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第二話

 頭の中に、何かを感じた。意識的なものでなく、脳内に直接あるとわかる。

 自分では無い何かが、そこに存在していた。

 それが何かも、これから自分が何をすべきかも、咲夜は知っている。そう遠くない過去に一度だけ聞いた声が、再び頭に響いた。

<タイプ・シータ。自己診断実行…オール・グリーン。起動シークエンス、再試行。起動時障害…クリア。通常システムにて再起動。5…4…3…2……>

 声が消えた。

 同時に、咲夜は意識を取り戻した。目を開くと、まず砲弾が炸裂する青空が見えた。数機の戦闘機が、高速でそこを駆ける。次いで聴覚が戻り、自分に呼びかけている男の声を捉えた。

「無事ですか?」

「…あぁ」

 上体を起こしながら、咲夜が言った。

男はまだ若かった。咲夜も十九の半ばだが、あまり大差はない。多く見積もっても、二十一かそこらだろう。

 一般的な緑と茶色の迷彩をした、上下の戦闘服。要所を保護するプロテクターと、胸部には前後に抗弾パネルを詰め、表面に破片手榴弾を付けた、黒い防弾アーマーを肩から掛けている。頭部には、複合視界補助スコープ付きのヘルメット。目を保護するプロテクターゴーグルも、ちゃんと掛けていた。

 それだけ見ても、この男が米軍の海兵隊員だと確信するのに充分だ。だが何より、肩の星条旗と斜めに交差したライフルを描いた隊章が、彼の所属を語る。

「起きたか」

 こちらは聞き慣れた声。アイザックだというのは見なくてもわかる。

「はい、大尉」

 馬鹿のようにかしこまって、男は答えた。襟を見てみると、階級章がある。どうやら彼は上等兵らしい。

 米軍が制式採用しているM28の後継、短縮型M36アサルトライフルをやはり他の兵士と同じようにスリングで吊っている。上等兵はダットサイトの他、射撃安定用のフォアグリップをそれに追加していた。

「どうなったんです?」

 尋ねる青年に、大尉は見ての通りだと後方を示す。5、6mの岩壁に追突し、搭乗員を閉じ込めるように前部が潰れた、HSH−68の無残な亡骸があった。火は出ていないが、僅かに黒煙が昇っている。

「俺達が助かったのは、幸運だった。回転翼の一枚が、コックピットとパイロットを串刺しにしている。助け出してはやりたいが、手立ても時間も無いからな。すぐに出発だ」

「…桜木はどこです?」

「捜す時間は無い。ヘッドセットも壊れている…無事を祈っていろ」

「…彼等は…?」

 先ほどの海兵隊員を目で示す。いま気付いたが、先ほどヘリの上で会ったムーアという少尉までいた。彼は大出力の無線機を手に、なにやら話し込んでいる。

「ヘリが墜落したのが、偶然にも彼等の近くだった。国連の精鋭が、国連内の最弱国に助けられたわけだ」

 冗談めかして、アイザックは笑った。表情がどこか暗いのは、少女の身を案じているからか。もしくは彼女の死を認めようとしているからだった。恐らくは、後者が正解。

「曹長」

 誰かが言った。最初、それが自分の事なのだと咲夜は気付かなかった。

「キサラギ曹長」

 名を呼ばれようやく振り返ると、先ほどとはまた別の海兵隊員がこちらに向かってきている。ヘルメットを脱いで、市販の紙煙草を咥えたスキンヘッドの男。30の半ばといった外見だ。

 ベテランなのだろう。戦場の真ん中だというのに、この男からは余裕のようなものが垣間見える。状況がわかっていないのではなく、理解したうえで冷静に行動できるタイプの人間だ。

 隊員は二つの銃器を持っていた。分隊支援火器と言われるM70軽機関銃と、M28――咲夜の物だ。思えば、咲夜はいまライフルどころかハンドガンすら装備していない。あるのはサミダレだけだ。

「勝手に触らせて貰いましたが、勘弁してください」

 笑いかけながら、M28を手渡す。見ると、ダットサイトが別の物に取り替えられていた。小さく薄い四角形のレンズに、レーザーで照準用光点を表すホロサイト。性能的には、ダットサイトのそれと大差ない代物だ。

 それ以外に変化はない。この銃は母艦からヘリに乗り込んだ時と、全く同じ状態だった。だからこそ咲夜は驚いた。低空飛行していたとはいえ、墜落はそれなりの衝撃を与える。銃器が壊れてもおかしくない、むしろそれが普通だ。

「国連がGIA(グラント・インターナショナル・アームズ)製を採用してて良かった。おかげで、手持ちの工具とパーツで修理できました」

「直したのか? ここで?」

「そりゃあ、俺は技術屋なんでね」

 見返してくる咲夜に、白い煙を吐いて男はそう言った。

「大尉」

 今度は聞き覚えのある声。ムーア少尉だ。

「本部から特務への協力許可が下りました。現時刻をもって、第十六小隊はあなたの指揮下に入ります」

「了解した」

 アイザックは言って、頷く。次いで、ムーアは自称技術屋の隊員を向いた。

「コリンズ伍長、部下を集めろ。一分後に作戦確認を行なう」

「了解」

 煙草を放り捨て、コリンズは早足で踵を返す。その寸前、

「そうだ、曹長」

 振り返ると同時に、飛んできた物体を咲夜は片手で受け取る。

 銀色のステンレスで出来た銃身のそれは、BC2と言うハンドガンだった。一般的なそれよりも一回りほど小さな拳銃だが、使用するのは先ほどまで咲夜が持っていたM221と同じ9mm弾である。取り回しやすさから、軍用よりも警察機関や民間の警備会社で採用される。

「俺の予備ですみませんが、我慢してください。マガジンはM221の物を共有できます。あなたのは大尉のを修理するとき、バラしたもんで」

「あぁ、助かる」

 コリンズは満足げに頷き、駆けていった。

「試してみます」

 何を、と二人の士官は聞こうとしたが、口には出さなかった。

 受け取った小柄な銃身をホルスターに収めながら、咲夜は駄目もとでヘッドセットのスイッチを入れる。アルファ隊が採用するヘッドセットは、小型且つ強力な通信機を内蔵してあるため、外部の通信機と接続する必要がない。極端な話、故障さえなければ通信衛星を介して地球の裏側とも連絡を取れる。

 直径1mmほどのランプが、赤く光った。電源は問題無い。あとは通信できるかどうかだ。

「アルファ2−2よりCP、応答してくれ」

 短い言葉の後、返答を待つ。だが幾ら待っても、一秒、二秒と、時間が過ぎるのみ。

「だめか」

 微かに落胆を露に、咲夜はヘッドセットを取り外して捨てた。

 期待はしていなかったが、かといって簡単に割り切れるものでもない。今のところ連絡手段は海兵隊の無線機のみ。悪くは無いが、あくまでそれは米国側司令部との連絡手段である。国連軍司令船と直接の連絡はできない。

 もし特務輸送船に繋がれば、未来を捜すための増援を呼べたかもしれない。そんな希望もあったのだ。

「如月」

 考えを察したらしいアイザックは、自分の装備を点検しながら告げた。

「わかってると思うが、軍曹の事を想うなら任務に集中しろ。目標を陥落させれば、味方の航空部隊が5分でやってくる。捜索も可能だ」

「了解してます」

 そう言い残して、咲夜は集結した海兵隊員達の下に歩いていった。

「信じられませんよ」

 黙って聞いていたムーアだったが、静かにそう口にしていた。

「彼も、あなた方の軍曹も。少年兵ってほどじゃないが、だからと言って特務にいるような歳でもないでしょうに」

 深いため息。

「酷ですよ」

 絞り出すような声。そこに込められた感情が何だったのか、アイザックには解らなかった。

 それほど遠い年月は経っていないというのに、いろいろなものを無くしてしまったように思う。自分だけではない。部下の二人も、他の特務隊員達も。皆が何かしらの感情を欠落してしまっている。

「ブリーフィングだ」

 そんな言葉しか出せない自分が、どうしても人間には見えなくなっていた。



 アルファ第二分隊と海兵隊第十六分隊から約2km西の岩場に、三人の男達は降り立った。

『アルファ、こっちは上から可能な限り支援する』

「2−3、了解。幸運を」

 ローターの出力が上がり、HSH−68は飛び立った。轟音の中心で、舞い上がった砂埃と小石がしばしの間だけ視界を覆う。幸いにも、しっかりと装着した透明なプロテクトゴーグルのおかげで、それらは目の中に侵入することはなかった。

 この三名は国連という多国籍軍の名のまま、実に変わった人種の組み合わせだった。35歳でドイツ人分隊長のハロルド・バーゴップ、29歳のロシア人狙撃手グスターブ・アレクペロフ、二週間後に21歳となる日本人観測手の月霧双夜(つくぎりそうや)。それぞれが第二分隊と同じ黒色の装甲戦闘服と、同型の装備品で武装している。

 三人は岩陰に身を隠すように着陸地点を陣取り、双夜とグスターブがそれぞれ周囲を警戒する。その間、ハロルドは通信機内蔵のヘッドセットへと語りかけていた。

「CP、CP、こちら2−3、降下地点確保。これより目標へ移動する」

『2−3、こちらCP。2−2が遅れている。決行時間に遅れた場合、突入経路6を使用して2−1と制圧しろ』

「トラブルか?」

『ヘリが撃墜された』

「なに?」

 思わず双夜が振り返る。アルファでは基本的に分隊全員に対して通信回線が開かれるため、今の会話も二人に聞こえていたのだ。

「双夜」

 低いロシア人の声に、すぐ視線をダットサイトに戻す。それを待って、ハロルドも続けた。

「状況は? 奴等は無事か?」

『レオハルト大尉とキサラギ曹長は米海兵隊に保護されている。しかしサクラギ一等軍曹がヘリから落下したらしく、未だ行方不明となっている』

「了解」

 ここまで無感情に言われたんじゃ、不安も消えるな。

 ハロルドが返事を返す中、声に出すのは堪えて双夜は胸中で呟く。

『ツクギリ軍曹』

「あ? あぁ、こちら月霧」

 いきなり名を呼ばれたため、面を食らったよう気分だ。

『親友が気になるのはわかるが、任務に集中してくれ。了解か?』

「了解、CP……クソッたれの事務屋が」

 最後の台詞は、通信が切れたのを確認してから、唾と一緒に吐き捨てたものだ。

「そうカリカリするな。もう一度、ジノゼアム(精神安定剤)でも打つか?」

「遠慮します」

 双夜が答えた瞬間、三人は同時に動き出した。2mほどの間隔を取りながら、敵が見えればすぐに発砲できるように伸縮ストックの底を、常に右肩に着けておく。いままで実戦でも訓練でも、何千と繰り返してきた姿勢だ。

 先頭に立つハロルドが駆け出し、同時に双夜とグスターブも続く。内部に鋼鉄を仕込んだコンバットブーツの硬いゴム底から、ゴツゴツと荒れた大地の感触が伝わる。山岳地帯での訓練を思い出したが、それよりも酷い足場だ。

 40mほど前進して、ハロルドは不意に立ち止まった。手近な岩へ素早く隠れ、残る二人も別々の場所にかがみ込む。その数秒後、グレネードランチャーを撃ったようなポン、という奇妙な音が聞こえた。隙間から様子を窺うハロルドが、ヘッドセットを介して伝える。

「前方に敵歩兵、5名。野戦用の小型迫撃砲が…2門だ。アレク、ここで待ってろ」

「了解」

 8倍率スコープを取り付けた無骨なSB80セミオートライフルを抱え、グスターブは頷く。次いで、ハロルドと双夜は屈んだ状態で別々に移動する。その間にも、迫撃砲からは拍子抜けするような音が続いた。

 敵は双夜達から見て20m先、比較的平たな開けた場所に陣取っていた。その周囲には、常人の倍はありそうな大きさの岩が連なっている。航空機からは見えずらく、歩兵部隊も楽に発見することはできない。双夜達には幸運だが、敵にとっては想定外の悪運であろう。

 ゆっくりと時計回りに進むと、ひび割れた岩を見つけた。手で触ってみると、それだけでボロボロと破片がこぼれる。一つの案が、双夜の頭に浮かんだ。

「大尉、C5(小型設置爆薬)の使用許可を下さい。良さそうな岩を見つけました」

『わかった。ヘマするなよ』

「了解」

 言うが早いや、双夜は左胸のポケットから手のひらほどの大きさをした、長方形のプラスティックケースを取り出した。開けると、中にはコイン大ほどの黒い円盤型の物体が四つ。中心に小さなランプとボタンが一つずつある。その威力を見るまで、誰もこの円盤で戦車が消し飛ぶとは信じない。

 その内の一つを手に取り、裏側のカバーを剥がす。シールと同じ要領だ。粘着剤がついているから、岩でも金属でもくっ付く。なるべく岩への衝撃を抑えるように、ちょうど中心となる位置にC5を貼り付け、ボタンを押した。ランプに緑の明かりが灯る。

 傍の岩陰に隠れながら、次いで今度は右腰――ハンドガンを収めたホルスターの横にある、通信機のようなものを掴む。大きさの割に、上下に二つのスイッチがあるだけ。

『月霧、準備はいいか?』

「いつでもどうぞ」

 上の方のスイッチを押すと、下にあるもう一つが赤く点滅し出す。

『アレク、迫撃砲の弾薬を狙え』

『了解…捉えました』

『カウント3で行くぞ。3…2…1、GO!』

 グスターブのロシア製ライフルから8,35mmの弾丸が飛び出すのと、双夜がC5の爆破スイッチを押すのとはほぼ同時だった。岩が爆発した瞬間、円筒形の迫撃砲弾が一発の銃弾に貫かれ、近くにいた一人の兵士を巻き添えに爆発する。更に別の砲弾が誘爆し、第三分隊が銃撃を始める前に3名の敵が死んだ。

 残りの二名にも、反応する猶予は無かった。ハロルドが、一人の顔面を三点射撃で吹き飛ばす。同時に、双夜が砂煙の中から最後の一人に向けて一発だけ放つ。銃口から出た5,56mmのするどい弾は、その兵士の眉間から頭部へ侵入し、そして後頭部の大半を吹き飛ばしながら飛び出ていった。脳からの信号が途切れた男は、頭を引っ張られるようにして倒れた。

 素早く周囲を見渡す。だが今の一方的な戦闘に、敵は気付いていないらしい。援軍が来る様子はない。

「クリア、アレク」

『了解』

 数秒後、グスターブが二人に合流する。

「行くぞ」

 再び前進を開始しようとハロルドが声をかけた。

「ん?」

 双夜の瞳が何かを捉えた。焼け焦げたモスグリーン迷彩の戦闘服を着たそれは、確かに生きて、そして動いていた。誘爆に巻き込まれた二人の内、一人だ。

「まだ息があるのか」

 言いながら、その兵士に近づく。まだ生きているとはいえ、全身に火傷を負っていた。放っておいたとしても、三十分もしないうちに死ぬだろう。

「…う…ぐ……」

 潰れた声のうめきが、彼の返事だった。

 双夜は銃口を男の頭部に向ける。

「助けて、くれ…」

 男が言った。しゃがれたような、酷く聞き取りにくい英語だった。

「降伏する…家族が、いるんだ……」

「…何人だ?」

 半ば諦めていたのだろう。男は意外そうに双夜を見た。

「妻と、娘が一人…もうじき、二人になる」

「そうか。そいつはめでたいな」

 しゃがみ込んで、双夜は男の目を真っ直ぐと見据えた。青い目には、恐怖の色が滲み出ている。

「俺にも、妹が一人いる。両親もいるが、俺達は親の愛情の代わりに殺しを教えられてきた。ガキの頃から、気付いたらずっと軍隊訓練施設にいた」

 そこまで言い終えると、双夜は立ち上がった。

「そこで覚えさせられた。俺も妹も、軍隊と戦場をな。そして、一つだけ絶対の掟があった。わかるか?」

 虚ろな視界の中、男は再び向けられる銃口と、引き金にかかる指を見た。

「よせ…」

 同時に、銃声。頭蓋に穴を穿った男は、死の恐怖に目を見開いたまま、息耐えていた。

「全て殺せ、だとよ」

 死体となった敵兵に言い残し、双夜は部隊に戻った。彼は、また掟を守ることに成功したのだ。

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