鳴子莉子は目が覚める
体育祭の練習が始まり毎日が憂鬱であり心身共に疲れていたのか、その日ワタシは生まれて初めて金縛りという物を体験してしまった。
あの頃はまだ心霊現象という非科学的な物は虚構であり創作物を多分に含む物であると何の根拠も示さぬまま朧げに考えていたのだ。
瞼は重く身体には重い荷物が跨っている感覚を覚えるが布団の重みを誤認しているだけであると思い込む。
そうする事で覚醒してしまった脳を宥めて時間を朝に飛ばす為に眠りにつこうと努力を始めたのだ。
しかし一度覚醒してしまった脳は思考を止めてはくれなかった。
ワタシの脳は私の静止を振り切り僅かな音に敏感に反応する。
ここは危険な場所ではないのか? と訴える私の脳の手綱を握り寝返りをうつ為に身体を動かそうとするが……
明らかにワタシの上に誰かが乗っている。
ワタシは確かに身体を動かそうと試みたが肩を押さえつけられ動けない。
金縛りとの決定的な違いは足を動かせる事だ。
大きく足を持ち上げる事はできるが手首と腰と肩が動かない。
非科学的な現象を解決する為に重い瞼を持ち上げると見知らぬ女性がワタシを抑えつける姿が映し出された。
ワタシは悲鳴を上げそうになる喉を締め上げ声を押し殺す。
何故だか分からないがその時ワタシは見える事に気が付かれてはいけないと感じたのだ。
ワタシと女性の目が合う。
ワタシは恐怖を覚えるが女性は優しい微笑みを向ける。
「……て」
聞こえない。
聞きたくもない。
この光景から逃れる為に瞼を下ろそうとワタシの脳に命令を送るが目が渇いても瞬き一つすることすら許してくれない。
「ワタシヲ……テ」
嫌だ!
ワタシの中に入って来るな!
「ワタシ ヲ ミツケテ」
耳元でハッキリとした言葉で伝えられる。
嫌だ!
ワタシはワタシの身体が違う物に変わる恐怖で今までの人生では出した事すらない声量の悲鳴を上げ意識を失った。
◆
ワタシは街灯で照らされた真夜中の道路に飛び出していた。
なんでだっけ?
目の前に轢かれた黒猫が蹲っていた。
そうだ。
車が既に近くまで来ている。
黒猫を助けてあげられるかもしれないと飛び出したのだ。
こんな夜道ではまたはねられてしまうから。
ワタシは誰だ?
小沢香織?
しっくりこない。
多分違う名前で呼ばれていた筈だ。
車は飛び出したワタシに気が付きけたたましい音を発てながらワタシの事を跳ね飛ばした。
腕の中にいる黒猫は無事だ。
生きている。
助けられた。
ワタシを跳ね飛ばしたクルマのナンバーは……覚えた。
もう意識が保てない。
血が額を伝いアスファルトを汚す。
車から男が出てきた。
そうコイツがワタシを埋めたのだ。
助かったかもしれないワタシをこの近くの山に埋めたのだ。
憎かった。
呪い殺したかった。
だが今はウチに帰りたい。
ワタシはワタシを探して泣いている家族と再会したいのだ。
土の中で過ごすのはカナシイ……
ダレカワタシヲミツケテ……
ではワタシは誰だ?
イマナニヲミテイル?
ミセラレテイル?
◆
目が覚めるとそこは見知らぬ場所であった。
腕に管が取り付けられている。
これが点滴か……
ハジメテの経験だ。
身体は悪夢を引き摺り怯えている。
ワタシは辺りを確認するがそこには当たり前の様に小沢香織という存在はいなかった。
「どうすれば良いの……」
誰かに相談したいが話せば違う病院送りとなるだろう。
そもそもそんな事件があった事すら分からないのだ。
部屋の扉が開きワタシの母が現れる。
「莉子! 起きたのね!? 心配したのよ?」
ワタシが目を覚ました事に気が付き涙ぐむ母がワタシの寝台に近づいてくる。
そうだ。
ワタシの名前はナルコリコ。
オザワカオリではない。
帰って来た安堵と絶対的な仲間を得たワタシは脱力する。
「莉子!」
母は心配するがワタシは大丈夫だ。
「大丈夫……腰が抜けただけだから……」
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