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選択死  作者: 雲散無常
第九章:予見
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9-7


 時折、自分が何をしているのか分からなくなる。

 別に夢遊病とかってわけじゃない。明確に最終的な目的は分かってる。

 けど、そのために何をすればいいのか、それで本当にいいのか、自分は今正しくその方向へ進んでいるのか、そういうものがあやふやだってだけだ。 

 迷っている暇なんかねぇだろ。

 自分の中のもう一人のオレがいつだってそうやって鼓舞してくる。

 分かってる、分かってるんだが、それにしてもこの目の前の光景はどうだよ?

 オレは自問自答する。

 半裸の男たちが奇妙な葉っぱのついた枝を振って踊っている。歌っている。

 いや、本当に歌って踊っていると言っていいのかあれは?

 奇声とおかしな動きに惑わされて、思考がぐちゃぐちゃになっていないだろうか。

 山の部族なので一般的ではない風習がある。それは分かる。

 山には山の掟がある。まぁ、そうだろう。

 山に入った以上、その掟には逆らうな。うん、まぁ……

 ならば輪に入って踊れ。

 ああ、そうだな……ってなるか?納得できるか?

 実際に見るのと伝え聞くのとではまったく違う。どころか、そこに加わるよう強制されている場面では色々と考えてしまう。

 なぁ、オレよ。これに加わることを迷っちゃダメなのか、ほんとに?マジで?

 ステンド=イリマトゥーニは深い深いため息をついた。

 デガヤム山脈の南峰。地元ではヤッカ山と呼ばれる場所で、その山の部族の祭りの真っただ中にいた。

 つば広のカウボーイハットが今日はない。既に奪われていた。

 ついでに服も剥ぎ取らている。きっちり半裸状態だ。

 標高はそれほど高くないとはいえ、平地ではない。気温は低い。つまり、寒い。

 祭りの中心には巨大な井桁の丸太が組まれていて、巨大な炎が立ち昇っている。

 中心に近づけば暖かいだろうが、当然周囲は部族の男たちが囲んで踊っている。笑顔だ。薄気味悪いくらいに笑顔だった。

 その中に入るのにためらったまま、どれくらい時間が過ぎたのか。

 ステンドはこの仕事を受けなければ良かったと何度目かの後悔をしていた。

 クロウに頼まれたときは、やっと自分に相応しい役割がまわってきたと思っていた。ステンドは転生人フェニクスだ。クロウが規格外すぎて忘れられがちだが、この大陸では稀少な存在だと自負している。どこか影が薄い立場に収まっているが、実はもっとやれるのにと密かに思っていた。

 だから、今回の一人遠征のような仕事は正しくハマり役なはずだった。単独行動ではシンプルに肉体能力が優れている方が有利だ。あらゆる点で融通も利く。

 そのための一歩が裸踊りとか、予想外過ぎるだろ……

 これがまだ美女に囲まれたものであるならば興も乗るというのに、山の部族のマッチョメンでは趣味が合わないにも程がある。

 「ステンド!まだこんなところにいたのか?早く輪に入って踊ってこいよ。そんなんじゃチャガーニができないぞ?」

 突然横手から声をかけてきたのは、野太い声をしたややでっぷりとした男だ。部族の中ではだらしない部類に入る樽腹をさらしているが、筋肉質なのは流石と言うべきか。山の部族の案内人であるダコブだ。赤ら顔なのは既に酒も相当入っているからだろう。

 「チャガーニはこの方法でしかダメなのか?」

 「いや、これ以外でも自然とそういう流れにもなるが時間がかかるぞ?あんた、急いでいるんだろ?一番早いのはこれだ。見ろよ、エグサの旦那なんてもう完全にチャガーニを果たして馴染んでるぞ」

 視線の先には、半裸どころか下半身も露出させて飛び回っている中年男がいた。こんな場所でなければ見苦しいことこの上ない醜態なはずだが、この騒ぎの中では拍手喝さいを受けて称賛のような眼差しを浴びている。色々と狂っているが、その男こそが今回の目的でもあるので複雑な思いだった。

 「くそっ……ままよ!」

 傍らにあった地酒らしいものをぐびぐびと煽って景気づけをすると、意を決してその輪へと飛び込んでいった。

 「お!ステンドの旦那がやっと来たぜ!」

 「よし、お客人!まずはお前の踊りを見せて見ろ!」

 「おお、今宵は外の者の舞いを見れるのか」

 嬉しくない歓声に迎え入れられて、ステンドは無の境地になって踊りまくった。現地人とのコミュニケーションは大事だ。何か大事なものを捨てるとしても。

 翌日。

 ステンドは昨夜の記憶を封印した状態で起きた。

 いつのまにかどこかのテントの中で雑魚寝していたらしい。周囲にも男たちが死体のように横たわっている。むせるような酒の匂いが辺りに充満していた。

 とりあえず顔を洗いたくて、テントの外に出る。

 山間部であろうと場所によっては井戸も使える。桶から水をすくって顔をはたいていると、二日酔い状態のダコブがふらふらと近寄ってきた。

 「ああ、ステンドの旦那、おはよう……昨日はお楽しみでしたね、っと……」

 ダコブは飲み水用の桶からコップでごくごくと水を飲む。寝起きの酔い覚まし代わりのようだ。

 「昨夜のことはもう言わないでくれ。で、チャガーニの件はどうだ?」

 「茶番?ええと、ああ、チャガーニね。うん、大分、距離は詰めた感じが……うっぷ!失礼……」

 よたよたと案内人が茂みの方へ消えると、今度は山には不釣り合いな上等な司祭服を着た男が歩いてきた。

 「これはこれは、ステンド殿。おはようございます」

 さわやかに挨拶をしてきたこの男が、昨夜は裸で飛び回っていたとは誰も信じまい。

 エグサ=ジトランダ。

 タファ=ルラ教の司祭の一人で、今現在ステンドがここにいる理由の相手だった。

 信者のみで生活している宗教家がなぜ山の部族の集落にいるのか。それは彼の個人的な嗜好のせいだった。男色家であるエグサは、特に筋肉質な男性が好みでこの山の部族の男衆が大層お気に入りだった。お忍びで何度も足を運び、密かに交流を深めているほどだ。

 部族側もエグサがもたらすナグの実という食材が山ではあまり手に入らない貴重品らしく、大量に持ち込んでくれる上にほぼただで取引してくれる上客として有効な関係を結んでいた。

 その蜜月っぷりは、外部の者とは滅多に交わさないというチャガーニを行った時点で相当なものだと分かる。

 このチャガーニというのはいわゆる『義兄弟の契り』のようなもので、よほど信用が置ける相手にしか行わないものだ。今回、ステンドもこの関係まで持っていこうとしているが、最終目的はそこではない。エグサという男を利用するための方法の一つでしかなかった。

 搦め手は元々嫌いではなかった。やるからには徹底的に。裸踊りまでして。

 「ああ、おはよう。あんた酒が強いな」

 エグサに答えながら、昨夜の痴態は忘れる。ステンドの仕事はこれからだった。




 オゴカン=ジャーハンは荒い息を吐き出して、その寝室を出た。

 そのでっぷりとした身体は裸で血塗れだったが、気にもせずに椅子に腰かける。

 テーブルの上の酒瓶をラッパ飲みであおり、下品な音を立ててげっぷをする。

 それからタオルで自分の身体を拭きながら部屋の外へと叫ぶ。

 「誰か!中のゴミを片づけてください」

 その声に反応して、すぐに信者の一人が扉を開けて駆けつけてくる。部屋の前で見張りでもしていたのだろう。

 「失礼します、オゴカン様。説教は終わりましたか?」

 「ええ。まったく聞き分けがなかったので、あの世からもう一度やり直していただくことにしました」

 「そうですか。聞き分けがない愚か者で残念でしたね」

 「まったくです。我らがタファ=ルラ様の御威光を理解しないとは嘆かわしい。間違った教えに完全に毒されていました。まだまだ私の教え方も未熟なようです。もっと精進せねばなりません。そのためにも、ちゃんと掃除をしておいてください。わたしは少し休みます」

 そう言うやいなや、オゴカンはソファへと身体を投げ出してイビキをかきだした。

 あっという間に寝てしまったようだ。

 そんな自由気ままな行動には慣れているのか、信者は特段気にもせずに寝室の方を覗き込んで「うっ」と顔をしかめた。

 「……今回はまたいつも以上にひどいな」

 寝室のベッドの上には、四肢を引きちぎられた無残な女の死体が横たわっていた。説教に最後まで抵抗したか、興奮しすぎてオゴカンが暴力衝動を止められなかったのか。いずれにせよ、凄惨な時間がここでは繰り広げられていたに違いない。

 「自分一人じゃ無理だ」

 囁くように呟くと、掃除のための人員を呼びにその家を一旦出ることにした。

 オゴカン司祭の説教失敗の後始末は常に大変だった。

 嗜虐趣味もある司祭の個人的な教化は、時として多大な被害を生む。考えを改めない異教徒がどうなろうとかまわないが、死んでまで迷惑をかけて欲しくはない。掃除は決して気持ちのいいものではなかった。

 この村での布教活動はおおむね上手く行っていたが、まだまだ不心得者が多い。なぜタファ=ルラ様の素晴らしさが理解できないのか。

 そんなことを思いながら向かいの家に入る。

 そこでは新しく信者となった村人への教典の復唱講座が行われていた。5人ほどの新人たちが正座でタファ=ルラの教えを学んでいた。その膝上にはそれぞれ丸太が乗っている。その内の一人は既に三本分積まれていた。何か粗相をしたのだろう。

 覚えが悪いとその数が増えていく仕組みだ。真剣に取り組めば痛い思いもせずに済む。

 遠征での布教活動なのでかなり優しい方法だった。本国での短期間集中講座では、間違った途端に鞭で叩かれることもある。間違えても耐えられる猶予があるなんて羨ましい限りだ。

 もっとも、あまりに出来が悪いと直接的に身体に教えてやることも必要になる。時間は有限だ。無駄に時間をかけている余裕はない。何人かの顔や腕が腫れていることから、既にそうした指導が行われたことは明白だ。この場の連中はあまり使えないかもしれない。

 既にこの村での教化を始めて一巡りは経っている。真に敬虔な信徒がもっと必要だ。

 「手の空いている者を借りたい。オゴカン様の掃除の手が足りないのだ」

 「ん?掃除が必要なのか?ということは、また愚かな新人が消えたというわけか……」

 「違うわ。説教が響かなかったのなら、新人ですらないでしょう。何であれ、丁度いいわ。ビンカ。今後のためにも掃除を覚えておきなさい。あなたも信徒にもなれない者の末路を知っておくべきよ。そして自分が正しい道を歩んでいることを自覚なさい」

 奥の部屋にまだ新人がいたらしい。村娘から信徒になれた一人のようだ。おどおどしてはいるが、器量のよさそうな少女だった。

 「誰でもいいが、もう一人必要だ。今回は大分熱心になされたようだったからな」

 「あらあら。司祭様も随分張り切っているのね。そのわりには失敗が多い気がするけれど」

 「おい、不敬な発言はよせ。すべてオゴカン様の熱意を理解できない無知が招いた結果だ」

 「はいはい、ごめんなさいね。別に責めてるわけじゃないわよ。ただ、信徒は一人でも多く増やして欲しいだけ。それじゃ、あたしも行くわ。ビンカ。バケツと雑巾、それにいらない布をできるだけ持ってきて頂戴」

 「は、はい。そ、掃除用具ですね」

 「何でもいいから早くしろ」

 男は外に出ると、今度は村の幾つかある広場の方から騒がしい声が聞こえてきた。

 「貴様、本気で逃げられると思ったのか?」

 「というより、騙していやがったな?」

 「タファ=ルラなんか知るかよ!この村から出ていけ、イカレ野郎どもがっ!!!」

 どうやら不届き者の逃亡者がつかまったらしい。まだそんなバカがいるとは驚きだ。信仰の素晴らしさに目覚めさせるためには、多少の痛みでは足りないようだ。見せしめのためにもアレを使ってもいいかもしれない。

 男はその人だかりの方へと足を向け「あの役立たずを使うといい。タファ=ルラ様の崇高なる教えを理解しないと、どうなるかをきちんと教えるんだ」と伝えた。

 これ以上無駄な時間をかけたくはない。

 すぐにひ弱そうな子供が、縛られて動けないままの逃亡者の前に連れてこられた。その虚ろな目は自分が何をされているのかも認識できていなさそうだ。ずっと寝床で寝たきりの生活だったらしく、骨と皮だけの惨めな身体だ。役立たず以外の何物もでもない。

 「なっ、なんだ?貴様ら、ユジカをどうするつもりだ!?この子は病でまともに動けないんだぞっ!?」

 「そうだ。コレは今後もタファ=ルラ様の役には立たないだろう。偉大なる教えを知らぬからこのような状態になるのだ。ならば、せめてお前が信徒になるための礎となってもらう」

 男が合図を出すと、信徒の一人が剣を抜いた。

 「はぁ?何を言って――ちょっ、何をする!?や、やめろっ!!!」

 徐に子供の左腕が斬り落とされた。信徒に迷いはない。

 悲鳴も上がらなかった。そのか細い体は短く痙攣しただけだ。

 「お前のせいで今コレは傷ついた。お前の罪だ。だが、心配するな。タファ=ルラ様を信じることで、お前のこの罪は軽くなる。そのためにはまず、この罪のもとを喰らえ」

 「な、何を―――ぐぬっ!!!?」

 男の口にその腕を突っ込み食べさせる。

 「タファ=ルラ様の教えにはこうある。『信じる者は皆一つとなり救われん』お前が救われるためにはタファ=ルラ様を信じ、これを食らうことで一つとなる必要がある。教えから逃げた罪も、役立たずを傷つけた罪も、すべてタファ=ルラ様を信じることで意味のあることへと変わる。タファ=ルラ様を信じよ」

 「――――っ!!???」

 嗚咽のようなくぐもった声が聞こえたが、もう気にしていなかった。やがてその口からタファ=ルラ様への崇拝の言葉が紡がれることを祈るのみだ。

 その後の説教を他の者に任せて、オゴカン様の掃除の方へと戻る。

 まだまだ仕事は山積みだった。

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