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選択死  作者: 雲散無常
第九章:予見
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9-8


 道のようでいて道ではない場所を歩いていた。

 道跡とでも言うべきか。人が通らなくなった場所というのは、こういう風になるのかとクロウは興味深く観察した。

 かつては小道のようなものがしっかりとつながっていたそうだが、各村との交流が段々と先細ってからはほとんど誰も使わなくなって荒れ地となったらしい。

 途中までは農地長のネーベルが管理する畑があり、しっかりと整備された道があっただけにその落差は激しい。

 ベリオスの町から南方面。

 今まで意識を向けてこなかった範囲に向けて進んでいた。見渡す限りの草原といった風景は長閑な時間を感じさせると同時に、見方によっては何もない退屈な田舎といった感想を抱かせる。吹き抜ける風もどこかゆったりとしているように思えた。土壌がもっと良ければ、その草原はもっと輝いて見えたに違いない。

 いや、草原という表現もやはり言い過ぎか。荒れ果てている草地くらいが丁度だろうか。適切な語彙が分からない。

 「もっと人数を連れてこなくて良かったのかい?それと、どうして徒歩なんだい?馬車の一つや二つ、用意できたと思うんだけど?」

 テオニィールがどこか不満げにクロウに問う。

 「大所帯だと町を出る時に目立つし、少数精鋭でさっさと片づけた方がいいっていう理由らしい。馬車については、道が整備されてなさすぎて途中までしか持たない可能性が高いそうだ。車輪が持たないんだと。使い捨てるって考え方もありだが、せっかくの機会だから自分の足で見て回った方がいいかと思ってな」

 「そして、鍛錬なのー」

 ココが先頭から振り返って拳を突き上げる。はしゃいでる様子がその声に表れていた。

 「あー……なんで、ココちゃんはあんなに張り切ってるんだい?」

 「最近ラクシャーヌと修行みたいことをしてたらしい。その成果を早く試したいんだろう」

 「ほうほう、つまり例の宗教家たちと一戦交える気まんまんってことだね」

 「状況次第だけどな。報告じゃ、大分よろしくない感じなんだろ、イルル?」

 「……完全に洗脳教育しているみたい」

 ウッドパック商会の諜報部隊から、占拠された村の現状のひどさは伝わっている。それもあって、クロウたちは直接向かうことにしたのだ。

 ベリオスの町の領主としては、無関係の村ではあっても近隣の平穏を乱していることを知って何もしないというのも寝覚めが悪い。何よりS級探索者のヨーグ=アンヴァンドを引き入れるために、厄介な条件を取り消させなければならない。その意味でも、タファ=ルラ教の司祭であるオゴカンをどうにかする必要があった。

 本当はついでに南方面の視察というか、観光目的も兼ねていたのだが、そういうお気楽な気分にはなれそうになかった。

 「ハッ、他人に唆されるような弱っちいヤツが悪い。たとえ貧乏な村人だろうと、自分の意思だけは曲げちゃダメだろうが」

 赤毛のネージュが吐き捨てるように言った。

 今回の遠征をどこで聞きつけたのか、ついていくといって聞かなかった唯一の志願者だ。ここしばらく警備隊の仕事にかかりきりだったので羽を伸ばしたいのだろうという見解は、ネージュの相棒でもあるユニスの弁だった。少し前の地下探索に同道できなかったことを不満に思っていたのは想像に難くない。

 「脅迫紛いに迫られてはしかたがないでしょう。かなりえげつない報告が上がっていますし、実際に死傷者が出ていますから」

 ウェルヴェーヌはいつもの大袋を背負い直しながら、眼鏡の位置を微調整している。

 相変わらずメイド服に似つかわしくない装備だが、中身が役立つことは実証済なので特に触れることはない。この使用人長の独特な流儀に対して異議を挟むことは、クロウ会の中ではタブーに近いことになっていた。

 「でも、彼らは何でそんな強行策に出ているんだろうね?これまでも機会は別にあったわけだろう?何かきっかけがあったのかな?」

 「その辺も探ってもらってはいる。タファ=ルラ教国の本国の方も直接調べさせているが、まだそれらしい報告はない状況だ」

 「……距離があるからしょうがない」

 イルルがやや不満げに呟く。

 「別に文句を言うつもりで言ったんじゃない。ウッドパック商会には大分無理をさせているからな」

 「相応の契約金を払っていますので、クロウ様が気になさることはないかと」

 「おっと、じゃあ、この僕にも――」

 「そこのピコ鳥男は黙りなさい。もっと有用な占いを実証してから口を開くがいいです」

 「ななっ!?それはあんまりだよ、ウェルヴェーヌ君!だいたい、僕は先読みの巫女の件でも立派な役割を――」

 「うるさい」 

 雑に遮られて、さすがのお調子者のテオニィールも口をつぐんだ。ウェルヴェーヌの占い師への風当たりは今日も厳しい。性格的な相性がよろしくないのだろう。

 互いに良く知らない内は、こうしたやり取りで空気が悪くなったように感じていたが、今では恒例の日常風景となっているのでそんなこともなかった。

 「そういや、その先読みの巫女の国と同盟を結ぶって話だったよな?」

 ネージュが道端の小石を蹴飛ばした。今回の先頭役だが、まだ警戒するほどの地域ではないため、頭の後ろで腕を組みながらの余裕の散歩状態だ。

 「ああ、スレマール王国だ。正式に調印したら、向こうの王子が一度警備隊を視察したいと言っていたな。わりと好戦的なヤツな気がするから、ネージュと気が合うかもしれないぜ」

 「そうなのか?いいじゃねぇか。アタシが喜んで相手してやるぜ。けちょんけちょんにしてやるよ」

 「……怪我させないことが大前提であることを弁えていますか?」

 「ハッ、細かいことを言うんじゃねぇよ!」

 「まったく細かくありません。ネージュ様は警備隊の特別主任なのですから、もう少し自覚を持ってください」

 「おう、それだよ!」

 思い出したようにネージュがぱっと振り返る。

 「アタシは臨時でしょうがなくやってるのに、いつまで続けさせる気だよ?」

 赤毛の探索者がが警備隊に配属することになったのは、クロウに模擬戦で負けたからだった。なし崩し的にユニスと共に仕事をさせられている形で、ネージュ本人としては不本意だった。

 「ん、言われてみると、特に期限は決めてなかったか。リベンジして俺に勝てばいいんじゃないか?」

 当事者のくせに他人事のようなクロウに、ネージュが赤毛を逆撫でた。

 「言ったな、テメエ!ちゃっかりやってやんよ!!」

 そう言うや否や、クロウに向かって飛び掛かるネージュ。

 しかし、その間に割り込んで容赦ない一撃を受け止める者がいた。

 「めー、なのん!」

 ココがいつの間にか籠手のようなものを身に着けて仁王立ちしていた。どこかの武道家のような装備だ。そんなものを嵌めていた記憶はない。

 「お前、その武器はどこから?」

 「ふっふーん、密かに作っていたのだのん」

 しゅたっと妙な決めポーズで得意げに笑うココ。シロの刺しゅう入りのマントが風に翻って、わりと様になっている。

 「……ラクシャーヌとの修行は魔法関係じゃなかったのかよ?」

 災魔は今、体内で眠っている状態なので詳細は聞けない。最近あまり話していない気がした。

 「魔力もちゃんと通っているのん。だからめっちゃカチカチ!」

 「……嘘だろ。こんなちっこいのに止められるとか、アタシの腕は鈍ったってのか?」

 得意げなココと対照的に、ネージュが自信を喪失していた。久々に好戦的な姿を見たと思ったが、あっという間にその勢いがしぼんでいる。

 「あははは。鍛錬でもさぼってい――あばほっ!!?」

 余計な一言でテオニィールが真横へと吹っ飛ばされた。草を薙ぎ倒して見事に新たな横道を作っていた。その威力を見る限り、衰えはなさそうだ。

 「くそっ、勝負はまだ預けておくぜ、クロウ。どうやらそこのちっこいのを先に倒す必要がありそうだ」

 一撃を受け止められたことがよほど悔しいのか、ココに対する熱意を燃やすネージュ。当面の標的を変えたらしい。

 「いつでも来い、なのん!」

 「元気なのはかまわないが、道中でやり合うのはやめてくれ」

 騒がしい会話をしながら、一行は先を急いだ。




 野宿をしながら進行すること二日目。

 クロウたちの前に一人の訪問客が現れた。

 既に道らしき道もなくなった荒れ地の真っただ中だったので、初めからクロウたちに会いに来たというわけではない。

 男は近隣のシザ村の農夫で、周囲を警戒している際にこちらを見つけて声をかけてきたのだという。

 「あんたたち、ベリオスの町の人なのか!おお、これぞ天の恵みだ。頼む、領主様に伝えて欲しい。ミカサ村を頭のおかしい奴らが襲撃しているんだ。変な宗教連中みたいで、もう何人か殺されちまったって話だ。おれたちはどこの国にも属しちゃいないが、ここらで頼れるのはあそこだけだ。あれを放置してたらベリオスの町だって面倒なことになっちまうはずだ」

 必死に訴えてくる内容は、タファ=ルラ教の蛮行だった。

 二つの村は交流があり、互いに少ない農作物の交換を定期的に行っている。その際に、ミカサ村の様子がおかしいことに気づいた者が調べたところ、見知らぬ集団に村が占拠されていて奇妙なやり取りをしていたとのことだ。随分と手際よく調査できたものだと感心する。

 自分たち以外に頼れるものがない辺境の地の住人は、あらゆる意味で慎重で用心深い。必要なことは何でもできるようにならなければ生き残れないため、隠密行動にも長けているということらしい。

 そんな村人も、さすがにクロウがそのベリオスの領主であることは看破できなかった。

 更に詳しく話を聞くと、報告にあったタファ=ルラ教の強制的な宗教勧誘に違いなかった。それにしても、いくら技術があるからといっても詳細な情報をどうやって手に入れたのかが疑問だと指摘すると、ミカサ村には廃棄された粉ひき小屋があって旧い外道とつながっているのだという。

 粉ひき小屋と言えば水車だがそんなものは報告にはなかったはずだ。川なども当然流れていない。しかし、どうやら村の付近に昔は川が流れていたものの、今は干上がってしまったというのが真相のようだ。その名残であれば、確かに住人以外は知らなくても無理はない。

 逆に、クロウたちもそこを使えるという意味で有用な情報だった。

 「えらい大変そうな状況ってことは分かるけどよ。ベリオスがただで動くと思ってるのか?アンタらは別に税を納めているわけじゃねぇし、そんな義理はないだろ?」

 意地悪そうにネージュが言うと、シザの村人は唇をかんでうなずいた。

 「確かにそうだがよ。一応、おれたちも同じ地域の隣人って気持ちはあるんだ。色んな事情があって逃げてきた奴らばっかでも、必死に助け合って生きてる。ミカサ村のように、あんな風にわけのわからん連中にやられる道理はないはずだ。ベリオスの町は最近領主様が変わってでかくなっているって話だし、隣人としてのお情けにすがってみる価値はあるだろ?」

 だそうだ、と言わんばかりの表情でネージュがクロウの方に視線を向ける。どう返事をするのかと無言で促しているようだ。

 「隣人かどうかはさておき、確かにそんな連中が勝手にのさばっているのを良くは思わないだろうな」

 クロウは領主だと明かす気はなかったが、多少の安心を与えることにためらいもなかった。

 迷惑をかけてこない限り、隣人だという認識でも一向にかまわない。あまり利がないので積極的に支援しようとは思わずとも、救いを求める手を払いのけるつもりもなかった。今まさにその駆除を行おうとしていることを話しても良かったが、都合よく思われるのも何か違う気がして詳細は伏せたままにしておく。

 「あんたの言うようにベリオスの町の人間だって、不穏な人間が近くをのさばっているのをよしとはしないだろう。何かあれば動くさ」

 「だ、だよな?本当は使者を出して直接頼むべきなんだけどよ。今は収穫時期だし、周辺の警戒で本当に人手が足りてないんだ。おれもここまで今日出張ってきたけど、この距離がギリギリだったんだ。あんたたちを見つけられて幸運だったよ」

 「おいおい、アタシらが今から引き返してアンタの話をすぐ上にあげるなんて約束はしちゃいないぜ?」

 「分かってる。そんな無理を頼める立場じゃねぇことぐらいはな。でも、それでもその内あんたたちから話が広がるだろ。それだけでもおれたちにはあり難いんだ」

 「……そんなに孤立無援な状態でも、自分たちだけで生活する方がいいのか?」

 クロウには無所属で暮らす人間の気持ちが分からなかった。税を払って警備隊などに護ってもらった方が精神的にも安心だと思うのだが。

 その質問に対して、男はクロウの方を値踏みするように少し見つめてから、複雑そうな表情で目を逸らした。

 「あんたは多分、良い町で暮らせていたんだろう。運が良かったんだな。この大陸にはまともに住民を扱わない場所がたくさんある。いくらカネを、モノを、時には自分の娘すら収めたとしても、約束通りに対価が返ってくるとは限らないんだ。全部根こそぎ奪われるだけのときもある。おれたちはみんなそんな過去を持った奴らばっかりだ。他人にはもう何も預けたくないんだよ」

 重みのある男の言葉に、微妙な静寂がその場を支配した。

 いくら税を払っても、まともに機能しない町もあるということだ。搾取されるだけの悲惨な過去を引きずった者たちが、誰にももう奪われまいと作った村だということか。

 他人を信用できないゆえに、頼りにもできないという心情が少しだけ分かった気がする。この村人はその中でも、多少マシなのだろう。少なくとも、ベリオスの町に助けを求める気持ちがある。あるいは、それほど切羽詰まっているだけかもしれないが。

 「そうだな。運は良いのかもしれない。とりあえず、こうして生きているわけだしな」

 クロウは以前の記憶はすべて失っている。もしかしたら自分の過去にも何かろくでもない経験があったかもしれない。だが、それ自体を忘れられているのなら、それは幸せなことなのかもしれない。

 「ハッ、そりゃ間違いねぇな。生きてるだけで儲けもんってのは真実だ。そうだろ、なぁ?」

 妙な空気を吹き飛ばすべく、ネージュが豪快に笑うと村の男も釣られるように笑った。

 「まったくだ、さて、それじゃあ、おれはいくよ。あんたらも気をつけてな」

 男の背中を見送ると、クロウはウェルヴェーヌに問う。

 「この地域にミカサ村とかシザ村とか、あとどのくらいの数があるのかは把握しているのか?」

 「いいえ。正確な数は分かっていません。先程の村人が言ったように、独自のネットワークで近くの村同士で交流があっても、地域全体でつながっているわけではありませんので……誰にも分らないのではないでしょうか。何か気になることでも?」

 「いや、連中が今ミカサ村を占拠してるみたいだが、道中にも同じようなことがあった可能性もあるんじゃねえかと思ってな」

 「……少なくとも、今分かっているのはミカサ村だけ」

 イルルが素早く答える。その可能性については否定も肯定もできない、といった雰囲気があった。

 村の数も場所もたいして分かっていない地域で、その異変を察知するのは難しい。

 「何にせよ、直接行って確かめるだけだ、そうだろ?」

 ネージュの言葉で皆が前方をなんとなく見つめる。

 ミカサ村まで、まだ道のりは長かった。


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