源?」
「でも、創造主のような魔法士はどこにもいませんよ?」
ロレイアが口を挟む。
「こいつはその手のタイプじゃねーだろ、お嬢ちゃん。勝手に動き回る半自立思考系だ、何かの命令だけ与えられて動いてるんじゃねーか。逆にだからこそ、足元で何かと紐づいてる気がする。それを何とかしねーと、マジでオレが持たないな」
足元と言われて皆が魔法岩人形の下半身を見る。半端に地中に埋まっている。足先などが完全に出てこないのは、そういう理由だったのかもしれない。
「では、わたしが見てきます!」
ロレイアは言うや否やぽっかりと空いた穴から飛び降りて行った。ラクシャーヌの魔力が不十分なことに責任を感じているのか、こちらが止める間もなかった。
「元気なお嬢ちゃんだなァ……」
(こやつ、どうにも得体が知れぬのぅ。そもそも、地下遺跡から出てきた時点で怪しいのじゃ。利用するのはよいが、警戒を怠るでないぞえ?)
ラクシャーヌは完全に内部で身を潜めている。転生人の特殊技能は、できるだけ秘匿しておく方が効果が高いというのは言うまでもない。ステンドにああ言ったのも油断させるためで、クロウも信用はしていない。ただ、何も打つ手がなかったので、ステンドに何ができるか試すつもりで話に乗ったのだ。
結果的に足止めはできている。ここまで来た経緯は気になるが、今は魔法岩人形の対処が最優先だ。
「それで、あとどのくらい持つんだ?俺が依頼したのは、こいつの処理だ。単なる足止めじゃ困るんだが?」
それなりの金を要求されている。依頼主として強気に出られる立場だった。
「まー、そう焦るなって。確かに思ったより厄介だけどよ、どうにかしてみせらァ」
ステンドはそう言うと、魔法岩人形の身体に飛び乗り腕の方へ駆け上ってゆく。
(何をする気じゃ?)
(さあな。あいつの特殊技能が何なのかさっぱり分からねえから、見当もつかねえ)
(ふむ……状況から見て、何かを固定できるようなものなのかのぅ?)
特殊技能というものは、まさしく何でもありだとオホーラが言っていた。一度基本知識を教えてもらったのだが、賢者にもその原理や仕組みは分かっていないとのことだ。判明しているのは、基本的に一人に一つだということ、原則的にはこの世界の強大な敵である魔族に対抗するための特殊な力であること、その効果や種類は分類不可能なほど多岐に渡ること、という実に少ないものだった。
「特殊技能の使用は、魔法と同じように魔力を消費する。それ以外にも精神力、生命力、気力、など様々な要素も使っているという研究もあるが、個々人によってその辺りも共通ではない。とにかく無尽蔵に使えるものではないということじゃな」
オホーラの言葉が蘇る。クロウの場合は使った後に色々ありすぎて、どういう処理が行われたのかすら定かではない。千差万別という答えは納得がいくものではあった。
果たして、ステンドの特殊技能はいかなるものなのか。
岩の塊を器用に登っていくと、ステンドはその腕の部分で何かしている。魔法を唱えているようでもあり、単に瞑想しているようでもあるが、わざわざあんな場所で精神集中もあるまい。特殊技能の発動に必要な何かをしていると推測できた。
特殊技能の発動に要する時間というのも、当然の如く一般化できるものではなく、瞬間的なものから何十分まで大きな幅があるようだ。先程足止めした前例を想えば、ステンドのものはそれほど時間がかかるものではないはずだ。
(あやつが失敗したら町はもうダメじゃな。じゃが、そうなれば領主失格で逆に自由になれるのではないか?面倒なことから解放されて、それもまた悪くない気がするのぅ)
(領主失格になった場合、無事に解放されるとは限らねえぞ?責任負わされて、死刑とかもあり得るんじゃねえか)
(なんじゃと?それはよろしくないな。おい、どうにかせい)
(どうにもならねえから、あいつに賭けてるんだろ。鳥頭かよ)
(とりあたま?どういう意味じゃ?)
ラクシャーヌは人間の熟語や諺には疎いらしいことが分かっている。クロウは自分で用いることは多いがほぼ無意識で使っているため、その度に自ら確認して理解することが多かった。今回も声に出した後に、なんとなく意味が浮かんできて分かった。
(ニワトリってのは記憶力が弱いらしくてな。三歩歩くと忘れるってなとこから、物覚えが悪いやつのことを言うんだ)
(なるほど、物覚えが悪いという意味か……って、馬鹿者!わっちを愚弄しておるのかぇ!?だいたい、おぬし、記憶が弱いどころかないではないか!負けておるぞ!)
(勝ち負けは関係ないと思うが、それはお前も当てはまるからな?)
(おぅ、そういえばそうじゃな。これは一本取られたのぅ、わっはっはっ!)
そんな不毛なやり取りをしていると、魔法岩人形の両腕部分が合体した。ある種の腕組状態で固まっている。文字通り、攻撃の手が止まったということだ。ステンドが颯爽と降りて来る。 「とりあえず、これで腕をぶん回して町を壊すことはなくなったぜ?ただ、踏ん張られると、こっちの足止めの方は引っぺがされそうだけどなァ」
「どれくらい持つ?」
「さーな。下の嬢ちゃん次第じゃねーか?てか、軍隊の方はどうした?なんで領主サマ自ら最前線にいんだ?」
「ついこないだ災魔に襲われてな。まともに戦える人間はほとんどいない状態なんだ」
「災魔?へー、そいつはまた……っていやいや!襲われて無事だった方が驚きなんだが!?」
おまけにその災魔は俺の中にいるんだがな、とクロウは自嘲気味に内心で思った。冗談だと思っていたのか、クロウが訂正するのを待っていたステンドは、相手が真面目な顔で何も言わないので本当だと理解した。
「マ、マジなのかよ……はァー、なるほどな。魔法岩人形が暴れただけにしちゃ町の広範囲が荒れてると思ってたけど、そういう理由か」
「そういうわけで、真面目にお前の腕に今後がかかってるわけだが、どうなんだ?こいつをぶっ壊せるのか?」
「ああァー……」
ステンドは間抜けな声を上げて、魔法岩人形を見上げる。帽子の下の苦い表情を見て、クロウは察した。
「無理なんだな?想定外に強かったのか、もともと騙すつもりだったのかどっちだ?」
ステンドは処理すると断言していた。そして、クロウの依頼は足止めではない。そこに多少の齟齬はあったとしても、初めから大言壮語の類であれば詐欺だ。依頼そのものを反故にしても問題ない。その場合、問題なのは実際の魔法岩人形の対処で、結局頭が痛いことに変わりはないのだが。
「ああ、いや。誤解しないでくれ。初めからアンタを騙そうとか思ってたわけじゃねーよ。ただ、思ったよりも厄介なヤツだったってことは認める。前にも同じようなのとやりあったんだが、そん時は燃料切れを待ってりゃ勝手に自滅したんでな。オレが止めてりゃどうにかなると踏んだんだが……こりゃぁ、下にいった嬢ちゃんを手伝って供給源を断つしかねーかもな」
「そこは確信しているみたいだが、本当にそうなのか?それが間違いないなら、ここで足止めできてる間に、地下を探った方がいい」
「オレはそう思ってるけど証拠はねーし、絶対の保証なんてできねーよ。それと、足止めも怪しくなってきたぜ……つか、ヤバいかも?」
焦った声のステンドの視線を追って、クロウも何が起きようとしているか悟る。
「なんだ、あれは何か射出しようとしているのか?」
魔法岩人形の顔の口当たりに、魔力が集まっているのが分かった。まったく良くない兆候だ。
「こいつ、魔法まで使うのかよ!?って、そうか。身体の方を止めちまったから、どうにか魔法でって魂胆か」
「つまり、お前のせいってことか?」
「いやいや、足止めしてなかったら今こうやって話してる時間もなかっただろ!?」
それは間違いない。同時に、今あの魔法を何とかしなければならないことも確かだ。
「ラクシャーヌ、止められるか?」
「無理を言うでない。デカブツの魔力蓄積量が桁違いじゃ。元を断たねば意味がないじゃろう。後から後から湧き出る水をどれだけ手ですくおうと間に合わぬわ」
ぱっと顔を出したラクシャーヌに、ステンドがぎょっとした飛び退る。
「うおっ!?なんだ、それ!?」
「俺の特殊技能の使い魔だ。今は魔力不足で、あれを抑えつけられない」
「使い魔?なる、ほど……珍しいタイプだな。てか、魔力さえ足りてればどうにかなるのか?」
「ああ、一応本人はそう言っているが、今は圧倒的に足りない」
「本人?そっちも自律思考型の使い魔かよ。ともかく、魔力なら他から補う補法は色々あるだろ?試したのか?」
「ああ、いや、こいつは特殊なんで俺の血からしか魔力というかエネルギーを摂取できない。んで、俺の血には当然限りがあるから現状じゃ足りないって話だ」
「はン、血の契約みたいなもんか。てか、ヤバいな。あいつ、こっち狙ってないか?」
魔法岩人形の顔が、ギギギと動いて明らかにこちらを向いている。その口から今にも何らかの魔法が飛び出しそうだった。
「おうふ!?おぬし、どうにかせい!さすがにあれは死ぬぞぇ?」
「どうにもならねえってずっとしゃべっていただろうがっ!?」
クロウは逃げようと身構えるが、今からどこに向かおうとも間に合わないことは明白だ。ステンドは薄情にも「お先!」と言って地下への穴に既に飛び込んでいった。反射神経の差が出ている。地下ならば助かるのかと聞かれれば疑問だが、少なくとも棒立ちしている今よりもマシだろう。
また死ぬのか、とクロウがあきらめかけた瞬間。
例の選択画面がぱっと浮かび上がってきた。
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『いずれかを選択してください』 ー60s
1.周囲の人間の命を消費して災魔のエネルギーを補充し、魔法岩人形を破壊する
2.自らの命を消耗して災魔のエネルギーを補充し、魔法岩人形の魔法を押し返す。
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「またこれかよ!?」
特殊技能が発動したのだとクロウは理解する。ラクシャーヌへの魔力供給が、他人の命で賄えるということらしい。その場合はやはり死ぬということだろう。自分のものは消耗となっているが、その違いがどの程度が微妙過ぎて試す気はない、やはり論外だ。しかし、周囲の人間という曖昧な範囲が気になる。それはどの程度の範囲を示しているのか。
魔法岩人形から避難させた町の住人はそれなりの数がいるが、まだ遠巻きに眺めている者たちもいる。どこまでが周囲に含まれるのか。ざっと見て数十人はいそうだった。
悩んでいる暇はない。前回同様、無情に秒数が減っていく。
(ラクシャーヌ、お前のエネルギーを今から補充する。俺の血じゃなく、他の人間の命みたいなんだが……大丈夫か?)
(何じゃと?よう分からんが、おぬしの特殊技能とやらでか?それでわっちはどうすればよい?)
(魔力だか何だかが回復したら、あいつをぶっ飛ばしてくれ。でないと、死ぬだけだろうよ)
(問題ない。気合十分なら、そもそもあんな張りぼてにわっちは負けぬわ、わっはっはっ!)
倫理的問題を聞いたつもりだが、そもそも災魔にそんなものはなかったかもしれない。自分はどうなのかと密かに思うと、あまり関心が湧かないことに気づく。他人の命を無闇に奪ってはならないという観念は根底にあるが、それに伴う体験的なものが皆無のため、実感がないせいなのだろうか。
いずれにせよ、死にたくないと言う絶対的な欲求があるため、選ぶ先は一つだ。
数十秒を残して、クロウは1を選択した。