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この世界には魔法生物というものが存在する。
大まかな定義としては、魔法で生み出された生物で魔力を動力としているものだ。上級魔法士が使役する使い魔などが代表例で、その他で有名なものとしては魔法岩人形があげられる。後者は主に古代遺跡などに生息している魔物扱いで、古代魔法文明の名残とも言われている。
そんな遺物が白昼堂々町中に現れた。しかも、かなりの大きさで体長7メートルほどはある。
尋常ではない事態で、周囲にいた人間は当然パニックになって逃げ惑っていた。
しかし、それを目の前にして平然と不思議がっているだけの人間もいた。
このベリオスの町の領主クロウである。
「これが魔法岩人形っていうやつか。でかいな」
「ほほぅ、何やら懐かしい感じがするのぅ」
そのクロウの腹から顔だけ出したラクシャーヌも、まるで珍しい置物を見た感覚でしゃべっている。表向き、ラクシャーヌ自身も使い魔という設定なので同類にはなるのだが。
「い、いえ、そんな悠長なことを言っている場合ではないですよ!?こんな町中にあり得ない……!!」
焦った声を発したのは銀髪の魔法士ロレイアだった。
「古代遺跡でよく見るっていう知識はあるが、こんな町中にいるのはおかしいのか?ん……自分で言っておいてなんだが、変なのは確かだな。いきなり地上に出てくるってのは……」
「そうですっ!こんな場所にいるはずがないんです。まさか召喚された?」
ロレイアは周囲に鋭い視線を向ける。
召喚と聞いて、クロウはなるほどと理解する。使い魔のような形で、どこかの魔法士が魔法岩人形を呼んだのなら辻褄は合う。その場合、わざわざここに出現させた意味として考えられるのは、あまり想像したくないが、自分への襲撃だろうか。それを警戒してロレイアはその召喚した魔法士を探しているのだろう。
だが、クロウはもう一つの可能性をなんとなく考えていた。
「……まだこの町を良く知らないが、実は地下に古代遺跡があるってことはないのか?古代遺跡ってのは基本的に地下深くにあるっていう話だが……」
「え?そんな話は……いえ、でも……あり得るのかしら?こんな魔法岩人形を召喚するより、地下から出現したと言う方が可能性は高い?」
「というよりじゃな、魔法岩人形は単純な操り人形なはずじゃぞ?どこぞの誰かが、通路を塞ぐじゃの、宝物を守れじゃの命令を与えねば、ただの木偶の坊であろ?あやつは何のために出て来たのか分からぬ上、主もいる気配がないぞえ?」
「操り人形……自由に動くわけじゃないのか」
「うむ。あれがもしここから勝手に動くようなら、自律思考型じゃ。相当希少な種じゃぞ?」
「あの、ラクシャーヌ様は何と?」
ラクシャーヌの声はクロウ以外には聞こえない。ロレイアは気になるようだ。
「あの魔法岩人形が勝手に動くなら、自律型とやらでレアものだと言っている。普通のやつは操る誰かがいるはずって話だ」
「そ、そうです。創造した魔法士が近くにいない場合、独立して動く魔法岩人形なんて普通は考えられない」
二人が見守る中、魔法岩人形は緩慢な動きではあるが、ゆっくりとその巨体を地面から引き抜いた。足の一部以外は、地上にほぼ全体像が露になる。
「……しっかり動いてるな」
「操ってるいるような魔法士の気配は……ありませんね」
「大分特別な魔法岩人形じゃな。手ごわいかもしれぬ」
「強いのか?」
「魔法岩人形の構成は基本的に岩や鉱物系じゃが、魔力によって成立している魔法生物ぞ?ただの武器では攻撃が通らぬし、あのでかさじゃ。魔力を通しても骨が折れるじゃろうて。普通は魔核を壊せば止まるが、創ったものの個体差でどこにあるやら見当もつかん」
「なるほど……ロレイアの魔法ならどうにかなるか?」
「え?あ、対処するならそうですね。ただの魔法ではおそらく利きません。魔法生物に有効な攻撃魔法は、属性相性より魔力量がものを言いますし、魔核を探すにもあの岩が魔力を帯びていると難しいかと。だから、基本的には創造主の魔法士を拘束することで停止させる方法が一般的ですが……」
「その飼い主っぽいのがいないとなると、厄介だってことか」
クロウにも段々面倒な事態であることが分かってきた。
そうして会話している間も、魔法岩人形はゆっくりと動いており、半壊状態の建物を攻撃していた。何らかの破壊意志を持っていることは間違いない。
「せっかく直してるもんをまた壊されるのは困るな……どうやったら止められる?」
ロレイアに問うが、女魔法士は困り顔で首を振っただけだった。
「あれが特別な魔法岩人形だとしたら、私の魔法で有効なものはないかもしれないです。一般論だと岩には強力な水系で削ったり、穴を穿つのが最適だとされています」
「相性的には水系なのか。ラクシャーヌ、いけるか?」
「出力の度合いによるのぅ。先程、その小娘に証明するためにド派手にかましたゆえ、魔力が心もとない」
「さっきの魔法、そんな消費激しかったのか?」
その辺りの塩梅はクロウには良く分からない。
「そやつが納得せねば意味がなかろう?だいたい、こんなひよっこに試されるのもわっちとしてはもやもやしていたのじゃ。鬱憤晴らしに豪快にやったからのぅ。割と今、すっからかんじゃ。わっはっはっ」
「笑いごとかよ……」
クロウは苦い顔でロレイアに言う。
「俺の特殊技能はさっきのでわりとカツカツみたいだから、とりあえずお前の本気で一発アレに当ててみてくれないか?どの程度の硬さなのかも分からねえしな」
「えっと……それはすみません。やってみます……」
クロウの能力を試したことは紛れもない事実で、それが原因と言われれば拒否権などない。ロレイアは頭を下げた後、魔杖に魔力を込め始めた。
と、そこへ声がかかる。
「りょ、領主様!あれは一体何ですか!というか、どうすれば!?このままだと家も人も無茶苦茶になります!」
警備隊の皮鎧を着た男が、走り寄ってきた。騒ぎを聞きつけて来たのだろう。確かノリッジとかいう名前だったはずだ。小太りな体形で、なぜ警備隊をしているのか分からない小心者だ。パン屋の厨房で小麦をこねているのが似合いそうな男という印象だった。そんな記憶はないが、ふと浮かんだそのイメージは潜在的な思い出か何かなのだろうか。今はそんなことを考えている場合ではなかったので捨て置く。
「魔法岩人形らしい。近づくと危険だから、住民を避難させてくれ。一応、足止めしてみるが、効くか分からねえ」
「ゴ、ゴ、ゴーレム!?あれが噂の……っと、避難指示ですね。す、すぐに取りかかります!」
指示を与えればすぐに行動してくれるのは有難い。今はあまりかまっている暇もない。
ロレイアはその間も魔力を練り上げており、その魔杖に強大なものが溜まっているのが傍からでも分かった。
「大分、強そうな魔法だな」
「うむ。この小娘、侮っていたが、わりと凄腕の魔法士なのかもしれぬぞ?」
「そろそろいきます……」
その宣言通り、ロレイアは魔杖を振り上げた。その先には魔法岩人形が半壊した家屋を踏みつけており、その破壊行動は止まる様子はなかった。クロウが見守る中、やがてロレイアの魔法は魔法岩人形の大きな腕を直撃する。風系なのか、鋭く切り裂くことに特化した魔法らしく、その腕を斬り落とす勢いで通り過ぎるはずだったのだろう。結果的に、その岩肌に弾かれたようにティキンと金属音のような音をさせて霧散した。
「……完全に弾かれたな」
「傷一つついておらぬな」
クロウとラクシャーヌの感想に、ロレイアは無念そうに身体を震わせた。
「ここまで効かないとは……悔しいです」
「……物理的な攻撃も通らねえなら、俺が何かでぶっ叩いても絶望的か。それでもとりあえず気を引いて進路を変えさせないとまずいな。町の中心に動かれると被害が広がるだけだ」
「水系の魔法が効くなら、おぬしの小便でもひっかけてやればどうじゃ?」
「小便に魔力は含まれるのか?」
「知らぬわ。冗談に真顔で返す奴がおるか!」
「あの……いったい何を?」
ラクシャーヌの声が聞こえないロレイアには、クロウの言葉は意味不明だろう。
「とにかく何かやってみないとな……最悪の場合はロレイア。俺の身体をどうにか屋敷まで連れ帰ってくれ。ぶっ倒れる覚悟でラクシャーヌに血吸わせて、どうにかするしかないもかもしれねえ」
「え?ラクシャーヌ様ならどうにかできるのですか?」
「わっちの今の状態だと、ギリギリまでおぬしの血を吸っても微妙じゃな。上限までいかぬじゃろうし、おぬしの方も足りておらぬ」
ラクシャーヌは現状、自身のエネルギー量みたいなものが分かるようになっている。そしてつながっているせいなのか、クロウの血量も把握できるようになっており、危険域がおおよそ判断可能になっていた。
「……ダメなのかよ。そうなるとこの状況はかなり絶望的なんだが?」
まったく絶望を感じさせないいつもの調子で、クロウは魔法岩人形を見つめる。その進撃は止まりそうにない。
打開策がないことを感じたロレイアは、一つの提案をする。
「オホーラ様なら何か対策を知っているかもしれません。聞いてみてはいかがでしょう?」
「いい考えだが、問題が一つある。今すぐ使えないと意味がないってことだな。即効性の情報伝達手段がやっぱり必要だな……」
狼煙での合図という手段があるにはあるが、間に合わないことは明白だった。
「それでもやっぱ、お前が今できる限りの力でやるしかないんじゃねえか?他に何もないなら、そいつを試す以外にない」
「断る。わっちは無駄撃ちする趣味はない。ましてや、わっちらの命がかかっておるのじゃからな」
ラクシャーヌはにべもなかった。完全なる拒否の態度だ。
「そんなに確信して、あいつに効かないって分かるもんなのか?」
「うむ。明らかに魔力量が異常じゃ。逆に、あれだけの巨体を動かしているゆえ、長時間の活動はできぬと推測できる。自律思考型であれば活動限界を把握して、適当なところで巣に戻るじゃろう。静観して勝手に帰るのを待つのが上策じゃ」
「疲れて帰るのを待てってことか……なるほど。打つ手なしじゃ、確かにそれがいいのか……」
「え?何もしないのですか?」
「しないというか、できないらしい。ラクシャーヌの魔力が足りていない以上、半端に突っかかっても意味がないとよ。進路方向にいる奴らをみんな避難させる方向で行く」
いつまでも眺めているだけにもいかない。クロウはそう判断を下して、先程の警備隊のノリッジへ伝えに行く。
だが。
魔法岩人形が突如、激しく暴れ始めた。その緩慢な動きが急に高速化したと言い換えてもいい。腕の振りの速さが明らかに違って、のっそりと動いていた膝がしっかりと動き、躍動している。それが破壊活動のためでなければ、拍手をして褒めてもいいほどの流れるような体捌きだ。
「おい、どうなってんだ?」
「分からぬが、何やらあやつ活性化しておるな。魔力供給がどこからか流入しておるのやもしれぬ」
「活性化だと?魔力切れを狙えなくなったってことか?」
「いけない。この速さだと領民の避難が間に合いません!」
悠長に伝達している暇はもはやないようだ。クロウはすぐに御者に伝える。馬を切り離して、できるだけ多くの者に離れるように大声で避難誘導を頼む。早馬代わりだ。そのまま屋敷のオホーラに状況を知らせるよう言い含める。
「りょ、領主様はどうなされるので?」
「俺は……どうにか足止めする方法を考えるしかねえな」
そうして魔法岩人形に向き合う。
「無駄撃ちはせぬぞ?」
ラクシャーヌに念を押されるが、クロウとしては何かしなければならないと考えていた。その気持ちがどこから来るのか良く分からなかったが、おそらく責任感だろうと推測する。領主になったからには、やはり手をこまねいて傍観してはいけないという何かが自分を突き動かしているのを感じた。
とはいえ、取れる手段が思いつかない。
こういうときにあの特殊技能が出せればいいのにと思ったが、実際にはどういう特殊技能なのかも分かっていないので微妙な気もした。そういえば、特殊技能というものは普通、任意に使えるものなのだろうか。ラクシャーヌそのものを特殊技能だと偽っているので、その辺りを誰にも聞けないままだと今更に思い出す。
いや、今はそんなことより目の前のあいつをどうにかしないとな……
方針がなさすぎて、雑念に気を取られる自分を落ち着かせるクロウ。
とにかく近くに寄るしかないと歩き出す。
「何か考えが?」
その後を慌ててついてくるロレイアに首を振る。
「いや、正直お手上げだ。けど、棒立ちしてるわけにもいかねえだろ……って、あれって」
魔法岩人形の方へ進むと、その背後の地面にぽっかりと穴が開いているのが見えた。出てきた場所だろうか。気になったのは、何やら下に整った岩壁が見えたことだ。まるで廊下の壁のように整然としている気がした。
「んっ、本当に地下遺跡が?」
その信ぴょう性が高まってきたと感じる矢先。
「ちっ、急に地上につながったと思ったら、やたら土臭ぇな。どこだよ、ここ?」
その穴から急に男が一人出てきた。つば広の帽子を斜に被っているのが奇妙だった。地下に帽子は必要ないだろう。
「誰だ、お前は?どこから出てきた?」
「はァ?いきなりなんだ、オマエこそ誰だよ。つか、マジでここは何処だ?」
「……ベリオスの町だ。俺は領主のクロウ。ってか、お前が出てきたとこからアレが出てきたんだ。何か知らないか?」
そこで初めて男は魔法岩人形に気づいたのか、「うおっ!?」と驚いた声を上げて、改めてクロウを見た。
「あー、さっきの大騒音はあれのせいか。何だか知らねーが、大変なことになってるみたいだな。オレはステンド、しがない探索者だ。この古代遺跡をさまよってたら、たまたまここに辿り着いた。早速であれだが、依頼する気はあるかい?あいつの処理なら安く請け負うぜ、領主サマ?」
ニヤリと商売人のような顔で、ステンドと名乗った男が笑った。