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選択死  作者: 雲散無常
第九章:予見
103/137

9-10


 闇夜の中で赤毛の戦士が暴れていた。

 視界の悪い漆黒の中、その燃えるような赤髪はまるで血の色のように鮮やかに映った。

 悪鬼羅刹の如くその大剣を振り回され、仲間たちが吹き飛ばされてゆく。

 「一体、何なんだ、あの女っ!!!?」

 「一人で突っ込むな!囲んで足止めから入れっ!」

 デガミス傭兵団は決して名の知れた集団ではない。それでも、数々の戦を生き残ってきた強者の自負がある。たとえ敵前逃亡さえも厭わない敗北数の方が多い兵士だとしても、踏んできた場数とどんな状況でも生き残ったという実績は伊達ではない。生き汚く戦場を渡り歩けるのも、粘り強さという一つの強さの指標であると同時に有効な武器だ。

 しかし、違った。

 獰猛に笑いながら楽しそうに戦うあの女は、今までに見たことのない脅威だった。こちらの強さとは一線を画す別物だ。逃げの一手が使えない。

 圧倒的な彼我の差が分かるからこそ、いつものように命あっての物種と逃亡することも考えたができない。背を向けても追いつかれると分かってしまう。やるしかなかった。

 傭兵団の男たちは覚悟を決めて果敢に攻めた。戦場では腹をくくった手負いの獣ほど怖いものはない。死兵は避けるべき相手だと新人は良く教わる。捨て身の人間の攻撃にはセオリーが通じないからだ。どんな優秀な護衛官も、自爆テロは完全に防げないのと同じ理屈だ。

 傭兵団長は壊滅の悪夢を予感しながらも、必死で赤毛の戦士に立ち向かった。

 部下と連携しながら打ち込む。そのどれもが致死性の一撃だ。次の一手のためだけの隙だらけの攻撃。対処はたやすいが、受けた瞬間に絡め取られる。そういう捨て身の罠を兼ねた一振り。その連続技。個対多だからこそ、一手読み違えればそこで詰む難度。

 だが、当たらない。

 三人、四人、五人と続く必殺をかわされ、さばかれ、いなされる。一つとしてまともに受けない。

 信じられないほどの剣技だった。しかも、相手の武器は身の丈ほどの大剣。魔法で肉体強化をしているとしても、どれほどの研鑽の賜物か。褐色の肌からしてどこかの山岳部族出身であることは分かる。どこかにあるであろう刺青が見えれば特定もできるかもしれない。相手が何者か分かれば多少は対策も立てられる。いや、この状況ではそれも焼け石に水か。

 「はっはっはー!もっとだ、もっと、本気で来なっ!」

 女はこの状況を明らかに楽しんでいた。反撃できそうな隙にも敢えて何もしてこない。罠すら食い破る牙は持っているのに、だ。舐められていると分かっていても、あと一歩どころか二歩、三歩と届かない。

 「クソがっーーーー!!!」

 自制の利かない部下の一人が激昂に身を任せて単独で突っ込み、あえなく弾き飛ばされる。冷静さを失った者から死ぬのは戦場の常だ。

 このままでは瓦解する。通常の連携攻撃を重ねてもこの怪物には叶わない。

 焦りが団長を蝕む。判断の遅れは取り返しがつかない。

 更に捨て身の一撃が必要だ。あわよくばではなく、確実に隙を作るための犠牲が。

 団長は一人の部下の名を叫んだ。

 「頼む、ジック!」

 傭兵は金のために戦う。だが、最優先は自身の命。だからこそ、命の借りは何よりも重い。義理人情を解さない外道でない限り、命は命で返すのがルールだ。苦渋の思いを込めた声が震えた。

 「了解だぜ!!!」

 その意図を正しく理解した部下は、ためらいなくそれを実行する。

 赤毛の戦士に向かって一人で突進。何度来ても同じだとばかりに大剣を振るう相手のそれをそのまま身体で受ける。

 「――っ!?」

 武器で受けていれば反発する力が、生身の筋肉に吸収されてしまう。そのまま大剣は傭兵の身体の半ばで止まった。自らの身体を犠牲に、一瞬であれ敵の武器を奪ったのだ。更に大剣を抱え込む形でその場に踏ん張る。決死の足止め。

 その一瞬を逃すわけにはいかなかった。

 「やれっ!!!!」

 万感の思いを込めて団長は叫びながら飛び掛かる。

 赤毛の戦士の対応はそれまでとは違って鈍い。大剣がジックの身体で阻害されて本来の動きになっていない。

 得物を手放して後退するしかないが、愛用の武器に執着する者ほどその判断は遅くなる。おまけにジックの身体を張った妨害に動揺が見られる。

 今度こそ届く。そう確信した団長の一振りはしかし、またしても敵に触れることはなかった。

 飛び掛かって空中にある身体に対して、突然横からの衝撃が襲ってきて吹き飛ばされたからだ。

 脇腹に重い一撃を食らい、一瞬呼吸が止まった。

 「ぐはっ!!!?」

 赤毛の戦士には支援する仲間がいたようだ。ここまでまったく気配を感じさせずに潜んでいたとは信じられない。

 自分を弾き飛ばした者が何であれ、まだ他にも敵がいることは間違いないだろう。その可能性を失念していた。あまりにも目の前の一人が強すぎたのだ。

 団長に続いた部下たちの時間差攻撃も、そのズレの分で赤毛の戦士に対応する時間を与えてしまっていた。本来なら団長の一撃が当たるか、更なる大きな間隙なるところが失われていた。ジックの決死の妨害工作が無に帰していた。

 「いやー、あぶなかったぜ、今のは」

 赤毛の戦士の手には既に大剣が戻っている。地面には瀕死のジック。他の部下たちも満身創痍だ。優勢を取り戻された。

 ここまでだと団長は決断した。万策尽きた後は、潔く相手に降伏するまでだ。これ以上の無駄な抵抗は何にもならない。第二のジックを試す気にはならなかった。

 「分かった!俺たちはここまでだ。降伏する。受け入れてくれるか?」

 話が通じればいいが、ダメなら死ぬまでやるしかない。勝ち目はないと分かっていても。

 「ん?もう終わりってことか?」

 「そうだ。お前たちの目的はタファ=ルラ教のやつらだろう?俺たちはもう何も邪魔しない」

 「ほぅ?なんか物足りねぇけどそれもありかね……どう思う、おしゃべり野郎?」

 思ったよりもすんなりと会話が通じそうだった。赤毛の戦士が振り返ると、民家の陰からひょこひょこと杖を持った男が現れる。

 「テオニィールだよ!変な呼び方はやめてくれないか。でも、まぁ、うん。もういいんじゃないか。ほら、広場の方にクロウが来てるし」

 「おう、あっちも片付いたのか。じゃあ、そういうことで邪魔しないなら終わりでいいぜ。けど、変な真似したら斬るからな」

 何がどういうことなのか分からなかったが、助かったらしい。あまりにも拍子抜けの退き方だ。最初からまるで相手にされていなかったように感じる。

 あっさりと去ってゆく二人は村の広場の方へ向かって行った。その方向に、何者かを引きずる男の姿があった。

 他にも敵が来ていたらしい。タファ=ルラ教の蛮行を阻止しに来たのだろう。たった一人に釘づけにされていた時点で、護衛役としても傭兵団は失敗していた。完敗だった。

 「だ、団長?これからどうするんで?」

 生き残った部下に答える言葉は、しばらく出てこなかった。




 「これ以上、無駄に抵抗するな。今回の元凶の司祭はもう捕らえた。タファ=ルラの奴らは大人しく降伏しろ」

 村の中央広場ではかがり火が焚かれ、辺りが煌々と照らされていた。

 その中心には後ろ手を縛られたオゴカンが膝をついて頭を垂れている。引きずって来たために全身傷だらけで、完全に虜囚となって屈服した姿だった。その横でクロウが大声で戦闘の終わりを告げた形だ。

 襲撃に気づいてさえいなかった信者たちは、驚いて外へ出て来てすぐに目にしたその光景になす術もなく立ち尽くしていた。

 独裁的な指揮系統の集団であったため、その頭であるオゴカンがいなければ何も機能しない。絶対的な支柱が折れている状態を信じられない思いで見つめていた。

 洗脳された村の住人たちは、先達の教徒たちが何も動かないのでどうすべきか分からずに戸惑っていた。命令がなければ彼らも何もできない。まだ教徒になり立ての彼らは自律的に動く術を教わっていなかった。傭兵団も既にネージュによって戦意喪失状態で鎮圧されている。

 事態はそれで終わると思われた。

 計画通りに事が運んだとクロウたちがほっと胸をなでおろしたところで、びくんとオゴカンの身体が跳ねた。

 気を失っていた司祭が意識を取り戻したにしては、その動きは急激で不気味すぎた。

 まるで体の内部で何かが暴れたかのような、不自然な痙攣だった。

 同時にオゴカンから強大な魔力の奔流が溢れ出す。

 (クロウ、こやつから離れよ!!)

 突如、ラクシャーヌの警告が頭に響く。瞬時に身体が従う。意味が分からずとも危険なことは分かった。

 「お前ら、遠くへ走れ!」

 同じようにウェルヴェーヌたちへと叫ぶ。

 それまでまるで感じ取れていなかった魔力が、唐突に増大することなどあり得ない。尋常ならざる状況が起こっているということは、決して良い兆候ではない。

 「わっぷ!?」

 一番そばにいたココを抱き上げて跳躍する。

 ネージュはウェルヴェーヌを抱え、テオニィールは走りながら魔力障壁を展開する。イルルはちゃっかりとそれを盾に走っていた。機敏に反応できた者は仲間だけだった。

 信者や村人たちは何が起こっているのか呆然としたまま、その場から動けない。

 そしてオゴカンの身体が内部から破裂した。

 一体何がどうなっているのか、肉片が飛び散るのではなく真っ黒な霧が噴出し、それらが周囲の者たちを巻き込んで一気に広がる。

 「な、なんだい、アレはっ!?」

 テオニィールの絶叫の答えを持っている者などいないだろう。

 今やオゴカンだった何かは、身の丈五倍ほどの魔物に変わり果てていた。青黒いぶよぶよとした何かで覆われたその造形は、どんな生き物にも形容しがたい不気味さだった。その身体の至る所から腕のような触手が歪に伸びている。それらが集まっていた信者、村人を引き寄せて取り込んでいるように思えた。

 「とんでもない魔力を感じます。さっきまでまったくあんな反応がなかったのに、なぜ……!?」

 いつもは無表情なウェルヴェーヌですら、その眉根が寄ってやや険しさを見せている。

 とにかくあの触手に触れられるのはまずいと言う認識で、ある程度の距離を取ってクロウたちは振り向いた。

 中央広場にいた者たちは既に軒並み取り込まれている。もう助ける術はなかった。

 「ちっ、正直、あのタイプに普通の攻撃が利くとは思えないぜ?」

 ネージュは魔物との相性の悪さを感じて舌打ちした。気配からして魔物と言うよりも魔法生物だ。おそらくその見立ては正しいだろうと皆思わずにはいられなかった。あまりにも正体不明の化け物だ。魔獣のように何か動物の原型が合って変化した造形ではなく、基本からして未知な身体に見える。人間から派生したとは到底思えなかった。

 「主、逃げきれないかもっす……!」

 周囲を抜け目なく警戒していたイルルがいつになく焦った声を出した。

 「どうした?」

 「あれを中心に、結界みたいなものが展開されてるっす」

 その言葉にテオニィールが「うわぁ!?」と素っ頓狂な叫びをあげる。

 「ほんとだ、いつのまに!?しかも、超広範囲で……絶対逃がさないヤーツじゃん」

 「閉じ込められたということですか?」

 「うん。多分、この村一帯が封鎖状態になってる。あいつの魔力どうなってるんだ……?」

 「そうか。なら、止まれ」

 クロウは即座に足を止める。ラクシャーヌの警告で離脱したが、逃げきれないのなら向き合うしかない。

 (あれとやりあうのは骨が折れるぞ?)

 災魔が腹からひょっこりと顔を出す。自信の塊のようなラクシャーヌがそこまで警戒するのは相当なものだ。

 「その内勝手に消えるなら逃げるのもありだが、そういう望みはなさそうか?」

 「無理じゃねぇか?村人とか食いまくって今も成長期みてぇだからな、アレ」

 ネージュが忌々し気に否定する。

 「まだ住居に隠れている方たちもいます。戦うなら、取り込まれる前にどうにかした方がよろしいかと」

 「やっぱり、あれは人を食ってでかくなってるのか?」

 「現象的にはそう見えるね……多分魔力を吸い取る感じなんだろうけど」

 「助けないのん?」

 ココがクロウに抱えられたまま、無邪気に問いかけてくる。その身体を地上に降ろして、クロウは冷静に言った。

 「犠牲は少なくしたいが、ベリオスの住民ってわけでもないからな。ベストエフォートで対応する。こっちがやられるのは本末転倒だ」

 今回の目的はオゴカンの捕縛であって、ミカサ村の救済ではない。出来る限りのことはするが、優先されるわけではないとはっきりと断言する。冷淡であろうと現実的な方針を取らねばならなかった。あの魔法生物はあまりにも不確定だ。ただ、その強さだけはある程度見積もれている。

 慎重に対処しなければならない脅威だ。

 「とりあえず、俺が仕掛けてみるからお前たちは支援で頼む。近づくと取り込まれる可能性があるからな。ネージュはその護衛だ。あの触手がどこまで伸びるかは分からないが、一、二本なら斬れるだろ?」

 「後詰とは情けねぇが了解だ。クロウも気をつけろよ。あの本体、並の攻撃じゃ弾かれそうだぜ」

 「ココもやるー!」

 「いや、ココは危なくなったらティレムでみんなを守ってくれ。シロ、頼むぞ」

 (承知。長殿も無理はなされるな)

 「ぶーー!」

 不満げなココをウェルヴェーヌが抱き寄せて、クロウに目線で合図を送ってくる。いってらっしゃいませ、と。

 誰もがあの魔法生物が尋常ではないことに気づいているがゆえに、転生人フェニクスであるクロウを信頼して任せてくれていた。

 (やれやれ、貧乏くじを引いたのぅ……)

 (お前にしては随分と及び腰だな。何か思うところがあるのか?)

 いつもは好戦的な災魔が珍しく消極的なことが気になった。

 (正直分からぬ。じゃが、あれはどうにもわっちと同じ匂いのようなものを感じる……)

 それはとても気になるところだが、いずれにせよやってみるしかない。既に何かに囚われているのなら、その大元を断つしかないだろう。

 クロウは剣を抜き放って走り出した。


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