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選択死  作者: 雲散無常
第十章:事変
108/138

10-2


 窓から聞こえる夜の喧騒は、うるさいはずなのに穏やかな調べの音楽のようだった。

 遠くぼやけて聞こえて響いているせいだろうか。

 うとうとと半ば眠っているようなその状態はクロウにとって心地よかった。何もない空間をただ漂っているような感覚。

 そのまま寝落ちできたなら最高だったのだが、現実は甘くない。

 自室のベッドに寝転がっていたクロウは、扉をノックする音でそのまどろみから覚醒した。

 「お休みのところ申し訳ありません、クロウ様。明日の予定について今のうちにお伝えする必要がございまして……」

 普通に部屋に入ってきていいと許可しているのに、ウェルヴェーヌは時々、こうして扉越しに話しかけてくる。

 何度かココがベッドの中に潜り込んで眠っていたことがあるので、その辺りを遠慮しているのだろうとオホーラが言っていたのを思い出す。別にやましいことはないので気にする必要はないと思うのだが、やはり他人の気持ちはよく分からない。

 そのココと言えば、ミカサ村から帰ってきてから「修行が足りないのん!」とどこかの武闘家のようなことを言い出し、警備隊に混じって訓練に明け暮れているという。何を目指し始めたのだろうか。

 「入ってきていいぞ。そこじゃ、よく声が聞こえない」

 「では、失礼します」

 いつものメイド姿のウェルヴェーヌは続ける。

 「先程、ノルワイダ王国の使節団が到着しました。早速明日の謁見を希望していますので、午後一番での謁見ということでよろしいかの確認です」

 「もう着いたのか?えらく早いな……オホーラがやけに急いでいたのは本当に余裕がなかったってことか」

 「はい。実は先方からはその足ですぐさま会談の申し込みがあったのですが、さすがにこの時間なので最速で予定を組むとだけ伝えております」

 本当に急だ。想像以上にあちらが急いでいるということは分かった。

 「午後一ってのはオホーラの案なんだろ?俺はそれでかまわないぜ」

 「はい、了解しました。では、こちらが一応追加資料となります。今日はお疲れだと思いますので、今夜はもうお休みくださいませ」

 ドンっと音がして、抱えていたそれが机に置かれた。分厚い資料を渡しておきながら眠れとはどういうことか。

 暗に自主的に読むことを求められているような気がしてきた。眠気が一気に吹き飛ぶ。

 静かに一礼して去ってゆくメイドを見送った後、早速残されたその紙の束に目を通す。

 そこにはノルワイダ王国の子細な情報が載っていた。付け加えて、デオム国のものも記載されている。

 共に知ることが必須だということらしい。

 そう言えば一つ気になっていたことがあった。

 デオム国はなぜデオム国なのか。他の多くは王国や公国、皇国などと呼ぶ。一般的には国を治めている体制によるものだとされているので、デオム国はそういう象徴がいないのだろうか。ぱらぱらと資料をめくっていると、しかし、デオム国にはしっかりと国王と呼ばれる存在がいた。

 ならばなぜ、デオム王国ではないのか。その理由はすぐに分かった。どうやらデオム国には、王と並ぶ権力の持ち主が他にいるらしい。それがデオム騎士団長で、内政が王、軍事が騎士団長という双頭体制で成り立っている国だった。

 軍事国家と呼ばれるのは、その騎士団の影響力が高く武力も強いからだ。中央大陸の二大強国であるハグルスト王国とライリカ帝国からも一目置かれ、国境線では西方のノーグフェールとも接していながらも、侵略対象になっていないことからもそれは間違いなさそうだった。

 そんな国がベリオスのウィズンテ遺跡を狙っているかもしれないということか。賢者の懸念がうっすらと見えてきた。

 内情に関しては今もウッドパック商会の方で情報収集を続けているようで、現状でも手強そうな国の様子がありありと想像できる。少なくとも、楽観視はしない方が良さそうだった。

 とりあえずデオムに関してはそのくらいにして、肝心のノルワイダの方に目を移す。

 こちらは典型的な王国体制で、現国王のジーマヌ王に関しては凡庸な王ながら欠点もなく無難に国を治めていたことが分かる。ただ、今回の流行り病の悪化が早すぎた。結論的にはあまりにも運が悪すぎたという見立てだ。そこには外部要因、要するに毒殺だのといった陰謀の類はないという報告が上がっている。

 抜け目なく、その機に乗じた者がいただけだと。元凶であると噂される宰相の名はニーレマハ=オジマ=プラットンで、前王から使えている忠臣であるようだ。齢60を越えている老人だが未だ衰えを知らず、温和な外交術で周辺国との協調路線で国を守ってきた実績もある。表の評判からはとても第一王子を操っているようには思えない。

 これらに関しては商会の方で早急に裏を取るつもりらしい。まだ本格的に諜報活動の基盤が出来ていないという。既に馬車馬のように至る所で活躍してもらっていると感じた。もはやベリオスの町にとって欠かせない目となっている。

 ミレイの「ほなら、もっと契約金あげてーな」という声が聞こえてきそうだ。対してウェルヴェーヌの「検討します」という素っ気ない対応も。この国の国庫事情は正直、クロウにはあまり良く分かっていない。優秀な人間に任せておいた方が上手く回るからだ。不得手なものまであまり頑張りたくはない。

 少し思考がズレた。資料に戻る。

 今回訪れているという第二王子陣営に目を通す。

 モメンド=ラキトラ=ノルワイダ。それが第二王子の名で、国民からの人気は高い。容姿が整っていることもあるが、生真面目で礼儀正しく清廉潔白なところが好まれているらしい。堅実な性格はジーマヌ王の資質をしっかりと引き継いでいるということか。

 能力的に突出したものはないものの、あらゆる方面を平均以上でこなす万能型というところで、第一王子のカヤリスが武芸にやや特化している点からも、より国民受けがいいようだ。とはいえ、カヤリスの方も多少粗暴なところがあるくらいの好青年で嫌われているということはない。王国内の兄弟王子の評判は悪くなくその仲も良好だった。ただ、最近はカヤリスが人前にほとんど顔を出さなくなったという報告があり、それが今回の騒動の裏付けにもなっていた。

 また、王子達にはそれぞれ近衛兵士長という側近の護衛役がおり、今回もミナーグ=アムトラ=ファーレンというものが同行している。備考欄にはノルワイダ剣術の継承者でモメンドの幼馴染とある。大分親しい間柄のようだ。

 その他、使節団には外交官のヤヤーメ=トバトなる者と、どこか謎めいた貴族令嬢も伴っていると報告に上がっている。わざわざ言及してくるのは何か匂うが詳細はつかめていないといったところだろうか。

 大元のノルワイダ王国自体については、やはり特色はあまりない。歴史が古いだけという話だったが、その認識は少し違った。国としての格式の権威は想像以上に高く、小国でありながらも大国の式典などには必ず招待されるほど広く認められていた。形式的とはいえ、この大陸における歴史の証人のような位置づけにある国として大分認められているようだ。

 そんな国で内乱とは穏やかではない。

 何もないとは言うが、時間の積み重ねというものは貴重だ。どれほど強くても、どれほど優れていようとも、時の長さには届かない。それは時間経過のみによって得られるもので、国として長く存続するということはそれだけで価値のあることなのは間違いない。敬意を払われるのも当然だ。

 しかし、デオム国が暗躍しているのならばその敬意を無視していることになる。強さに驕る国特有の無鉄砲さなのかもしれない。デオム国の歴史は浅い。新興国且つ軍事国家の典型的な暴走が今回の原因なのだろうか……ますます、傍観者でいられない気がしてきた。

 クロウは資料を放り出し、再びベッドへと戻る。

 ようやく一区切りついて、自分自身の問題に向き合えるかと思っていたが、まだその時ではないらしい。

 せっかくシズレー学者団の中の呪い関連に詳しい者から、ラクシャーヌとの奇妙な状況についてヒントを手に入れたというのにお預けになりそうだ。もっとも、そのヒントも薄い手がかりでしかないのだが。

 相変わらず状況に振り回され続けているなと自嘲しながら、クロウは目を閉じた。

 

 


 ベリオスの町には玉座などない。

 王がいないのだから当然ではあるが、謁見の間というとやはり権威の象徴としての側面が強く、豪勢に飾り立てておくものという共通認識がある。

 その常識がここにはなかった。

 ベリオスの謁見の間は一応広間の造りではあるが狭く、変則的な長テーブルのある会議室だと言われても否定はできない内装だ。よく見れば格調高い衣装の施された家具で統一されてはいるが、一見して分かる派手さはなく、初めて訪れた者は皆その質素さに驚く。急成長した町ならば、もっと成金主義の如くきらびやかに盛り立てて好調の勢いを内外へと誇示するものだが、そのような見栄がほぼなかった。

 かろうじて絢爛さを演出してはいるのが職人が編んだ美しい文様の巨大なタペストリや、豪奢な照明器具、両脇を彩る観葉植物の鉢植えが高級な陶器でさりげなく金銀の装飾が散りばめられていることぐらいだ。

 ノルワイダ王国の使節団は、果たしてどう思ったのか。

 ウェルヴェーヌは衛兵のごとく扉付近で控えながらそんなことを考えていたが、当事者たちはそんなことを気にしている余裕はなかった。

 ひたすらに話し合う内容に集中していた。

 ノルワイダ王国の第二王子であるモメンドは、一見して分かるほど誠実そうで実直な青年だった。柔らかな物腰と生真面目な声。常に他人の上に立つ王族というイメージとは大分かけ離れている。

 むしろ、その側近である近衛兵士長の方がやや尊大な態度で、他人を従える王子らしさを感じてしまったほどだ。

 実際、王子本人よりもこの会談では主導権を握ってずっと話し手として声を出していた。ただし、勝手な独断先行というわけでもなく、そのような段取りなのだろう。外交官が適切にフォローし、予定された進行を見守っているといった構図だ。

 ノルワイダ王国からの参加者はその三人に加えてもう一人、ずっと黙って椅子に座っている少女がいた。最初の説明では第二王女とだけ紹介されている。彼女がここにいる理由は一切不明だった。まだ幼い年齢なのは間違いないが、妙に落ち着いた様子でじっと耳を傾けており、言葉を発さないだけで大人びた雰囲気があった。

 ベリオス側は領主のクロウに外交大臣としてオホーラがおり、護衛役としてネージュ、ではなく今日はトッドが緊張した面持ちでクロウたちの背後に立っていた。そして占い師のテオニィールも参加している。何でも占いでその場にいるべきだというお告げがあったという。

 「―ーとりあえず以上が、こっちが開示できる現状の説明だ……になります。質問は?」

 ぶっきらぼうな口調で一通りの説明を終えたのは近衛兵士長のミナーグ=アムトラ=ファーレン。

 大分慇懃無礼な態度だが、それは最初からクロウが容認しているので問題ではなかった。事前にある程度聞いてはいたものの、やはり告げられた内容の重大さが重たい沈黙を作り出していた。しばしの沈黙が場に落ちる。

 クロウは頭の中で今の話を反芻していた。

 ノルワイダ現国王が謎の奇病で意識不明の重体。まだ壮健で病の兆しもなかったことから、王太子も決めていなかったために継承者の問題が浮上。二人の王子の間で話し合うべきところが、宰相の介入でこじれる。第一王子の即位と共に宰相の権力を引き上げる法改正が進んでおり、傀儡政権を企んでいる疑惑が発生。第二王子側はこれを阻止しようと、現在内乱にまで発展しそうな危うい情勢である、というのが大まかな流れだ。

 そこでベリオスの町に同盟を申し込んできたのは、その内乱鎮圧のための助力を前借りで欲しているからだ。宰相側は既にとある国の武力を食客として固めており、第二王子側は内情を探ろうとして悉く失敗していた。それも含めて、宰相側が怪しいことは確定事項だった。

 そして、そのとある国というのがダパージ皇国で、その皇妃が現デオム王の第四女という親戚関係にあり、ダパージ皇国はデオムの傀儡国という噂がある。資料ではデオム国の名が上がっていたが、実際にノルワイダで活動しているのはこのダパージ皇国のようだった。

 以上、概要は昨日の理解の時点と大きくは変わらない。ここからは気になった点を詰めていくだけだ。

 クロウは斜め隣の賢者を見る。オホーラはいつものオトラ椅子でじっと黙り込んだままだった。今回、基本的にはクロウ主体で話すように事前に言われている。出来る限り口を出さない方針らしい。頼ってばかりもいられないので、それはかまわなかった。

 さて、と心の中で区切りをつけてクロウは口を開いた。

 「幾つか疑問がある。まず、現国王の発病について、何らかの陰謀という線はないという認識でいいんだな?」

 商会の報告書ではその可能性はないとされていたが、当事者たちはどう考えているのか知っておく必要がある。

 「暗殺の類の話なら、それはないと断言できる。確かに原因不明の奇病ではあるが、その病自体は突然ふりかかる自然災害のようなもんだと昔から言われているやつだしな。流行り病としては最悪だが、過去にもあったものだ。ジーマヌ王が発病したのは本当に運がなかったとしか……いや、そういう言い方も不謹慎だったな、すまない、モメンド」

 「かまわないよ、ミナーグ。僕もそう思っている……とにかく、クロウ殿。今回の発端はあくまで偶発的なものだと僕らは考えている。ただ、それをトリガーにして色々と動き出した人たちがいることは確かだけれど」

 モメンドが淡々とした口調で答えた。父親の非常事態にも冷静に対応しているように見えるが、内心でどう思っているのかは分からなかった。

 「そうか。なら、次だ。今回の黒幕として疑っている宰相のニーレマハという男は、これまでの評判からするとクーデターを企てるような人物ではないという話だが、それについてはどう思っているんだ?何かのっぴきならない事情があったりする可能性は?」

 「ああ、そいつが結局のところ問題の一つなんだ。宰相はウチの、いや我が国の中でも温厚で思慮深い人で有名だ。そんなヤツが国を乗っ取ろうとするなんて考えられない。けど、動きとしてはそう見えちまってる。そしてそれを探ろうにも、ダパージの連中が邪魔をしやがるってな具合でろくに真相を調べることすらできてないのが現状だ」

 「そのダパージ皇国とノルワイダ王国との関係はどういうものなんだ?」

 「ダパージとは交易である協定を結んでいる。詳しくは国庫事情にも影響するから伏せさせてもらうが、その結びつきが強い国だと思ってくれていい。宰相が周りを囲っているのはそんなダパージの傭兵みたいな連中だ。だから、国民とは別扱いの待遇でな。強制捜査とかも思うようにできない」

 まともに探れないというのはその辺の事情が関係しているということか。

 ウッドパック商会の資料にもダパージについては記載されていなかったが、本格的にまだ調査していない段階でそこまで求めるのも酷というものかもしれない。オホーラにも過剰に期待して情報があって当たり前だと思うなと釘を刺されている。正にその通りなのかもしれない。無意識に事前に何でも分かる気になっていた。そんな簡単なものではない。

 あるいは、そのダパージ皇国そのものが情報を遮断していることも十分に考えられる。実際、ベリオスもクロウが領主であることは普段から隠匿し、その秘密漏洩を防ぐために様々な対策を講じている。自身が行っていることを、他人がやっていないはずもなかった。

 「なるほど。だが、確か宰相の裏にはデオム国がいるようだと先触れにはあったように思うんだが、今の話だとダパージ皇国になるんじゃないのか?」

 なぜデオムを強調しているのか。なんとなくは分かるつもりだが、はっきりさせた方がいいとクロウは思った。

 「それについてはわしから話そう。情報共有も含めて、ノルワイダの方々には間違いがあれば指摘してもらいたい」

 そこで不意に賢者が口を挟んできた。それまで何も言わなかったのに、ここでわざわざ出てくるのには何か意味があるのだろうか。そう訝しんでいると、そんなクロウの様子を見て取ったのか、テオニィールがすぐさまささやいてきた。

 「――ある程度、こっちも情報を持っているってことを匂わせるためだよ。国の外交っていうのはどれだけの力が自国にあるのか、互いに見せつけながら主導権を奪い合って有利に進めるものだからね」

 そういうものなのか。クロウはそのような駆け引きが得意ではないので、ただ頷くしかなかった。

 「ダパージ皇国はオジムヘルク小連合の一つで、デガヤム山脈沿いに位置する小国の集まりじゃな。オルランドの南、ノルワイダの北方面ということになる。そして、現王妃がデオム国王の確か第四女だったはずじゃ。つまり、デオム国の親族が嫁いでいる関係で、ダパージはデオムとのつながりが強い。表向きは同盟や協定などは何一つ締結してはおらぬが、裏で何らかの取引があったことは周知の事実。今回の件はそのダパージが手足となってデオムの代わりに活動している、そういう見立てということでよろしいか?」

 「ああ……いえ、はい。さすが賢者様。御明察だ……です」

 ミナーグはできるだけ丁寧に話そうとはしているものの、返ってぎこちなさが目立っている。だが、その姿勢は好ましいものなので誰も笑ったりはしなかった。

 「じゃあ、そのダパージも完全に第一王子側って認識なんだな?元々そうなのか?全体でどの程度いるのか良く分からないが、第二王子側にもダパージの人間がいたりしないのか?」

 「その話は僕から説明させてもらうよ。ダパージ皇国とはいわゆる人材派遣の取引を多く行っているんだ。その中には商人や小作農などの労働力、さっき言っていた傭兵のような戦闘集団と幅広い人材の専門職が多い。ノルワイダ王国では王族には基本的に専属の近衛兵がつくから僕も兄さんもダパージの人間を必要とすることはないんだ。宰相に関しても、最近まではまったく雇い入れていた形跡はなかった。ただ、今はその宰相と兄さん、第一王子が同じ陣営になっているからそう見えるだけと言った方が正しいかな。人数的にも多くはないけれど、質は高いとだけ言っておくよ」

 ダパージの傭兵はあくまで宰相の私兵のような扱いだということか。

 しかし、人材派遣とは迂遠な言い方だった。濁しているのはおそらく奴隷商人の類だからだろう。

 国や地域によって、最近では奴隷についての見解が多種多様になっていると聞く。昔から当たり前のように奴隷階級は容認されており、今でも装石できっちりと区別されているが、奴隷撤廃を掲げる国なども出て来て議論が盛んになってきている。その辺りを考慮してのぼかし方なのかもしれない。

 「そうか。いずれにしても、そのダパージと宰相の関係はきっちり確認した方がいいと思うんだが、直接問い質してはいないのか?ここまで事態が険悪な雰囲気になっているなら、相手側から何かしら納得のいく答えがあったりしそうなんだが?」

 「もちろん、返答はもらっているさ。最近身の危険を感じたからだと、な。実際、屋敷に石を投げられたり脅迫文が届いたりしたそうだ。その証拠も見せてもらったが、自作自演の可能性もある以上、何とも言えない」

 「ノルワイダ王国の警備隊とかではなく、ダパージの者を雇った理由については?」

 「王国騎士団の中に裏切り者が混ざっている可能性を考慮して、だとよ。あからさまにこっち側、第二王子陣営を疑っているってわけだ」

 「なるほど。既に対立状態であるならその言い分も分からなくもないか……」

 内乱寸前の状況ならば、疑心暗鬼になるのも無理はない。

 「ふむ。それはちと妙じゃの?」

 しかし、オホーラが疑問を差し挟む。

 「詳しい順序はいかに?その回答は時期によっては成立するが、時系列的に矛盾することも考えらえると思うんじゃが?ダパージの傭兵は、少なくとも第二王子陣営の調査があったときには雇われていたのであろう?本格的に両王子が決別する前か後かで話が違ってくるはずじゃ」

 「さすが賢者様。鋭い指摘だ。けど、残念ながらそれも確定できない。宰相はいつからって言う記録も改ざんできる立場にある。こっちは完全に後手に回っていて、あの宰相がこんな真似をするとはまったく想定していなかったからな。監視を始めたのも遅い。情けない話だが、どの時点から向こうが準備していたのか、そいつを正確に知ることができないんだ」

 客観的な証拠がないのでは、言った言わないの水掛け論と同じになってしまう。現状は宰相側の事前準備の方が用意周到で優勢だということらしい。

 「ふむ……確かめようがないが、色々な意味で限りなく黒に近い灰色というわけかの」

 「そうか。分からないことに固執してもしょうがないな。じゃあ、次の疑問だ。第一王子を宰相が裏で操っているという疑いをかけているが、その具体的な根拠は何かあるのか?」

 そこでミナーグがモメンドに視線を移す。それまで積極的に答えていたが、この質問に関しては王子に選択権がありそうな雰囲気だった。

 「それに関しては、改めて機密保持の件を徹底してもらいたい。わざわざ言うまでもないことだとは思うけれど、それほど重要なことだと理解してもらいたい。いいだろうか?」

 「かまわない。続けてくれ」

 「感謝する。では、まず兄さん、第一王子カヤリスの状況について。僕らに分かっていることは正直に言えば少ない。完全に隔離されているからだ。といっても、閉じ込められて監禁されているという話ではない。ニーレマハ宰相によると父、現国王の回復を願って兄さんは『断機の願』を行っているため、誰にも会えないというんだ」

 「ダンキノガン?」

 「聞き慣れないのも無理はないと思う。僕らの中でも知っている人は少なかったからね。これは古代の儀式の一つで、今ではほとんど行われていない願掛けのようなものだと思ってくれていい。ただ、民間信仰のような類ではなくて、かつては王族のみに許された由緒ある祭事だ。効果の真偽はともかく、一旦始めたら本人の区切りがつくまで外部との交流が一切断たれる状況にいなくてはならない。つまり、誰も接触できないというわけだね」

 「それはまた都合のいい祈念の儀があったものだね。占いでもその類の孤立した空間での方法はあるものだけど……いや、逆にそういうものをわざわざ用意したのかな?」

 テオニィールが呟くように皮肉った。普段はうるさいだけのおしゃべり男も対外的な場では意外と冷静に理知的に振舞える。その姿だけを見れば立派な宮廷占い師に見えなくもなかった。

 「僕もその線を疑っている。わざわざそんな旧い儀式を持ちだしてくるなんておかしいと。兄さんがそんな古来のしきたりに関心があったなんて僕も聞いたことはない。ただ、個人の主義主張を外から他人が勝手に否定できないのも事実だ。特に父の危篤状況を思えば、あらゆるものにすがりたくなって、見知らぬものに手を出したとしても仕方がないという言い訳は通る」

 「……そうか。状態を確認できないことは分かった。なら、どうして操られていると?今の話だと監禁されていてもおかしくないように聞こえたが?」

 「断機の願は直接的な接触は禁じているけれど、間接的なやりとりは可能なんだ。要は手紙とかで、意思の疎通はできる。だから、当然僕は兄さんに真意を聞いてみたんだ」

 モメンドはそこで一瞬瞑目してから、静かに続けた。

 「宰相側で検閲されても分からないように、ちょっとした僕らだけの暗号を混ぜて質問したんだ。詳細は省くけれど、確かに兄さんの筆跡で返事は返ってきた。でも、内容に関しては代筆だと僕は確信している。それらしく我が国のために自分が王位について宰相と組むのが一番だの何だのと言っていたけれど、僕が仕込んだ暗号にはまったく反応がなかった。それで確信したんだ。あの手紙は兄さんの意志で書かれていないと」

 「ふむ。興味深い考察だが、それだけではまだ『操られている』という根拠にはならぬと思うが?」

 「はい。だからここからが先程の機密事項として受け取って欲しいのです、賢者殿。実はダパージ皇国と我が国の国交は古く、かの国に伝わっているある秘術を利用していたこともあるのです。賢者殿なら聞いたことがあるのではないでしょうか、操体術というものを」

 「ソウタイジュツ……操体、か……ふむ、他人の身体を操るとかいう特殊な呪いの一つにそのようなものがあったと記憶している。じゃが、魔法による他人の肉体操作は理論上一時的にしか不可能だと結論付けられておるし、非現実的なものだと言わざるを得ない」

 「はい、正当な魔法であれば、そうなのでしょう。しかし、先程賢者殿も言われたように『呪い』というデメリットを伴うものであれば、あながちあり得ないと断定もできないのでは?」 

 「呪い、秘術……なるほど。つまり、ダパージ皇国にはその操体術が実用的レベルで存在すると?」

 「はい。僕はそれを知っているのです」

 モメンドの肯定は、この会談において一番重いものとしてゆっくりと広がっていった。

 いよいよ陰謀めいた裏の事情が明らかになってきた。会談はまだ終わりそうにない。

 他国の事情に興味などないのにどうしてこうなったのか。クロウは内心で深いため息をついた。


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