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選択死  作者: 雲散無常
第十章:事変
107/137

10-1


 青、蒼、藍色。

 見上げた一面に抜けるような青空が広がっていた。

 ベリオスの町は今日も活気で溢れていた。災魔の出現でその存在が危ぶまれていたかつての面影はそこにはない。

 最上級の古代遺跡が見つかったことで、独立都市として小国並みにその存在価値が上がった。大勢の探索者や商人たちが夢を見出し、華やかに賑やかにその流れは加速していた。

 そんな町の領主であるクロウは、しかし順風満帆な日々を送っていたわけではなかった。

 次から次へと来る問題に、なんとかかんとか対処してきただけだ。道楽の賢者のオホーラがいなければどうなっていたことか。

 今日も今日とて深く溜息をつくと、すぐそばにいた使用人頭のウェルヴェーヌがさらりと言う。

 「溜息ばかりついていると運が逃げますよ」

 そういうものなのか。諺か何からしいがまったく知らなかった。そういう記憶はどこに紐づいているのか、同じジャンルでも知っているものと知らないものの違いが不明だった。

 「俺は運が良いのか悪いのか、どっちだと思う?」

 「それは何に対して、というもので変わるのではないかと。世の中には生きてるだけで最高に幸運だと言う人もいれば、衣食住が揃っていても望んだ職についていないだけで不幸だと嘆く人もいます」

 「そうか。不毛な問いだったみたいだ、忘れてくれ。オホーラの話が面倒すぎて、くだらない考えが巡ってるみたいだ」

 「例の同盟の件ですね。無視できない問題ですが、今は目の前の案件に集中した方がいいかと」

 まったくその通りだった。分かっていたつもりでも、思わず口に出すほど気にしているということか。人間の無意識はままならないものらしい。

 とにかく、ウェルヴェーヌの言う通りに思考を切り替える。

 対峙する相手はもう目と鼻の先だった。外からでもその存在感が分かる。相変わらずとんでもない気配を振りまいていた。

 軽く頭を振って、酒場の扉を開いた。




 「裏結晶リバスタだと?」

 その話を切り出した途端、ヨーグは険しい表情になった。それは何か心当たりがあるということだ。

 「何か知っているんだな?」

 「いや、実際にどんなもんかは知らねぇ。ただ、オレサマに言えるのはその名をあんまり言いふらさない方がいいってことだ。大分きな臭い噂しか聞かねぇ」

 「どんな噂なんだ?」

 クロウが続けざまに尋ねると、話を聞いていたのかと言いたげな視線で睨まれる。それでも退く気がないことを悟ると、S級冒険者はあきらめたように酒場の椅子に深くもたれかかった。

 「どこで聞いたのかは知らねぇが、悪いことは言わねぇ。深入りすんな。こいつはめちゃくちゃ親切な忠告だぜ。オレサマもできるだけ近づかないでいる爆弾みたいなもんだからな」

 傲岸不遜のヨーグがそこまで言うほどの噂とは一体何なのか。

 面倒事の匂いがするので普段ならその助言に従うのだが、今回はそうもいかない。無視できる問題ではなかった。

 「それでも教えてくれ。避けたいのは山々なんだが、既にちょいと関わっているかもしれないんでな。どんな噂でも、それに関するものなら聞いておかなきゃならない」

 クロウが食い下がると、ヨーグはやれやれといった顔で首を振った。

 「ハッ、マジもんかよ。オマエんとことはこれからうまくやっていかなきゃなんねぇしな……ったく、しょうがねぇ。絶対に鵜呑みにすんなよ。こいつは根も葉もないただの憶測だ」

 珍しくくどいくらいの前置きをしてから、ヨーグは嫌そうにその噂を語った。

 S級探索者の口からではなかったら、酔っ払いの戯言にしか聞こえないものだった。

 この世界には結社と呼ばれる裏社会の組織がある。この結社が何を目的としているのかは謎だが、歴史の節々で暗躍してきた古くから存在する厄介な集団らしい。基本的には人類に害を与えようとする組織のようだ。推測でしかないのは、未だに誰もその構成員を正確に知らないからだ。当事者の説明がなければ推察にしかならないのは道理だろう。にもかかわらず、結社という存在と活動の噂は絶えることがない。

 ヨーグによると、その結社の関係者が探索者ギルドにもいるという。そして、最上級の古代遺跡から古代遺物アーティファクトの横流しを行っているのだと。裏結晶というのは、その古代遺物の一つだと噂され、とんでもない魔力が秘められているとか、今では失われた古代魔法が詰まっているとか、とてつもない威力の禁忌の魔法を使役できる魔道具だとか、その詳細については怪しいものの、かなり危険なものの総称として知られているようだった。

 「地下世界からの盗みってことか?けど、ギルドはそれを防ぐためにあるんだろ?その信用で成り立っているようなところで、そんな真似ができるもんなのか?」

 それを許したら探索者ギルドの根底が崩れてしまう。それだけに、その辺りの管理は徹底しているはずだし、その実績もあるはずだった。そうでなければ大陸中に影響力を及ぼせるギルドなどになってはいない。

 「だからこそ、やべぇんだよ。上は絶対認められねぇし、そんな噂があることも許すわけがねぇ。中じゃご法度どころか完全にタブー扱いだ。口にしただけで聴聞会行きってぐらいピリつくやつだぜ」

 「だから、聞いて回るなって言ったわけか。お前が気にするほどってことは相当か」

 「カハッ、オレサマを何だと思ってやがる。一回お上に試してみたが、結果的にそれ以上つっつくこともしてねぇ。このオレサマが、だ。それで分かれ。むしろ、オマエにそれを吹き込んだ探索者の方がどうかしてるぜ。まともな頭ならそいつを伝えてもきっちり釘をさすはずだ。ペラペラしゃべるなってな。今のオマエを見る限り、何も知らされてねぇってことだよな?」

 ネージュの場合、細部はすっかり忘れている可能性がある。今頃、ユニスに確認してどやされている光景が目に浮かぶ。

 「そうか。とにかく、貴重な情報感謝する。それで、最終確認だが、オゴカンの依頼はなしでウィズンテ遺跡の専属になってくれるということでいいんだな?」

 「いきなり話を戻すのかよ。まぁ、そういうこったな。あの野郎がくたばったんなら、果たす義理はもうオレサマにはねぇ」

 元々、その件でヨーグを訪ねてきたのだ。

 依頼者の死後、生前の依頼については請負元の判断に委ねられることになっている。即ち、継続か破棄か。ヨーグにはそこまでの思い入れはないということだった。

 これでS級探索者であるヨーグにウィズンテ遺跡の地下世界の探索を任せられる。タファ=ルラ教の布教を認めるというような無茶な条件はなくなった。結局、オゴカンとどういった経緯でそんな契約を結んだのかは謎のままだが、本人が言うつもりがないので追及しても無駄だろう。積極的にその条件に同意したわけではないということが分かっただけで今は十分だ。

 「で、本当にあそこに一人で潜り続けるつもりなのか?」

 「あん?ああ、オマエも一応地下世界を体感した口だったか。地面の下にもう一個世界があるって妙な気分だったろ?普通に山や川があるとか、目の前にしても信じられねぇよな」

 「そうだな。あの薄暗さにも慣れると、普通に見知らぬ土地って感じだった」

 「ハッ、慣れただぁ?面白いこと言うじゃねぇか。普通は暗さよりもあそこの空気にまずやられちまうんだ。マナの質の違いがボディブローみたいに効いてきてよ。慣れるなんてほぼないんだがな」

 「そうなのか?魔力云々は担当外で鈍いから、あまり気にしてなかったんだが」

 「カカカッ!とんだ鈍チンだな、おい!まぁ、とにかくオレサマは一人でやるスタイルだ。どこだろうと足手まといはいらねぇ……つっても、今回はギルドの方も必死みたいでな。一緒に行動するかは別として、一応専用の探索パーティーは用意するみてぇだぜ。まだ手つかずの最上級だからな。転移魔法陣の手がかりも期待されてるようだしよ」

 ヨーグも一応組織に属する者として、ギルド側の要請を受け入れる覚悟はあるらしい。何でもかんでもわがままを通せるというわけではないようだ。

 「手つかず?その言い方だと他の最上級の方の情報も知っているのか?どっかの国の専属が独占しているって話だったと記憶しているが?」

 「カハッ、オレサマも当然潜ったことがあるぜ。なかなかいいブツを持って帰ったこともある。S級だからな。独占って言っても、あくまで一部だ。オマエも潜ったなら分かると思うが、バカでかい場所だ。たかだか何人かだけで踏破できるはずもねぇ。国で抱え込んでるのはその遺跡の中の遺跡、コアスポットってやつだ。古代遺物が一番眠ってそうな建物とかな。だいたい、オマエらが見つけた転移魔法陣がある場所はコアスポットの一部だろうがよ」

 「コアスポット……なるほど、そういうものがあるのか」

 「オレサマは当面の間、そいつを見つけるのが最優先ってことだ。まぁ、期待して待ってろよ、領主サマ。悪いようにはしねぇ」

 遺跡に関しては探索者に任せておけばいい。ひとまず、これで地下探索の方は片付きそうだった。

 「ああ、よろしく頼む。時間があれば俺ももっと探索したいところだ」

 「ハッ、そん時に気が向いたらお供にしてやってもいいぜ。オマエはなかなか面白いやつだからな」

 気安く肩を叩かれて、クロウはどう対応すべきか分からずに戸惑う。

 ヨーグのようなタイプの男は初めてだった。傲岸不遜の自信家。一匹狼でわがままで他人の意見はほとんど聞かない。だが、不思議と嫌な気はあまりしない。少なくとも、友好的な間は気にならなかった。

 その後もしばらく歓談して、その酒場を後にする。

 次に向かうのは警備隊の詰め所だった。

 裏結晶について、ネージュもといユニスに尋ねるためだ。ヨーグの話でおおよそは分かったような気がするが、探索者の間でのみ広がっている噂ならば裏が取れるだろう。

 町を歩いて移動する間に、不意に一匹の蜘蛛が肩口に降りてくる。どうやって来たのかはもう気にしていない。

 それが賢者の使い魔であることは分かっているからだ。突然の出現には大分慣れてしまった。

 「裏結晶について何か分かったかの?」

 「わざわざ聞きに来るほど気になってたのか?後でどうせ報告に行くぜ?」

 「例の件で時間がないと言っておるじゃろう?お前さんには早くそちらを対応してもらいたいんじゃ。どうせおぬし、後回しにしてできるだけ考えないようにしておるのであろ?」

 「……そんなことはない」

 「クロウ様。完璧に、分かりやすく、今不自然な間がありました」

 ウェルヴェーヌに見透かされ、じっと視線を注がれる。メイドは半歩後ろを歩いているため、振り返るのがためらわれた。無意識に避けている自覚はあった。面倒事は嫌いだ。

 「ひょっほっほっ。まぁ、よい。まだ概要しか話しておらんかったからの、こうして歩いている間は暇じゃろ?時間効率のために質問に答えてやろうと思ってな」

 軽いノリでそう言うが、それだけ本当に余裕がないということなのだろう。

 オホーラには色々と押し付けているような形になっているため、あまり負担をかけ過ぎたくはない。観念して、例の同盟を申し入れてきた国についての概要を思い出す。

 ノルワイダ王国。

 それが今回の焦点となる国の名前だった。ベリオスの町から西方に位置し、オルランド王国の南方面、デガヤム山脈南峰を挟んで先のスレマール王国と隣国とも言える地域にある。

 直接的な国交はほとんどないが、そのオルランドとは交易があるらしい。ならば、そちらに話を持っていけばいいと思ったのだが、今回の話の裏の理由がためにそうはできないということだった。ややこしい。

 国として特出すべきものはなく、大陸でも有数の歴史があるというだけの小国。強いて言えば、それに付随して古い文献が揃っており、その蔵書に大分価値があるとも言えるそうだ。

 現国王はジーマヌ=ラキトラ=ノルワイダで、今回のケースの発端である。結論から言えば、よくある後継者問題だった。王は突然の奇病の発病で死の間際であるらしく、意識がないままあの世へ行きかねない。だが、そんな状況になるとは露とも思っていなかったために正式な次期王についての指名がなかった。通常は戴冠後すぐに仮にでもそういった後継者に関する遺言書は作成しておくものらしいが、早期に書いてしまうのは不吉だと後回しにしたらしい。大分自由な性格のようだ。

 ともあれ、そういった場合には本来なら第一王子がそのまま次期国王になるはずが、国民人気と能力的には第二王子の方に期待がかかっていて、満場一致ではまとまりそうにないという。

 面白くないのは当然第一王子側で、正当な継承権を主張。第二王子側も当初は兄の正当性を認めつつあったが、次期体制の中で宰相の地位が王と同格の権限を持つ法改正が既に出来上がっていることを知って前言撤回。勿論、宰相は今回第一王子を支持していた。

 きな臭さを感じて調査すると、第一王子の様子に異変が見つかっていよいよ陰謀説が濃厚になってきた。曰く、宰相が何か策謀して、第一王子を操っているのではないか。王子を傀儡として自分で国を乗っ取るつもりなのではないか。疑心は瞬く間に国中に広がった。

 こうして兄弟での継承争いという裏で、宰相によるクーデターを阻止する内乱が勃発。まだ水面下での動きではあるものの、第二王子側は形勢不利と見てベリオスの町に協力を申し出てて来たという流れだ。

 なぜベリオスの町が選ばれたかと言えば、やはり道楽の賢者オホーラの存在が大きいようだ。その知恵と転生人である領主の力を借りたいという目論みらしい。

 加えて、第二王子が国王になった暁に同盟を結ぶメリットとしては、デオム国からの侵攻に対する防波堤の意味合いが強調された。

 デオム国はデガヤム山脈の西側、ニーガルハーヴェ皇国の南に位置しており、その皇国と同等の国力があると評されている。仮にそのデオムがベリオスの町に進攻しようとしたときには必ずノルワイダの領地を通ることになるというわけだ。

 デオム国については、例の魔道具使い(ユーザー)のガンラッド騒ぎの際に首謀者として疑惑があった者がその国の所属だった。軍事国としても有名で、ベリオスの町を狙うという話もあながちなくもない。特に今はニーガルハーヴェ皇国の方でも王位継承争いでごたついていて、周辺諸国への抑止力が弱まっている時期だった。

 ベリオス側としても、ノルワイダの提案は無視できないものだと賢者は考えており、この提案を慎重に検討する必要があるという話である。

 そんな概要だけでお腹いっぱいなクロウは、覇気のない声で切り出す。

 「……じゃあ早速だが、ノルワイダの同盟を蹴った場合はうちにはどう影響する?」

 「いきなりそこからか。おぬし……本当に面倒で避けたがっておるな?」

 「いや、他国のごたごたにわざわざ顔を突っ込みたがる奴なんているか?継承争いとか聞いただけで俺は全力で回れ右をしたいのが本音だ」

 記憶はないが、その手の揉め事で歴史が大きく動いたり、後々まで尾を引いて泥沼展開になった物語は散々見てきた。なまじ、本で得た知識が多いだけにその手の厄介な面の印象が強かった。

 「ひょっほっほっ。気持ちは分からんでもないが避けられぬぞ?使者がもうすぐ着く。先触れの早馬がもう到着してるゆえ」

 「そういや、その使者が来る前から随分と詳しい内情が分かってるもんだな」

 「うむ。大枠は事前に通達されてきたが、その他の多くは自前じゃ。独立都市となった以上周辺国の情報収集は必須だからの。ウッドパック商会の面目躍如といったところじゃな」

 なるほど、ミレイと提携していて本当に良かったというわけか。至る所で商会が拾ってきた情報が役立っている。有能で使い勝手のいい諜報部隊はこの町にとって必須になっていた。

 「それでやけに細かかったのか。相手側が最初からオープンなのかと思ってたぜ」

 概要の時点で大分詳しい情報だったことに、再度確認した時にクロウは今更ながらに気づいた。なんとなく頭に入れるだけではやはり理解が浅いようだ。

 「その評価も間違ってはおらんな。最初からかなり譲歩している雰囲気ではある。頼る先がこちらしかないのかもしれぬ。足元を見れる相手との交渉は楽しいものじゃぞ?」

 賢者が人の悪そうな声を上げる。今は蜘蛛なので笑っているかどうかは分からないが。

 「まぁ、冗談はさておき、真面目な話、これは正直悪くはない話ではあるのじゃ。ベリオスは周囲に自然の要害が何もない立地ゆえ、近隣国との関係は非常に重要となる」

 「ああ、前にもそういう話はしてたな。けど、南は特に脅威となる国はないし、東は鎖国状態のナゼンで北は転移魔法陣とかでも友好的なキージェン公国とかニーガルハーヴェ皇国。西はオルランド王国があるし、残りも小国だらけで共同で仕掛けられない限り大丈夫って説明された気がするが?」

 「しっかりと覚えておって感心なことじゃ。近隣国だけで考えればその通りじゃが、世の中には遠征してまで戦争をしかける物好きもおるからな。さらにもう少し先も見通しておく必要がある」

 この流れでその意味するところは一つだろう。

 「デオムってとこがウチに来る可能性があるってわけか?ウィズンテ遺跡にそこまで執着してると?」

 「軍事国家だけに、最上級の遺跡は喉から手が出るほど欲しいじゃろうな。ニーガルハーヴェ皇国もといハグルスト王国がベリオスの所有権を認めているとはいえ、奪ってから大義名分をでっちあげて占有するという国策をしてきてもあまり驚きはないかの」

 「マジか。ハグルストって中央大陸の一番ボスみたいなところだよな?そこに喧嘩売れるほどデオムは強いのか?」

 「世間の評価ではそこまで大国ではないが、先も言ったように軍事国家ゆえ戦争になっても負けない自信はあるんじゃろう。それに、遺跡を押さえれば有用な古代遺物が出てくる可能性もある。勝算があると計算する者もいよう」

 「未だにその古代遺物ってやつにお目にかかってないから、いまいち遺跡の価値がどれほどのもんか実感できてないな。交易路の話とかココとかでなんとなくは肌で感じたもんはあるけどよ。他人がそこまで欲しがる感覚ってのがどうもな……」

 「そもそもクロウ様はあまり執着心がなさそうですので、実感することは今後もないのでは……?」

 ウェルヴェーヌに冷静に言われると、その通りな気もしてきた。

 「まぁ、とにかくじゃ。デオムがこちらを狙っていることは、先の執政官長メメオ=パズス=チャタムのことからも確かではあろうよ。そのための対抗策として、今回のノルワイダ王国の申し出は良いオプションではあるということじゃ」

 執政官長か。どのくらい自主的に関わったのかは不明だが、オホーラ暗殺に関係者として関わっていたのは事実だ。うまく立ち回って言い逃れされたと解釈するならば、デオムは虎視眈々とベリオスの町の弱体化を狙っているともとれる。いつかの魔晶石と嵐の工作などにも実は関係しているかもしれない。結びつけようとすれば、色々と火種は転がっていそうだ。

 何にしても考えることが多すぎる。

 クロウの足取りは重くなっていたが、程なく向かっていた警備隊の詰め所の一つに辿り着いた。

 と、そんな門から大盾をかついで飛び出してくる男が一人。

 見間違えようもなく、防衛騎士のブレンだ。

 「ふふふ!我が美にそのようなものはない!さらばだ!」

 良く分からないことを叫びながら走り去ってゆく。すれ違いざまにクロウに気づいて会釈をするがその足を止めることはなかった。急いでいるというか、逃げているように見えた。

 久々に見た気がするが、一体何をしているのか。警備隊特別顧問として日々訓練の指導をしているはずだが。

 「あっ、ちょっと待って……!」

 そしてその後から飛び出してきたのが、薄紫髪が特徴のユニスだった。

 こちらは警備隊の特別主任補佐という役職だ。ネージュの参謀という肩書よりも、そちらの方が最近は主となっている気がする。それほど有能な人材だった。

 「何か問題か?」

 これ以上そうではないことを願いながら、クロウは声をかける。

 「あ、クロウ殿。いえ、たいしたことではないですよ。というか、わざわざこんな所に足を運んでまで何か話でも?」

 「ああ。ネージュから聞いてるとは思うが――」

 そう言いかけたところで、当人が飛び出してくる。

 「くそっ、ブレン!どこ行きやがった!!!」

 「あっ、ネージュ様!今日はもうあきらめて――」

 「んなわけいくかーーー!!!」

 嵐の如く駆け抜けていった女戦士は、ブレンとは違ってクロウに気づいていなかった可能性がある。領主を一顧だにせず、一目散にブレンを追いかけて行った。

 ちなみに彼女が警備隊の特別主任である。

 クロウは治安を守る上層部たちが元気で何よりだと思ったが、ウェルヴェーヌの意見は違うようだ。心なしか底冷えのする声での呟きが聞こえる。

 「クロウ様に挨拶もなしで行くとは……一度、この町の権威について徹底的に教育すべきでしょうか……?」

 その言葉にユニスが青ざめた笑顔を浮かべながら、クロウたちを自室へと招く。

 少なくとも、ベリオスの町の日常はまだ平和のようだった。


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