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選択死  作者: 雲散無常
第九章:予見
105/136

9-12


 「ったく、しつけーんだよっ!!!」

 ネージュの大剣がうねる闇を切り裂く。

 細長くしなる鞭のようなそれは弾き飛ばされてどこかへ退いていく。しかし、また別の方向から違うものが現れる。その場に留め置くような意思のある動きに見えた。まるで一行の様子を窺うように不気味にのたうっている。

 真っ黒な触手のようなそれは、実際には人間の太ももほどもある太さのものも混じっており、細長いという表現は不適切かもしれない。その一本、一本が難敵で手強い。

 クロウから支援を頼まれたものの、四方八方から襲ってくる触手でそれどころではなかった。

 「おい!クロウはどんな塩梅だ?」

 「見えないから何とも言えないけど、さっき爆発的に魔力が物凄い跳ね上がったから、何か仕掛けたんだと思う」

 戦況を見守っていたテオニィールが答えるが、明瞭なものではなかった。占い師は味方を覆うドーム状の魔防壁を張って防御に徹していた。落ち着いてクロウの方を注視できない。

 それなりに距離がある上に、触手などに阻まれていることも事態を難しくしている。実態があるようなないような奇妙な黒いもやが、触手の周囲に揺らめている。支援しようにもある程度の距離は保つ必要もあり、実質何もできない状態だった。

 「ちょっと大人しくなったのん!でも、またなんか大きくなってるのん!」

 ココが触手を拳で殴り壊しながら、良く分からないことを言う。

 「大人しくなったというのは?」

 ウェルヴェーヌはテオニィールが展開する魔防壁を維持するためにその周辺をイルルと共に警戒していた。

 「多分、吸収云々系。ついさっきまで安定してたっす」

 イルルの言う吸収とは、人を養分にするために触手が動いていたことを指しているのだろう。メイドはそのおぞましさに寒気が走った。あの場にそのままいたら自分たちも取り込まれていたかもしれない。クロウが一旦離れた判断は正しかったのだ。

 「それが今はまた変わったと?」

 「そうっす。きっと、主が何かしたっす……」

 「あれが何か知らないけど、早く帰ってくれないものかな。僕の素敵な魔力防壁も無尽蔵じゃないんだけど」

 「数少ない見せ場っす……」

 「ちょっ!?なんか、君もぼそっと酷いこと言ってない!?」

 「言った、ってねっす」

 「え?それどっちっ!?!?」

 「うにゃー、これ、キリがないのん!」

 「それでも、ココ、叩きまくれ!アタシらがやるしかないぜ!」

 混乱した戦況の中、じりじりと時間が過ぎてゆく。

 「クロウ様……」

 そんなか、単身あの魔法生物に突っ込んでいった主人を思って、メイドは心配そうにその名を呟くことしかできなかった。




 ウェルヴェーヌの祈りの先の張本人は、不気味なオブジェを前に困惑していた。

 それは見た目通りの人柱のように見えた。ただし、柱ではなく触手が人間そのものを貫通しているという悪趣味なものだ。

 結界の要石の代替としてその惨い状況が生まれたのは間違いない。

 もはやかつての村人の面影もなく、触手と半一体化している状態でも、その命は生きていた。斑点のような黒い染みが毒素のようにその身体を蝕んでいても、ドクンドクンと鼓動を打つようにその肉体は脈打っている。顔面部分も触手に侵されてひび割れているような有様で、かろうじて3分の1ほどがまだ口の原型をとどめていた。

 そこから今も苦し気な呼吸音と共に何やら言葉らしきものが漏れ出ている。

 「……タ……ム………テ……!」

 それは痛みへの嘆きか、死への願望か。

 聞き取れはしないものの、解放して欲しいという切実な思いは何となく分かった。

 「……叩き斬るしかないか」

 武器の中剣は先の戦闘で刃こぼれしていた。魔力を通して強度を上げたつもりでも、オゴカンだったものを斬ることは叶わなかった。逆にその衝撃で負荷がかかりすぎたのだろう。今後はもっと強い武器が必要なようだ。

 ともあれ、今は手持ちのものでどうにかするしかない。

 「アテル、こいつをぶっ壊せば結界はどうにかなるか?」

 (はい!わからないのです。ただ、ここからの魔力が弱まれば、全体に影響することは間違いないのです)

 ならば試してから考えるか。

 クロウは腰を落として呼吸を整える。居合い抜きのような構えで、力を込めてその一撃に集中する。

 剣の状態からみて何度も斬りつけるような連続技では効果を発揮できない。一刀の元に斬り伏せる一点突破の攻撃に賭ける。結界そのものに防衛機能はないようで、クロウに対して敵対することはなかった。

 安心して調整ができる。ラクシャーヌが内部にいないため、アテル一人分の強化状態だがおそらく足りるはずだ。

 人柱の村人のうめき声は続いている。早く楽にしてやるべきだ。あれでは生きていても生きてはいない。もはや救う手立ては殺すしかない。

 最後に大きく息を吐き、クロウはそれを見据える。斬るべき一点はもう見定めていた。

 躊躇なく溜め込んだ力を放つ。

 綺麗な一閃が静かに想定通りの弧を描いた。剣は手元に素直に戻る。刃は通った。

 「……ふぅ」

 ほっと一息ついたところで、人柱はゆっくりと崩れていった。

 「ア……ア”…ア”……」

 村人だったものも、一緒に壊れて消えてゆく。もはや人としての肉体でもなかったのか、跡形もなく壊れて砂のように消え去って行った。心なしか、その声には感謝の意が含まれていたような気がした。錯覚だろうか。

 クロウは、これは自分が殺したことになるのだろうかとふと疑問に思った。

 殺すこと自体にためらいはなかった。もはやそれしか打つ手がないのだからしかたがない。気になったのは、この者の知己に今後会った時、クロウ自身が殺したと伝えることが正確なのかどうかだ。物事は正しく伝達すべきだが、どう伝えるのかということも重要なのだと最近知った。

 痛みから解放するために殺したというのは、救ったということと同義になるのだろうか。そこに己の意思があるなしに関係なく、単なる事実のみが結果として正しいのだろうか。

 分からない。こんなことを考えるのは、他人の感情について無知すぎる自分自身を振り返ってのことだが、一向に何かを掴める気になれない。剣術の鍛錬などでは、向き合っているうちに何かしら手応えのようなものをも感じるのだが、心の機微についてはそういうものが一切ない。やはり記憶の欠如だけが原因ではなく、人として欠陥なのだろうか。

 警備隊のトッドの言葉がなぜか記憶に残っている。それは彼が復帰してしばらく経った頃に、久しぶりに交わした会話だった。

 「あんたの行動をもう責める気はないよ。多分、ナルタの犠牲は必要なことだったんだと思う。それでも自分は、それが正しかったとは思えない。だから、これからのあんたをちゃんと見ていこうと思う。あの子の死が無駄ではないことを確かめなくちゃならない。それがきっと、あの子を託されていた自分の責任だと思うから」

 何と答えればいいのか分からなかったので、黙ってうなずいた。トッドの決意らしきものは伝わってきたが、内容はやはりよく分からなかった。それが恥ずべきことなのか、当然なのかも分からなかった。オホーラに相談すべきことなのかすらも判断に迷った。

 そのことがなぜか気にかかって頭から離れない。

 とはいえ、今考えるべきことは他にある。

 クロウは意識を切り替えて、アテルに問う。

 「結界はどんな感じだ?」

 「はいです!今ので一気に弱まったのです!ラクシャーヌお姉さまの破壊魔法がきっと通るのです!」

 内部からぴょこっと飛び出して、アテルがクロウの頭の上に乗る。どうやらうまくいったらしい。興奮して出てきたようだが、これからすぐにその災魔のもとへ戻る必要がある。

 「そうか。それなら悪いが、また中に戻ってくれ。すぐ向こうへ戻る」

 「はうわっ!」

 ラクシャーヌかその眷属が内部にいると、クロウの身体能力が上がる。今はその力が必要だった。

 謎の魔法生物付近へ急ぎ戻ってくると、周囲の空気が違った。冷たいというか、どこかうすら寒い。

 (ご主人様、ラクシャーヌお姉さまの気配がおかしいのです!?)

 今まさに呼びかけようとしていたところで、アテルの焦った声が届く。

 「どういうことだ?」

 周囲を見回して災魔の姿を探す。オゴカンだったものは、依然として黒いもやに覆われてそこにあった。ラクシャーヌは破壊魔法のために一旦距離を置いているはずだ。しかし、その位置は不明だった。そもそも、破壊魔法には詠唱が必要で、ある程度の準備がいる。

 今更ながらに、ラクシャーヌはその溜めの時間をどう捻出するつもりだったのだろうか。破壊魔法を放つまであの触手が何もせずに待っていてくれるはずもない。攻撃を避けながら破壊魔法のために準備が可能だったのか。とっさに判断で指示を出したが、すべて間違いだったのではないか。

 (お姉さまの魔力がめっさ少ないのです……もう破壊魔法を使ったのです?)

 アテルの疑問の答えは持っていなかった。しかし、破壊魔法はまだ使っていないはずだ。ラクシャーヌが使った後は、クロウへの負担も大きくはっきりと分かる。当初の予定通りに的を絞ったとしても、周囲への影響も確実にある。今の状況が破壊魔法が放たれた後だとは思えなかった。

 ならば、何があったのか。

 クロウは自身のつながりを駆使してラクシャーヌを探す。魔力探知は使えないが、呪いのせいなのか共生状態のようなおかげか、お互いの位置は離れていてもだいたい把握できるようになっていた。最初の頃はそれこそ目視できる範囲にしかいられないほどだったが、身体が慣れたというのか今ではかなり距離が離れても別行動できるようになっている。

 その感覚に集中しながらも、敵の触手攻撃を警戒していた。今はなぜか大人しい様子でも、何が起こるか分からない。

 (向こう……あっちの上の方に感じるのです!)

 災魔の行方を見つけるのはアテルの方が少し早かった。クロウも同じ方向で当たりをつけていたので間違いない。すぐにそちらへ向かう。

 辺りは静まり返っていた。薄暗いミカサ村の広場付近は、冷え切った空気の中で何もかもが制止しているかのようだった。動きがないことが、かえって不気味なものを感じさせた。

 ラクシャーヌはとある民家の屋根の上に倒れていた。

 三角屋根に器用に引っかかる形でよく落ちなかったという体勢だ。外傷はなさそうなのが幸いだった。

 「おい、どうした?何があったんだ?」

 駆け寄ってその頬をぺちぺちと叩くと、災魔は「うぐっ?」と目を覚ました。気を失っていただけらしい。

 「なんじゃ?何がどうなっておる!?」

 がばっと起き上がったラクシャーヌは、きょろきょろと周囲を見回す。

 「それはこっちのセリフだ。何があった?俺たちが結界の一部をぶっ壊して戻ってきたら、お前がここで倒れてたんだぜ?」

 「ぬぅ……なるほど?」

 ラクシャーヌは立ち上がると、銀髪を乱暴にかきながら顔をしかめた。

 「ならば、わっちの破壊魔法は阻害されたということじゃな。その反動か何かで意識を持っていかれたのかえ?なんとも不甲斐ないものじゃ……」

 「阻害された?破壊魔法はまだ撃ってないんだな?」

 「いいや、軽く既に放っておる。わっちの類稀なる才を開花させ、精密に集約してあのけったいなモノに確かに当てたんじゃが……」

 範囲魔法を個別対象に切り替えられたということなのか。それが本当なら相当なものだ。いや、そのために本来の威力は落ちているのだろう。だからこそ、軽くという表現をしたはずだ。だとしても、それが阻害されたというのはどういう意味なのだろうか。

 「あの魔核のようなもの、想像以上に厄介じゃぞ?いくら弱まっていたといえ、わっちのアレを真っ向から喰らって砕けるどころか、反射か何かしたのじゃからな。よもやそんな反撃を予想しておらぬゆえ、おそらくその余波をまともに受けて昏倒させられた。まったく不覚じゃ」

 「既に使った?けど、あれは相当魔力を食うはずだろ?抑えたとしても俺に何の影響もなく、まったく気づかないなんてあり得るのか?」

 「節約バージョンをなめるでない。じゃが、おそらくはそれだけでもあるまい。言われてみれば、確かにおぬしに何の変化もないというのもおかしい話じゃ。アテルも同じかえ?」

 (はいなのです!ワタシもまだだと思っていたのです)

 「ぬぅ?この齟齬はいったい……?」

 (あのあの!このへんの結界、何か変な感じなのです。一度、ご主人様が壊して弱めたはずなのに、この一帯だけまたマナの流れが螺旋状で――)

 アテルが勢いよく違和感を説明してくれたが、クロウにはさっぱり理解できなかった。ラクシャーヌが時折口を挟んでうなっているところを見ると、何やら的外れではなさそうだ。

 二人の魔力関連の会話についていけないのでその間に周囲を確認する。

 支援を頼んだネージュたちは遥か後方にいるようで見当たらない。あの触手がかなり遠くまで活動可能であれば、一度離脱した場所でまだ防衛しているのかもしれない。もともと、支援云々はほぼ期待してはいなかった。むしろ、破壊魔法に巻き込まれない距離を保っていてくれた方が有難い。

 それにしても、相手側は何をしているのか。

 あの奇妙な黒い何かは今もじっとしていて何も仕掛けてこない。ラクシャーヌの攻撃が当たったらしいが、そのせいで実は瀕死なのだろうか。だが、それでは災魔が倒れていた意味が分からないし、何も変化もないのはおかしい。

 何か目的があって動かないのかとじっと観察していると、その周囲の大地が奇妙なことに気づく。

 村の広場だった場所だ。舗装などされているはずもないが、荒れ地などではなくそれなりに均されていた。その大地が枯れ地のように見えた。暗がりで良く見えないとしても、他の土地と比べて明らかに色彩が薄く、草木も少ない。

 そのことをラクシャーヌたちに告げようとしたとき、オゴカンだったものを覆う黒いもやが突如噴出した。身体全体から物凄い勢いで上空へとその黒いものが広がっている。一度見たことのある一部ではなく、全体的な変化で明らかに様相が違った。

 「おい、あれは何だ?」

 「ふむ。やはりアレが原因かえ?まずいぞ、クロウ。あやつ、この周辺すべてから魔力を狩り尽くすつもりじゃ」

 「魔力を?」

 その意味に気づいて、先程の大地の違和感に合点がいく。マナという要素が抜かれたために土地がやせ細って見えたのだ。思えば、出現した瞬間から周囲の人間を取り込んで吸収していた。元々、あの奇妙な魔法生物はまわりから魔力を奪う性質があった。

 「わっちの破壊魔法も部分的にそれにやられたと言えなくもない。じゃが、今はそんなことよりあれを止めねばならぬ。このままではわっちらごとすべて呑み込まれようぞ!」

 「良く分からねえが、あいつは今、全部吸収しようとしてるって感じか?俺たちに何ができる?」

 「それなんじゃが、わっちの魔力はさっきのでかなり目減りした。今すぐシロを呼び戻せ。眷属全員分でもう一度破壊魔法を放ち、とにかくあやつを遠くへ飛ばすぐらいしか思いつかぬ。破壊そのものは当面あきらめて脅威を遠ざける方向で調整するしかあるまい」

 シロを呼び戻すためには一度ココたちの方へ戻る必要がある。そんな暇はないのではないかと思ったところで、なぜかココが走り寄ってきた。

 「わふー!呼ばれた気がしたのん!」

 「ほぅ、シロを連れてきたか。よくやったぞ、ココ」

 どうやって察したのかは分からないが、とにかく役者がそろったのなら問題ない。

 「シロ、悪いが一回こっちに戻ってく――」

 ラクシャーヌの対抗策を打とうとした矢先に、一際大きな魔力の波が押し寄せてきた。しかもそれは第一陣で先駆けに過ぎないことが本能的に分かった。続くであろう次の波状攻撃にさらされれば無事ではすまないことは明白だった。

 肉体と精神が全力で危険を告げ、爪先から頭頂まで振動が駆け上る。死の匂いがそこまで迫っていた。

 「これはまずい……!」

 災魔の声が珍しく震えているように感じた。

 そして、あの画面が表示された。


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 『いずれかを選択してください』 ー60s

 1.自らの血肉を裏結晶リバスタに与えて、自壊命令で上書きする

 2.周囲すべての者の血肉を裏結晶に取り込ませ、循環封印状態にする

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 何を選択させられているのかは理解できなかった。ただ、瞬時にやるべきこと、選ぶべき選択肢は分かった。

 (シロとラクシャーヌは俺の中に入れ。シロ、説明している暇はないが、今からココをウェルヴェーヌたちの方へ吹き飛ばす。そこでティレム化するように言ってくれ。そうしなきゃ全員死ぬ)

 (……承知)

 (また特殊技能スキルかえ?この期に及んでは、頼らざるを得ぬか……)

 二人は無駄な問答もなくすぐに応じてくれた。状況が逼迫していることは分かっているのだろう。

 クロウも迷いなく動いた。すぐそこに絶望が迫っていた。


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